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選評付き 短編小説新人賞 選評

『花が溶けたから』

宮ノ入双六

  • 編集A

    高校生のときの進路選択は人生を大きく左右しますから、誰しも迷い、悩みますよね。この作品の主人公の楓は、高校三年生の女の子。美術大学へ進学しようと、日々描画に取り組んでいます。でもなかなかうまくいかず、先生にダメ出しされてばかり。表現者にとって重要な、「自分は何を表現したいのか」ということさえ、わからなくなってしまっていた。そんなある日、同じように絵を好きだった昔なじみの友人・芽衣が、「久しぶりにゆっくり会いたい」と声をかけてきて……というお話です。芽衣は彼女なりの考えに従って行動し、結果的に楓の気持ちをかき乱して去っていった。でも楓は、自分の感情の揺らぎを懸命に受け止め、絵にぶつけることで、伸び悩みから脱することができました。そしてそれにより、美大合格や美術の仕事へと、さらに道が繋がれていったわけです。思春期特有の悩みや苦い思い、言葉にできない感情といったものを、芸術へと昇華させていった主人公の姿がよく描けていたと思います。作品イメージもすごくきれいでしたね。

  • 編集E

    冒頭の、「昔の人は『花が枯れる』という表現を嫌い、その代わりに……」みたいなくだりは、すごくよかったです。「桜は『散る』、菊は『舞う』、梅は『こぼれる』、朝顔は『しぼむ』」。なるほどと思いましたし、「これから、美しい世界観のお話が始まるのだな」という期待を持って読み始めることができました。「花が枯れる」という言葉に着目して話を作るなんて、卓越したアイディア力ですよね。目の付けどころがとてもいい。「美術」というモチーフにもマッチしていたと思います。

  • 編集A

    仲のいい友達だった女の子たち、絵を描くことへの思い、微妙で複雑な心情の変化、一面のお花畑の中で告げられる別れ……本当に、繊細で美しい話になっていましたね。

  • 編集E

    ただ、「入鹿」という花がどういう花なのか、よくわからなかったです。そこがとても残念でした。この作品において非常に重要な要素なのに、どうにも曖昧だった。

  • 編集C

    これは、実在しない花ですよね? おそらく、作者がこの作品のために設定した、架空の花なのだろうと思います。一応検索してみたのですが、これというものがヒットしなかった。

  • 編集A

    サボテンみたいな画像は出てきましたが、これは違いますよね。「入鹿」は、花弁のある青い花らしいですし。やはり架空の花なのだろうなと思います。

  • 編集C

    せっかく創作した青い花に、どうして「入鹿」という名前をつけたのでしょう? 私はどうしても、「蘇我入鹿」を連想してしまいました(笑)。もう少し素敵な名前にしても良かったんじゃないかな。

  • 編集H

    大地を空色に染め上げる、青一面のお花畑。文章から想像する映像がとても美しくて印象的なだけに、ちょっとネーミングに疑問を感じますね。

  • 編集C

    しかも、「入鹿は『溶ける』」んですよね。この「溶ける」ってどういうことだろう? 花が散るとき、花弁がドロッとしちゃうのかな。「溶ける」という言葉自体は一見きれいっぽいんですけど、花が枯れる場面で使うには、少し違和感がある言葉のように思いました。

  • 編集E

    入鹿の花は、一晩で花弁が落ちてしまうんですよね。その儚さを表現したかったのだろうとは思うのですが、とにかく「花」に関する描写がなさすぎて、イメージしにくい。単に「青い花弁の花」というだけしか情報がなくで、花の形も大きさも、葉や茎の様子も何ひとつわからない。ヴィジュアルが思い描けないです。

  • 編集C

    一晩で花弁が落ちてしまう花なら、「大地を空色に染め上げ」た状態を目にすることができるのは、奇跡と言っていいほど稀なことですよね。しかも、まちまちに咲くのではなく、入鹿畑の花全部が一斉に咲いて、一晩で一斉にしおれるらしい。主人公の暮らす地域にあるものが「日本一の入鹿畑」らしいですが、これではちょっと、名所として成立しそうに思えないです。この物語の根底を支える重要なモチーフなのですが、入鹿という植物の設定にやや無理を感じます。

  • 編集E

    設定やヴィジュアル面以外でも、この花に関する描写はもっと必要だったと思います。「入鹿の花」は、楓や芽衣の心情を象徴する花でもあるわけですから。

  • 編集D

    キャラクターの心情描写に関しては、「すごくいいな」と思えるものもありました。が、主人公たちの心情を託されているはずの「花」の描写がなさすぎるのは、物足りなかったです。せっかくのモチーフをあまり活かせていない。

  • 編集E

    非常に惜しいですね。この花のことをちゃんと描けていたら、もっと鮮やかで、色彩豊かな作品になったはずなのですが。

  • 編集G

    せっかくの「花が溶ける」という印象的な表現も、これまた物語に活かすことができていないと感じました。終盤で芽衣は、楓に明確に別れを告げて去っていきますね。彼女のこの、バチッと断ち切るような友情の終わらせ方は、「溶ける」というよりは「摘む」「切る」というほうがぴったりくるように思う。「友情」の描写と「花」の描写が、うまく絡んでないように思えてしまいました。

  • 編集A

    文章も、微妙につかみきれないというか、今ひとつはっきり伝わってこないようなところがありました。あまり読みやすいとは言えない感じですね。

  • 編集D

    わかります。ちょっと不自然というか、堅苦しいというか。

  • 編集G

    台詞も説明的だったりして、引っかかりますよね。例えば25枚目の、「そう信じたいけれど、あまりに簡単に想像できるんだ」、とか。こういう言い回しを実際に声に出して喋ることって、あんまりないんじゃないかな。

  • 編集A

    本作は一人称作品で、明確に主人公視点で語られています。主人公の単視眼的な文章のみで綴られているわけですが、それ自体はいいんです。むしろ私はこの、少女の内面と外的描写の分離の無さみたいなところが、すごく好きでした。ただ、主人公目線で書かれているにしては、なぜかはっきりと見えてこないところも多かったと思います。つかみにくい文章と相まって、「どういう話なのか」ということが今ひとつぼんやりしている。

  • 編集G

    登場人物の気持ちも、私にはちょっとつかみにくかった。友情に関して、「自然にフェードアウトしていくのは嫌だから、いまここではっきり終わりにしたい」と思う感覚というのが、正直よくわからないです。どうしてそこまでして、「終わり」を決めなきゃならないのかな? いくら疎遠になるからって、なにもきっぱり「お別れ」宣言までしなくても、と思うのですが。

  • 編集C

    これが小さな子供なら、まだわからなくはないです。例えば、親の都合で転校しなきゃいけない小学生とかなら、「もう二度と会えないんだね」「思い出の場所でお別れを言おう」となることもあるでしょう。でも、この二人は高校生ですからね。本当に会いたければ、どうにでもなる。

  • 編集G

    女性は割合、余白を残すコミュニケーションをすることが多いんじゃないかなと思います。すごく仲の良かった友達でも、環境が変わって全く会わなくなったりすること、普通にありますよね。でも、久しぶりに会うことになれば、会った途端にすぐまた仲良しに戻れる。つかず離れずの関係というか、たとえ会わない期間が長くなったとしても、それだけで「もう友達ではなくなった」みたいにはあまり思わないんじゃないかな。終盤の展開には、ちょっとリアリティを感じられなかった。

  • 編集F

    二人の友情がどういうものなのかも、よくわからなかったです。芽衣の、「会わなくても平気になるなら、もう友達じゃないってことだ。うやむやのまま自然消滅するより、はっきり『終わり』ってケリをつけたい」というのは、僕にはずいぶん勝手な主張だなと思えます。相手の気持ちをまるで考えていないですよね。

  • 編集A

    勝手に思いつめ過ぎというか、独りよがりですね。

  • 編集F

    そのこじらせぶりが、いかにも思春期の女の子らしくていいとも思うのですが、作者がそういうことを冷静に狙って書いているのかどうか、よくわからない。ただ単に、「なんとなく繊細で美しいイメージの話」を書きたかったのかなとも思えます。芽衣の主張の幼さや勝手さというものに、作者自身がまだ気づいていないのではと思えて、気になりました。

  • 編集C

    作者が狙って「思春期っぽさ」を演出したとは、あまり感じられないですよね。たぶん、ただ素直に、書きたい物語を書いたのだろうと思います。散り落ちた青い花びらで埋め尽くされている広いお花畑の中で、泣きながら別れを告げる少女たちの物語を。

  • 編集E

    切なく美しいクライマックスシーンでしたね。

  • 編集C

    卒業後には離ればなれになってしまうわけだし、「終わりが見えてる」ことで芽衣はセンチメンタルになっているんでしょうね。「あたしたち、いつの間にかこんなに離れちゃったね」「会わなくても平気なんて、そんなの友達じゃないよね」「悲しいけど、もう元には戻れない」って、ちょっと陶酔気味に切なさに浸っている。でも思春期って、こういう感傷めいた思考に陥りがちなものだと思います。

  • 編集A

    確かに。十代の多感な女の子の感性として、こういう考えになってしまう展開は分からなくはない。

  • 編集C

    主人公たちが高校生だから、ぎりぎり成立している物語だと思います。我々みたいに大人になってしまったら、「大事な友達だったからこそ、気持ちが離れた以上はきちんとお別れしたい」というような、純粋さにこだわった発想はもう出てこない。そういう意味では、私はこの話は、すごく尊いものを描いているなと思います。

  • 編集A

    「友情」だからいいんですよね。これ、つきあっている男女が、「お互い気持ちが醒めてきちゃったから、きっぱり別れましょう」って話だったら、べつに感動はしない。二人が友情関係だからこそ、「会わなくても平気になってしまったら、もう友達ではいられない」とまで思い詰める姿に、十代の少女たちのピュアさを感じるんです。ただまあ主人公のほうは、実はそこまで深刻に考えてはいなかったわけで、芽衣に引きずられた形ではありますよね。だからやっぱり芽衣の言動は、ちょっと強引で独りよがりだなとは思います。

  • 編集F

    この話のメイン要素、「美術」に関する描き方も不十分だなと思いました。子供の頃は芽衣のほうが絵が上手くて、高評価を受けていたんですよね。ただ、その芽衣の絵の良さというものが、文章からはあまり伝わってこない。「明るくて、心地の良い暖かさを感じさせてくれる」とか、「溶けた入鹿畑を見ながら、眩い花弁のついた花の絵を描いた」みたいなことが書かれていますが、それだけでは今ひとつ、芽衣の絵の素晴らしさが読み手に伝わってこない。そして、主人公の絵は芽衣が敗北感を感じるくらいに優れているらしいですが、これもまたヴィジュアルとして全く浮かんでこない。ラストで主人公は、渦巻く感情を注ぎ込んで入鹿畑の絵を描き上げ、そのことで芸術面の行き詰まりを打開したらしい。でも、その肝心の絵の描写には、読者を納得させられるような鮮烈さが感じられなかったです。この絵をきっかけに主人公は美大に進み、おそらくは美術方面の仕事に就くわけですから、主人公の芸術的成長を感じさせる描写がもう少しほしかったです。

  • 編集H

    そうですね。「美術」の話なのに、読んでいてあまり「絵」が浮かんでこなかったですね。

  • 編集F

    まあ、子供の頃は芽衣のほうが小手先の技術で「上手い」という評価を得ていたんだけど、真にきらめく才能を持っていたのは主人公のほうだった、という話なのだろうとは思います。そこはなんとなく伝わってくるのですが、小説である以上は、描写で読者を納得させてほしいですね。

  • 編集H

    芽衣は、「昔ほど親密な友情関係ではなくなったなら、きちんとお別れをしたいんだ」みたいなことを言っていますが、それは本心なのかな? むしろ、「楓のほうが絵の才能が上だった」ことが辛くて、「離れたい」「友だちをやめたい」と思ったのかなという気もしたのですが。

  • 編集A

    それはあり得るでしょうね。というか、そういう気持ちはあって当然だと思う。自分のほうが先に絵を描き始めて、たくさんのコンクールで受賞もして、けっこう自信を持っていたはず。なのに、後から始めた楓にあっさり追い抜かれたりしたら、心穏やかではいられないでしょう。

  • 編集H

    子供時代の芽衣は、ちょっと楓にマウントしているようにも感じられる。同じモチーフで絵を描いたりしているのも、実力の差を見せつけたい気持ちがあったのかもしれない。もっとも、楓のほうは純粋に芽衣に憧れているので、まったく気づいていないようですけど。それとも、こういう解釈は深読みのし過ぎでしょうか?

  • 編集C

    楓の一人称で書かれている話ですから、真相はわからないですけど、そう読むことも可能は可能だと思います。ただ、作品の趣は違ってきちゃいますけどね。思春期の女の子たちのピュアな話ではなくなってしまう。

  • 編集F

    まさかとは思うのですが、主人公の楓は「女の子」と考えていいんですよね? 作中に明示されていなかったので、ちょっと気になっていました。「楓」という名前は、男の子に使うこともありますので。

  • 編集A

    まあこれは、女の子と見ていいだろうと思います。作者は、女の子たちの心情と花とを絡めた、美しい世界観の物語を書くことに力を注いでいると感じますから。

  • 編集C

    でも、この話を芽衣サイドからリライトしたら、それはそれで、読み応えのある話になりそうですよね。芽衣は、高校受験の前にはすでに絵の道を諦めているわけですから、そこに至るまでにはかなりの苦悩と葛藤があったことでしょう。その心情を想像すると、今作とはまたべつの切なさを感じます。

  • 編集H

    ただ、作者の作品への思い入れが感じられる割に、人物の名前を書き間違えたりしているところがけっこう目につきました。特に、一番の盛り上がりシーン、芽衣が泣きながら「あなたなら、この辛い別れも芸術に昇華できる」みたいなことを語っているときの台詞の中に書き間違いがあるのは、すごく残念でした。

  • 編集F

    「楓」となるはずのところが「芽衣」になっていましたね。これではせっかくの感動シーンに水を差してしまう。見直しをして、修正しておいてほしかったです。

  • 編集A

    でも、この作者の持っている、繊細な心情を描き出せる感性は、とても魅力的だなと思いました。どうかその長所をなくすことなく、新たな作品に取り組んでみてほしいですね。

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