青木
映像的な作品ですね。
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第212回
『スカイハイ』
水城 真波
映像的な作品ですね。
文章は読みやすいし、内容も理解しやすい。話の筋がすんなり読み取れるのは、全体に過不足なく書けているということだと思います。僕はイチ推しにしました。
場面描写が美しくて、よかったと思います。ただ、ストーリー面では今ひとつ盛り上がりに欠けるというか、インパクト不足かなという印象ですね。
確かに。特に、物語の構造には少々引っかかりを感じました。怪我をきっかけに停滞を続けていたスポーツ選手が、またべつの何かをきっかけに立ち直る、というのがこの話の基本ラインですよね。でも、その立ち直りのきっかけというのが、天才中学生の登場に刺激を受けたことなのか、それとも叔父さんの撮ってくれた自分の写真なのか、はっきりしない。二つあるので、話の流れが曖昧になってしまっています。どちらか一つに絞り、その一つにぎゅっと集約していく形で書いたほうが、より印象的な作品になったのではないでしょうか。
僕としては、『翼』の写真に焦点を絞ったほうがよかったのではと思いますね。かつて叔父さんの写真によってスター選手になった主人公が、今また、叔父さんのエールのこもった写真によって勇気をもらって立ち直る、という構図のほうが、すっきりと話がまとまったと思う。天才中学生の竹内君の存在は、この作品において余計な要素かなという気がします。
でも、竹内君がこの話からいなくなると、本当に「写真」だけしか要素がなくなりますよね。そのほうがもっと、盛り上がりに欠ける話になってしまうんじゃないかな。
叔父さんの『翼』の写真だけでまた飛べるようになるのでは、ちょっと都合が良すぎるし、何だかナルシストっぽくも感じられる。かといって、天才中学生に触発されて「僕もまた飛びたい」となるだけの話では、正直つまらないですよね。やっぱり、要素は二つあったほうがいいんじゃないかな。中学生の活躍と叔父さんの写真と、二段階にわたって背中を押されることで、ようやく主人公は動き出すことができたということで。
そういう流れにするのであれば、エピソードの配分を変えたほうがいいと思います。天才中学生の描写をもっと増やして存在感を増し、そこに叔父さんの写真を絡めていくとかね。現状では、竹内君がちょっとだけ出てきて、でも主人公にそれほど大きく影響を与えているようでもないから、なんだか話がブレているように感じられる。
確かに。エピソードを増やして、もっと強弱のあるストーリー展開にしてほしかったですね。例えば、叔父さんが竹内君を被写体に、『スカイハイ』よりさらに素晴らしい写真を撮ってしまうとか。主人公としてはショックですよね。
あるいは、テレビで竹内君の華々しい活躍を目にして、ひどく悔しく思うとかね。とにかくもう少し、主人公としっかり関わらせてほしい。
主人公のお父さんのエピソードも、中途半端だったと思います。昔飛び込みの選手だったという情報は明かされるんだけど、そのことが主人公の気持ちの変化にあまり影響を与えているようではないですね。
お父さんと叔父さんとの兄弟関係についても、描き方が不十分ですよね。二人の仲違いの経緯が詳しく語られるでもなく、仲直りが描かれるでもなく。
もし作者的に、叔父さんとお父さんがラストでちょっと復縁したことを匂わせているつもりなのだとしたら、描写が足りないと思う。それに、「復縁する」ということを終盤で描くのなら、「二人の仲が悪い」ことも、もっと早いうちにちゃんと描いておくべきですよね。言葉での説明はあるのですが、実際に二人がどの程度不仲なのかは、ちょっとよくわからない。お父さんは弟の写真展を普通に見に来ているし、ユージさんはむしろお兄さんのことを昔から大好きみたいですよね。二人が不仲であるようには感じられないです。
お父さんと叔父さんの事情を高校生の今になって知るというのも、ちょっと不自然かなと思います。昔からのことであるなら、主人公もうすうす経緯は把握しているはずじゃないかな。むしろ、主人公とお父さんとがうまく行っていなくて、そこへ叔父さんがこっそり、「お父さんは、実は君のことをすごく気にかけているんだよ」みたいに仲を取り持ってあげるという展開のほうが、自然だったかもしれない。
この「お父さん」というキャラクターは、本当にこの話に必要なのかな?
それは私も思いました。お父さんに、主人公と共通する「飛び込み」をやっていた過去がある割に、存在感が薄いですよね。こんな重要な設定があるのに、それが話にほとんど絡んでいないというのは、本当にもったいない。これなら、いっそお父さんは登場させないで、「写真」と「竹内君」だけで話を作ったほうがよかったかもしれない。あるいは逆に、「写真」の要素を取り除いて、過去に選手だったお父さんとの軋轢やら、目の前の天才少年への葛藤やらでを構成するとか。
それはいいかもですね。お父さんがいて、竹内君がいて、主人公がいる、という構成で描くほうが、要素のつながり方が自然だという気がする。
とにかく、お父さんの扱いが中途半端なのはすごく気になりました。ここはぜひ改善してほしいですね。
そもそもこの話は、主人公が飛び込み競技に復帰するまでを描いた作品ですよね。だったらそれを、冒頭シーンで読者に伝えるべきだったと思います。今の書き方ではこれからどんな話が始まるのかということが、冒頭シーンから読み取れない。「飛び込み」が主要モチーフであるなら、冒頭の場面にそれを出すべきだったと思います。
同感です。それに、スポーツを主軸にした話なら、冒頭シーンも「動」で始まったほうがいいのではと思いますね。
そうですね。誰かが鮮やかに飛び込みをキメる場面の描写とかで始めたほうが、よかったんじゃないかな。そのほうが話に引き込まれます。
個人的には、竹内君というキャラクターがもっとしっかり立ってほしかったです。彼の飛び込みシーンから話を始めてみるのはどうでしょう?
いいですね。例えば、まず初めに竹内君の飛び込みシーンが描かれる。で、いったんカメラが引くと、それはテレビ画面であることがわかるとかね。実は、主人公が飛び込み競技のテレビ中継を見ている場面だったわけです。
で、「僕は以前飛び込みの選手だった。でも、怪我をして以来、飛べなくなった」みたいなモノローグで、現状を説明する。
壁にお父さんの昔の写真が飾ってあって、お父さんもかつて選手だったことがさりげなく示される。で、「お父さんは僕にプレッシャーをかけてくるわけではないけれど、僕はどうしても素直になれなくて、お父さんとの間がぎくしゃくしている」みたいなことが語られる。
そこへ叔父さんが登場してきて、「飛び込みの取材に行くんだけど、おまえも一緒に来いよ」って誘ってくれる。
で、竹内君のジャンプを生で見て、主人公は「僕ももう一度飛びたい」と思う。という感じの展開だったほうが、話がスムーズに流れていったかもしれない。
競技会場での、主人公と竹内君の絡みもあったほうがいいんじゃないでしょうか。例えば、主人公を見つけた竹内君が駆け寄ってきて、「あなたに憧れて、僕は飛び込みを始めたんです」って言うとか。
あるいは逆に、竹内君と一瞬目が合ったときに、異様に鋭く睨みつけられるとかね。何も言葉は交わさないんだけど、主人公は自分のふがいなさを責められた気がしたとか。
それもいいですね。パターンは色々あると思う。竹内君が主人公を意識しているというのでもいいし、逆に、歯牙にもかけていないというのでもいい。とにかく、竹内君が登場することで、物語に感情的なフックが生まれるという書き方にしたほうがいいと思います。そのほうが、よりエモーショナルな作品になりますよね。
せっかく、天才中学生というおいしいキャラクターを登場させるのですから、やっぱりもっと話に絡めるべきだったと思います。そしてもっと、心情面を深めてほしかった。だって竹内君は主人公のことを知っているはずですよね。「飛び込み界の新星」と騒がれていただけでなく、「あの写真の少年」としても有名人だったのですから。
有名なスポーツに比べれば競技人口も少ないでしょうし、竹内君が主人公を強く意識していてもおかしくない。二人がもっと深く関わりあう展開のほうが、格段に話が盛り上がったと思います。
ライバル感みたいなものが話に出ますよね。登場人物たちの葛藤が描ける。
はい。現状では、少なくとも主人公のほうは、竹内君個人に対してほとんど感情が動いていないですよね。
「どうしよう。若い才能ある選手にどんどん追い越される」、みたいな焦りは、一切感じられませんね。これはちょっと不自然だと思う。
試合会場では竹内君のパフォーマンスをすごく冷静に見ていた様子だったのに、最後にはなぜか、熱い涙を流していたり、「ドキドキが止まらなく」なっていたりする。ここの展開は、今ひとつ理解できなかった。
それに最終的には、主人公が「また飛びたい!」と思ったきっかけは、やっぱり写真なんですよね。「自分には翼がある」ことを叔父さんの写真が再確認させてくれた。自分の中の「飛びたい」気持ちを、写真が目に見える形にしてくれた。だからもう一度立ち上がることができた、というわけです。それはいい。ただ、そういう流れだと、竹内君というキャラの存在意義はかすんでしまう。全体としては悪くない話ではあるんだけど、どうにもいろいろ、もったいない気がします。
登場人物を、まだうまく使いこなせていない感じです。ユージ叔父さんのキャラも、なんだか途中で印象が変わってしまってますよね。
そうですね。最初は、「アキラは俺のミューズなんだからさ」なんて恥ずかしい台詞を平気で口にする、クセのある人だったのに(笑)。
カメラマンっぽい言動を描こうとして、うっかりキモさが前面に出てしまったのかな?(笑)
いつのまにか、普通の人になってましたね。普通に、いい叔父さん。
私は最初、この叔父さんのことが主題なのかと思いました。主人公の目を通して、この叔父さんを描くみたいな話かと。でも違いましたね。叔父さんは、ただの脇役だった。それに気づいたときには、「あれっ?」って感じでした。
わかります。これは誤解しますよね。冒頭シーンには主人公と叔父さんしか出てこないし、その叔父さんはけっこうクセの強い人物だし。どうしても、この叔父さんに目が行ってしまう。
私、実は、BLっぽい話が始まるのかと思ってました。
私もです。冒頭シーンの二人は、なんだか深い関係ででもあるかのような雰囲気ですよね。写真を撮られてふくれてみせる少年と、「いいじゃないか。きれいだよ」みたいなことを言って撮り続ける中年男性。まるで恋人同士のやり取りみたいに思える。
そう。妙になまめかしい感じなんですよね。
主人公の中性的な容姿を褒め、「美人だ」「俺のミューズだ」、ですからね。海外のホテルのような洒落た出窓であるとか、不必要に耽美な雰囲気を醸し出してますし。
写真を撮りながら、「引き締まったアスリートの躰だからなぁ」なんて言っているのが、どうにも生々しいです(笑)。
大事な冒頭シーンだというのに、主題に全く繋がっていない。窓辺にたたずむ美少年を中年男が愛でているような場面になってしまっているのは、かなり引っかかりました。
いくらカメラマンとはいえ、ルックスにこだわりすぎですよね。この話において、主人公が中性的だとか美しいとかってことは、まったく重要ではないと思う。
それに、ユージさんはスポーツカメラマンなのですから、少年のアンニュイな横顔を撮って、「いいよ、そのつまんなそうな表情」なんて満足げなのには違和感がある。被写体の美醜ではなく、躍動する瞬間を捉えることに情熱燃やす人物のはずでは?
話の主題や最後のオチから考えたら、やっぱり冒頭は「飛び込み」に関係するシーンから入ったほうが良かったですね。競技会の映像とか。そのほうが、話に動きも出ますし。
くり返しになりますが、やはりテレビに映っている竹内君の試合の様子とかを冒頭に持ってきたほうがいいと思います。今の冒頭シーンでは、作品の方向性を誤解してしまった読者がけっこういますので(笑)。
最後の一行も、余計だったと思う。短編には、こういうラストの決めゼリフはいらないです。あまりかっこいい終わり方ではないですよね。
それに、考えてみたら、飛び込み競技に「もっと高く」というフレーズはそぐわないんじゃないかな。
そうですね。技の完成度や着水の美しさが重要なのですから。「高さ」を求めるものではない。
ということなら、タイトルの『スカイハイ』も適切ではないということになってしまいますね。
まあでも、書き手としては、「翔べ、高く!」という雰囲気で締めたかったんでしょうね。その気持ちは理解できる。
ちなみにですが、ラストは「翔べー」となっています。「翔べ!」ではなく。単なる打ち間違いなのかな? ちょっと判断がつかなかった。
いろいろ気になるところは多かったですが、でも、とにかく読みやすかったですね。作風も爽やかですし。
本当にすんなりと読めました。ただ、全体にちょっと薄味ですよね。
エモさが足りないなとは思います。
主人公の心の動きが、もっと欲しかったですね。
主人公の心情に切迫感があまりないんですよね。少なくとも、読み手にはそう感じられる。要素も設定も登場人物も、いいパーツはそろっているのに、うまく活かしきれていないのが残念でした。
映像が浮かぶような文章を書けているところは、とてもよかったと思います。次作では、人物の内面の動きに、もう少し光を当ててみてほしいですね。