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選評付き 短編小説新人賞 選評

『彼女の裳裾は濡れている』

夢見里龍

  • 編集D

    幻想的な空気感のある作品でしたね。

  • 青木

    美しい作品を描きたいという、作者の強い思いが伝わってきました。

  • 編集E

    独特の雰囲気がありますよね。ただ、話はほとんどないと言っていいと思う。

  • 編集D

    「不思議な女性に出会いました。その人は、『罔象(みずは)』という特殊な家系の人でした」。言ってみれば、それだけの内容ですよね。これでは、ストーリーとはちょっと言い難い。

  • 編集A

    そこから何か話が始まるのかと思ったのですが、そういう展開にはならなかった。単に事情を説明するだけで終わってしまいました。

  • 編集E

    しかもその事情は、主人公が苦労して解き明かしたとかではないんですよね。「罔象の娘」である当人が、すらすらと語ってくれている。この作品の後ろ半分は、ほとんど罔象さんの種明かしの独白です。これでは小説になり得ていないような気すらします。もう少し何か、ドラマと言えるものが欲しかった。

  • 編集D

    罔象さんが一方的に身の上を語るだけで、現在の話がほとんどないですよね。主人公と彼女が、この作品の中でこれといって絡んでいない。この二人がもう少し深く関わり合うエピソードを、何かしら作ってほしかったです。

  • 編集E

    主人公の気持ちがあまり描かれていないのも、物足りないというか不可解でした。「不思議で幻想的な女性を見かけました。気になりました。……以上です」みたいな(笑)。いやいや、もっと思うこと、感じたこと、あるでしょうに。

  • 編集A

    不思議な女性に強く心惹かれたのであれば、そこの内面描写がもっとあっていいですよね。でも実際は、「彼女のことは僕の記憶に焼きついた」とあるだけ。いったいどういう思いとともに焼きついたのか、あまりはっきりと書かれていない。これでは読者も、主人公の気持ちを測りかねます。全体に、「不思議な女性」の描写に関しては、すごく丁寧に言葉を尽くして書いてあるのですが、対照的に、主人公の男性の心情描写は至極あっさりしている。描写の濃度に大きくムラがあるのは気になりました。

  • 編集D

    作者は、こういう不思議な女性を描きたい気持ちが、非常に強いのでしょうね。書きたいモチベーションが高いものに関しては描写しまくっているんだけど、そうでもない対象に関しては淡泊な扱い。好みがわかりやすいと言えばわかりやすいですが(笑)。

  • 編集B

    描写に関しては、気になることが多かったです。まず何といっても、作品舞台がいつの時代なのかがよくわからない。わからないままでは読みにくいので、「昭和の中期くらいかな?」と無理やり見当をつけて読んだのですが、なんだか現代の話のようにも思える。結局明言はされていなくて、今でもモヤついています。

  • 編集A

    途中で「パンプス」って言葉が出てきますよね。私はそこで、「現代なのかな?」と思いました。

  • 編集F

    7枚目の最終行ですね。でも、手がかりとして出しているなら、ちょっと遅すぎると思う。

  • 編集E

    それに、「パンプス」という単語が出てくるからってだけで「現代」とは特定できないですよね。昭和の時代からパンプスはありましたから。

  • 編集G

    時代に関する情報は13枚目に出てきます。罔象さんの台詞に、「なにせ明治のことやさかい。百年か、百五十年か……それくらいは経ってはるやろうねえ」とある。

  • 編集E

    確かに。でも、百年と百五十年では、ちょっと幅が広すぎるとは思いますけどね(笑)。だいたい、明治時代だけでも45年くらいあるわけですから。

  • 編集D

    それに、自分の家系の特筆すべき出来事を話しているというのに、それが百年前なのか百五十年前なのかはっきりしないというのも、だいぶ認識がふんわりしてますね(笑)。

  • 編集B

    とにかく、冒頭から「時代問題」に引っかかってしまったので、どうしても話に入り込んで読むことができませんでした。

  • 編集D

    わかります。作品世界を頭の中でイメージしづらいですよね。

  • 青木

    読み始めてぱっと目につくアイテムといえば、バス停、私立大学、腕時計くらいですが、どれも時代を特定する決め手にはなりにくいですね。令和でも昭和でも成り立ちます。

  • 編集B

    もしこれが現代の話であるなら、例えば冒頭シーンで、スマホで時刻表を確認するとか、電子マネーで料金を払うとか、そういう描写をちらっと入れておいたら、物語の始まりでさりげなく時代を伝えることができたのにと思います。

  • 編集A

    作者は、あえて時代をぼかしているのでしょうか? それとも、時代をはっきり決めないまま話を作ったということなのでしょうか?

  • 編集E

    うーん、意図的に時代をぼかしたというよりは、あまり気にしてなかったということじゃないかな。とにかく雰囲気作りを優先したのではと思います。

  • 編集D

    同感です。この作者は、すごく言葉を選んで文章を書いているように感じる。幻想的な話を書くにおいて、現代的な単語はあんまり盛り込みたくなかったのではと思います。それこそ、「スマホ」とか「電子マネー」とかね。ただ、読者にストレスなく読んでもらえるよう、もう少し気を配る必要はあったかなとは思います。

  • 編集H

    それにしても、幻想的な雰囲気の作品を作ろうとしている割に、こんな不思議な家柄が「明治」なんて近代に突然できたという設定にしているのは、引っかかるものがありました。

  • 編集D

    ちょっと調べてみたのですが、「罔象」というのは、『古事記』や『日本書紀』などに登場してくる水の神様らしいですね。

  • 編集E

    そんな古来の神様と、明治時代になって急に結びつきができるというのは、やはり唐突で引っかかりを感じますね。何世代にもわたって古い伝統を粛々と守り続けている家柄、という感じではない。

  • 青木

    むしろ、京都の人にとって、「明治」は「最近」っていう扱いじゃないですか?

  • 編集H

    それ、よく聞く話です(笑)。百年程度は「このあいだ」なんだとか。だから14枚目の地の文で主人公が、「明治からか。そんなに昔から、彼女のような家柄が京都に根づいていたとは。」って語っている箇所には、かなり残念感がありました。主人公は遥かな年月に思いを馳せている様子ですが、京都人の感覚からすると、「そんなのまだまだ」なのではと思う。

  • 青木

    むしろ罔象さんに、「つい最近ですよ。大したことあらへん。せいぜい明治のことやさかい」、みたいに言わせたほうが、「それらしかった」ということですね。

  • 編集H

    はい。作者は歴史的な重みを感じさせる描写にしたかったのでしょうけど、かえって粗が目立つ結果になってしまっています。もったいないなと思いました。

  • 編集A

    主要人物二人が両方とも京都弁をしゃべっていますが、主人公は標準語でもよかったのではと思います。

  • 編集D

    確かに。よその土地の人の目を通してこの話を書いたほうが、古都の奥深さや悠久の歴史といったものが、より鮮やかに浮かび上がったと思います。

  • 編集C

    物語の構図や美しい空気感なども、さらに際立ったはずです。ここはもったいなかったですね。

  • 編集F

    あと私は、冒頭場面そのものにちょっと疑問を感じました。罔象さんが好奇の視線を浴びているみたいに書かれていますが、晴れた日に傘を差してるって、そんなに妙でしょうか? 年中日傘を差してる人なんていくらでもいますよね。

  • 編集A

    洋服に番傘、という取り合わせに違和感があったんだと思います。でももしかして、京都ならそんなに珍しくないのかな?

  • 編集G

    いえ、京都人として言わせてもらいますが、観光地ならまだしも、一般的な街中だったら、「洋服に番傘」は普通に浮きます(笑)。

  • 編集B

    でも、それこそこれが昭和の早い時期の話だったら、「洋服に番傘」はそんなに変じゃなかったかもしれない。時代設定がはっきりしてない現状では、この格好がどれほど不自然なのかは判断がつかない。そういう意味でも、描写に説得力がないように思います。

  • 青木

    まあこの冒頭シーンは、番傘がどうこうということよりも、この女性のまとっている全体的な雰囲気が不思議な感じでしたよということを表現したかったのだろうと思います。「この女性はミステリアスで魅力的なんです」ってことを、強く印象づけたかったのでしょう。

  • 編集F

    でも、どうして彼女はわざわざ番傘を差しているのかな? 晴雨兼用の普通の傘を差していれば、いたずらに人目を引くこともないのに。

  • 青木

    あるいは、洋服ではなく着物を着るとかね。それなら、番傘を差していてもそれほど目立たなかったかも。

  • 編集F

    罔象の家では、女の子が七歳になるとこの番傘を受け継がせるしきたりらしいですが、でもそれを日常遣いにする必要は特にないですよね。番傘はあくまで神具みたいなものなのだろうと思うのですが。

  • 編集A

    彼女に降っている雨は普通の雨ではないから、普通の傘では防げないということなのかな? でも、バスの中では降られていないですよね。

  • 編集E

    本人も「屋根のあるところなら降られることはない」みたいに言っています。だったら、普通の傘だって屋根代わりの役は果たすと思う。なんだかちょっと、まだ設定が詰められていない感じがあります。

  • 編集A

    それと、主人公は罔象さんの足元がいつも濡れていることに気づくまで、だいぶ日数がかかってますよね。これも不自然に思います。立ち止まったらうっすらと水たまりができるほどなのですから、なかなかの水量ですよね。常にちらちら目で追っていたなら、もっと早くに気づいたはずだろうし、むしろそっちのほうが番傘より気になるのではと思うのですが。

  • 編集B

    晴れているのに、ある人の足元だけが濡れている状態を目にしたら、えーと、ちょっと言いにくいのですが……「漏らしちゃったのかな?」って、僕なら思うかも。

  • 編集E

    私も同じことを思ってました(笑)。

  • 編集C

    私もです。だから、「見ようによってはこれ、全然美しい情景じゃないよね」ってことがすごく気になりました。たぶん作者は、そんな風に思う読者がいるとは、まったく予想していないのでしょうけど。

  • 編集H

    作者にとっては、謎めいた美しさを感じる映像なんでしょうね。書き手が、自分の見たいものを見たいようにしか見ていない感じがある。ちょっとまだ、読者がどういう風に受け取るかを、客観的に捉えることができていないのかなと思います。「時代がわからなくて読みにくい」と感じる読者が多かったのも、同じ理由でしょうね。もう少し、自分とは感性の違う読者の視線をも想像しながら書いたほうがいいかなと思います。

  • 編集F

    文章もちょっと読みにくいですよね。まどろっこしいというか。

  • 編集B

    「あれ」とか「それ」とか、指示代名詞が多いのも、読みにくい一因だと思います。

  • 編集D

    漢字も多くて、字面を見るだけで「難解そう」って思ってしまいますね。

  • 編集A

    「毎朝会いますよね」でいいはずのところを、わざわざ「遇いますよね」なんて書いていたり、ものすごくこだわりがあるんだなと感じます。こういうテイストが好きな読者もいるとは思うけど……うーん。

  • 編集E

    そういうこだわりが全編にわたって頻出するので、過剰に感じられるんですよね。「雨が止む」を「雨が已む」という漢字遣いにしている箇所は個人的には好きなんですが、それにしてもちょっとやりすぎかなと思います。

  • 編集D

    小説的な効果を上げるためには、むしろ重要な部分にだけこだわりの漢字を使って、それ以外の場面では読みやすくひらいておいたほうがいいように思います。

  • 編集E

    そういうメリハリは重要ですよね。「うわ、漢字ばっかり。読みにくそう」と読者に思われては、そもそも読み始めてもらえない。実際、ちょっと読みにくかったですし。作品世界に入るのに、読む側に努力が必要でした。

  • 編集H

    現状では、すべてが決めゴマになっている漫画みたいで、やや息苦しい。力の抜きどころが欲しいですね。

  • 編集A

    9枚目の鱗を落とすシーンが私は好きなんですが、この場面の描写は、いい感じに文章から飾り気が落ちてシンプルになっていると思います。ここは読みやすかった。こういう文章を書く力もちゃんと持っていらっしゃるのですから、もう少し意識して使い分ければいいだけなのではと思います。この書き手ならできると思う。

  • 編集D

    この作者の持っている陶酔力は、大きな長所ですよね。今はまだ「酔い過ぎ」の面が強いけど、もう少しコントロール力がついたり、ちゃんと理屈をつけた上で陶酔力を発揮できるようになれば、大きな魅力になり得ると思います。

  • 編集E

    ストーリーにはもう少し厚みをつけてほしい。特に、主人公の心情に動きがないのが非常に気になりました。男性が女性に心惹かれているという状況なのですから、人間の生の感情をもっと描き出してほしかった。

  • 編集H

    罔象さんにも、もう少し「魔性の女」感があったらよかったのにと思います。

  • 編集C

    なまめかしさみたいなものが欲しかったですね。あるいは、悲しい宿命を背負っている悲哀とか健気さとか。好きな女性を見つめているのですから、男性側にそういう感情がもっと盛り上がっていいと思うのに。

  • 編集D

    主人公が傍観者すぎるんですよね。罔象さんに惹かれているはずなのに、彼女への思い入れが今ひとつ伝わってこない。

  • 編集B

    謎めいていて、いつもしっとりと濡れているという設定の女性にしては、罔象さんが1ミリもエロくなかったです(笑)。

  • 編集A

    いや、作者は「エロさ」をこの作品に出そうとは思っていないんじゃないかな。「美しいもの」を描きたいのですから。

  • 編集E

    でも、他者を恋うる艶めいた感情というものは、むしろ隠しようもなく滲み出るものじゃないですか? 登場人物に生身の感じがしないのも、この作品の物足りないところです。だから、キャラの心情が迫ってこない。

  • 青木

    そうですね。エロさというより、エモさが足りない気はする。どういったものでもいいから、もう少し気持ちの盛り上がりみたいなものが欲しかったですね。

  • 編集A

    ラストで彼女は突然姿を消し、その事情を大学の先生が語ってくれるのですが、これもやや都合のいい展開に思えます。簡単な方法ですべてを説明して、話を終わらせている。

  • 編集C

    全体的にエピソード不足ですよね。それも、具体的なエピソードがない。生きている人間の葛藤みたいなものの描きようが足りないと思う。

  • 編集A

    たぶん作者は意図的に現実的なものを避けて話を作っているのだろうと思うのですが、むしろもっと現実味を入れたほうが、幻想的な部分が際立つんじゃないかな。

  • 編集D

    書き手があんまり理屈を考えていない印象ですね。頭の中のイメージとか雰囲気だけを文章にしようとしている。

  • 青木

    はい。「作者はとにかく美しい世界を描き出したいんだなあ」というのは、本当にすごく伝わってきます。

  • 編集D

    ただ、そういう作品作りを目指すにしても、理屈の部分はしっかりと用意しておいて、その上でやったほうがいいと思います。幻想的な部分にだけ酔うのではなく。

  • 青木

    そうですね。まずは設定を作って作って作り込んで、でも、それらは一切出さないとかね。そういうやり方のほうがいいと思う。見えない部分に堅固な土台があってこそ、ファンタジーに説得力が生まれます。

  • 編集E

    虚実の「実」の部分をしっかり組み立てることで、「虚」の部分がより活きてくるんですよね。枚数には余裕がありますので、理屈を整えたり、エピソードを増やしたりすることは充分可能だと思います。というか、実は枚数は規定に届いていませんでした。でも、許容範囲内と判断して受け付けましたので、枚数不足で賞を逃したわけではありません。そこは誤解なさらないでくださいね。

  • 編集D

    ツッコミどころが多くていろいろ申しましたが、それは、直しどころもわかりやすいということです。むしろブラッシュアップはしやすいと思いますね。ただ、矛盾することを言うようですが、こうした批評で何か言われたからといって、せっかくの自分独自の世界をやすやすと手放してほしくはないとも思います。

  • 青木

    同感です。退廃的で美しい世界観は、作者の素晴らしい持ち味なのですから、そこはあくまで活かしつつ、より多くの読者を得られる書き方を模索していってほしいですね。

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