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選評付き 短編小説新人賞 選評

『三色菫と男ぎらい』

青津亮

  • 編集E

    高校生の男の子と、クラスメイトの女の子の話なのですが、この二人がものすごく色々こじらせていて、非常に面白かった(笑)。主人公は水樹晶というアイドルが大好きで、「自分はガチ恋勢だ」と自認してさえいるイタいアイドルオタクです。一方、クラスメイトの原田さんもまた、同性である水樹晶の大ファン。「水樹晶への熱い思い」という共通点で、二人はみるみる意気投合します。人生で初めて同年代のリアル女子、それも美少女といっていい女の子と仲良くなれた主人公は、すっかり舞い上がってしまう。ただ、この原田さんはかなり情緒不安定な女の子で、読んでいて、「……この子、メンヘラだな」と正直思っちゃいました。でもこれは、作者もそのつもりで書いているのだろうと思います。ここに描かれている「メンヘラの原田さん」というキャラは、解像度が非常に高くて、強烈なインパクトがある。すごく興味が湧きましたし、引き込まれて読めました。私はイチ推しにしています。

  • 編集D

    この原田さんというキャラクターには、すごく説得力がありますよね。実在感がある。私は、「もしや、作者の知り合いにこういう人物がいるのかも……?」と思ったくらいです。頭の中でひねり出した架空のキャラという感じはまったくなかった。

  • 編集E

    作者自身がアイドル好きで、アイドルオタクの生態に詳しかったりするのかな? そこはわかりませんが、たとえ周囲にモデルとなる人物が実在したとしても、それをここまで鮮やかに描き出すのは簡単にできることではない。キャラクターの人物像をしっかりと確立できていて、とても素晴らしいなと思いました。

  • 編集A

    精神的に不安定な女の子の描き方が、とてもリアルでしたよね。にこにこしてるのに、急にひんやりするような発言をするとか。一度否定的なことを口にし始めたら、どんどん拍車がかかって止まらなくなるとか。最後にはもう、すごい迫力で「話しかけてこないで」って。

  • 編集D

    この場面の最初のほうでは、「秋津くんのこと、好き」って告白していたのにね。なのに、最後にはバン、と机を叩いて出ていく。

  • 編集E

    この豹変ぶりはすごいよね。滔々と繰り出される長台詞のグルーブ感もよかった。圧倒されました。

  • 編集A

    ただ、私はこのメンヘラ女子の描き方は、割と類型的かなと思います。SNSの闇アカウントとかでは、割といますよね、こういう人。病んだりこじらせたりしつつも、辛らつで鋭い言葉をつぶやいて何万ものイイネ! をもらってたりする人、よく見かけます。そういう意味では原田さんは、この作者が独自に作り上げた秀逸なキャラとは言えないような気がする。

  • 編集D

    でも、そういう「よく見かける人物」を、説得力のあるキャラクターとして小説の中に落とし込むということも、大きな手腕だと思う。

  • 編集E

    同感です。メンヘラぶりを最後まできっちり描いて、読者に「うわ、何この子、ヤバくない?」って思わせるところまで行けているのは、私はすごいなと思います。それに主人公である男の子側のことも、ちゃんと描けてますよね。まったく女の子慣れしていない主人公が、そういう腫れ物っぽい女の子に直面して混乱しておろおろしてる様とか、とても面白かった。キャラクター描写のうまい書き手だなと思います。

  • 編集H

    ただ、主人公には、真正の「ガチ恋勢」らしさはないですよね。自分ではそう言っているものの、異常なまでにアイドルに入れ込んでいるわけではないと思う。だから私にはちょっと、この主人公の描き方は上滑っているように思えました。

  • 編集C

    私はその方面に詳しくないので聞きたいのですが、もし主人公が真のガチ恋勢だったら、どういう感覚とか思考回路を持つはずなのですか?

  • 編集H

    もちろん人によりますけど、基本的に生身の女の子が嫌い、もしくはひどく苦手な傾向が強いと思います。アイドルとか二次元キャラに対して「これはガチ恋だ!」とのめり込むのは、相手が自分に逆らってこないとか、相手が自分の理想を裏切らない存在だからという側面が大きいでしょうね。手が届かないからこそ、傷つくこともないわけです。あと、とにかく生々しいものが苦手。幻滅する危険性のない、きれいなものだけに心酔していたい。

  • 編集C

    では、もし主人公が本物のガチ恋勢だったなら、実物の女の子である原田さんに対して、「原田さんてきれいだな、かわいいな」とか、「うわあ、向こうから寄ってきてくれた。嬉しい!」とか思ったりはしないということですか?

  • 編集H

    美少女度合いによっては思うかもしれないけど(笑)。でも、身近にいる生身の女の子にちょっとでもときめく自分に対して、もっとひねくれた感情を持つんじゃないかな。誰に何を言われたわけでもないのに、自分の胸の中で必死に言い訳したりとか。

  • 編集B

    葛藤があるわけですよね。原田さんのことを、いったんは「可愛いな」と思いながらも、近くで見たら毛穴の黒ずみが見えるとか粗を探して、「これだから生身の女はダメだな」って貶めて、「やっぱり僕には水樹晶だけだ」って思うんだけど、原田さんの脚とか胸の谷間とかがちらっとでも見えると、つい「おおっ」って興奮しちゃうとか(笑)。そういう描写があったら、もっとリアルだったと思う。

  • 青木

    でも、そういう描写はちゃんとあるんじゃないですか? 最初は水樹晶の魅力を滔々と語っていたのに、原田さんが近寄って来るとすぐさま舞い上がっちゃって。でもそのことを恥じてもいて、「晶に一途でいたいのにもかかわらず、そんなちょろすぎる自分に落ちこんだ」って語っていますから。

  • 編集A

    確かに。ただ、本物の「ガチ恋勢」にしては、生身の女の子に安々と傾き過ぎだなとは思います。もっと根深い葛藤があったり、「本物の女なんて」っていうしつこい心理抵抗があるはずじゃないかな。

  • 編集E

    「アイドルオタクは、生身の女は好きじゃない」という考え方自体、一種の決めつけではないかとも思いますけどね。それにそもそも、「ぼくはガチ恋勢だ」というのは、主人公の自己申告でしかない。一人称の語りですから、必ずしも真実とは限らないです。この話は、本物のガチ恋勢の男の子の話ではないと思う。女の子に対してちょっとコミュ障気味の思春期の男の子が、「だって僕はアイドルにガチ恋だから」という言い訳を作って自分を守っていたんだけど、現実にいる可愛い女の子にコロッと参っちゃって、でもやっぱり生身の女の子は可愛いだけの存在ではなくて……ということを描いている話なんじゃないかな。

  • 編集C

    全く同感です。この主人公は、よくいる普通の男の子だと思う。

  • 編集H

    ただ、自分で自分を「ガチ恋勢だ」って言いきかせようとしているということなら、生身の女の子に惹かれちゃったことに対する罪悪感みたいなものとか、執拗に屁理屈をこねたりするようなところが、もっとあってもいい気はする。

  • 編集E

    屁理屈はじゅうぶんこねてると思う。そういう言い訳めいた自嘲めいた長々しい一人語りが、この作品の魅力の一つなわけですから。

  • 編集B

    原田さんをすんなり好きになり過ぎてるのが引っかかるのかな。もう少し、メディアの向こうにいるアイドルと引き比べて、「やっぱり生身の女はここがダメ、あそこがダメ」みたいに貶めてる感じが欲しかった。

  • 編集A

    ラストも、主人公はアイドルのほうに戻っていかないですよね。現実の原田さんに傷つけられて、「やっぱり俺には晶ちゃんだけだ」ってなるのかと思ったら、ならなかった。これでは本物のアイドル好きとは言えないと思う。

  • 編集E

    うん、だからこの主人公の「アイドル好き」は、自分に対する言い訳でしかなかったんですよ。そもそもガチ恋勢ではなかったのですから、「主人公の言動や感覚がガチ恋勢のものではない」ことは、この作品の欠点にはならないと思う。それに、主人公のやってることは、現状でもじゅうぶん勝手ですよね。以前はあんなに水樹晶を褒めたたえていたのに、脱退したくらいであっさり熱が冷めてしまう。でも、これもまたリアルだなと思います。主人公の自分勝手さみたいなものをちゃんと描けている。
    結局これは、思春期男子の自意識を描いた作品なんだと思います。ほんとは生身の女の子に興味があるのに、モテないからとりあえずアイドルに熱を上げていた。でも、手の届きそうな女の子が現実に現れてきたので、臆面もなくそっちへ向きを変えた。で、結局その子とはうまく行かなかったんだけど、アイドルへの幻想も溶けてしまって興味をなくしましたという、男の子の自意識の流れを描いているのだと、私は読み取りました。
    年頃の男の子が抱えている劣等感と、同居する優越感。コミュ障でアイドルオタクでという自分のイタさを冷静に自嘲しつつ、でも「自覚してるんだからいいでしょ」と開き直り、そして「そういう自分をも自己分析できてますからね」と言い訳を加え、同時に「そんな僕はなんて醜いんだ」と自己嫌悪し、さらに「それにすら僕は自分で気づいていますから……」と、延々と続く自意識の深堀りループ(笑)。これをガッツリ書けているのが、この作品のすごくいいところだと思う。ひたすらグルグルと回る思春期の自意識が描かれていて、すごく面白かった。

  • 編集A

    うーん、でも、何だろう、何が引っかかるのかな? ラストで主人公があんまりダメージを負ってない感じなのが気になるのかも。原田さんは、それこそ性のこととか、自分の醜い部分も洗いざらいぶちまけてるし、学校にも行けなくなって、まだ当分迷路から抜け出せそうにないというのに、主人公だけ憑き物が落ちたみたいにあっさり普通の生活に戻れちゃってる。そのうえアイドルオタクからも卒業している。同じ「イタいオタク高校生」だったのに、ラストで二人の明暗がくっきり分かれてしまっているのが、正直気に入らないのかも。すみません、小説の出来不出来とかではなく、単に好き嫌いとして、好きになれない感じ。

  • 編集C

    好き嫌いを言っていいなら、私は原田さんのありようそのものが好きになれないです。途中でもチラチラ毒をのぞかせてはいるんだけど、終盤であからさまに、「男の人のここがダメ、あそこが嫌、狡い、醜い、汚い、最低最低最低!」と、怒涛の勢いで毒づいている。しかも、男性である主人公にそれを言っているんです。これはあまりにもひどいと思う。もちろんこの作品は原田さんを肯定している話ではないのですが、読んでいていい気分はしなかった。私は原田さんには全く寄り添えなかったです。

  • 編集E

    いや、好き嫌いで言うなら、私だって原田さんは好きじゃないです。だって正直めんどくさいですから(笑)。でも、強烈な個性という意味では面白かった。原田さんは原田さんで、尋常ではないほどのこじらせ方をしてますよね。作者は男の子である主人公だけでなく、女の子側の自意識のねじれをもちゃんと描いているんだと思います。

  • 編集F

    小説のキャラクターとしては個性的でいいと思うんだけど、原田さんはあまりに変な方向に突き抜けちゃってて理解しづらくて、私は読んでいて置いてきぼりを食らった感がありました。

  • 編集E

    私はその理不尽さも面白かったですけどね。言ってみれば、扉を開けて「どうぞ~」って言うから入ろうとしたのに、いきなりシャッターをガーッ! っと下ろしてくるみたいな(笑)。

  • 編集D

    「私、秋津くんのこと、好き」って言っておきながら、「じゃあ付き合う?」って聞いたら、「何言ってんの? 信じられない。さよなら」って(笑)。

  • 編集E

    ひどいですよね。でも、そこがおかしい(笑)。

  • 青木

    自分のことを「好きだ」って言われたとたんに嫌いになるってこと、ありますよね。「私のことを好きだなんて、キモ!」って。

  • 編集D

    あります。女性心理として、特に思春期女子の心情として非常に理解できる。

  • 編集E

    それに、こういうタイミングで「僕たち付き合うってことでいいのかな?」なんて聞いちゃう主人公も、かなり間抜けですよね。

  • 青木

    はい。あそこのシーン、すごく好きです、かわいくて(笑)。読んでて、「それ言っちゃダメじゃん~!」って思っちゃった。

  • 編集D

    「男の人のそういうところが最低!」って話を、今目の前でガンガン聞かされていたというのに、何にもわかってない(笑)

  • 編集B

    可愛い女の子に「好き」って言われたから、「じゃあ付き合えるのかな」って、そこしか頭にない、この思春期男子の浅はかさ(笑)。確かに面白い。

  • 編集E

    で、結果、両方とも失ってしまうんです。原田さんとも距離ができるし、アイドルへの熱も冷めてしまう。

  • 編集B

    で、その苦い経験によって、また一歩人生というものを知ると。ただ、水樹晶に興味がなくなるきっかけは「脱退」じゃないほうがいいんじゃないかな。例えばテレビで顔がアップになったとき、鼻の頭にニキビがあるのを見つけてしまったとか、そういう些細なことで一気に幻滅したというほうが、冒頭で彼女の魅力を熱く語っていた分よけいに、主人公の心変わりぶりが際立ったと思う。

  • 青木

    なるほど。今まで神格化してきた相手が普通の人だったと気づくわけですね。

  • 編集E

    うーん、私は現状のままでいいんじゃないかと思います。「脱退したくらいで気持ちが冷めるのか」って思えるから。

  • 編集D

    読者的には、「脱退」のほうが理解しやすいかもですね。現実にそういう理由でファンをやめる人って割といるでしょうし。

  • 編集F

    ただ、主人公は単に水樹晶に飽きて手を放したということではなくて、原田さんと関わることによって、結果的に自意識が現実に向かった、等身大の自分を認めることができたということかと思います。だからこそ、架空の存在にも似たアイドルに執着する気持ちも薄れた。代替行為が必要なくなったわけですね。今回のことを一つの経験として、今後主人公は、以前よりは普通に人間関係を築いていけるようになるのではと思います。

  • 編集A

    でも、原田さんのほうの病みっぷりは、出口が見えるのか疑問じゃないですか? 私は原田さんのことは好きではないけれど、彼女が混迷状態に沈んだまま話が終わるのは少し引っかかる。

  • 編集C

    この話は、主人公と原田さんのありようを「痛々しい二人」と思いながらも肯定的に捉えられるか、それとも「なんだか嫌」と思ってしまうか、そこで評価が分かれるのではと思います。で、私は、あんまり好きになれなかった。

  • 編集D

    結局、評価がこんなにも分かれるのは、好みの問題がすごく大きいのではと思います。

  • 編集E

    好みの問題となったら、そこはもう、ちょっとどうしようもないですね。ただ、確実に直せるところがあるのは文章面です。ちょいちょい変な言い回しがあるし、日本語がおかしかったりする。「机につっぷすることを禁じえないぼく」とか。

  • 編集C

    誤字もいくつか目につきました。例えば22枚目、「この顔で処女じゃなわけねえだろ」とか。見直し・推敲はもう少ししっかりとやってほしい。

  • 編集E

    水樹晶の所属するグループ名も、何の説明もなく突然出てきますよね。いきなり「プラトニック・スキャンダルの~」って言われても、一瞬「?」ってなっちゃう。

  • 編集A

    でも、文章には個性も感じられます。句点(。)で区切らず、読点(、)でつないでつないで長い一文にしているところが多いのですが、これはあえてやっているのかな?

  • 編集D

    あえてなのかもしれませんね。そのせいで妙な文章になっているところもあるのですが、でも不思議と読みやすい。

  • 編集B

    日本語は若干乱れつつも、テンポよく流れていく文章のリズムは悪くないと思う。

  • 編集E

    独特のグルーブ感があるんですよね。若者らしさとか、グルグル回る自意識の感じとかがよく出ていました。思春期の男の子の内面を描いているこの作品においては、いい効果を上げていたと思う。

  • 青木

    引き込まれて読めたし、面白かった。十代の痛々しさが十二分に伝わってくる作品で、とても良かったと思います。

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