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選評付き 短編小説新人賞 選評

『トワイス』

松野志部彦

  • 編集E

    出だしがすごくいいですよね。1行目でいきなり、「父が宅配されてきた」って、これは引き込まれる。「えっ、どういうこと?」って、思わず前のめりになりました。だっておかしいから、そんなの(笑)。

  • 編集A

    この書き出しに興味を引かれて、すごく期待して読んだのですが、読み終えてみると、ちょっときれいな話にまとまり過ぎちゃってるかなという印象でした。期待値がすごく高かっただけに、残念です。もっとぶっ飛んだ話を待ち構えていましたので。

  • 編集D

    そうですね。きれいにまとまっているのは悪いことではないし、実際すごくいい話に仕上がっている。なんとなく距離があってすれ違っていた父と娘の気持ちが、最後にしっかりと通じ合えたわけですよね。いい話なんだけど、うーん、なんだろう、なんだかちょっと釈然としないところがある。

  • 編集A

    今ひとつ話がよくわからなかったです。どうしてお父さんは赤ちゃんになって帰ってきたんだろう?

  • 編集D

    このお父さんは、生前自分がどれほど娘を大事に思っていたかということを、同じ経験をすることを通して娘に理解してほしかったんじゃないかな。父を亡くして間もなく、突然「子持ち」になった主人公は、元は父であった息子を愛情深く育てますが、その「子を思う親の気持ち」をなかなか素直に表現することはできなかった。そして死の間際に、最後の力を振り絞って息子に数行の手紙を書いた……という夢を見て起きた主人公の元へ、生前の父からの手紙が届く。そこには、自分が書いたのと同じ文面が書かれていた。それを見た主人公は、自分が息子を愛していたのと同じように、父もまた自分を愛してくれていたということを心から実感するわけです。ループ系の話ですよね。娘を愛する父と、父を愛する娘という、二つの輪っかが絡み合っている。

  • 編集G

    夢オチっぽくなってはいますが、主人公が息子を育てた日々は、実際に存在した年月と思っていいのではないでしょうか。ラストでこのまま主人公が死ぬという展開だって、可能性としてはあり得た。でも、最終的に「あれは夢だった」ということになって、主人公は生きる方向に引き戻された。ここには、お父さんの意志が強く影響しているのかなと思いました。亡くなったお父さんからの見えざる力が働いて、主人公は生かされたのかなと。

  • 編集D

    そうかもしれないですね。主人公は、息子(父)に心配をかけないよう、一人で静かに死のうとしていた。でも、ふと気づいたらすべては夢で、しかも主人公にはその夢の記憶がほとんどなくて、現実はスタート地点に巻き戻っていた……これはやはり、向こうの世界にいるお父さんが、娘を生かそうとしたんだろうなと思います。

  • 編集G

    この展開から見るに、作者は感動できるいい話を書こうとしていたのだろうと思います。

  • 編集E

    私もそう読みました。主人公が息子に負担をかけまいとして孤独な死を選んだのと同じように、父親もまた、娘に幸せな人生を送ってほしくて、彼女を死なせないように働きかけたのでしょう。いい話ですよね。ただ、なんだかちょっとわかりにくいところもある。立場が逆転して、話がループして、しかもそれが実は夢で……と、いろいろ重なってますし。

  • 編集A

    そもそも、こんな事態が生じた理由とかシステムとかもよくわからないです。死んだはずのお父さんは、一体どうやって赤ちゃんに戻ったの? その赤ちゃんを配達してきた青年は何者? 死神? 天使? 「死んだら赤ん坊に戻って、娘の子供になる」ことは、あらかじめ決まっていたこと? それとも、お父さんは死の間際で神様的存在に出会い、何かしら契約でも交わしたのでしょうか? 

  • 編集D

    もしかしたら、「親子逆転のループ」は、もう何度も繰り返されているのかもしれないですね。ループする話の円環がきれいに閉じられているせいで、そもそもの始まりがどの地点だったのかわからないです。何がきっかけで、どんな力が働いて、こんなことが起こったのかがわからない。

  • 編集A

    円環そのものは閉じているのですが、うまく完成していないんじゃないかな。というのも、生まれ変わったお父さんには、主人公の父だった頃の記憶が全くないですよね。だからこの話には、死ぬ前のお父さんの円環、「私」の円環、生まれ変わったお父さん(息子)の円環という、三つの輪があるんだと思う。そして、それらが今ひとつうまく絡み合っていないような気がします。

  • 編集E

    いや、結局夢だったわけですから、「元は父だった息子」は実在しないということじゃないですか? すべてが夢なら、ループは存在しない。「息子」がやって来ないなら、「息子を思いやってひっそり死ぬ私」という流れになる必要もない。だからラストの主人公は、将来、遺伝性の不治の病で死ぬ運命ではないんだと思います。これは繰り返しの話ではなくて、主人公だけの一本線の話なのでは?

  • 編集A

    私も一度はそういう風にも思ったんです。でもラストの場面で、「夢の中の自分が息子宛てに書いた手紙」と、「現実の父が自分宛てに書いてくれた手紙」が、意味を持ってリンクしてますよね。主人公は、自分でも手紙を書いた経験があるからこそ、お父さんが書いてくれた手紙が届いたとき、父の思いをしっかりと理解することができた。たとえ記憶はなくても、夢の中で同じ経験をしてきたからこそ、父親の愛情が深く心に響いたわけです。現実世界に大きな影響を与えている以上、「母と息子バージョン」の人生を「ただの夢」として扱うことはできないと思う。やはり、「息子」というキャラクターも独立した円環に数えるべきでは?

  • 編集D

    息子とお父さんは同じ人なんだから、同じ輪と解釈していいんじゃないでしょうか。父と娘の二本の輪っかで、この作品世界は本当は完成していたんじゃないかな? お父さんはいったん死んだわけですよね。一度死んで、二カ月後に赤ちゃんになって戻ってきた。そして主人公は、生前の父と同じ時期に、遺伝性の不治の病を発症している。ということは、本来ならこの先で主人公はいったん死に、二カ月後に赤ちゃんとなって息子のところへ現れ、今度はまた「父と娘」の関係が始まるはずだった。やっぱり、「閉じたループ」なんだと思います。

  • 編集F

    私も、本来はそういう話なんだろうと思って読みました。この二人が、親子の役を交互に繰り返すことが永遠に続く話。だからタイトルも『トワイス』なのかなと。「お父さん役になるループ」と「お母さん役になるループ」の「2回」が永遠に繰り返されるということなのかなと解釈しました。その仕掛けがすごくいいなと思ったので、イチ推しにしています。ただ、この話はそういう「永遠のループ」にはなり切っていない。それはラストでまた、配達員の青年が現れてしまったからです。彼の登場によって、ループの輪が切れてしまった。私は終盤の配達員のシーンは蛇足だと思います。

  • 青木

    同感です。彼が出てきて、「実はすべて夢でした」ということになる展開は不要だと思います。あるいは、現状のように重要なキャラクターとして配達員を登場させるのであれば、彼のことをもっとしっかり描く必要があったんじゃないかな。配達員のキャラクターを、もっとちゃんと立てなければいけなかったと思います。

  • 編集E

    この青年が、この話の狂言回し的な役割を担っているわけですからね。

  • 編集A

    配達員の描写は足りないですよね。描写のバランスも悪い。冒頭シーンにおいては、一瞬で退場する端役のようでしかなかったのに、23枚目で再登場してきたときには、この物語の真相のすべてを握っている重要人物になっています。外見も急に、キラキラ感のある美青年として描かれているし。

  • 編集D

    なんだかブレてますよね。冒頭のシーンも、わけがわからなかった。配達員が何の説明もなく「生ものなので早めに開封してください」って一方的に荷物を押しつけて帰っていってますが、主人公が「生きてる蟹でも入ってるの? 嫌だー!」とか思ってとりあえず冷蔵庫に突っ込んだりしてたら、この話どうなってたんだろう?(笑)

  • 編集A

    愛想もないただの端役だったキャラが、ラストで急に慈悲深い神様か天使みたいになっているのも違和感がありました。「お父上が望んだことです」「あなたは立派なお人だ」なんて、口調まで芝居がかっていて、「態度が違うな。急にどうした?」って思ってしまう。いや、私、この美青年キャラ、すごく好きなんですけどね(笑)。とても興味が湧きますし。でも、描き方は中途半端だと思う。

  • 編集B

    配達員をまったく登場させないで、玄関で「ゴトッ」って物音がするので行ってみたら、段ボールと「あなたのお父さんです」って手紙が置いてあって、箱を開けたら赤ちゃんが入っていた、という場面から物語をスタートさせてもよかったかもしれませんね。それでもこの話は作れたと思う。

  • 編集F

    それなら、完全ループの話にすることも可能ですね。

  • 編集C

    でも、それだと作者の意図とは違ってきてしまうんじゃないかな。作者はあくまで、いい話を書きたかったのだろうと思います。実際私は、読んで泣かされました。自分が息子を愛し育てることによって、自分もまた父親から愛されていたのだと深く理解することができたという話の流れには、ぐっと胸に迫ってくるものがあった。読者の感情を揺さぶる力があるのはすごいなと思います。

  • 編集E

    出だしが印象的すぎて、読者がパンチのある話を期待し過ぎたところはあるかもしれませんね。冒頭の一文には不穏さがあり、それでいて、ちょっとしたユーモアがあるようにも感じられる。まさかここから感動する話になるとは予想できないですよね。だから、せっかくいい話風の展開になっても、肩透かしをくらったように感じてしまう読者が多かったのでしょう。

  • 編集A

    理屈がうまくついていないところにも、すごく引っかかりを感じました。

  • 編集C

    理屈が通っていない感じなのは、確かに気になりますね。中でも私は、主人公の母親のことが引っかかりました。主人公が7枚目で、「私には母親がいなかった」と地の文でさらっと言ってますよね。これは、「母親がいたけれど、早くに亡くなった」ということ? それともこの時点でもう、一回以上はループ現象が起きていて、父親は「配達されてきた赤ちゃん」である主人公を一人で育てている、だから元々奥さんはいないということ?

  • 青木

    そこは私も気になりました。どうもこの話が始まる前から、すでにループは起きているっぽいですよね。ただ、そのあたりに関する伏線が見当たらないので、何とも言えない感じです。

  • 編集E

    7枚目で息子が「僕が大人になったら、母さんと結婚してあげるね」と言っていますが、この台詞、何かを暗示していると思っていいのかな? それとも、単に小さい男の子が言いそうな言葉として書いているだけなのでしょうか? 意味深な台詞なのかどうなのかが読み取れなくて、どうにもモヤッとしました。この作品をループ系の話として書いているのであれば、「大人になったら母さんと結婚してあげるね」ではなくて、「大人になったら、僕が母さんのお父さんになってあげるね」という台詞にすべきだったんじゃないかな。

  • 青木

    なるほど。確かにそっちの台詞のほうがいいですね。この話にピタッとくる。

  • 編集A

    ちょっといろいろ、うまく話を作りきれていないんですよね。作者がやりたかったのだろうことはおぼろげに伝わって来るんですけど、理屈が通っていないようなところが多くて、私にはわかりにくかった。読んでいて引っかかるところが多かったです。

  • 編集H

    私もけっこう引っかかりながら読みました。ただ、詳しい理屈の部分は、実はそれほど念入りに説明し尽くす必要はないのかなとも思います。むしろ逆に、力技でいいから、「なんかこういうことが起きましたよ」ってことで、ふんわりと理屈付けしてくれていたらよかったのに。

  • 編集E

    そうなんですよね。つじつま合わせをやりすぎると、理に落ちて、かえってつまらない話になってしまう危険性がある。

  • 編集H

    そこを、うまい力加減で手を抜くことができていないので、引っかかる人にはすごく引っかかってしまったのだろうと思います。

  • 編集A

    確かに。なんとなくそれらしい雰囲気で流す書き方のほうがよかったのかもしれないですね。現状では半端に理屈があり、しかもその理屈がうまく通っているように思えないので、そこに目を取られてしまう。

  • 青木

    この話に関しては、あまりロジックにこだわらなくていいと思います。『世にも奇妙な物語』的に、ふわっとまとめたほうが良かったんじゃないかな。

  • 編集H

    ただその場合、どこを意味深に描いて、どこをスッと流すかというバランス感覚がすごく重要になってくると思います。

  • 青木

    これは短編でもありますし、力の入れどころと抜きどころをもう少しよく考えながら書く必要があったと思いますね。理屈を長く説明するのでなく、大事な部分をエピソードや会話にして、自然に読者が納得できるようにする。この作者ならできると思います。

  • 編集D

    『世にも奇妙な~』的な話にするのであれば、雰囲気づくりも重要だと思う。全体的な不穏さをもっと盛り上げておくとか。

  • 編集F

    本作はハートウォーミングな話なのですから、むしろ赤ちゃんの描写とかをもっと入れたほうがいいのでは? 触ったらフワフワであったかかったとか。

  • 編集G

    ツンツンしてみたら、きゅっと指を握られてドキッとしたとかね。そういう、赤ちゃんの「生きてる感」があったほうがよかったなと思います。現状では、冒頭の赤ちゃんは「装置」でしかない感じなので。

  • 編集F

    単なる「モノ」というか「記号」になってるんですよね。

  • 編集D

    うーん、でも、私はそれがいいんだと思う。これは観念的な話なのですから、赤ちゃんも観念的存在でいいと思います。今くらいの「記号」ぶりでOKなんじゃないかな。

  • 編集B

    システマチックに進んでいく話だからこそ、ストレスなく楽に読めますよね。もしこの話に、「夜中でも二時間おきにミルクをあげて、オムツを取り替えて……」みたいなベタッとしたエピソードが盛り込まれていたら、読むのが辛いです(笑)。そういうあたりをバッサリ排除しているところは、逆にすごくいいと思う。

  • 編集E

    そもそも、配達されてきた赤ちゃんに戸籍があるのだって、すごくおかしな話ですしね。でも観念的な話だからこそ、そのあたりは「まあいいか」と思って読むことができる。この作品においては、現実との整合性はそんなになくてもいいのかなと思います。

  • 編集A

    観念的な作品だから、ポンと何年も話が飛んだり、赤ん坊があっという間に大きくなるのもそれほど妙じゃない。けれど、そうやって進んできた話のラストが人情オチみたいになるのには、やはり少々違和感がありました。結局、描き方のバランスの問題かなと思います。

  • 青木

    あと、タイトルの真意もちょっとわかりにくいなと思いました。できれば再考してみてほしいですね。

  • 編集B

    全体的には楽しく読めたんだけど、冒頭のインパクトに比べて、ちょっと毒の足りない仕上がりになってしまったかな。読者に爪痕を残すところまでいけていないのが残念でした。

  • 編集A

    冒頭の一文からの期待値が高すぎたんでしょうね。

  • 編集E

    そうですね。でも、その一文によって話に引き込まれたので、削ったほうがいいとも言えない。難しいところですね。面白い作品ではあったのですが、いろいろ疑問を感じるところが多くて、もったいなかったです。

  • 編集C

    でも、現状でも私は感動しましたよ。「いい話を書こう」と思って書いた話が、実際にいくらかの読者の心を動かしている。その事実は作者に伝えたいです。

  • 編集B

    決してレベルは低くないですよね。

  • 編集H

    やはり、バランスの問題が大きいかなと思います。どういうテーマ、どういうテイストの作品を描きたいのか。そのためには、描写の塩梅をどうすべきか。どこに力を入れて描き、どこを間引くのか。そういったあたりのことをもう少し意識しながら、次作に取り組んでみてほしいですね。

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