かける

小説を書いて応募したい方・入選した作品を読みたい方はこちら

213

選評付き 短編小説新人賞 選評

『羽化』

染井しのぶ

  • 編集A

    同性愛者である女子高生・可奈子が主人公です。男の子は恋愛対象ではないはずなのに、なぜか同級生の近田君のことが気になっていく。かつてない状況に戸惑っていたんだけど、実は近田君には秘密があり……というストーリー。結論から言うと、近田君もまた、一般的な異性愛者ではなかったというわけですね。ただ、主人公はレズビアンと解釈していいんだろうけど、近田君の抱えている状況がどういうものなのかは、読み終えても今ひとつはっきりわからなかった。終盤で、「ニセモノなんだ、ぜんぶ。見た目も、中身も。ぜんぶ、ひとつも、本物じゃない」と言っていますが、これ、どういう意味なのでしょう? 彼はゲイなの? それともトランスジェンダー? あるいは身体的には未分化な状態で、男性とも女性とも言えないということなのでしょうか?

  • 編集E

    僕は、トランスジェンダーだと思って読んでいました。身体は男の子で、心は女の子。

  • 青木

    私も同じです。体と心の性別が食い違っていて、心の中は女の子。で、恋愛対象は男の子。そういうことかと。

  • 編集A

    私もそうかなとは思ったんですけど、「見た目も中身も、全部ニセモノ」という言葉をどう受け取ったらいいのか分からなくて、悩みました。今も悩んでいます。性自認や恋愛指向には様々なタイプがありますから、憶測で決めつけるわけにはいかない。この作品そのものは好きなのですが、ラストで明かされる近田君の事情は今ひとつはっきりしていなくて、引っかかりました。あからさまに書く必要はないけど、もう少しわかりやすく伝えてほしかった。近田君のこと、もっとちゃんと知りたいです。

  • 編集G

    もちろんこういったことは、「同性愛」「異性愛」みたいに、きっちり白黒分けられるものではないとは思うけど、そういう要素をメインにした作品を書くのであれば、登場人物たちの体と心がどうなっているのかは、もう少し詳しく教えてほしかったですね。

  • 編集A

    デリケートな問題だからこそ、読者側としても、誤解することなく読みたいですよね。

  • 青木

    心が女の子である近田君は、恋愛感情として春日井君を好きなのかな? なんとなくそう感じませんか?

  • 編集D

    私もそう思いました。春日井君とは遠慮なく軽口を叩き、親友みたいな位置にいるんだけど、ときどきすごく柔らかな愛情あふれる視線を送ってたりしますよね。友情以上のものを感じます。これは私の勝手な想像なのですが、作者はもしかしたら最初のうち、近田君はゲイ的な感じで春日井君を好き、という方向に読者をミスリードしたかったのかもしれない。というのも、冒頭シーンで近田君は、男子更衣室から逃げるように廊下に出てきますよね。主人公と同じように。主人公は、恋愛対象である女の子たちの下着姿を目にしてしまうのがいたたまれなかったわけですが、近田君も同じであるように受け取れる。この場面ですでに私は、「近田君も同性が好きなのかな」と思ったんです。

  • 編集G

    察しがいいですね(笑)。私は、冒頭シーンの意味は、読み返してから気づきました。主人公のことも、最初は「群れるのが嫌な子なのかな」ぐらいに思っていました。

  • 編集D

    私、この作品すごく好きなんです。だから勘が働いたんだと思う。主人公がぶっきらぼうな態度でそそくさと更衣室を後にする様子に、「もしやこの主人公は……」って思いましたし、さらに近田君については、「同性が好きというより、心は女の子なのでは……?」と推測しました。その後の描写の中でも、近田君は実に細やかなところに気が行き届く子で、読みながらますます確信を深めましたね。

  • 編集G

    確かに女子力は高い。ポンポンのテープの色合わせをすごく綺麗なものにしたり。「おそろいの髪飾りがあったら可愛いかなって思って、作ってみた」りね。

  • 編集D

    ここまで気の利く男の子、そうはいないと思う。真相としては、内面が女の子だからこその「女子的センス」だったというわけですね。でも、性別は抜きにしても、近田君はすごく優しいいい子だと思います。周囲への言葉かけや対応にも、繊細な気遣いが溢れていますよね。今は男子高校生という立場にある意味「擬態」して、周囲に隠し事をして暮らしているんだけど、それでも結構人気者です。男子にも女子にも好かれている。それは近田君そのものが素敵な人だからだと思います。私は個人的に、近田君が大好きです。だから、エスパー並みに彼(彼女)のことを受信しちゃいました(笑)。

  • 編集G

    近田君の描き方は、確かにすごくよかったと思います。彼がどういう感じの人なのか、文章からちゃんと伝わってきました。ビジュアルも見えるようだった。「ひょこひょこと跳ねたようにセットされた茶髪」とか(笑)。

  • 編集A

    「チカって呼んでよ」と言ったりしてますが、これは、「仲良くしようよ」という意味だけでなく、「女の子っぽい名前で呼んでほしい」という気持ちがこっそり含まれていたのでしょうね。

  • 編集G

    「宗利(むねとし)」では武士みたいなイメージで、本人としては不本意でしょうね。

  • 編集D

    そういう辺りも、近田君の心のありようとして、すごくわかるなと感じました。ただ、ラストの展開には賛否両論あると思います。

  • 編集C

    この終わり方では、作品の意図するものが何なのか、よくわからないです。結局これは、恋愛話ではないんですよね?

  • 編集A

    近田君を「女の子」と捉えるなら、女子同士の友情が成立した話ということになるのかな?

  • 編集F

    でも、主人公のほうは恋愛感情で近田君を好きなんですよね。少なくとも今の段階では。

  • 編集G

    本人はそう言っていますが、私はその辺りはちょっとよくわからなかった。主人子は確かに近田君のことが気にはなっているけど、それってほんとに恋愛感情なのかな? そこはずっと曖昧なままですよね。なのに、春日井君に告白されたら急に、「私が好きなのは近田君なんだ」と言っている。

  • 青木

    この告白は唐突でしたね。それ以前の部分に、主人公の近田君への想いを描写したところがなかったので、「え、恋してるの?」と、ちょっとびっくりしました。

  • 編集G

    まあ短編としては、ここらで告白させないと話がまとまらない、みたいなことはあるのでしょうけど、うーんでも、その結果話がまとまっているようにも、あまり思えない。私はこの作品が好きだし、イチ推しもしているのですが、ラストはちょっと無理やり話を収束させに行ってしまったかなと思います。そこに至るまでの描写が繊細で巧みだった分、まとめ方の強引さが強く出ちゃったところはあるように思う。

  • 編集C

    ラストの着地のさせ方は、どうにもモヤッとしました。そこへくるまで、主人公の「同性しか好きになれない」故の辛さや葛藤がいろいろ書かれていた割に、恋愛の話になっていかないですよね。話の筋が微妙にズレてしまっている気がします。

  • 編集B

    私は逆に、これは作者の計画通りの物語なのではと思います。「女の子しか好きになれない」主人公が、なぜか男の子に心惹かれていく。本人は戸惑いますが、真相がわかれば、「近田君は(内面が)女の子なんだから、惹かれても不思議はなかった」わけで、納得です。でも、近田君のほうは男の子が好きなのですから、両想いにはなれない。主人公は「やっぱり私は女の子しか好きになれないんだ」と再認識しつつもフラれることになり、複雑に切ないですよね。作者は狙い通り、書きたかった話を書けているのだろうと思います。ただ、ちょっと狙い過ぎという気もする。テーマがテーマだけに、計算したような話になっているようなところは引っかかりました。

  • 編集F

    わかります。この話からは、主人公の恋心が実感として伝わってこないですよね。「主人公は近田君が好き」というのが、設定でしかない感じ。可奈子は近田君になぜか惹かれるものを感じ、ラストでそれは「恋」だったということになっているけど、近田君への恋心がいつ芽生えたのか、いつそれを自覚したのかがよくわからない。近田君のどういうところに、「素敵だな。好きだな」と感じたのか、もう少し具体的に伝えてほしかった。

  • 編集D

    やっぱりそれは、一緒にポンポン作りをしているときに、次第に惹かれていったんじゃないですか? 細やかな気遣いに触れているうちに段々と。

  • 編集G

    近田君の可愛い表情やつややかな爪とかに、主人公はついつい目をとられたりしてますしね。

  • 編集F

    ただ、この段階では主人公は、近田君を明確に「男子」と思っているのですから、多少素敵なところを見つけても、恋愛感情が芽生えたりしないんじゃないかな。可奈子は常日頃から、「私は女の子にしか恋できない」と強く思い込んでいます。そして近田君については、「いかにも女の子が好きになりそうなモテ男子」「恋敵になりやすい相手」「妬ましい」、などと思っている。こんな状況では、近田君の女子っぽい一面を多少目にしたとしても、「ドキッ、恋しちゃった」とは、まずならないですよね。もう少し、「近田君は男子だから恋愛対象のはずがないのに、どうして私はこんなに気持ちが揺れるの?」という動揺がしっかり描かれていたらと思います。

  • 編集A

    そこは描かれているんじゃないでしょうか? そういう気持ちが語られている箇所、ありましたよね。

  • 編集F

    違和感みたいな心の揺れは描かれています。ただそれは、「恋」であるようには感じられない。「妬み」や「劣等感」、「憎悪か好意かわからない」「腹が煮える」みたいな思いは書かれているのですが、読者としてそれを「恋心」とは受け取りにくいです。主人公は自覚してなくても構わないけど、読者から見て「主人公は恋をしてるのね」と理解できる描写はもう少し必要だったと思います。それがないから、終盤での主人公の告白が唐突に感じられてしまう。「あれ? いつのまに恋になってたの?」と。

  • 編集D

    言われてみれば、確かに。近田君のキャラクターはよく描けていると思うけど、肝心の主人公をうまく描き切れていないですよね。

  • 編集A

    主人公の掘り下げは不足気味ですね。「女の子が好きなんだ」ということは繰り返し語られていますが、女の子のどんなところに惹かれるのかみたいなことはよくわからない。

  • 青木

    小動物系の、「いかにも女の子」という可愛いタイプが好きらしいですが、そういうのは外面的なところでしかないですよね。もうちょっと主人公の気持ちの部分を知りたいです。

  • 編集E

    「可愛い女の子」が好みなんだったら、イケメン男子の近田君を好きになるのは、やっぱりすごく考えにくい。

  • 編集B

    それでもなお恋に落ちたのだとしたら、単に「私は近田君が好きなのだ」となるのではなく、もっと激しい葛藤があるはずだと思います。自分の恋愛指向が根本から揺らぐわけですから、混乱をきたさないほうがおかしい。そういうあたりまでをしっかり書いて初めて、この物語は成立するのだと思います。

  • 青木

    「近田君は内面が女の子なのだから、主人公の恋愛対象になり得るんです」というのは、理屈としては一応通っているのかもしれないけど、じゃあ女の子なら誰でも好きになるのかといったら、そうではないですよね。「なぜ主人公にとって近田君は特別なのか」というところを、もう少ししっかりと描いていてほしかった。

  • 編集F

    それに、肉体は関係ないのかな? 「心が女子」でありさえすれば、身体は男性でも女性でもOKなのでしょうか?

  • 編集E

    そこは僕もものすごく引っかかりました。恋愛なんだから、身体と心、両方の面で惹かれるわけですよね。「心が100%、肉体面は気にしない」というのは、ちょっときれいごと過ぎると思う。

  • 編集B

    可奈子の「恋する気持ち」が生の感情として伝わってこないので、読んでいて納得感がないです。だからどうにも、「頭で作られた話」のように感じられてしまう。

  • 編集F

    ただ、作者が「同性愛」とかを物語の装置として使っているようには、私には思えないです。作者には、このテーマで書きたいという気持ちが強くあって、すごく考えながら書いているんだろうと思う。

  • 編集D

    同感です。近田君のことをこんなにしっかりと描写できているのですから、安易な気持ちで性的マイノリティを要素にした話を書いているのではないと思う。

  • 編集G

    近田君以外のキャラの描き方がイマイチなのかな。例えば春日井君。終盤で主人公に告白してますが、彼の言葉を聞いていると、要するに「見た目が可愛いから君を好きになった」と言っているように感じますよね。

  • 青木

    確かに。ただまあ春日井君は、ごく普通の男の子だと思います。私は、春日井君のこの健全さは好きですね。だからむしろこれ、三角関係の話にしたらよかったんじゃないかな。そのほうが、登場人物たちの感情面にぐっと迫れたのではと思います。

  • 編集C

    私はやっぱり、主人公のことがどうにも好きになれなかったです。

  • 編集A

    確かにこの主人公には、ちょっと嫌な人物みたいに感じられるところはありますね。

  • 編集C

    小学生のときに辛い経験をしたせいで、心を閉ざしちゃってるんですよね。でも、こういう辺りは描き方次第です。読者に、「うんうん、あなたも辛かったよね。それは臆病にもなっちゃうよね」って思ってもらえるように書くことはできたはずだと思う。

  • 編集G

    不愛想で人とのかかわりを避けている割に、主人公はクラスで孤立しているわけではないですよね。かなりの美人で孤高のクールビューティーらしいけど、女の子たちに嫌われている様子もないし。

  • 編集B

    むしろ、明確にそういう設定に振り切ったほうがよかったのではないでしょうか。恋愛対象は女の子なのに、女の子たちからは「美人でモテてて気に食わない」と嫌われまくっているとか。

  • 編集F

    それなら読者も、「辛いだろうな」と思えましたよね。主人公が美人であることにも意味があります。今の描き方では、主人公の苦悩があんまり伝わってこなくて、損をしていると思う。

  • 編集C

    この話において、主人公を美人に設定する必要はなかったんじゃないかな。

  • 編集B

    同感です。現状では、恋愛成就ではないにしても、結局イケメンと美女の心が繋がり合うという話になっているので、読者は共感しづらいと思う。

  • 青木

    もし私が書くとしたら、近田君をイケメンにはしないですね。むしろ、ゴリラみたいなゴツい男の子にします。心の中は女の子で、可愛いものが大好きなのに、それを絶対に表には出せない。気持ち悪がられるに違いないと思ってしまうから。女の子扱いなんて一度もされたことがなくて、内心ではずっと辛い思いをし続けている、みたいな子にします。

  • 編集C

    そんな子がある日思いがけなく、頭にリボンをかざしてもらって、「似合ってるよ。可愛いよ」なんて言われたら、それはもう。

  • 青木

    ものすごく切ない話になりますよね。私だったら絶対そういう展開にするのになと思います。もちろんこれは私の勝手な考えですから、作者の好みとは違うかもしれない。ただ、「心が女の子だから、私は彼に惹かれたのだ」というふうに、「心」に主眼を置く話なのであれば、外見はまったく関係ないわけですよね。それならやはり、キャラクターを美男美女にしないほうがよかったのではと思います。そのほうが、登場人物たちの気持ちに読者が寄り添いやすい。

  • 編集B

    あと、「性的マイノリティ」という要素の扱い方が、ちょっとステレオタイプかなと思います。十年前だったらこういう書き方でもよかったかもしれないけど、今書く話としては、少々物足りないように思える。

  • 青木

    セクシュアリティーの多様性については、この数年だけでも意識は違ってきていますよね。逃れられない宿命として描くのか、単なる個性のひとつとするか。キャラクターが受け入れているのかいないのか。男女のどちらであるかを書く必要がない場合もあるかもしれません。物語の中でどう扱うかということを意識して考えなくてはならないと思います。この小説の中ではネガティブに扱われていますが、最後に希望が見えたと私は捉えています。

  • 編集E

    タイトルもちょっと大げさというか、よくわからなかったです。「羽化」って何を意味しているのかな?

  • 編集A

    一段上のステージに行けた、みたいなことじゃないですかね。自分のありのままの気持ちを初めて正直に人に晒せた、心を開くことができた、みたいな。

  • 編集G

    主人公には、友達がいないっぽいですよね。で、今回近田君を好きになって、両想いにはなれなかったんだけど、いろいろ分かりあう友達にはなれたわけですよね。あたたかい交流を持てる相手ができたし、久しぶりに誰かを本気で好きになれた。主人公の心がフワッと軽くなって、苦悩から一歩抜け出せたイメージが含まれているのかなと思います。ただ、タイトルはもう少しライトな感じにしたほうが、この話にしっくりきますね。

  • 青木

    ラストはよかったと思います。主人公と近田君は、分かり合える相手を初めて持てた。だけど恋人にはなれないわけで、嬉しさと切なさは表裏一体なんですよね。距離が近づいた途端失恋するというのは、短編としてオチがきれいについていると思います。それに、ここから優しい関係を築いていけそうな予感も漂っていますから、後味も悪くないですしね。

  • 編集G

    「人を描く」ことの好きな書き手なのだろうと思います。今回はまだ、キャラの掘り下げが足らないところもあったけれど、二人の心の距離の自然な近づき方だとか、後から読み返して気付くさりげない伏線描写とか、上手いなと思えるところはたくさんありました。今回指摘されたことを参考にしていただけたら、次作はさらに完成度の高いものになると思います。ぜひがんばっていただきたいですね。

関連サイト

コミック りぼマガ
サンデーうぇぶり
炎の蜃気楼 Blu-ray Disc Box 05.27 On Sale
e!集英社
ダッシュエックス文庫
ファッション通販サイト FLAG SHOP(フラッグショップ)
サンデーGX