編集A
イチ推しが圧倒的に多い作品です。とても面白かった。ただ、ラストはよくわからなかったですね。
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第214回
『イリュージョン』
松野志部彦
イチ推しが圧倒的に多い作品です。とても面白かった。ただ、ラストはよくわからなかったですね。
これは、お母さんが別人になってしまったということでしょうか? 他の誰かがお母さんに成り代わってしまったのかな? それとも、お母さんの中身が変化(へんげ)しちゃったということ?
あるいは、別の世界線が絡んできたか。
私はその解釈で読みました。主人公がいる世界とは別の平行世界が存在していて、主人公のお母さんはその平行世界へ飛ばされ、そちらの世界から違うお母さんがやってきた、みたいな。
では、お母さんだけがチェンジされたということですか?
あるいは、主人公のほうが別の平行世界に入ったのかもしれないですね。
私はそっちの解釈です。主人公だけが別の世界線にズルッと移行したのかなと思いました。
私はラストのお母さんは、外見はそっくりなんだけど、まったく異質の何かにすり替わったということかなと思いました。人間ではなくて、「お母さん」という概念みたいな存在が、主人公のお母さんの座に収まってしまったとか。
あるいは、お母さんの肉体はそのままに、中身だけが人間とは言えない何かに変わってしまったのかもしれない。
私は、「ぼく」がいるこの世界に、よその平行世界から、その世界の「お母さん」が来たのかなと思った派です。というのも、イリュージョンが終わった後のお母さんは、「なんだか知らない世界に来たみたい」と言っていますね。この台詞は、このお母さんが「別の世界」から来たことを匂わせているのかなと。
主人公の元々のお母さんは、イリュージョンによって、いったんステージ上の檻の中に移転されましたよね。で、二度目のイリュージョンの後には、檻の中は空っぽになっていた。普通に考えたら、お母さんはその檻から別の世界に飛ばされて、入れ替わりに、別の世界のお母さんが主人公の隣に出現した、ということかと思える。とすれば、ここは「ぼく」の世界で、ラストの「お母さん」が別の世界から来た存在、という解釈は、確かに成り立つけど……
でも、ラストで新しいお母さんは、「(サーカスのことを)お父さんにも話してあげないとね」と言っています。
そうなんですよね。イリュージョン後の世界には、主人公のお父さんが存在するらしい。
主人公には、お父さんはいないはずですよね。冒頭場面でそう語られています。
死別なのか離婚なのか、そのあたりは書かれていないから分からないけど、とにかく、おばあちゃん、お母さん、ぼく、の三人家族らしいですね。
だから、「お父さんが待ってる」みたいな台詞は、主人公が別の世界に飛んだことを読者に伝えているのかなと思います。
はい。私もここを読んで、主人公は「お父さんとお母さんが揃っている、別の平行世界」に移行したのかなと思いました。
ただ、主人公が元々いた世界、お母さんが別人になる前の世界でも、人物のすり変わりは一度起きていますよね。主人公のおばあさんは、「過去にすり替わり済みの人」なのだと思えます。いつもはただ静かにそこにいて、「まるで置物のような」人物。でもそんなおばあちゃんを、お母さんはなぜだか少し怖がっている節がありますね。それはこのおばあさんが、お母さんが子供だった頃に「すり替わった母親」だからだと思います。今いる「おばあちゃん」は、お母さんの本当のお母さんではない。これはかなり明確に匂わされていると思います。
「前に全く同じことがあったの」、みたいなことを言ってますからね。お母さんは子供のころ母親とサーカスに行き、今回と同じように、ステージの檻を経由して母親が別人になってしまったことを経験したのでしょう。
それ以来ずっと、本物のお母さんじゃない人を「お母さん」ということにして生きていくしかなかったんですよね。
だから息子をサーカスに連れて行きたくなかった。なのに、いつもはおとなしい「偽物の母」が、なぜか執拗に孫をサーカスに行かせようとする。怪しいですよね。
お母さんは、「おばあちゃん」に対して敬語で喋ってますよね。心理的な距離を感じます。
はい。だから僕は最初、義母なのかと思っていました。夫のお母さんということなのかなと。でも、細かく読んでいくと、「昔一緒にサーカスに行った」「そのとき、まったく同じ経験をした」みたいなことが語られている。子供時代から一緒にいるなら、続柄だけで言うなら実の母娘ということになる。
だから、主人公が元々いた世界は、「昔、母の母が別人にすり替わった世界」なんですよね。だからこの作品が、「繰り返しが起きるホラー」なのであれば、今回の出来事も、主人公はこの世界にとどまったままで「母親のほうがすり替わる」、という展開になるはずじゃないかな。そういう解釈のほうが、理屈としては合っているような気がする。
ただ、子供の頃にお母さんはイリュージョンによって平行世界に飛ばされ、心理的には別人である母親のもとで不安を抱えながら長年暮らしてきた、とも考えられますね。そして時が経ち、今また息子がサーカスに行こうとしている。だから、「今度はこの子が別の平行世界に飛ばされる」と焦って、サーカス見物に反対した、ということなのかもしれない。その場合は、「子供が別の世界に行く」ことのほうが、くり返しのパターンに則っていることになります。
うーん、色んな解釈が成り立ちますね。そして、どれを選んでも、どこかで少々矛盾が生じる。作者の頭の中にある「真相」は、いったいどういうものだったのでしょう? それを、この作品だけから明確に読み取ることは難しいですね。
はい。もう少し、読者が理解しやすい書き方をしてほしかったなと思います。
せめてもうちょっとだけでも、読者が真相にたどりつけるヒントが欲しかったですね。もう一息でうまく理屈が通せそうな感じではあるのですが、そこを書き切れていない。非常に惜しいです。
あと私は、主人公のお父さんのことがすごく気になりました。主人公が生まれている以上、お父さんはかつては存在していたということでしょうけど、どうして今現在「うちにはお父さんがいない」のかな? 「平行世界が存在する」とか「異世界に飛ばされることがある」みたいなことと何か関係があるのでしょうか?
ラストで主人公が「うちにお父さんはいないのに……」とゾッとしている様子から考えると、離婚とか別居とかって感じには思えないですね。すでに亡くなっているとか、謎の失踪を遂げたとか、とにかく「会えるはずがない存在」なのではと思います。
主人公のお母さんは、子供の頃に母親がすり替わって以来、孤独な日々を過ごしてきたのだろうと思います。だからその「お父さん」が、愛し合って結ばれた男性だったなら、とても大きな心の拠りどころとなったでしょうね。でも、今その夫はそばにはおらず、さらに大事な一人息子をも失いそうになっている。その不安と焦燥を思うと胸が痛みます。でも、もしかしたらそういうのは私の勝手な想像で、過去の経緯は全然違うものだったのかもしれない。そのあたりをどういう方向で読めばいいのか分からないので、ちょっと話に入り込みにくいところがあります。「お父さん」に関しては、もう少し説明しておいたほうがいいと思いますね。
このお母さんは、息子をサーカスに連れて行ったら「チェンジ」なり「次元移動」なりが起こる危険があると強く予期している割に、案外すんなりとサーカス行きにOKを出しているように感じます。この状況なら、もっと断固として拒絶するはずじゃないかな?
でも、おばあちゃんが「私が連れて行くよ」って言いだしちゃったから、「それぐらいなら私が」って思ったんじゃない?
おばあちゃんと一緒にサーカスに行ったら、息子はあっさり取り替えられてしまうでしょうからね。自分が一緒に行くことで、なんとか阻止しようと思ったのでしょう。
それにしても、もう少し強い抵抗を見せたり、尋常でない取り乱し方をしたりという描写があってもいいのにと思います。
そうですね。なんだか怖がってばかりで、「どんなことをしても息子を守る!」という気概が足りないように感じます。
ちょっと本気度が足りない感じはありますね。お母さんなんだから、もう少ししっかりしてほしい。過去の経緯を知っていて息子を守れるのは、このお母さんだけなのですから。
このお母さんは何だか、少女っぽい印象じゃないですか?
そうですね。可愛い感じです。息子の「ぼく」もそう思っていますね。「白い日傘を差しているときのお母さんは、物語に出てくるお嬢さまみたいに神秘的で、ぼくは好きだ」と語っている。
普通のお母さんは、子供から「神秘的」と思われることは、まずないと思う。日常生活の中では、感情的に怒ったりすることはいくらでもあるでしょうから。でもこのお母さんは、全体的に何か弱々しい。子供に遠慮している感じです。サーカスのテントに入った後も、ジュースやお菓子で気を引こうとしたり、それがうまくいかないとしょんぼりしたり。イリュージョンが始まるときも、「お願いだから、言うことをきいて」なんて、怯えながらすがるように言ってますが、母親ならここはもっと強く出ていい場面だと思います。
「帰るわよ! 問答無用!」って、引きずってでもテントから出るべきでしたよね。だって、息子がすり替えられてしまうかもしれない一大事なのに。お母さんはそれを知っているというのに。
本気で息子を思っているなら、もっと死に物狂いになって然るべきだと思います。
それにこのお母さん、「サーカスが嫌い」とか「怖いのが苦手」とか曖昧なことしか口にしていませんが、「すり替わり」の体験者なら、もっと具体的な対策をとったらいいのに。息子にあらかじめイリュージョンの内容を説明しておくとか、「『目を閉じろ』と言われたら、絶対に閉じるのよ! 絶対によ!」って厳重に言い含めておくとか。
経験者なんだから、何らかの対処のしようがあったはずではと思うのに、何の策も講じないですね。
結局、「すり替わり」だか「異次元転移」だかは防げませんでしたね。
ラストでは、「誰かが目を開けていたからだ」みたいに書かれていますが、私はここは、「ぼくが目を開けていたせいだ」という真相にしたほうが効果的だったと思います。お母さんから「絶対目を開けちゃダメよ!」って散々言われていたのに、その言いつけを守らなかった。「ぼくのせいでお母さんが……!」っていう展開だったほうが、ラストの恐怖と後悔、絶望感が増すと思う。
ただ、お母さんが檻に閉じ込められて、「ズルして目を開けたら、お母さんは戻ってこないよ」なんて言われたら、普通開けられないと思います。実際主人公も、二度目は厳重に目をつぶっていましたよね。
まあでも、周囲が「わあっ!」と騒いだから、つい「何!?」って反応しちゃったとか、やりようはいくらでもある。
あるいは、一度目はたかをくくって薄目を開けていて、そのせいでお母さんが檻に入れられてしまった。「ああっ!」っと後悔して二度目はちゃんとつぶったけど、もう後の祭り、とかでもいい。とにかく、主人公のせいで世界軸が変わる、「何もかもぼくのせいだ……!」という筋書きにするほうが、この話はさらに完成度が上がったのではと思います。
確かに。オチがいっそうスッキリしますよね。
禁止事項に従わなかったから不幸で破滅的なラストが訪れるというのは、一種のお約束パターンですが、この作品においてはそのパターンに則っていいと思います。
そのほうが、ホラー色のある児童文学、みたいな感じにまとまりますね。
現代ものの話に、「サーカス」というかなり使い古されたアイテムを使っているところは、少し気になりました。
「サーカス」に「ピエロ」ときたら、それだけでもう怖いですもんね(笑)。装置感はある。
現代の男の子が、サーカスにここまで胸ときめかせるかと考えたら、そこもちょっと疑問ですね。まあでも、これはホラーですから、王道のアイテムとして許容範囲内かなと思います。総合的に、ホラー作品として、いい出来になっていたと思います。ラストでお母さんが何者かに変わってしまったところは、本当にすごく怖かったですよね。
はい。いろいろ説明が不十分なところはあるのですが、よくわからないから余計に「怖っ!」って思えた面もありました。文章にはたどたどしさを感じるのですが、今作には、このたどたどしさがいい効果を与えていたと思う。
小学生目線の一人称小説なので、子供っぽい説明や曖昧な語りが、逆にマッチしているところはあったと思います。
子供の語り口が自然に書けていましたよね。変に幼く装った感じはなかったです。
正直、理屈がうまくつけられていなくて、わかりにくいところもちらほらありました。でもよく分からないなりに、「なんとなく、こういうことかな?」と想像しながら、面白く読める。何より、「何か恐いことが起こるぞ」という期待のひっぱり方、盛り上げ方は、すごくうまかったと思います。
すべてをきっちり説明し過ぎないほうが効果的、という面もありますからね。後はバランスです。ふわっとしているからこその良さと、「よくわからない」と読者にツッコまれる隙は常に表裏一体。その間でいかにうまくバランスを取るかを、今後の作品においては意識してみてほしい。
以前にも、最終選考に残られた方です。そのときの作品も、ちょっと不可思議な感じが魅力的で、でも微妙に理屈に合わないところが少し引っかかりもした。作者はトリッキーな話が好きなのかもしれませんね。ただ、こういう系統の話を書くのであれば、もう少しだけ、読者に親切にしたほうがいいと思います。不可思議な部分に大きくひっかかると話の筋が入ってきません。物語に引っ張る力がある分、もったいないです。自分の中のロジックを成立させた上で、どこかにヒントを与えておくと良かったですね。
今回受賞されることで、短編小説新人賞は卒業となります。今後はぜひ長編にも挑戦していってほしいのですが、その場合、理屈を整えることはさらに重要になってくると思います。そういう方面の磨き上げも含め、より一層面白い作品を創り上げていってほしいですね。