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選評付き 短編小説新人賞 選評

『漂流する手紙』

保塚田海

  • 編集B

    とにかく、この作品の世界観が素敵でした。主人公の「僕」は、あまり社交的ではなく、世間の片隅でひっそりとウェブデザイナーをして暮らしています。そういう「孤独な青年」が、学生時代に親しかった友人からの謎めいた手紙をもとに、見知らぬ地へと短い旅をするという筋立てには、心惹かれるものがありました。ひなびた地方の町で、自分しか乗客がいないバスの運転手とぼそぼそ交わす会話とか、そのバスの窓から見る海辺の町の寂しい景色とか、時が止まったような風変わりな郵便局とか、現代社会をちょっと抜け出して、静かな別世界に来たみたいですよね。人の少ないさびれた海辺の町に、郵便局らしくない郵便局があって、波に漂うようにしてたどりついた宛先のない手紙たちが眠っているという、この設定と空気感がとても好きでした。イチ推しにしています。

  • 編集A

    物語世界として魅力的ですよね。現代ものなんだけど、ファンタジー風味がある。ちょっと切なく懐かしい感じがあります。

  • 編集C

    舞台は日本ですが、べたっとした日本っぽさは排除されている。全寮制の男子校とか、海辺のレトロな郵便局とか、作者が「素敵だな」と思えるアイテムや雰囲気だけを盛り込んだ作品という印象です。いろんな意味で、作り物感がある。主人公の語りや登場人物の台詞も、リアルな感じではないですね。

  • 編集B

    翻訳調の文章ですよね。

  • 編集A

    地の文の説明があんまりうまくいってなくて、ちょっとたどたどしいところがあったりしますよね。説明している最中に、さらに丸カッコで説明を追加していたり。まだあまり文章を書き慣れていない書き手が一生懸命書いているのかなと思って、そこはむしろ好感を持って読んだのですが、もしかしたら作者はわざとこういう書き方をしているのかもしれない。

  • 編集G

    好きな作家さんの文体とかに影響を受けているのかも知れませんね。好みの文体があって、それを意識的に書くというのは決して悪いことではないんですが、読者にもまた好みがありますからね。好意的に受信する人もいれば、しない人もいる。

  • 編集B

    なんらかの「クセ」が強く出ていると、万人に愛される小説にはなりにくいかもですね。

  • 青木

    翻訳調の文体であったり、ノスタルジックな美しい世界観であったり、こういうものが好きな人にはすごくハマるだろうなと思います。ただ、こういう作風はわずかな匙加減で、ダサくなったり芝居臭くなったりする危険性も高い。今作はすごく雰囲気がありますし、私は嫌いじゃないのですが、こういう書き方をあえて選ぶのであれば、もっとこの方向性を極めてほしいなとは思いますね。

  • 編集B

    現状では、まだちょっと中途半端ですね。独特の個性、というところまでは行けてない。

  • 編集C

    話の骨子もユラユラしていると思います。作品の雰囲気には心惹かれるものがあるのですが、結局何を描いた話なのかよくわからない。宛先のない手紙や思い出の品などが保管されている「漂流郵便局」というのは、実際に存在しますよね。それをモチーフにして小説を書こうと思いついたのかもしれませんが、芯の通った小説作品を創り上げるところまでは行けていないように感じます。

  • 編集G

    ミュージックビデオ風なんですよね。ストーリーより雰囲気が優先されている。この雰囲気にうまく乗れる読者なら、「もう雰囲気だけで充分」と思うのかもしれませんが、乗り切れない人は、「これ一体何の話?」という感想になってしまいます。

  • 編集B

    私は、この雰囲気だけでもけっこう満足ですね。遠い海辺の町、レトロで不思議な郵便局。その薄暗い室内には、もう届けられることのない郵便物たちがひっそりと眠っている。「素敵だなあ。こんな場所に行ってみたいなあ」って、旅情をそそられました。ただまあ、「雰囲気小説になってしまっている」と言われれば、その通りだと思います。

  • 青木

    短編作品として、ラストはきれいに話が締めくくられていたと思います。主人公の中で、過去のもやもやにそれなりに決着がついて、「さようなら」とすっきり言えることができたわけですよね。読後感も悪くない。ただ、エンターテインメントとしてはちょっと弱いかなという気はします。

  • 編集B

    エンタメにするなら、やっぱりもう少し事件らしきものが必要ですよね。事件というほど大きなものでなくていいけど、郵便局の謎の少年がもっと話に絡んでくるとか、友人の安否がもうちょっとはっきりと示されるとか。

  • 編集E

    ヴィオラ奏者の友人の状況は、私にはさっぱり読み取れませんでした。この人は、今どうしているのでしょう? 十四歳のときに突如姿を消していますが、いったい何があったのでしょう?

  • 編集A

    今はもう亡くなっているんじゃないかな? はっきりとはわからないですけど。

  • 編集B

    「寮の部屋から海へ行った」みたいなことを言っていますから、おそらく、十四歳のときに亡くなったのでは?

  • 編集D

    なんとなく「そういうことかな?」とは思うのですが、推測の域を出ないですね。

  • 編集E

    亡くなっているんでしょうか? でも、つい最近、手紙が郵便で届いたんですよね。この手紙は幻ではないですよね?

  • 編集C

    リサイタルのチケットも同封されていました。主人公のスケジュールさえ空いていれば、演奏を聞きに行けたはずです。もし実際に会場に行っていたら、この話、どうなっていたんだろう?

  • 編集E

    それとも、昔出した手紙が、時空を超えて今届いたということなのでしょうか? 

  • 編集C

    消印とか、どうなっていたのかな? チケットの日付とかも。そういうあたりの情報はスルーされていますね。

  • 編集E

    それに、その友人からの手紙が、なぜ主人公が26歳を迎えた誕生日に届いたのか、そこもわからないです。主人公にコンタクトを取るタイミングとして、20歳でも30歳でもなく、どうして「26歳」の誕生日が選ばれたのか、気になります。

  • 編集D

    僕もです。何かそこに理由があったはずじゃないのかな? 順当にいっていれば、そのくらいの歳に世界的なヴィオラ奏者として名を成すはずだったとか。何かしら匂わせてくれればよかったのですが、書かれていない。

  • 編集E

    自分から海に入っていったってことは、自殺したってことでしょうか? それはなぜ? そのあたりの事情も、まったくわからないです。すべてを明確に説明する必要はありませんが、「たぶん、こういうことじゃないかな」と読み手に想像させる具体的なヒントが、もう少しほしかった。その辺りのことが一切語られていないので、モヤモヤします。

  • 編集B

    それとも、わざと真相を伏せているのかな? 不思議な空気感を維持するために、あまり多くを語りたくないということかもしれない。ただ、読者の気持ちをモヤつかせるだけに終わっては意味がないので、このあたりの状況はもう少しはっきりさせたほうがいいです。

  • 編集D

    ラストの友人との場面も、夢でも見たのか、主人公の想像なのか、この世ならざる空間で本物の友人とひととき過ごしたということなのか、よくわからない。描写がすごく曖昧ですよね。曖昧なまま流されている。

  • 編集C

    「手紙」がメインアイテムの話なのですから、ラストも、会って話をするとかじゃなくて、「手紙」で二人が通じ合うという展開のほうがよかったんじゃないかな。

  • 編集H

    というか、そもそもこのヴィオラの友人は、実在する人間だったのでしょうか? 友達のいない主人公が作り出した、イマジナリーフレンドという可能性も捨てきれないですよね。

  • 青木

    それは私も思いました。そうとも受け取れるなと。

  • 編集B

    私は、ヴィオラの友人は実在していたと思います。というか、実在していてほしい。さらに言うなら、主人公と友人の間には、もう少し深い心のつながりがあってほしかった。「彼と僕は互いに唯一の友達と言っても過言ではなかった」とあるのに、「結局のところ、彼は十二年前に別れたきり疎遠だった中学校の同級生に過ぎなかった」とも語っていて、二人の関係がどれくらい親密だったのかよく分からないです。なんだか、「お互い友達がいない同士だったから、一緒にいただけ」のようにも感じられてしまう。二人の間にもう少ししっかりした友情関係があったほうが、この物語はより心に沁みるものになったのではないでしょうか。

  • 青木

    そうですね。14歳の学生だった頃、二人がとても温かく心を通わせ合っていたというようなエピソードを、もう少し色濃く描いていたほうがよかったのではという気がする。

  • 編集G

    それも、「手紙」の絡んだエピソードだったら、さらにいいですね。同室なのに、大切なことはいつも手紙で伝え合っていたとか。そういった二人を結ぶ思い出があるなら、長年会うことのなかった友人から不意に手紙が届いたとしても、そんなに妙なことでもないですし。

  • 編集C

    過去のエピソードはもっと欲しかった。この二人のことをもっと知りたかったです。

  • 青木

    より多くの読者を得るためには、もう少し事件を起こしたほうがという意見が先ほどありましたが、無理に「事件」でなくても、キャラクターを立たせる方向で工夫してみてもいいですよね。

  • 編集A

    そうですね。主人公とヴィオラの少年の関係性をもっと深く描くことができるなら、べつに大きな事件は起こさなくてもいい。二人の友情とか関係性に「萌え」が感じられれば、読者はついてきます。

  • 青木

    もっとも、作者がそれを望んでいるかどうかは分からない。「そうか、読者を引き付けるために、もっと事件を起こそう」「キャラクターの関係性をもっと描こう」と心から思えるならそれでいいのですが、「現状のような雰囲気の作品が好きで書いているんです」「この先も、そういう作品を書いていきたいんです」ということなら、事件がどうの、キャラクターがどうのというアドバイスは的外れかもしれない。

  • 編集D

    ただ、雰囲気小説を書きたいのだということだとしても、この作品はちょっとふんわりしすぎていると思います。

  • 編集B

    この主人公の考え方・感じ方すら、実はよくわからないですよね。例えば、12年ぶりの手紙を受け取ってどれくらい驚いたのか、嬉しかったのか、それとも戸惑いのほうが大きかったのか、そういう辺りも読み取れない。一人称の割に、主人公の感情があまり書かれていないです。もちろん、わざとそういう抑えた書き方をしているのかもしれないけど、わかりにくくて読者が引っかかるのも確かです。リサイタルに行けないことをそれほど残念に思っている感じではなかったのに、一カ月後、ヒンデミットを耳にした途端、彼に会うために家を飛び出すという展開も、ちょっと理解しにくかった。主人公の心情の変化を、読者が納得できる形では書けていないと思います。

  • 編集D

    イメージや雰囲気重視の作品であっても、全てを曖昧なままで済ませてしまうのは、逆に効果的ではないと思う。例えば、主人公はウェブデザイナーということですが、これもかなりふわっとした設定ですよね。具体的にどういう仕事をしているのか、どういう傾向の作品を得意としているのか、まったくイメージできない。「アンディ・ウォーホールになりたかったけど、なれなかった」みたいな一言でもあれば、それだけでも主人公の像がはっきりしてくると思うのですが。ヴィオラ奏者の友人にしても、憧れの演奏家は誰かとか、こんな挫折が過去にあって、みたいなことが具体的に語られていたら、彼の人となりがより見えてきただろうと思います。そういう細かい積み重ねでリアリティを出せば、読者も物語に入りやすくなる。

  • 編集A

    そうですね。そこは重要だと思う。ただこの作品の場合、あまりにきっちり理屈や整合性をつけると、別物になってしまうようにも思います。

  • 青木

    はい。だからやっぱり、作者がどういう方向に行きたいかですよね。ちゃんと理屈のついている話とか、エンタメ方向を目指すのであれば、いくらでも具体的なアドバイスはできるのですが、エンタメは求めていない、不思議な空気感を持つ作品を書いていきたいということなら、読者がどう思うかとかはいったん脇に置いて、とにかくその方向を極めたほうがいいと思います。自分の書きたいものを追求してほしい。

  • 編集B

    今後行きたい方向によって、どこを強化すべきかが変わってきますね。

  • 編集A

    ただ、いくら雰囲気が魅力的な作品であっても、それだけではやっぱり弱いです。

  • 編集B

    そういう作品を狙って書くのであれば、狙い方の精度は上げる必要がありますね。

  • 青木

    作中に登場してくるアイテムは、どれもすごく素敵でした。ヒンデミットのヴィオラソナタだとか、ボンベイ・サファイアとか。ただちょっと、そういうアイテムの魅力に頼り過ぎているところもあるような気はします。

  • 編集D

    あと、今作の翻訳調の文体には既視感がありました。好きな作家、好きな作品の影響を強く受けているのかなと感じます。それ自体は悪いことではないです。でも、模倣から始めるとしても、いずれは唯一無二の、自分独自の文体にたどりついてほしい。その気概だけは、最初から持っていてほしいなと思います。

  • 編集B

    オリジナルないい部分は、現状でもいろいろ持っているとは思います。例えば、「手紙を書こうとしたが、『お元気ですか?』の後が続かない」というくだり、私はすごく共感できました。色を印象的に使った描写も多かったし、比喩もうまいと思う。

  • 青木

    話の締めくくり方も、きれいでしたよね。センスの良さを感じます。雰囲気のある不思議な話というイメージで統一されている。もっとも、30枚だから成立したという面もあるとは思います。

  • 編集E

    次はぜひ、長編に挑戦してみてほしいですね。長いものを書こうとしたら、雰囲気だけで流していくという、今のままの書き方では難しい。物語の設計図を作る作業が必要になってきます。そういうプロセスを踏む中で、何か気づくこと、身につくことがあるかもしれない。

  • 青木

    そうですね。好きな方向性は大事にしつつ、でも経験は積んで、学び取れるものはどんどん吸収していってほしいなと思います。

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