青木
エンタメ作品として、非常にすっきりとまとまった話になっていました。仕掛けがいろいろ施されていて、読み終えたとき、素直に「面白かった!」と思えますよね。
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第214回
『モラトリアムにただよう』
人見弓
エンタメ作品として、非常にすっきりとまとまった話になっていました。仕掛けがいろいろ施されていて、読み終えたとき、素直に「面白かった!」と思えますよね。
ほんとにとても面白かったです。ミステリー仕立てのお話で、しかも読み進むうちに、事件の真相が二転三転しますよね。主人公の死の原因が、最初は単なる交通事故っぽかったのが、段々と、事故現場の近くに住んでいる坂井田くんが怪しそうという流れになる。けれどさらに話が進むと今度は、「主人公を突き飛ばしたのは水野先生だった」ことが明らかになる。主人公と水野先生との秘密の関係も語られ、これで事件は解明されたかと思いきや、最後の最後でさらに、実は主人公自身が先生の犯行を誘っていた、殺される隙をわざと作っていたという、究極の真相が読者にだけ明かされる。この、予想を何度も覆される展開には、非常に引き込まれるものがありました。私はイチ推しにしています。
物語の始め方も、すごくよかったと思います。まさかこれが主人公自身の葬儀シーンだとは、読者も気づけませんよね。場面描写が遺影のところまできて初めて、死んで霊体になった主人公が自分のお葬式を見ているのだとわかる。ここの書き方はすごく上手だったなと思います。その後もしばらく、「お坊さんはなかなか美声だな」とか「自分のお葬式の場では、どこにいたらいいんだろう」とか、他人事のような語りが続くのもなんだか面白い。自分のお葬式に直面してるときって、案外こんな感じなのかもなと思いました。
読んでいて、ちょっとしたところで、「あ、上手いな」と感じました。例えば、「自称霊感少女」の前にわざと顔を突き出してみて、「なーんだ、見えてないんじゃない」と暴く場面がありますね。この、ちょっと意地の悪いことをしちゃう感じがすごくよかった。この場面があることによって、後に出てくる「坂井田くんは実は見える人だった」という設定が活きてきます。
霊感少女には霊感はなくて、そんな様子は全くなかった坂井田くんのほうに霊感があるんですよね。
「自分のお葬式」という意外な場面から始まって、途中でも読み手を面白く翻弄してくれて、ラストできっちりオチをつけている。最後には全ての真相が明かされ、とてもスッキリと読み終わることができます。エンタメ作品には、こういうスッキリ感が非常に大事ですよね。
女子中学生に手を出す教師なんて、本当にクズだなと思いつつも、そういう「クズ男」というキャラクターをポンと出せるのも、30枚のエンタメ短編ならではですよね。
週刊誌的な俗っぽい話を読む楽しさって、確実にありますよね。
ただ、キャラクターの描き方には、ちょっと惜しいところもあったと思います。例えば先生が、坂井田くんをじわじわ問い詰めていくところ。作者としては、「坂井田くん犯人説」を読者に喚起しようとしたのかもしれませんが、先生がいかにもな説明台詞で具体的な状況を語れば語るほど、「んん? この先生、怪しくない?」って読者は思えてしまう。水野先生は間違いなく犯人で、その自覚もあるのですから、疑われるような言動は極力避けるはずですよね。なのに、目撃者かもしれない人間を相手に、事件の詳細をべらべら喋るというのは、ちょっと妙なんじゃないかな。
坂井田くんをぐいぐい追及するような喋り方をしていますが、これではかえって怪しまれかねない。まずは、もうちょっとさりげなく探りを入れるはずではと思いますね。
あと、水野先生はラストで主人公のお棺に写真を入れますよね。その写真の裏に書き込まれたメッセージの、「すまなかった」。私はどうも、この言葉がイマイチだなという気がしました。先生の気持ちが読み取れないですよね。ここにもう少しエモーショナルな言葉が綴られていたら、トリッキーなだけではない、胸に残るものがある話になったのにと思えて、惜しいと感じます。
確かに。「すまなかった」では、本当に教え子を弄んだだけみたいですよね。
「愛していた」とかのほうが良かったのかな。
え、中3女子を? 大人の男が? ありえないです。逆にもし、「本気で愛していたんだ」みたいなことだったなら、それこそドン引きです。
この先生は、感情がものすごくフラットですよね。好きな人もいない。嫌いな人もいない。何かに強く心を動かしたりはしない。だから主人公に対しても、恋愛感情はなかったのでしょう。主人公がぐいぐい迫ってきたのを、ただ拒まなかっただけ。
愛していなかったことに対する「すまなかった」ではなくて、単に殺してしまったことへの謝罪なんじゃないでしょうか? この教師は確かに最低だけど、人を殺して何とも思っていないほどのクズでもなかった。人間的な情愛をあまり持たない男の示した、最大限の優しさだったのかなと思います。ただ、「すまなかった」というメッセージを受けて、主人公は嬉しいのかもしれないけど、この行為は裏を返せば、水野先生が自分の気持ちを収めるためにやっただけのことかもしれない。
この先生にメッセージを書かせる必要はあったのかな? 二人の記念写真をそっとお棺に入れたというだけで良かったのではないでしょうか?
でもそれだと、証拠隠滅が目的みたいじゃないですか?
証拠隠滅なら、写真はこっそり処分するでしょう。でも先生は、わざわざ葬儀の場にまで持ってきて、棺に入れている。危険を冒してまでそんなことをしたということに、意味があるのだと思います。本来ならそんなリスクある行動は取らないであろう情緒欠落人間なのに、それをやっているわけだから、主人公に対して何らかの情はあったということじゃないかな。
同感です。ただ、水野先生の心の揺れをもう少し読者に伝えるためには、やっぱり写真にメッセージは入れてほしいし、それが「すまなかった」という文言ではちょっと物足りない。メッセージは、何かしら二人だけの思い出に関わる言葉とかにしたらよかったんじゃないかな。なんでもいいんです。例えば、主人公が生前、「今度一緒に海へ行きたい」ってねだっていたことへの返事だとか。そういう言葉のほうが主人公の心を揺さぶるだろうし、読んでいるこちらもグッとくる。
ただ、この先生は本当にそこまで主人公に思い入れがあるのかと考えたら、かなり疑問ですね。
そうですね。水野先生の本心は、最後までつかみきれないです。人となりがよく分からないので、推測もしにくい。主人公のことを本当はどう思っていたのか。罪悪感があるとしても、いったいどの程度なのか。読み取ることはできなかった。
水野先生はこのままお咎めなしでいいのでしょうか? ラストで先生が自首するという展開はダメですかね?
そういうわかりやすいラストを望む読者もいるかもしれないけど、「悪い人が最後には捕まりました」では、物語が単純になりすぎる気がします。
私は、坂井田くんというキャラクターの扱い方が、少々残念だったのが気になりました。
わかります。「霊が見える」という彼の役どころが、真相を明かすための装置にしかなっていないですよね。ミステリー仕立ての物語にこういう人物を配置するのは、少々安易というか、都合よく感じられてしまいます。
主人公との間に、これと言った交流があったわけでもないらしい。坂井田くんについては、もうちょっと上手い活かし方があったんじゃないかと思えて、もったいなかったですね。
主人公は24枚目で、「良かった。先生が坂井戸くんまで手にかけたりしたら大変だ」と語っていますが、これは、坂井戸くんの身を案じて言った言葉ではなかったのかもしれませんね。ここでは読者にそう思わせておいて、ラストのどんでん返しで意味を引っくり返したかったのかも。だとしたら、ラストの種明かしの語りの中で、「殺されて先生の中に刻み付けられるのは私だけ。坂井田くんは先生に殺されてはならないのだ」みたいな文章を入れておいてほしかったです。
確かに。そのほうが、作者の思惑が読者にはっきりと伝わりますね。
そういう伏線となる書き方を、先生が坂井田くんに「おまえ、見たのか?」みたいに探りを入れるところにも使ってほしかった。ここのやり取りは、先生が保身のために、圧をかけながら問い詰めているように感じられますよね。一回目に読むときにはそういう印象になる会話でいいんだけど、真相を知った後にもう一度読み返すと、「あ、先生には罪悪感があるんだな。だからこういう物言いになっているんだな」ということがわかる台詞にしておいてほしかった。そのほうが、話がラストに繋がってまとまるし、読み返したときに味わいが増す作品になります。
そうですね。大事なことが描写されているのに初読では読者は気づけず、読み返して初めて「ああ、そういうことだったのか。手掛かりはちゃんと出ていた」と思える仕掛けが施されていると、小説の面白さは倍増します。そういう叙述トリックは、現状でもあちこちに使われてはいるんだけど、どんでん返しの面白さで読者を魅了するタイプの作品であれば、もっと緻密に伏線を張り巡らせていたら、さらに読者をうならせることができただろうと思います。
物語を二転三転させようという意気込みはとてもいいのですが、その分、キャラクター描写が弱い印象ですね。「先生の気持ちが読み取れない」という意見が出ましたが、僕は主人公の気持ちもつかみにくかった。水野先生への執着は感じられるんだけど、「恋愛感情」のようには思えない。恋する女の子の気持ちは、あまり伝わってこなかった。
そうですか? 「先生、好き好き!」みたいに、けっこうはしゃいだりしていた様子は窺える。でも、主人公が一方的に好きなだけで、先生のほうは全然乗り気になってくれない。だから満たされなくて、惨めで寂しくて……というのは、私は感じ取れましたけどね。
主人公は、温かい人間関係に恵まれていないですよね。友人もおらず、家庭内は冷え切っています。そういう状況から逃れるために、大人の男性に庇護的な愛情を求めたのかなと私は推測しました。
うーん、主人公が高校生ならまだわかるのですが、中学生というのが少々引っかかる。中学生なんて、まだ子供ですよね。先生と関係を持った上に、自分を殺させて罪悪感で永遠に縛りつけようと企むというのが、怖いし、年齢にそぐわないし。
でも、だからこそのゾワゾワした気持ち悪さがあって、逆によかったと思う。水野先生も、何事にも興味がなさそうな人なのに、「えっ、そのポーカーフェイスのまま、しれっと中学生と関係持ってたの?」っていう、その気持ち悪さがいい。奥さんも子供もいるというのに、このクズっぷり(笑)。
ただ、主人公はもう死んでいるので、いろんなことから解脱しちゃってる部分も多いですよね。すごく怖いことを目論んで、自分の命まで代償にしてそれを成し遂げている割に、切迫感のある生々しい気持ちとかはあまり伝わってこなかったです。登場人物たちの考えや感情が、どんでん返し展開を成立させるための、配置された「設定」に感じられてしまう。だから、深く気持ちを入れ込んで読むことができなかった。
それは確かに。トリッキーな作品であるだけに、「作った話」という印象はどうしても強くなります。
そうですね。叙述トリックのある話ですし、登場人物たちが装置っぽくなってしまいやすいところはありますね。でも、仕掛けの部分については、かなり上手く作れていたように思います。少なくとも、読者が読み終わって「ああ、面白かった。スッキリ」って思えるレベルにはなっていたんじゃないかな。だからまあ、完成度が高めであるがゆえに、さらにハイレベルなものをこちらが求めてしまっているのかもしれませんね。
人間の業を感じさせるような、ザラッとしたものが話に盛り込まれていたら、さらに評価は上がったのにと思えて、なんとも残念です。せっかくそういうところを抉りだせそうな話だったのに。
私は現状の、ちょっと温度が低い語り口は、すごく好きでしたけどね。中学生の女の子が、「私を殺させることで、私を永遠に焼きつけよう。死ぬまで消えない罪を刻み付けてやろう」と考えて実行するなんて、すごく怖いじゃないですか。その気持ちがとても淡々と語られていて、最初はすっと流して読んじゃうんだけど、後から振り返ってみると、「うわ、この子、ヤバい、怖い」というのが逆にじわじわ迫ってきて、それはそれでよかったと思います。無理やりこってりさせなくてもいいんじゃないかな。
淡々としてるからこそすごく怖いっていうのは、確かにありますよね。私もこの作品のそういうところ、すごく好きですけど。
私は、この作者はけっこうエモい作品を書ける人ではないかと思います。でも今はまだ、そこをうまく出せていないように感じる。シチュエーション作りに熱量を傾けているのはすごく伝わってくるのですが、書き手のキャラクターへの没入度が低い印象です。キャラの感情は一応描いてはいるんだけど、それはストーリー上の「設定」としての感情でしかない感じです。だからキャラクターが装置に見えてしまう。登場人物のことを、作者がまだ細部までは把握できていないんじゃないかな。作者が登場人物たちを奥行きのある「人間」としてしっかりと構築できていれば、台詞とか、ちょっとした動作、反応と言ったところに、「そのキャラらしさ」が自然に顔を出すものですよね。これは、「淡々とした書き方だから」ということとは別次元の問題だと思います。面白いストーリー作りはできているのですから、今後はキャラクター方面に力を入れてみてはどうでしょうか。この作者はもっと思いきり自分のキャラクターに萌えてもいいのに、という気がする。
確かに、もう少しキャラクターに「生きてる感」はほしいところですね。が、もしキャラ萌えが得意ではないなら、無理に萌える必要はないと思います。それより、作品に出さない部分のディテールを、もっと作り込んでみたらいいんじゃないかな。一度、キャラ表作りを、ものすごくしっかりとやってみたらどうでしょう? 一回でもそれを経験してみれば、「ああ、こういうことか」みたいな勘所が摑めるかもしれない。
そうですね。登場人物のバックグラウンドの肉付け作業を事前にじっくりやっておけば、描写の中に自然とそのキャラならではのものが滲み出てくる。それが、物語に説得力を与えてくれると思います。
現状では、水野先生の年齢すらよくわからないですからね。徹底的に設定を付けてから物語を書き始めれば、出来上がりはおのずと変わってくると思います。
一方で、登場人物全員を突き放した神の視点で書くというやり方もあります。もちろん、設定を綿密に作り込む作業はさらに重要になってきますが、キャラクターに思い入れる必要はない。
本格ミステリなどで、そういう書き方をする方もいますね。登場人物をあえて記号、装置として扱う。もちろんそういう場合でもキャラクターの個性は必要なのですが、視点が俯瞰した感じになります。そういう書き方のほうが合っているなら、そちらの方向を目指してもいいと思います。
ただ私は、俗っぽいストーリーを作れるのはとてもいい資質の一つだと思っているので、その資質は何らかの形で活かしてほしい気はします。一度、イヤミスとかに挑戦してみてくれないかな。登場人物が全員クズ、みたいなの(笑)。
ロジックの組み立ては上手いと思うので、むしろ長編に向いているかもしれないですね。あるいはキャラクターを強化して、エンタメ度合いを上げるのでもいい。何かもうちょっと新たな取り組みをしてみることで、すごくいい作品が作れそうな可能性は感じますね。
精力的に書き続けてくれている、常連投稿者さんです。何度もいいところまで来ているのですが、あと一歩届かなくて、こちらとしても気になっています。いろんなやり方を試してみて、どうかもう一段上がってきてほしいですね。期待して待っています