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選評付き 短編小説新人賞 選評

『トオリアメ』

大鳥優司

  • 編集C

    かなり残念な経緯でうっかり死んでしまった主人公が、あの世の一歩手前みたいな場所で、以前に亡くなったクラスメイトと偶然出会い、心を通じ合わせるというお話です。ストーリーそのものはそんなに目新しいものではないのですが、こんなちょっとしたことで人は突然死んでしまうんだなとか、死んでしまったら本当にもう取り返しがつかなくて、何気ない日常をもあっさり失ってしまうんだなとか、些細だけど誰しもがうなずける感慨を、丁寧に描けていたと思います。女の子同士の繊細な心の交流も、すごくよかった。作者が描こうとしたものを、読者がその通りちゃんと受け取れる作品に仕上がっていました。

  • 編集A

    すんなりと読めますよね。話のイメージもきれいだし。

  • 青木

    読んで「好きだな」と思える作品でした。

  • 編集C

    それまでさほど親しくなかった者同士が、全然違う場所でポンと出会わされて、話をしているうちになんだか気が合っちゃって、いつの間にかすごく大切な友達になるみたいなことって、あると思います。二人の心が近づいていく様子を、私は「すごくわかるな」と思いながら読みました。

  • 編集A

    私も同じです。死んじゃったこの二人の女子高生のことも、なんかわかる。高校生くらいのときって、先生に何か言われた程度でフッと死を選んじゃうこととか、あると思います。万引きだって、瞬間的に魔が差しちゃってつい……みたいなこと、たぶんありますよね。後から考えると、「なんであんなことしちゃったんだろう?」って思うことを、それでも人間はしたりするものだと思う。

  • 編集C

    リップを万引きしたせいで死んだなんて、主人子は本当に不運でかわいそう。でも、そのリップをきっかけに、二人の距離が近づいていくんですよね。

  • 編集A

    互いに唇に塗ってみて、「わ、かわいい」とか「あなたはもっと繊細な色のほうが似合う」とかお喋りしているうちに、どんどん心が通じ合っていく。こういうあたりも、とっても女子高生らしいですね。

  • 編集E

    うーん、でも私は、そもそもの設定に引っかかりを感じました。高校生で色つきリップを塗ったことがないというのは、けっこう少数派ではないでしょうか。

  • 編集D

    確かに。主人公も、トオリも塗ったことがないんですよね。

  • 青木

    「色つきリップクリーム」なのか「口紅」なのか、どっちなんだろう? 両方の言葉が使われてますよね。どちらなのかによって、ニュアンスが違ってくると思います。口紅なら「まだ早い」と一蹴されるのはわからないでもないけど、色つきのリップクリームすら高校生に許さない親というのも、そんなに多くないのでは?

  • 編集C

    それに高校生なら、お小遣いで好きに買えますよね。安いかわいいコスメなんて、その辺のドラッグストアとかでいくらでも売ってます。実際主人公、お小遣いもらってますよね。毎日コンビニで買い食いしてるくらいなのですから(笑)。

  • 編集A

    だから、100円200円のコスメ代くらい捻出できるはずの女子高生が、今日まで色つきリップを塗ったことが一度もない、というのが、どうにも引っかかるんですよね。

  • 青木

    主人公のお母さんは、何も本気で禁止してるんじゃないと思います。実際は、「お母さん、あれ買ってー」「えー、早いでしょ。それに、欲しいならお小遣いで買いなさい」くらいの会話だったんじゃないかな。

  • 編集D

    ピンポイントで、不必要な設定をつけてしまったのかなと思います。「親が許してくれなかったから」みたいな理由を入れると、「家庭環境に何か事情でも?」みたいな、いらぬ憶測を生んでしまう。それに、「お財布に200円入ってて充分買えたのに、そのわずかなお金を惜しんで万引きして、車に轢かれて死んだ」、みたいなほうが、「私はなんてバカなんだ……!」という主人公の後悔が際立ったんじゃないかな。「厳しいお母さんのせい」じゃなくて、100%「自分のせい」になりますし。

  • 編集F

    一方、トオリもまた、「リップを塗るなんて初めて」なんですよね。でもトオリは、高校生なのにタバコ常習者らしい。まあ必ずしも「タバコを吸う十代=奔放な不良」だとは思いませんが、でもそういう子が、色つきリップに憧れつつも使ったことがないというのが、なんだか腑に落ちなかった。タバコやライターを買うお金があるなら、いくらでも買えると思うのに。しかも、タバコやライターより簡単に買えるのに。

  • 青木

    いつもどうやってタバコを買ってたんでしょうね? わざわざ大人っぽい服に着替えてからコンビニに行って、二十歳以上の振りをしたのかな? 

  • 編集A

    紗夜に「ライター持ってない?」と尋ね、持ってないという返事を聞いて、残念そうな顔をしていますが……いやいや、たぶんほとんどの女子高生は、ライター持ち歩いてないですから(笑)。なのに色つきリップは、どきどきしながらそっとつけている様子。

  • 編集B

    トオリの人物設定は、どうにも一貫してないですね。空気のように存在感が薄く、友達ができないほど暗い性格。クラスではいつも一人で本を読んでいる。でも、容姿は透明感のある美少女風。なおかつ、タバコ愛好者。

  • 編集D

    「暗すぎて友達ができない」ような子が、いくら特殊な場所で出会ったからと言って、親しくもなかったクラスメイトにいきなり、「紗夜ちゃん?」なんて呼びかけたりするでしょうか? 少なくともこの作品中のトオリには、「暗い人」という印象はまったくないです。自殺するほど「性格の暗さ」に悩んでいたようには感じられない。

  • 編集E

    主人公のキャラクターもまた、一貫していないと思う。この作品は一人称なので、地の文は主人公の語りになっているのですが、そこにはけっこう頻繁に難しい漢字や文学的表現が出てきます。だから、地味で大人しめの文学少女なのかなと思っていたら、終盤で急に、授業中にすごくふざけた発言をしていたと判明したり。

  • 青木

    「古銭の穴はチータラを通すため」というやつですね(笑)。面白くて笑えるけど、このエピソードはかなり違和感がありました。

  • 編集E

    「明け方の湖畔を連想させるような、仄暗い閑寂があるだけだ」なんて語っている人と同一人物とは思えないです。主人公を、「古銭の穴はチータラを」みたいなことを言うキャラクターに設定するのであれば、一人称の語りもそれにふさわしい文章にするべきです。「(死んだら)満天の星空を見て涙を流すことも、道端に咲いた花のにおいを嗅いで微笑むこともできなくなる」なんて表現は、「チータラ」キャラには合ってなかった。

  • 編集G

    「死んだらもう、コンビニのからあげくんの封を開けた瞬間の、あの素敵な匂いを嗅げなくなっちゃう」、みたいなほうが、主人公らしかったですね(笑)。

  • 編集F

    文章そのものも、ときどき妙でした。6枚目に「あたしの足音は、鼓膜に届く間もなく、白い床に吸い込まれていった」とありますが、これって単に「足音がしなかった」ということですよね。7枚目の「思い出そうと海馬を引っ掻き回す」なんていうのも、あまり自然な表現とは言えない。

  • 編集D

    ちょっと文章表現に関して、凝り過ぎてるところがあるのかなと思います。綺麗めな文章ではあるのですが。

  • 青木

    基本的な文章力は充分お持ちだと思うのですが、まだちょっと書き慣れていないのかもしれませんね。

  • 編集A

    タイトルもなんだかちょっと違う気がする。「通り雨のように魔が差して死んでしまった主人公」と、「土砂降りの雨のような人生だったトオリ」という対比が描かれている割に、「土砂降り」の子の名前がトオリなの? というか、そもそもタイトルに引っかけるために「トオリ」という名前にしているみたいに感じられて、気になってしまう。作り物っぽいネーミングで、不自然ですよね。

  • 編集E

    何よりも、もう少しキャラクターをしっかりと構築する必要があると思います。登場人物一人ひとりのバックボーンをきちんと用意してから、話を書き始めてほしい。一人称小説の割に、主人公の内面があまり深められていないように感じるのも、そのあたりに原因があるのかなと思います。

  • 編集F

    確かに、感情描写は物足りない。いきなり死後の世界に来て、もっと恐怖とか焦りとか、いろいろあるはずだろうと思うのですが。

  • 編集C

    え? 「怖い」っていうのは、けっこう書かれてましたよね? 「ここに来た人たちは、身体が次第に透けていく。それにつれて感情も消えていく」ことを聞かされ、恐怖を覚えています。

  • 編集D

    18枚目あたりですね。ただ、これはかなり遅いかな。主人公は冒頭から死後の世界に来ています。で、自分の状況をすぐに理解し、「そうか。あたしは死んだのか」とすんなり受け入れている。周囲を見回して、「この間見たドラマでは、死後の世界には受付があったはずだけど……」みたいなことまで思ったりしています。ここはどうにも違和感がありました。

  • 編集F

    突然死んで、わけのわからない場所に飛ばされて、自分がこれからどうなるのかだってさっぱりわからない。もっと不安を感じていい状況のはずなのに、かなりのんびりしてますよね。

  • 編集D

    ちょっとまだ作者が、作中人物の気持ちになり切れていないのかなと思います。もし自分が本当にある日死んで、いきなり未知の場所に飛ばされたらと想像してみてほしい。こんな平静ではいられないんじゃないかな。

  • 編集B

    この死後の世界の様子も、ビジュアルがぼんやりしてますよね。なにもかも真っ白で、どこまでも広大な世界の中に、人がぽつぽついるということなのですが、歩き出したらいろんな人とすれ違っていたりもして、人の密集具合がよくわからない。具体的な映像として見えてこないです。

  • 編集A

    トオリと出会った後は、リップを塗り合ったり、「来世でまた友達にになろうね」と指切りしたりして、完全に「二人の世界」に入っていますが、もしかしたらそのすぐ横で、ボーっと寝そべっている人がいたりするのかもしれないですね(笑)。

  • 編集F

    トオリとすぐに出会ったということは、亡くなった場所が近い人が同じような場所に飛ばされるのかな? だとしたら、周りにいるのはほとんど日本人なんだろうけど、そういう辺りの描写や説明もないですね。

  • 編集A

    そのあたりのシステムが、よくわからない。この「死後の世界」に関しては、設定があまりにふんわりしていると思います。もう少しきっちり設定をつけて、それを読者にわかってもらえる書き方をしてほしかった。

  • 編集F

    それに、せっかく「死後の世界」という、すごく興味を引かれる場所を舞台にしているのに、結局女の子の友情話に終始していて、とても残念でした。こういう特殊な世界ならではの話の深め方が、もっとあったはずではと思います。

  • 編集E

    同感です。この作品を読んで一番印象に残るのって、「死」がどうのこうのではなく、「色つきリップの塗り合い」のシーンなんですよね。おそらく作者も、すごく気持ちを込めてこのシーンを書いているのだと思う。でも、「口紅をきっかけに女の子たちの心が近づいて……」という話は、現実を舞台にしても書けましたよね。わざわざ「死後の世界」を舞台にしているのですから、その舞台設定を最大限活かしてほしかった。

  • 編集A

    もちろん、死んでるからこその切ない感じ、「生きてるうちにもっと仲よくしておけばよかった」という後悔の切実さが増す、みたいなところもあるにはあるんだけど、全体的に「死」や「恐怖」の影が薄いんですよね。

  • 編集E

    リップを塗り合って急激に距離が近づいていく展開も、私はちょっと腑に落ちなかった。だって主人公にとってトオリは、名前の漢字すら覚えていない子なんですよ。クラスメイトが死んだなんて、本当なら大事件でしょうに、主人公は大して気にも留めていなかった。そのまま忘れかけていた相手なんです。そんな子に偶然出会ったからって、どうしてこんな急に深い友情が芽生えるのか、どうにも理解できなかった。死後の世界という非日常の世界だから心が近づいたという話にするなら、「口紅を塗り合う」みたいな現実でもできることではなくて、死後の世界ならではのエピソードが必要だったと思います。

  • 編集D

    そうですね。例えば、死後の世界に来て右も左も分からない中で、その不安ゆえにお互いにすがるように心を寄せ合っていく、みたいな展開をうまく描けていれば、もっと胸に迫る話になったかもしれない。

  • 編集E

    それも、トオリに「だんだん身体が透けていって、消えていくシステムらしい」と口で説明させるのではなく、すぐ近くで消滅する人を二人で目の当たりにして、共に怯えて、その恐怖を紛らわせるために口紅の話に逃げこんでいく、みたいな流れなら、さらに良かったのではと思います。

  • 編集F

    「二人の世界」になっていくという展開自体は、悪くなかったと思う。でも、周囲に人がいる状況で、その場でただお喋りをしているだけでは、盛り上がりが薄いですよね。例えば、「この世界に果てはあるのかな?」「行ける所まで行ってみようよ」みたいなことになり、二人で一緒にどこまでも歩いて行く、みたいになるのはどうでしょう?

  • 編集A

    それはいいですね。ロードムービーみたいで。旅の間に絆がさらに深まったりするだろうし。

  • 編集F

    途中で、トオリの身体が徐々に透け始めていく。それを見ているしかできない主人公の、恐怖や哀しみも描写できます。

  • 編集C

    すごく切ない話になりますね。

  • 編集A

    というか、作者が本来書きたかったのは、そういう美しく哀しい物語ではないでしょうか。不幸にして亡くなった少女たちが、心を寄せ合い、「来世こそは最初から友達になろうね」と約束しながらも、儚く消えていく話。

  • 青木

    なるほど。それなら、文学的表現が多いのも納得ですね。もし本当にそういう方向性の話を書きたいということなら、キャラクターの描き方もその方向に統一したほうがいいと思います。

  • 編集F

    「万引き」、「タバコ」、「チータラ」みたいな要素が中途半端に入っているせいで、読み手はついそちらに引きずられてしまいましたね。

  • 青木

    ただ、トオリはすごく孤独を感じながら生きてきて、そのまま死んでしまったわけですが、最後の最後にこの死後の世界で主人公と交流を持つことができて、それなりに満足して消えていったのではないでしょうか。つまらない死に方をしてしまった主人公もまた、「来世はあたしが、トオリに傘を差し出すんだ。この思いを、魂に刻み込まなければいけない」とまで思うに至れた。哀しく虚しいだけではなく、わずかな救いも感じられるラストになっていたのは、とてもよかったと思います。

  • 編集D

    魅力的なところもたくさんありました。ちょっと全体としてまとまっていなかったり、舞台設定・人物設定が詰められていなかったりしたのが、非常に惜しかったですね。

  • 編集A

    でも、直しどころがあるというのは、そこを修正すればより良くなるということでもありますからね。次はぜひ自分の書きたい話を、遠慮なく真正面から書いてみてほしいです。

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