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選評付き 短編小説新人賞 選評

『竹林の家』

夏目ツナ

  • 編集B

    キャラクターの描き方がうまい作品だなと思いました。主人公はちょっとおバカというか、あんまり物事を深く考えたりしない感じの男の子なんだけど、先輩の乾さんに仔犬みたいに懐いているところがかわいいですね。先輩の引退試合のとき、「もう会えなくなる~!」とわんわん泣いていた割に、いったん離れると半年ぐらい思い出しもしなかったというのも、リアルだなと思います。
    乾さんのほうも、ただのかっこいい先輩じゃなくて、実はいろいろ事情を抱えてるんですね。家には認知症のおばあさんがいて、乾さんが主に面倒を見てるとか。でもそのことを、本当は少々重荷に感じているとか。話の後半では、主人公が単純に憧れて慕っていた「乾先輩像」とは少し違う側面も浮かび上がってくる。

  • 編集I

    厚みのあるキャラクターが書けてますよね。しかもそれを、さりげない描写で描き出せている。登場人物たちに、とても好感が持てました。

  • 青木

    いい話ですよね。主人公の友成君は素直ないい子だし、一見大人っぽい乾さんも、毎日淡々と頑張ってるいい子です。

  • 編集D

    いろいろな思いを抱えながらも、あまり表には出さないで、静かに自分の務めを果たしている。私はこの、乾さんのキャラクターがとても好きです。主人公と乾さんの関係性も良かった。お互いが相手のことをちゃんと見ている。相手の言葉をちゃんと聞いている。そしてその言葉を、ちゃんと咀嚼して受け止めていると感じました。主人公の一人称で書かれている作品ですが、「主人公の目を通して見た乾さん」というものがしっかり描けていたと思います。

  • 編集A

    好感度は非常に高いですよね。ただ、リアリティという面では、ちょっと首をかしげるところもある。例えば、乾さんが主人公の頭を優しくポンポンしたり、髪をクシャッと撫でたりしてますよね。でもこういう「頭ポンクシャ」は、リアルの男子高校生はあまりやらないのでは?

  • 編集E

    親戚のお兄ちゃんならやるかもですけど、部活の先輩・後輩の距離感ではないですね。近すぎると思います。だから、「もしかしてBL方向に行くのかも?」と、ちょっと思いました。

  • 編集A

    うん、私もチラッとその可能性は考えました。最後まで読めば、そういう話ではまったくないのはわかります。恋愛感情とかではなく、あくまで先輩を慕う後輩と、慕ってくる後輩をかわいく思う先輩という関係なんですね。ただ、この二人の関係性と、乾さんがプライベートで抱えているあれこれとの間に、あまり関連を感じられない。主人公の立ち位置が「傍観者」でしかないことが、私はちょっと引っかかりました。主人公は乾さんに、ほとんど影響を及ぼしていないですよね。単に主人公が乾さんの家に行って、彼の心の一端に触れただけ。乾さんは一応、「おしゃべりなお前の賑やかさ、明るさに救われていた」みたいなことを言ってくれてはいますが、それが本当に「救い」と言えるほど大きなことだったようには感じられない。主人公はあくまで傍観者のまま、「大阪に行こうと決めていた先輩が、大阪に行きます」となるだけの話では、「……で? いったい何を描きたかったの?」という気が、どうしてもしてしまう。いい作品だと思うし、好きは好きなのですが、ちょっと話に入り込みきれないところがありました。

  • 編集E

    私は、主人公が傍観者の立ち位置である小説も、それはそれでいいと思います。ただしその場合、主人公側に何らかの変化は欲しいですね。作者は一応、それを描いているつもりかもしれない。ラストで主人公は、「俺は帰り道、考えたことのなかった自分の進路について、初めて考えた」と語っています。しかし主人公のこの心境は、乾さんが吐露してくれた重い心情と、まるで釣り合っていない。これがこの作品の締めの一文かと思うと、正直とても残念な気がします。

  • 編集A

    主人公の思いが、どうにも軽いんですよね。ペラペラしゃべるタイプではない乾さんが、あんな複雑な胸の内を明かしてくれたというのに、それへの反応が、「俺も進路考えなきゃな~」ではね(笑)。まあ、主人公が愛すべきおバカちゃんだからかもしれないですけど。

  • 編集F

    僕は、描かれている乾さんの家庭状況がすごく引っかかりました。住んでいるのは今にもひしゃげて倒れそうな古い家屋で、家の中はガラクタだらけで、床はギシギシいってて、テレビもない。両親は共働きらしいのに、どうしてこんなに貧乏そうなんだろう?

  • 編集A

    なのに乾さんは、大阪の大学に行くことがもう決まっているんですよね。「電車に乗れば二時間以内で都心に出られる」のですから、住んでいるのは東京近辺なのだと思います。進学で他県に出るとなれば、たとえ寮でも生活費はそれなりに必要だし、学費やらなにやら、とにかくあれこれお金がかかる。そこは大丈夫なのかな?

  • 青木

    しっくりこないですよね。乾さんのお家が経済的に苦しいのか、それとも、住居はこんなでもけっこう余裕があるのか、よくわからない。

  • 編集A

    両親が共働きでも生活が困窮しているなら、進学は難しいだろうと思います。乾さんの性格からしても、「高校を卒業したら、俺は働く」って、自分から言い出しそうなものじゃない?

  • 編集F

    「生涯賃金を考えたら、無理をしてでも大学を出たほうがいい」と判断したとかってことなら、まだ話はわかります。でも乾さんは、「広い世界を見たい」とか「賑やかな場所に行きたい」とか、なんだかドリーマーな発言をしていますよね。推薦で早々に大学が決まったとはいえ、高校3年の12月に、のんびりと本を読んで過ごしている。授業料の足しにすべくバイトにいそしんだり、奨学金のために勉強したりしないのかな? 親の経済的負担を特に気にしている様子がないのが、乾さんのキャラクターにそぐわない感じで、引っかかりました。

  • 青木

    おばあさんは来年から施設に入る予定だそうですが、それって、乾さんが家を出て、世話する人がいなくなるからでしょうか?

  • 編集A

    乾さんなら、「俺のせいで祖母が施設に入る」ことを、もっと気にしそうな気がしますけど。

  • 編集B

    そもそも、本当におばあさんのことが気になっているなら、部活なんてできないんじゃないかな。しかも、いつも一人で遅くまで残って丁寧に部活ノートをつけていますが、早く帰宅しなくていいのかな? ヘルパーさんが帰ったら、おばあさんが一人になってしまうのに。

  • 編集A

    むしろ、「部活には人一倍熱心なのに、終わるとなぜだか即行で帰ってしまう」というふうに描写されていたらよかったのに。それなら後半部分を読んで、「そういう家庭事情があったのか」と納得できますから。

  • 編集D

    もしかして乾さんの両親は、介護をするのが嫌で仕事に逃げているんじゃないでしょうか。

  • 青木

    なるほど、その可能性はありそうですね。で、優しい乾さんが、黙ってその役目を引き受けていた。でも、頑なに「とにかく大阪へ行くんだ」と心を決めている様子を見ると、今度は乾さんがおばあさんから逃げ出そうとしているのかなとも受け取れます。乾さん、おばあちゃん思いのいい子みたいに思えるのに。

  • 編集A

    しっかりしていて、大人で、寡黙だけど思いやり深くてという、乾さんのイメージから、なんだか離れてしまいますね。

  • 編集H

    私は、「逃げ」でいいと思います。というか、むしろ「乾さん、やっと逃げ出せてよかったね」と思いました。両親とも仕事に逃げてしまったので、なし崩し的にヤングケアラーになった心優しい男の子。でも、黙々と老人のケアをする毎日の中で、「逃げたい」という気持ちもまた、むくむくと大きく育っていったというのは、すごくわかります。まだ高校生ですよね。乾さんが今のまま気持ちを押し殺して生きていくなんて、想像するだけで辛い。だから、大学進学を機にここから抜け出せそうなのは、ほんとによかったなと思います。

  • 青木

    はい、それは私も同じ気持ちです。ただ、作者はこれを、「乾さん、良かったね」という気持ちでは書いていないんじゃないかな。そこがメインの話には思えないですよね。

  • 編集A

    主人公は、憧れていた乾さんの家に招かれ、「かっこよくて素敵な先輩」というだけではない、乾さんの別の一面を知る。話が大きく展開しています。それはとてもいい。でも、そういう「素敵」なだけではない乾さんの姿を見て、主人公がどう思ったか、どういう気持ちの変化が生じたのか、そこが書かれていない。

  • 青木

    そうですよね。むしろ、話のテーマはそこかなと思うのですが、ほとんど掘り下げられていなかった。

  • 編集A

    せっかく乾さんの抱える薄闇な部分を知ったというのに、そこへの反応は薄く、「俺も進路を考えるぞ」ってことで話が終わってしまう。これでは小説として、ちょっと物足りないですよね。もっと描くべきものがあったと思う。必ずしも主人公が大きな変化を見せなくてもいいんだけど、それなら何か印象的なひと言を乾さんに投げかけてあげるとか、そういうエピソードが欲しかった。乾さんがハッとするようなひと言。読者が、「ああ、今の言葉で乾さんは救われたな」と思えるようなひと言が、あったらよかったのに。

  • 青木

    同感です。現状では、乾さんが自分の気持ちを全部語っちゃって、それを主人公が「そうかあ……」って聞いているだけに終始している。でもこういう話なら、二人の関係性がもう少し変化したり、もう一歩心が近づいたりということを描いたほうが良かったのではと思います。

  • 編集F

    あと、人物のバックグラウンドも、もう少ししっかりと詰めて考えてほしい。例えば乾さんの両親は今、息子を県外の大学に進学させるために、おばあちゃんの施設入居費用を頑張って稼いでいるところ、みたいな設定にもできたはずです。もしそういうことがちらりとでも書かれていれば、読者は現在の状況を十分納得できますよね。

  • 青木

    ご両親は、朝早くから夜遅くまで働いてるらしいですけど、どんな仕事をしてるのかな? 作中には出さなくてもいいんですけど、作者の中では具体的な設定を決めていてほしい。そして、もしそれが決まっていたなら、職業名は出さずとも、作中におのずと滲み出てきたはずじゃないかなと思います。

  • 編集A

    毎日遅くまで部活動していることと、ヤングケアラーであるということも両立しにくいので、ここもなんらかの設定なり説明なりが必要ですね。それに、いくら乾さんがよくできた青年だとしても、真面目で人望があって、バレー部ではレギュラーで、でも家に帰れば一人でおばあさんの介護をしていて、それでいて成績は優秀で、推薦で楽々大学に合格なんて、あまりに完璧すぎます(笑)。この辺りはもう少し、描き方の塩梅を変えたほうがいいと思う。例えば、あんなに部活を頑張っていたのに、乾さんは引退試合を急遽お休みした。どうしたのかなと思っていたら、おばあさんの介護絡みの理由だったと後になって分かる、とかね。

  • 編集F

    あるいは引退前に、バレー部そのものをある日急に辞めてしまうとか。介護と両立できなくなって。

  • 編集A

    歌わないのに打ち上げのカラオケに最後まで付き合うとかも、ちょっとあり得ないと思う。ヤングケアラーって、おそらくそんな時間の余裕はないですよね。そもそも、「部活に打ち込む高校生」と「おばあちゃんの介護」という取り合わせが、私にはどうにもしっくりこなかった。乾さんに関するエピソードは、なんだか浮いているものが多い気がします。

  • 編集B

    ツッコミどころがいっぱいあるというか、どうにもちぐはぐなんですよね。話に整合性をつけることに、もう少し意識を向けてもらえたらなと思います。

  • 編集H

    あと、「ヤングケアラー」は考えるべき重要な問題だとは思うのですが、この作品に取り入れるには重すぎるんじゃないかな。主人公の性格が軽くてシンプルなので、ちょっとバランスが悪いような気がする。こういう人物が主人公の話なら、もっとエンタメに寄ったほうがよかったのでは?

  • 編集D

    ただこの話は、「ヤングケアラー」をテーマにしているわけではなくて、作者が書きたいのはあくまで、主人公たち男子高校生の関係性なんだろうと思います。「複雑な家庭事情」の設定のために、「おばあちゃんの介護」を話に持ち込んでいるんじゃないかな。むしろ私は、「ヤングケアラー」要素には装置感があるように思いました。

  • 編集A

    乾さんに、何か重い要素を持たせたかったのでしょうね。ただ、そこに「ヤングケアラー」を持ってくるのは、最適な選択ではなかった気がする。

  • 青木

    それに、たとえ「ヤングケアラー」が「装置」であったとしても、作品に登場させる以上は、いろいろ調べて、ポイントは押さえて使わなければいけないと思います。例えば乾さんがおばあさんのことを語り始めたとき、真っ先に「痴呆」って言いますよね。でも今はこれ、「認知症」と呼ばれるものだと思う。優秀かつ気遣いのできる乾さんが、自分のおばあさんについて「痴呆」なんて言い方をするとは思えなくて、私はここがすごく引っかかりました。

  • 編集A

    ちゃんとヘルパーさんが来てくれているのに、子供が毎日学校帰りにお惣菜を買って夕食の準備をして……というのも、ちょっと腑に落ちなかった。まあ、いろんなケースはあるとは思いますが。

  • 編集F

    おばあちゃんの介護をめぐって、この家庭がどれくらい荒れているかもよくわからない。両親は介護から逃げているようでもあるけど、一方で乾さんは、ちゃんとした温かい家庭に育った人のようにも思えます。

  • 編集E

    私はいろいろ勝手に想像して、けっこう入り込んでこの話を読みました。乾さんは、おばあさんがチラシで作った置物を、捨てずにとっておいたりしてますよね。たぶん彼は、昔はおばあさんとすごく仲が良くて、おばあちゃん子だったりするんじゃないかな。でも今はもう、おばあちゃんは自分のことを忘れてしまっている。精一杯世話はしているつもりだけど、もう限界で、大学進学を理由に逃げようとしている。同時に、そんな自分について、忸怩たる思いも抱えている。そんな彼の気持ちを考えたら、すごく切なくなってしまった。でもそれは、あくまで私の想像に過ぎないんですよね。だから、その辺りの乾さんの気持ちを、もうちょっと詳しく描写してくれていたらと思います。「ヤングケアラー」にフォーカスし過ぎると別物の話になってしまうから、あくまで「おばあちゃん思いの乾さん」というものの延長線でいいんです。本当ならもっともっと感情移入して読めたはずの話なのにと思えて、非常に惜しいです。

  • 青木

    確かにね。ちょっと全体に、台詞で語り過ぎなところがありますよね。もう少し描写やエピソードでキャラクターの心情を伝える工夫をしてみてはと思います。

  • 編集F

    視点も再考したほうがいいかな。一人称の語りで、「俺はもともとおしゃべりな性質だし」とか、「俺は社交辞令とか考えないタイプ」とか、自分で説明してしまっているのが気になります。

  • 編集E

    誰への語りかけなのかもわからないですよね。しかも、最初の辺りは回想で自分に語りかけている感じなのに、後半は現在進行形になっているし。

  • 青木

    そうですね。その点に関しては統一したほうがいいと思います。でもこの作品は、キャラクターがとても魅力的でした。主人公にはすごく好感が持てるし、乾さんは大人びていてかっこいいけど実は内面は繊細で、そこがまたいい。

  • 編集E

    すごくうまいなと思える描写もありました。例えば21枚目で、乾さんのおばあさんが認知症だと聞いた主人公が、「とりあえず『ふうん……』と言ったが、いかにも無責任な気がして、『大変っすね』と付け加えたが、なおさら薄情なかんじがした」、と語るところ。実際、友達とさらさらお喋りしてて、不意に重いことを聞かされたとき、なんて言えばいいかわからなくなることとか、ありますよね。人間の感情のリアルな手触りが感じられるような、こういう描写をもっと増やしてもらえたら、より多くの読者が入り込める作品になるのではと思います。実は私はイチ推ししていました。今後もぜひがんばっていただきたいです。

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