かける

小説を書いて応募したい方・入選した作品を読みたい方はこちら

215

選評付き 短編小説新人賞 選評

『記念日』

小葉

  • 編集G

    冒頭から、いっそ清々しいほど嫌な感じの女性が一人語りをしています。「ああ、これは『嫌な主人公』の話だな。『嫌な読み味』を狙った作品なんだろうな」と思って読み始めたのですが、予想は見事に裏切られました。主人公がフルコースのフランス料理を食べる描写と並行して、少しずつ状況が明かされていくのですが、細かく謎が散りばめられていて、読めば読むほど「え? どういうこと?」と興味を引かれます。主人公と太一の過去に何があったんだろう? この二人は結局どうなるんだろう? と気になって、ぐいぐい読まされました。先へ先へと読者を引っぱっていく力がすごくある作品だと思います。
    ラスト手前でようやく、太一がもう死んでいることが明かされるんだけど、同時に、その死から17年も経っていることも判明して驚かされます。そのうえ主人公は、近々別の男性と結婚することが決まっている。だから結局、麗華と太一の間には、これといった関係は起こらなかったんです。でも、麗華は太一にすごく影響を与えられたし、精神的に支えられてもいた。実はとても特別な相手だったんですね。主人公はなかなか素直にはそういうことを語らないんだけど、主人公視点の一人称だからこそ、その語らない思いを読者は感じ取ることができるという構成になっているところが、とても面白いなと思いました。イチ推ししています。

  • 編集A

    確かに、企みはすごくありますよね。

  • 青木

    仕掛けがあるという意味では、今回の候補作の中ではトップですね。

  • 編集A

    時系列が入り組んだ話になっています。これは、少しずつ状況を明かしていくために、わざとこういう書き方をしているんだと思う。でも、意外に混乱はしないですよね。「ああ、そういう経緯があったのか」と、すんなり読み取れます。

  • 青木

    正直、文章はそんなに上手とは言えない感じなのですが、妙なリアリティがありますよね。そこはすごくいいなと思いました。

  • 編集G

    最初のほうで、主人公が自己紹介している部分は特に、文章がぎこちなかった。でも、「はっきり言って、私は生まれたときから美人で頭がいい。そりゃ得してますよ。むしろ自信を持ってます」みたいなこと、堂々と言っちゃってるのは面白い。それに、こういうキャラ設定も、作者の企みの一つではないかと思います。女王様キャラで生きてきた女性が、冴えない男のことをずっと忘れられなかったという話なのですから。

  • 編集E

    すごく面白く読みましたが、リアリティがあるというふうには、私は感じられなかったですね。というのも、この主人公のキャラ設定は、企みというより、ストーリーのための都合のようにも感じられる。「嫌な女だったんだけど、ある男性と出会って変わりました」という、「変化」や「落差」を出すために、わざとこういう設定にしたのかなと思えます。ラスト辺りで語られる、「スペックなんか重要じゃない」というテーマも、ちょっと教訓的ですよね。せっかく本音をずばずば言える人物を主人公にしたなら、もう少し違う話にしたほうが良かったんじゃないかな。特徴あるキャラクターなのに、あまり活かされていないように思いました。

  • 青木

    それもわかります。「高慢な女性」という設定で話がスタートしていたはずなのに、終盤では「純愛を貫いた」みたいになっている。

  • 編集A

    途中でキャラがブレてますよね。「高慢」設定には、やっぱり装置感があると思う。というか、そもそもこの主人公、自己申告してるほど、いろいろずば抜けているのかな? 「私は優秀」と言いきっているけど、ごめんなさい、正直そんなに頭がいいようには感じられなくて……

  • 編集F

    勉強はできたのかもしれないけど、なんだかちょっとおバカな印象を受けますね。

  • 青木

    天然感がありますよね。私は好きですけど。

  • 編集E

    10枚目の「(鯛が)うまい。うますぎる。」とか、14枚目の「ガーンだ。彼女もそうだったかもしれないが、私もガーンだ」なんてところも、あんまり語彙力がある感じではない(笑)。でも私はここで主人公に親しみが湧いて、かわいいなと思いました。

  • 編集A

    ただ、作者はそれを狙ってやっているわけではありませんよね。主人公のことは、あくまでスーパーウーマンとして描こうとしているのだと思います。だからちょっと、うまくいっていないように思う。これは想像なのですが、作者さん自身がとてもいい方なんじゃないかな。だから、「高慢な女」を一生懸命想像して書こうとしたんだけど、描き切れなかったということではないでしょうか。

  • 編集D

    主人公のハイクラス感を出そうとして、いろいろ盛り込み過ぎたのではと思います。この作品には、派手なステキ要素がたくさん出てきますね。ただそれらは、うまく話に活かされていない。目を引く要素がポンポンと点で置かれているだけで、絡み合っていないんです。要素だけが、過剰にてんこ盛りになっている。

  • 編集A

    そうですね。美人で優秀で、仕事も充実していて羽振りもいい主人公。会社を立ち上げて、現在は社長をしている。取引先は外国で、高級レストランにも行き慣れていて、部下からの電話に忙しく指示を出しながら、都会を闊歩する女性。

  • 編集E

    いかにもな「成功した女性」のイメージですよね。世界を股にかけて活躍している感じで、CMに出てきそう。ただ、いかにもすぎて、類型的だと感じます。

  • 編集D

    その上、婚約者が日本人とコロンビア人のハーフなんですよね。しかも職業はカメラマン。絶景を撮るために世界中を旅して回っている。今はブエノスアイレスにいるらしい。

  • 編集E

    「塩の湖サリーナス・グランデスをバックに、調子はずれのバースデーソングを歌うビデオメッセージをくれた」とか、とにかくワールドワイドな感じがすごいですね。

  • 編集A

    そんな男性とどこで出会うのかな? 絶景カメラマンは、化粧品の宣伝写真とか撮らないと思う。その分野にもプロがちゃんといますから。

  • 青木

    それに、「人間はスペックじゃない」という大切なことを太一に教えてもらって結婚する相手が、どうしてハーフのカメラマンなんだろう? この展開はあまりに唐突で、すごく浮いているように感じます。

  • 編集A

    さらに言うなら、フレンチレストランのシェフもアメリカへ行くらしいですね。もう、出てくる人がみんな、世界を股にかけている。

  • 編集D

    人物や作品を素敵にしようとして、キラキラ感のある要素を盛り込んだのかもしれないですが、ちょっとやりすぎですね。「この要素は、この話に本当に必要かな?」ということをもう少し熟考して、冷静に見極めてほしいです。

  • 編集E

    あと、すごく引っかかったのが、ラストで指輪を捨てるシーンです。17年も心に深くとどめていたのであろう指輪を、どうしてその辺の適当な川にいきなり放り捨てるの? 泥にまみれさせてかまわないの? 過去との決別のために処分するにしても、ボトルに入れて海に流すとか、なにかもうちょっと想いのこもった扱い方があるだろうにと感じます。

  • 編集D

    確かに。年に一度その指輪に会うために、17年も通い続けたんですよね。相当な思いが積み重なっているはずだと思います。それを、引き取った途端に川に投げ捨てるのは、展開としてちょっと納得がいかなかった。

  • 編集A

    だからなんだか、「結婚したい男性ができたから、太一はもう必要なくなった」みたいにも見えてしまうんですよね。気持ちの振り切り方が急すぎて、「17年も想い続けていた」ということとうまくつながっていない。

  • 編集H

    指輪をあっさり捨ててしまうのは、私は理解できました。17年も経ってようやく、他の男性を好きになることができたわけですよね。その人も自分を好きになってくれて、結婚も決まった。だから「きっちり終わらせよう」と心を決めたのでしょう。でも、太一のことは今も大切に思っている。ラストで、「でも、あなたのことは思い出すよ」って語ってますしね。私はこの言葉、とても胸に沁みるひと言だなあと思えて、すごく好きです。主人公の気持ちは、ここにちゃんと表れていると思います。太一への想いは抱えつつも、心を切り替えて前に進む。思い出の品に執着はしない。だから、17年間も受け取りを逡巡してきた指輪だというのに、引き取って指にはめて「やっぱり安物ね」って微笑んだ後、未練なく放り捨てるというのは、とても主人公らしい行動だと私は思います。

  • 編集D

    ちょっとだけ順番を変えてみたらどうでしょう? 「あなたのことはまた思い出すよ。さようなら」の後でポーンと投げ捨てる、というのであれば、読者もそんなには引っかからなかったと思う。

  • 青木

    なるほど。それならまだ、「薄情な主人公」みたいにはならないですね。

  • 編集A

    描き方の塩梅が、まだちょっとうまくないのかなと感じます。そもそも、「フランス料理」が話の多くを占領しすぎているのも疑問でした。はっきり言ってこの作品、「フランス料理」という要素はなくても成立しますよね。「人間をスペックで見るという価値観を、太一が壊してくれた」という展開になればいいのですから。最初から最後までひたすら「フランス料理を食べる」流れに沿って進んでいってますが、ここまで大きくメイン要素として持ってくるなら、もう少し有機的に話に絡ませる必要があったと思います。現状では、「ただ食べている」だけになってしまっている。

  • 青木

    確かに。なにかフランス料理に関わる、とても印象的な太一との思い出とかがあったりしたら良かったのですが。

  • 編集A

    「主人公・太一・フランス料理」が、どうにもうまく絡み合っていない。「太一とは食の好みがすごく合った」みたいなことが書かれていますが、隠れた名店のおいしいフレンチを食べれば、ほとんどの人は「おいしい」と感じますよね。二人が共にこの店の味を気に入ったからといって、べつだん運命的なつながりとは思えないです。実際主人公は、「一人でもこの店に通う」発言をしています。で、それ以前はずっと、大衆的なところへ食べに行ってたんですよね。でも、その一年もの間に、どんなお店でどんなふうに「食が合う」体験をしたのかは、全く描写されていない。なぜか、一回行っただけのフランス料理店ばかりがフィーチャーされている。ここ以外にも、「太一とは食が合う!」と感じた思い出の店があるはずじゃないのかな? どうにも腑に落ちない。

  • 編集E

    太一も、主人公の長年の想い人という設定の割に、影が薄いですよね。主人公の心を17年間も捕え続けてきた太一の魅力というものが、ほとんど伝わってこなかった。こういうお話なら、主人公と太一が一緒に食事しながら会話するシーンとかが、もっとじっくり描かれても良かったのにと思います。

  • 青木

    そうですね。「あんたの良いところは、そのおしゃべりじゃないの」とあるのですが、太一が喋るところはそれほど描写されていない。「おしゃべりがいい男」と台詞で書くのではなく、「いいおしゃべり」そのものを描いてほしかったです。

  • 編集E

    料理に筆を費やしている割に、おいしさが今ひとつ伝わってこないのも残念でした。料理の見た目はいろいろ描写されているのですが、肝心の味や食感などについては、「すごくおいしい」程度の感想にとどまっている。食べ物が重要な要素の話なのですから、もう少し表現力豊かに「どんなおいしさだったのか」を伝えてほしかったです。

  • 編集A

    同感です。ただ、終盤に出てくる幸というキャラクターは、ちょっと面白いですよね。

  • 青木

    何だか心に引っかかりますよね。私も、非常に興味深い登場人物だなと思いました。妙に好きです(笑)。

  • 編集A

    憎い恋敵だったはずの主人公に、いまだに毎年年賀状を送ってきたりするんですよね。「変な人だな」と思いつつも、意外に現実にもいそうな気がする。太一の思い出を共有している人間として、主人公のことを忘れがたく思っているのかな。

  • 青木

    長年不思議な友情っぽいものが続いている感じが、なんだかいいですよね。

  • 編集H

    幸さんをもっと掘り下げたほうが良かったんじゃないでしょうか?

  • 編集E

    ラストも、エドガーじゃなくて幸さんを登場させたほうが、話がまとまったかもしれませんね。

  • 青木

    例えば、店を出たところに幸さんが待っていて、「(太一へのお別れは)終わった?」って声かけてくるとかね。で、「終わりました」「そう。じゃあね」ってだけの会話で別れて、後はそれっきりとか。ただまあ、そこまでこの人物を登場させたら、違う話になってしまうかな。出す以上は、もっとキャラクターとして立たせなければいけないですし。

  • 編集C

    太一は、この幸さんとお付き合いしてたんですよね。その裏で、主人公と週一で食事していた。一年間もずっとです。これってはっきり言って二股じゃありません?

  • 編集F

    いや、食事だけの仲だったのですから、主人公とは付き合ってたわけではないですよね。食べ友達を続けているうちに主人公を本気で好きになったので、幸に別れを切り出したということなのでは?

  • 青木

    でも、正式に付き合っている女性がありながら、他の女性と一年間も毎週食事に行くというのは、ちょっと普通では考えにくい事態だと思います。しかもその間ずっと両者に、別の相手の存在を微塵も匂わせなかったわけですよね。これは「意図的に隠していた」と受け取られても言い訳できないと思う。

  • 編集A

    太一にとって、主人公は学生時代からの憧れ、「高嶺の花」ですよね。「あわよくば」とか「できるものなら」みたいな気持ちはあったと思う。であれば、主人公との距離を縮める隙を窺いながら、幸を一年以上もキープしていたということになる。

  • 編集C

    「もう結婚するしかないんじゃない?」とか「この口説きがいつか効いてくるかもしれないから、俺は続けるんだ」みたいなことを言ったときでさえ、幸とは別れていなかった。完全に同時進行です。「二人の再会は運命だよ」みたいなことを言いながら、他の女性ともちゃっかり付き合い続けていたなんて、私は正直ドン引きしてしまいました。

  • 編集A

    太一の真意がどうだったのかは、分からないですね。一人称小説だから、主人公以外の人物の本音を書くのは難しい。でもそこはなんとか工夫して、もう少し太一の気持ちを読者が読み取れるように描いてほしかったですね。

  • 編集C

    今のままでは、太一は非常に不誠実だと感じます。とてもじゃないけど、主人公が長年心を寄せるにふさわしい男性とは思えない。亡くなった後も17年も振っ切れなかったんですよ? 「こんな男のどこがそれほど良かったの?」と思えて、読んでいてものすごく引っかかってしまいました。

  • 青木

    太一の魅力が作品から見えてこないのは、確かに気になりますね。一見冴えない男性なのに、主人公と幸さんの心を強く捕らえたわけですから、何か素晴らしいところがあるのでしょうけど、そこが読み手には伝わってこない。「彼は話が面白い」とは書かれていますが、どんなふうに面白いのかは描写されていないし、「食の好みが合う」ということに関しても、印象的なエピソードと言えるほどのものはなかったですし。

  • 編集D

    いっそ二股をかけるクズでもかまわないから、「ここだけはとっても素敵なの!」というものが何かあればよかったですね。とにかく、読者を納得させられるだけの魅力を、太一に持たせてほしかった。

  • 編集A

    あと、17年前の話の部分に、「SNS」とか「フェイスブック」が登場するのも、年代的に微妙に合わない気がする。こういう辺りの要素の扱い方にもう少し気を配ったほうが、「あれから17年も経ったのか……」という時間の経過感をうまく出せたと思います。

  • 編集H

    一方で、作者は狙って、構造トリック的な仕掛けのある話を書いていますよね。この構成は、私はいいなと思うのですが。

  • 青木

    はい。主人公が誰かの到来を待っている感じで始まって、「それは誰だろう?」と思って読んでいると実は……という驚かせ方。これは面白いし、うまくいっていたと思います。ただ、話そのものはちょっとまとまっていなかった。

  • 編集A

    「スペックにはもう捉われない」と学んだはずの主人公が、なぜかラストでかっこよさげな人と結ばれたり。一途な恋心の話かと思えば、相手の男性には二股疑惑があったりね(笑)。

  • 編集E

    「太一」が主軸の話にしては、太一のキャラが弱すぎるし、「食」が主軸の話にしては、食べ物の描写が浅い。作者が何を一番描きたかったのか、結局よくわからなかったです。

  • 青木

    そうですね。話の焦点を、「太一との交流」にするのか、「フランス料理」にするのか、「三角関係」にするのか、どれか一つに絞ったほうがいいと思います。30枚しかない短編ですから。

  • 編集D

    使いたい要素、書きたいシーンが次々思い浮かんで、ついどれもこれも盛り込んでしまったのかもしれないですね。アイディアやイメージが豊かなのはすごくいいことだと思いますので、詰め込みすぎずに吟味・整理して、必要なものだけをうまく絡み合わせることを心がけてみてほしいですね。

関連サイト

漫画×VAUNDY 2023.03.09 RELEASE
サンデーうぇぶり
炎の蜃気楼 Blu-ray Disc Box 05.27 On Sale
e!集英社
ダッシュエックス文庫
ファッション通販サイト FLAG SHOP(フラッグショップ)
サンデーGX