編集A
とても面白かったです。一人称で書かれている作品なのですが、主人公の女性が、ちょっと頭が悪いというか、あまり深く考えることなくその日その日を生きているタイプの人。でもその語りがとてもいい。ちゃんと「そういう人」の言葉になっています。
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第215回
『ホテルアムステルダムの老婆』
森かおる
とても面白かったです。一人称で書かれている作品なのですが、主人公の女性が、ちょっと頭が悪いというか、あまり深く考えることなくその日その日を生きているタイプの人。でもその語りがとてもいい。ちゃんと「そういう人」の言葉になっています。
私も面白く読みました。もう冒頭シーンから、彼氏にパシリにされていて(笑)。
あからさまにたかられてますよね。読者には明白なのに、語っている当人は分かっていない。こういう書き方がすごく上手いです。「芸能事務所にスカウトされたと思っていたら、いつの間にか風俗をさせられていた」なんて大変なことを、あっけらかんと語っている。この主人公にとっては、「あれえー?」で済ませられる程度のことなんだなということがよくわかります。
傍から見ると幸せとは思えない状況なのに、本人はカラッとしてますよね。悲惨なのに悲愴ぶってなくて、ところどころで笑わせてくれる。
こういう人生を送っている人って、実際いると思う。だから、笑えるようでいて、リアリティがあるなと思いました。イチ推しにしています。
でも、こんなふうに軽い調子で語りながらも、心の奥では、裕之君のクズさに薄々気づいてるようにも感じるんですよね。
一人でいるよりは、ひどい彼氏であってもいるだけマシ、みたいな気持ちなのかも。でも、そこは自分では、「好きだから。惚れてるから」ってことにして、さりげなくスルーしているんじゃないかな。
「裕之くんが好きだから裕之くんしかいないというよりは、裕之くんしかいないから裕之くんしかいないというだけのような気もする」という一文は、すごくうまいなと思います。
「(風俗の仕事で)予約が入ると憂鬱だし入らないと不安だし」というのも、さりげなく鋭いですよね。
一見何も考えていない人物の語りのようでありながら、実は深いことを、その人物らしい言葉で表現できていると思います。
裕之君のことを、「ダメ男」とか「クズ」とかひと言も書かずに、そのクズっぷりを如実に描き出しているのもよかったですね。言葉で直接説明することなく、描写によって読者に伝えることができている。
しかもその彼氏が、大したクズじゃないんですよね。そこがまたリアル。
あんまりにもひどい男だったら、もっと早くに「もう絶対に別れる!」ってことになりそうですもんね。
この程度のクズ男だからこそ、ずるずる付き合い続けちゃったのかなという気がします。
ただ、主人公が別れ話をすると、案外あっさり出て行ったので、そこはちょっと違和感がありました。裕之君にとって主人公は、ものすごく都合のいい金ヅルですよね。手放したいはずがない。のらりくらり別れようとしなかったり、あるいは強硬な態度に出てきたりするのかと思ったら、捨て台詞だけで出て行ってくれたのは拍子抜けでした。べつに殴る蹴るまでしなくていいけど、座椅子を投げて「ちくしょう!」って叫ぶくらいの怒りっぷりは見せたほうが、自然だったのではと思います。
それでも手切れ金の8万円だけはしっかりもらっていくというあたり、本当に小物なんですよね(笑)。
主人公に関しても、なんだか引っかかりを感じました。あまりにも将来とか考えていない感じなので。風俗っぽい仕事で不安定な生活をしていて、男に搾取されまくって、それでいて危機感はまったくない。こんな浮草暮らしで不安を感じていないなんて、フィクションの登場人物だからこそという気がする。普通この状況なら、もう少し閉塞感とか切迫感とかがあるのではと思うのですが。私にはこの主人公は、「リアル」とは感じられなかったです。
いや、こういう人、いることはいるんじゃないかな。
大勢ではないにしても、こんなふうに適当に生きている人はいると思います。私はなんとなく想像がつきました。主人公が焼き肉屋でバイトしてたときに、「あんたって、若い時のあたしみたい。しっかりしなさいよ、もう」みたいなことをパートのおばさんによく言われてたってエピソードがありましたよね。あそこを読んだとき、この主人公の雰囲気がよくわかったんです。
うーん、私はちょっとわからないですね。
現実にこういう感じの人だって存在するというのは、もちろんあることだと思います。ただ、小説として書く場合、それでは物足りないと思う。「あたし、ほんとに何も考えてないんです」「あたしの生活ひどい? そうかなー、べつにいいんじゃない?」みたいな人物が主人公では、話に入り込みにくい。もう少し、本人は平気そうであっても、読む側は胸が締め付けられる、みたいな感じが出せていたらいいのにと思いました。
確かに、この主人公にもう少し肩入れさせてほしいなというのは、僕も若干感じました。主人公があまりに平然としているので、読んでいるこちら側の気持ちが入っていけない。やっぱりもう少し彼氏のクズ度を上げたほうがよかったんじゃないかな。現状では、ちょっとわがままで怠け者なだけなので、たまに暴力も振るわれるとか、機嫌が悪いと稼ぎを根こそぎ持っていかれるとか、もっとひどいめに遭っているほうが、読者も「主人公、頑張れ」って思えます。
確かに裕之は、そんなに振り切ったクズ男ではないけど……この程度の塩梅がいいんじゃない?
アクティブなクズって、そんなに多くないと思います。「何かする」のがクズじゃないんですよ。本当のクズ男というのは、「何もしない人」なんです。
それに、主人公は最後に、こういう生活から脱却しようとしてますよね。寄生虫のような彼氏とすっぱり別れ、より安い部屋に引っ越し、地道に貯金をしている。何もしなければ、あの「アムステルダムの老婆」のようになってしまうから、それだけは避けようと、とにかく行動を起こしている。前向き感はあると思います。まあ、仕事は相変わらず風俗なのですが。
私は、そこがいいなと思いました。もし急に真面目な勤め人になったりしたら、話が作り物っぽくなってしまいますよね。半歩だけ上がるというのが、逆によかったと思う。
それにしても、主人公の仕事って、具体的には何なのでしょうね? そこはあんまりイメージできなかった。すごくふわっとしてますよね。デリヘルかな? ソープ嬢なのかな?
待機部屋で予約が入るのを待っているらしいけど、派遣なのか店舗型なのか、そういうところもわからないですね。
この作品は、主人公のキャラクターととても合致した一人称で書かれていますので、詳しい説明を入れられなかったのではないでしょうか。主人公にとって言わずもがなのことは、語りに出てこないはずですから。
あるいは、わざと詳細は伏せたまま、際どい要素の入った話を書こうとしたのかもしれませんね。
でも、17枚目にはっきり、「(自分のやっていることは)売春は売春で」と出てきます。どうせ出す情報なら、もう少し早い段階で読者に伝えてほしかった。私はけっこう、もやもやを抱えたまま読みましたので。
具体的な単語や描写を、もう少し入れてほしかったですね。でないと、この話がうまく見えてこない。
主人公の状況ははっきりさせておいたほうが、キャラクターが立ちますよね。ベタに説明するのは無粋ですけど、ある程度具体的に描写したほうが、彼女の状況の悲惨さが読者には伝わる。本人は気づいてないらしいけど、今主人公がどんな低い場所にいて、そこから這い上がるのがどれだけ大変かということが、読者からは見える。それによって、話の悲劇度も変わってくると思います。
主人公だけじゃなく、彼氏の仕事もわからないんですよね。「指名を増やすためにダイエット中」とありますけど、その「指名」って何なんだろう? ホストなのかな? それとも、彼氏も身体を売るような仕事をしているのかな?
ホストにしては地味な感じなんですよね。
とはいえ、単独で身体を売って稼いでるにしては、意識が低い。「ダイエット中」と言いながら、結局太りそうなものを飲み食いしてますよね。努力してる感じはこれっぽっちもない。
一応ホストとして在籍はしてるけど、怠けて休んでばかりなので、当然指名もつかず、結局毎日スロットやってる、くらいのイメージで読みました。
何であってもいいんだけど、作者としてはどういうつもりだったんだろう? 作者が具体的にどう設定しているのかが見えないので、もやっとするんですよね。この辺りももうちょっとだけ詳しく書いておいてほしかった。あと、この老婆は、架空の存在ってことでいいんですよね?
私も最初は、イマジナリーフレンド的な存在かなと思っていたのですが、ホテルの掃除をしてるおじさんにも見えてますよね。単に姿を見かけるだけではなくて、「ホテルを時々使ってるよ」みたいな証言もしている。主人公が出会う以前から、この老婆はホテル界隈をうろうろしていたのですから、実在の人物なのだと思います。
でも終盤で、主人公の目の前で突然消えますよね。まさか一瞬の隙を突いて、ホテルに走って隠れたとも思えないし(笑)。そんなことする意味もないし。
私も実在じゃなく、観念的存在だと思っていました。
その二つは両立できるんじゃないかな。ホテル脇のゴミ捨て場に、老売春婦は実際にいる。が、その人と話をして、現実に目を向け始めた主人公の心に不安が生じ、それが幻の老婆の姿になって、「あたしはあんたの未来の姿だよ」と警告を与えている、という設定でも、この話は成り立つと思います。最初の老婆は実在の人だったけど、次第に主人公の心が作り出した架空の存在がとってかわって語りかけてくるようになる。
でも、老婆の額には、最初から大仏ボクロがありますよね。このホクロは、実は主人公の額にもあると、終盤で明かされています。ということは、最初からこの老婆は「主人公の未来の姿」として描かれているわけですよね。
なるほど、確かに。私は、老婆は実在だけど、会話の部分だけは主人公の想像なのかなと思っていましたが、特徴あるホクロがラストで種明かしのように一致するということは、同一人物として描かれているということになりますね。
この「ホクロの一致」は、出さないほうがよかったですね。これさえなければ、ふんわりとごまかせたのに。ちょっと過剰に関連づけようとしちゃったかなと思います。
「毛玉の付いたカーディガン」で二人を結ぶことができていますから、「ホクロ」はいらなかったですね。「カーディガン」の使い方は、私は上手いと思いました。
「ざらざらした毛玉の感触」という要素が、要所要所で効果的に使えていましたよね。
一点すごく疑問だったのですが、老婆と初めて出会うシーンで、ゴミ置き場に置かれているゴミ袋を見て、「まずい」って大慌てで駆け寄っていきますよね。これ変じゃないですか?
そこは私もすごく気になりました。この状況で「まずい」って何? 私は一瞬、主人公が犯人なのかと思ってしまいました。バラバラ死体をうまく捨てたはずが、一部の中身が飛び出してしまっている。だから「まずい」のかなと。
まあすごく好意的に解釈して、「まだ息があるなら助けなきゃ」と思ったのかもしれないけど、「バラバラ殺人」をイメージしていたのなら、普通駆け寄ってはいかないですよね。ここはもう少し、うまい書き方があった気がする。
あと、一行空きが一ヶ所もないですね。わざとかもしれないけど、もう少し体裁は整えたほうが読みやすいと思います。それから誤字脱字もかなり目につきましたので、ここは厳に気をつけてほしいですね。
1枚目からして、「ぼうっとしたピンクが辛なっている」なんて書かれています。これは「連なっている」が正しいのでしょうね。
12枚目の「コンビニに行九時」というのも、なんて読むのか、かなり考え込みました。たぶん正解は「行くとき」。
もしかして、書き上げた後、ただの一度も読み返していないのではと思えてしまうレベルの誤字脱字です。作品として他人の前に出す以上は、もう少し丁寧に見直しをしてほしい。
書くときは、勢いよくガッと書いていいんです。でも、書き上げた後は、じっくりと読み直して推敲してほしいですね。
ただ、ラストで主人公が「ネオン職人になりたい」と言い出すところ、かなり唐突なんだけど、これはいい唐突さだったと思います。
この展開は新しいですよね。
それに、主人公が建物のケミカルでカラフルな電飾に関心があることは、冒頭シーンに書かれていますから、実はちゃんとつながってますしね。
ただ、「ネオン」という単語が、ラストで急に出てくるのは惜しい。このワードだけは、最初の辺りに入れておいてほしかったです。
そうですね。でも私は冒頭の、ラブホテルの外観から「アムステルダム」を連想しつつ、「かわいいな」って眺めている主人公というのは、とても新鮮だなと思います。
ビジュアル的にもいいですよね。映像が浮かんでくる感じです。
「ホテルアムステルダム」が、実は「ラブホテル亜米利加」だというのもよかった。このダサい当て字が、いかにも安っぽい雰囲気を出していていいですよね。
センスのある書き手さんだなと思います。
登場人物たちがみんな、全然優等生じゃなくて、ちょっと人生にはぐれちゃってる感じ。あんまり褒めるところがないような人たちなんだけど、そのダメっぷりに人間味やかわいらしさがあって、私は大好きです。ただこのあたりは、好みにもだいぶ左右されるでしょうね。
はい。これは、好みによって評価がかなり分かれる作品だと思います。でも、今回の候補作の中では一歩抜きんでていました。オリジナリティもあるし、次はどんな作品を書いてくれるのか、楽しみに待ちたいですね。