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選評付き 短編小説新人賞 選評

『ネオンサイド点心』

柩 奇美子

  • 編集A

    一風変わった雰囲気の作品ですね。ひねってる話なのかそうじゃないのか、インパクトがあるのかないのか、よくわからない。

  • 編集B

    個性的と言いたいところなのですが、どうにも文章が読みづらいのは引っかかりました。かなりカッ飛んだ文章ですよね。書かれていることが、スッと頭に入ってこない。独特のスピード感でどんどん進んでいくんだけど、独特すぎて、そのノリに読者がうまく乗れないんです。3段ほど飛び抜けたセンスの持ち主なのか、それとも客観性が足りないということなのか、判断しにくかった。

  • 青木

    この文体は狙って書かれたものなのか、それとも作者にとってはこれが普通の文章なのか、よくわからなかったです。うーんでも、どちらかというと、自然に書いたらこうなった、ということなのかな……? すごく計算して書いているという風には、あまり感じられないですね。

  • 編集C

    文体を意識的に操るレベルには、まだ至ってないように思います。でも、「読者を引き付けよう」ということは、狙ってやっている気がしますね。というのも、冒頭の一文からして、「誘蛾灯を見つけたのは、背中を撃たれてからぴったり七日後だった」、ですから。こんなことを書かれたら、読者としてはやっぱり、「え、何? どういうこと?」って、気持ちを引かれますよね。こういったフックを作るのが好きな書き手なんだろうなと思います。

  • 編集D

    ただ、冒頭に「誘蛾灯」という言葉を出してから7行も後で「私は蛾になる」と書かれても、これが比喩だとは読者には通じにくい。作品舞台も世界観も、読者はまだ何もわかっていない段階ですよね。「いったいどういう作品世界なのか?」を手探りしながら読んでいる最中だから、何行も前に出てきた単語なんて頭に残っていない。そんな中でいきなり「私は蛾になる」とか言われても、わけがわからなくて面食らってしまいます。

  • 編集A

    実際私は、「主人公は本当に蛾になったのかな?」って、ちょっと思っていました。変身能力があるのかな、そういう人間のいる不思議な世界の話なのかなと。

  • 編集B

    「背中を撃たれた」はずなのに、七日経っても死んでないですものね(笑)。

  • 編集C

    文章を素直に読んで、「主人公は誰かに撃たれて、血を流しながら夜の街をさまよってるのかな」みたいなイメージを持った読者も、たぶんいると思います。「撃たれた」というのが「友人に裏切られた」ことの比喩だというのがわかるのは、ずいぶん後のことですから。

  • 編集A

    全体に、比喩が多すぎるんですよね。しかも、作品の世界観が読者に伝わる前からガンガン出しまくっているので、書かれていることのどれが事実でどれが比喩なのか、よくわからない。

  • 編集D

    「撃たれた」割に、すぐに「塾」だの「自転車」だのと出てきて、ほんとにわけがわからなかった。もう少し、「この文章を初めて読んだ読者がどう受け取るか」を意識したほうがいいと思う。

  • 編集C

    比喩自体も統一されてないんですよね。「蛾になった」はずの主人公が、別の箇所では「私は熱帯魚にはなれない」みたいなことを語っている。確かに、「誘蛾灯」も「熱帯魚」も、タイトルの「ネオン」へ繋がるイメージを持った言葉だけど、あれもこれもと盛り込んでしまうと、読者は混乱します。いい例えをしたつもりが、逆効果になってしまう。

  • 編集A

    比喩や描写の中には、「上手いな」と思えるものもいろいろありました。今出たのもそうです。ネオンに照らされた店内でうごめく人々の姿が、ビニールカーテン越しにぼやけて見える映像を、「水槽を泳ぐ蛍光色の熱帯魚」という連想へと繋げているのは、表現としてとてもいい。でも、やっぱりちょっと盛り込みすぎなんですよね。もう少し全体のバランスを考えて、引き算も覚えてほしいです。

  • 編集D

    比喩そのものがわかりにくかったり、意味不明だったりするところも多かったです。例えば22枚目に、「吉岡愛梨はロデオを乗り切りました。春から牧場主です」という台詞がありますが、これは変ですよね。「ロデオを乗り切ること」と「牧場主になること」は、まったく別の話です。

  • 編集B

    そうですよね。なんだか、気の利いた台詞や文章を書こうとして、空回りしている印象があります。

  • 編集D

    「乳母」と「ウーバー」とか、「小論文」と「小籠包」のところなんかも、作者なりのユーモアなんでしょうけど、正直あんまり面白いとは思えなかった。文体や表現、センスといったものが、読者が楽しく受け取れる範囲から少しズレている感じがする。

  • 編集C

    ちょっと奇をてらいすぎてるのかな。作品の印象はなんとなく派手っぽいんですけど、中身があまりない感じなんですよね。怪しい夜の街で、これまた怪しいチャイナ服のお姉さんと、意味深なのかそうでもないのかよくわからない会話をして、でも結局描かれているのは高校生の進路の話だったりする。

  • 青木

    確かに。ワーッとはっちゃけた話になるのかと思いきや、意外とストーリーは普通でしたね。仲の良かった子に裏切られたとか、たまたま出会ったお姉さんに話を聞いてもらって、ちょっと気持ちを整理したとか。そういう話でも悪くはないのですが、突飛な話の入り方をして、突飛な要素を盛り込んでいる割に、内容はさほど飛び抜けてはいなかった。

  • 編集C

    正直ちょっと、肩透かし感はありますよね。期待させられたぶん余計に、「あれっ?」って思ってしまう。

  • 編集B

    ラストの締めくくり方にも、疑問を感じました。ルコちゃんの落ちぶれ方が悲惨すぎますよね。ここまで不幸にさせられなきゃならないほど、ルコちゃんは悪い子じゃないと思うのですが。

  • 青木

    ルコちゃん、そんなひどいこと言ってないですよね。先生たちもみんな、「(主人公は)志望校に落ちる」って思ってたわけだし、主人公自身も「受かったのは奇跡」って言ってますし。ルコちゃんも、「たぶん無理だろうなあ」が正直な気持ちだったのでしょう。まあ、感じやすい思春期だから、ちょっとした言葉にも「裏切られた!」って大きなショックを受けてしまったのかなとは思いますけど。

  • 編集C

    ただ、そのショックぶりも、さほど描写されてるわけではないんですよね。主人公がどれくらい傷ついているのかということは、文章からは伝わってこなかった。

  • 編集B

    それに、こんな「ざまあ」展開で話が終わるというのは、やっぱりちょっとひどすぎる。「私はハイレベルな大学に受かり、みんなを見返してやりました。一方、私を裏切った子は見事に落ちぶれました。ま、もうどうでもいいことなんだけどね」、みたいな感じです。

  • 編集C

    かつて親友だった子が、メンタルを病んで幽鬼みたいな姿になっているというのに、主人公の心は全然動いていないですよね。この主人公には、どうにも共感できなかった。

  • 編集D

    第一志望の大学に落ちたからって、こんなゾンビみたいな状態になるというのも、ちょっと解せない。滑り止めも用意していたらしいのに、どうしてルコはここまでダメージを受けてるんだろう?

  • 編集C

    そのあたりのことが描かれてないですよね。なんだかこの展開は浮いているように感じました。ルコって、登場してきたときは、すごくキラキラしたかわいい女の子だったはずなのに。

  • 編集B

    明るくて、楽しいことが大好き。あんまり勉強を頑張るタイプには見えない。だから進路にも、そんなにこだわりがあるようには思えなかったです。ラストの堕ちっぷりには、しっくりこないものを感じました。

  • 編集C

    それに、ルコちゃんからしてみたら、主人公のほうが「ひどい」のかもしれないですよね。それまで二人でキャーキャー楽しくやってたのに、急に「私はレベルの高い大学を目指す」とか言い出して、勉強ばかりで付き合いも悪くなった。ルコちゃんのほうこそ「裏切られた」って思ったかも。

  • 編集B

    主人公がどうして急に志望校を変えたのかも、実は書かれていないんです。周囲がみんな「絶対無理」と反対する大学に、どうして急に「無理でも挑戦する!」って気持ちになったのか、さっぱりわからない。主人公の気持ちの流れや行動原理が見えてこないから、読者も寄り添いにくいです。というかむしろ、主人公が進路を変えたのは、「ルコに裏切られてショックを受ける」展開にするための都合のようにも見えてしまう。

  • 編集C

    何か理由があるなら、直接的には書かないまでも、ヒントとなる描写とかを入れておいてほしかったのですが、そういうのも見当たらないですね。

  • 編集B

    この主人公のことは、正直よくわからないです。何が好きで、何が嫌いで、将来どうなりたいのか、普段どんなことを考えているのか、読んでいても伝わってこない。必死に勉強してせっかく受かったというのに、「これから待っている大学生活もどこか先が見えている気がした」と醒めたことを語っている。ましてやルコのことなんて、最後にはどうでもよくなっている。なんだか「性格悪そう」とさえ思えてきます。大学では、かっこいい先輩から告白されて、「優越感にひたっていた」んですよね。そんな気持ちで付き合っていたなら、そりゃあうまくいかないでしょう。浮気されたと知っておそらく別れたんだろうけど、でもそのことにひどく傷ついている感じでもない。とにかく、よくわからなかったです。

  • 編集E

    全体に、人物造形がうまくいってない感じですね。キャラクター一人ひとりの人物像が見えてこないし、統一されてもいない。感情移入もしづらい。私はこの作品の登場人物の誰にも共感できなかったです。気持ちを投影して読むことがまったくできなかった。

  • 編集B

    「親友に裏切られた」という「友情話」がこの作品のメイン部分なのであれば、登場人物の人となりをもう少ししっかりと構築して描き出す必要があったと思います。

  • 編集F

    でも、描写の分量から見ると、「おだんご」のお姉さんとのやり取りが圧倒的に多いですよね。

  • 編集B

    そうなんですよね。作者の描きたかったのは、そっちのほうなのかな? このチャイナ服の妙なお姉さんを、読者に面白がってもらいたかったのでしょうか?

  • 青木

    ただ、この「おだんご」さんは、実はそれほど突き抜けたキャラクターでもないんですよね。「素っ頓狂なキャラ」という設定なんだろうとは思うのですが、そういうふうには描ききれていない。主人公とポンポンとリズムよく会話はしているのですが、その会話もあまり面白くはない。エンタメ小説でキャラクターを造形するのに会話は大事だし、便利です。嫌いじゃないけど苦手、嫌な人だけど惹かれてしまう、というような複雑な性格や感情を数行で表現することができる。おだんごとの会話をもっと面白く書けていたら、印象は違っていたと思います。

  • 編集C

    意味の取りづらいやり取りも多かったですしね。本人たちはボケとツッコミの応酬という小気味よい会話をしている様子なんだけど、読者は入り込めない。どうにも会話が上滑っています。

  • 編集A

    「おだんご」というキャラの、この作品内での役割もわからないです。主人公に、これといった影響を与えているようには思えないですよね。一見なんでもなさそうな会話の中で、主人公にハッと気づきをもたらしたりするのかと思いきや、結局最後まで、つかみどころのない不可解な人物でしかなかった。

  • 編集C

    こういう「変な人」キャラには、どこかでチラリといいひと言を言わせてほしかったです。単なる「変な人」で終わるのではなく、「あ、いま何か、深いことを言ったぞ」と読者を一瞬立ち止まらせるようなキャラであってほしい。

  • 青木

    同感です。そのひと言が主人公の気持ちを揺らし、読者の気持ちをも動かすわけですからね。あるいは逆に、下手に深みなど与えたりせず、あくまで「変な人」というだけの存在にしたいのであれば、もっともっと徹底的にはっちゃけた素っ頓狂キャラにすべきだったと思います。

  • 編集D

    結局「おだんご」のいる店は、現実にあるごく普通の店なんですよね? 悩みのある人の前にだけ現れる不思議な店、とかではなく。

  • 編集B

    そうですね。一応、悩める人が引き寄せられる場所、みたいなものを象徴してるのかなとは思うんだけど、割といつでも普通に営業中みたいです。昼間は自転車でデリバリーもやっているらしい。それを考えたら、「おだんご」の作り物めいた奇天烈さは、ちょっと浮いてますね。

  • 青木

    「気持ちが落ちたときにだけ行ける不思議な店」という方向に、もっと明確に振ったほうがよかったかもしれませんね。

  • 編集G

    それと、主人公はなぜわざわざネオンではなくネオンサイド、ネオン脇の暗いお店のほうに行ったのか、私はすごく疑問に感じました。「安っぽくて怪しいネオン。いかがわしくて不健康。でもそこが魅力的。いろいろあって、ちょうど今、体に悪いものが食べたい気分なんだよね」と思っている主人公なのに、なぜその「ネオンのお店」を通り過ぎ、「ネオン脇のお店」に向かったのか、さっぱりわからない。主人公は「蛾になった」はずですよね。誘蛾灯に引き付けられる蛾のように、ネオンの怪しい輝きに引き付けられた。なのにどうして、そのネオンのお店に入らないの? ここはなんだか矛盾しているように感じました。

  • 編集C

    作品そのものも、何を描こうとしているのか、よくわからなかったですね。この作品の芯の部分が何かということが、うまく見えてこなかった。心に残るものがないというか。

  • 編集B

    ストーリーを描きたかったにしては、割と普通の話だし、キャラクターや人間の感情を描きたかったにしては、描写や掘り下げが不十分ですし。何か一つでいいから、読みどころになるものが欲しかった。

  • 編集F

    こういう、ポンポンポンと弾んでいくような文章を書いているうちに楽しくなっちゃって、ノリと勢いで書き上げちゃったのかもしれませんね。あるいは逆に、真面目な人がすごく頑張ってノリのいい作品を書こうとして、スベっちゃったという可能性もないではない。ただ、もしそうであっても、私はその意欲だけは評価したいです。

  • 編集B

    やっぱりちょっと、奇をてらいすぎなのかな。あと、テンションが高すぎて、読者が置いてきぼりになっているところはあると思います。もう少し抑えるというか、力を抜くことを意識してほしい。

  • 編集C

    余計な力が入っているなとは、すごく感じますね。あまり意気込みすぎず、もっと普通に書いてみたらどうかな? いい文章もあったりするのに、装飾過剰な文体の中に埋もれてしまっていて、もったいないなと思いました。

  • 編集F

    同感です。例えば2枚目の、「人影が泳いできて視界がめくれた」のところなんて、その場の様子をすらりと表現できていてとてもよかった。

  • 青木

    私は、文化祭のタピオカの場面とか、好きでした。先生たちとのやり取りとかも面白かったですし、筋肉の藤井先生なんて、すごく生徒思いの人でほっこりします。実は、いいものはすでにたくさん持っていらっしゃる書き手なんですよね。無理にとんがった作風にしなくても、今持っているいいところをそのまま出してくれたらと思います。

  • 編集A

    そのためにも、もう少しコントロール力はつけてほしいですね。うまい比喩や凝った表現はここぞというポイントで使ってこそなので、ちゃんと加減をして、抑えるべきところは抑えてほしい。

  • 編集F

    それができるようになれば、作品の魅力は一気に増すのではと思います。書こうという意欲が強く感じられるのは、すごく頼もしい。批評を参考にしたうえで、ぜひまた次の作品にチャレンジしてみてほしいですね。

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