編集B
この話、好きです(笑)。
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第216回
『無重力親父』
山鯨モネ
この話、好きです(笑)。
私もです(笑)。すごく好き。
奇をてらった一発ネタかと思いきや、その奇抜なアイディアを、ちゃんと最後まで手綱を握って描き切っていました。すごくよかったです。このお父さんも、なんだかかわいくて大変良い(笑)。
嬉しいと浮いちゃうんですよ(笑)。もうほんとにかわいい。
こんな特殊体質、このお父さんだけかと思ってたら、意外とほかにもいるらしいですね。
ただ、その設定はほぼ活かされていなかった。ほんの一、二ヵ所、数行のエピソードとして出てくるだけですよね。僕は、「浮く」というのは、このお父さん一人の特性だったほうがいいと思います。何人もいたら、「浮く」ことの特異性が下がってしまう。
でも、その小さなエピソードが、すごくかわいくないですか? 「アーケードとかにひっかかって、たまに同じように引っかかっているどこかの親父とその場で談笑」って(笑)。場面を想像すると、ほのぼのしてしまう。私は、ここは残しておいてほしいです。
一緒に浮いている必要はないと思います。この「親父」がニコニコとアーケードに引っかかっているところへ、どこかのおじさんが通りかかって、気づいて見上げて、「おや、ずいぶん高く浮いてますね。何かいいことありましたか?」「いやあ、それが、ははは、お恥ずかしい」「あはは。けっこうけっこう」なんて談笑しててもいいんじゃないでしょうか。
まあ確かに、それでもほのぼのはしますね。
この作品世界では、「宙に浮く人間がいる」ことは驚くほどのことではないみたいですね。割と普通に受け入れられている。でもその理由が、「そういう人は時々いるから、そんなに珍しくない」ということなら、主人公だってそんなに恥ずかしく思ったり嬉しく思ったりすることはないはずです。社会だって、それに対応していてもおかしくない。「浮いている人を見かけたら、一応119番に連絡しましょう」とか、「日本を襲う、謎の奇病!」と騒がれてたりとかね(笑)。でも、そういうことは書かれていない。「浮く人間は一定数いるらしい」ということがちらりと出てくる程度で、ストーリーに活かされてはいなかった。だったらもう、この主人公の「親父」だけがたまたま浮くのである、というスタンスを貫いたほうが、いろいろな疑問が生じにくいと思います。この作者はエピソード作りが達者な方だとお見受けしますが、この「浮いている親父同士でおしゃべり」のくだりに関しては、うっかり筆が滑っちゃってるなと感じました。
ただ、この「親父」が割とちょいちょい宙に浮いているというのに、周囲の人たちがあんまり気にしていなくて、普通に引っ張り降ろしてくれたり、立ち話してくれたりっていうこの世界観は、とてもいいと思います。「人間が浮く」という超常現象をみんながゆるく受け止めてくれている不思議な世界の中で、ごく当たり前の人間の感情、誰もが共感できる人情話を描いている。下手に理屈をつけないということが、この小説においてはとてもよく作用していると思います。
そこは異論ないです。でも、町内に「浮く親父」が何人かいるみたいな書き方は、やっぱり僕は引っかかった。そんなに複数人存在するなら、描写はもっといろいろ違ったものになったはずだろうと思えて。
言いたいことはわかる気もするけど、私はどちらでもいいかな。このゆるくてほっこりする世界観が、本当に魅力的だと思ったので。
うまいですよね。すごくいい味を出していると思う。
「浮く親父」なんて突飛な材料をボンと投入しておきながら、でも、メインの話はそこじゃない。家族の情愛を描いているんですよね。ユーモアのある文体なんだけど、主人公が突然お母さんを亡くしたときの深い悲しみとかは、ちゃんと伝わってきます。もちろんお父さんの悲しみと衝撃もね。もう呆然としちゃって、まったく使い物にならなくて、浮いたまま自力で降りてくることもできない。
読んでいて、なんだか納得させられましたね。本来「嬉しいと心が舞い上がって、思わず体も浮く」ということだったはずなのに、奥さんを亡くして、このお父さん、我知らず浮いてしまって降りられなくなる。衝撃が大きすぎて、心がどっかに行っちゃったんでしょうね。
とても上手い悲しみの比喩になっていると思います。泣きも喚きもせずに、ただぼうっと浮いているだけなんだけど、すごく伝わってくるものがある。
で、お父さんが無事に帰ってきたとき、気が抜けた主人公が、悪態つきながらわんわん泣くとかね。なんだかじんと来ますね。
胸に迫る話が書けていたと思います。
うーん、私はちょっと、そこのあたりはうまくノリきれなかった。主人公の語りが、「はああああ?」とか「もう死んでるわ!」とか、感動的なシーンの割に荒いなと思いました。無断欠勤がどうのとか、「うちは仏教だから、天国じゃなくて極楽だ」とか、こんなときにそんなこと考えるかなってことをつらつら語っていたり。ちょっと軽いノリを入れることで、「家族愛」をストレートに描写することを避けたのかなと思いますが、ここはもっと正面から描いたほうが良かったのではと思います。せっかく感動的に盛り上がれる場面だったというのに、私はなんだか涙が引っ込んでしまいました。
そうですか? 私はここは、現状でいいんじゃないかと思います。普通の青年が日常的な言葉で語っているからこそ、その奥にある家族への深い愛情が伝わってきて良かった。
大切なお母さんを突然亡くしてしまったうえに、この「家族ラブ」のお父さんまで失踪してしまって、主人公は精神的に限界ギリギリだったのでしょう。そこへ親父がひょっこり元気に戻ってきたもんだから、ほっとするわ腹が立つわで、主人公は頭をよぎったことをなんでもかんでも爆発的に語ってしまったんだと思います。むしろそこに、主人公のテンパリ具合いと、どれほど心配したかという愛情が感じ取れましたけどね。
「(死んだ母に)会えるのなら、俺だって会いたい」みたいなことを、ぽろっと言っちゃうところはよかったんだけど、そこまでのノリがちょっと軽すぎて、私は気持ちを入れて読めなかったです。家族を失う話なんだから、もう少し深刻さはあっていいと思う。
この作者は、以前にも切ないAIモノで最終選考に残られた方ですよね。読者をキュンとさせる話を書くのが得意なのだろうと思います。だったらこの話も、もっと思いきり「泣かせる」方向で来てくれればいいのにと思えて、残念でした。
僕も、無断欠勤がどうのと語るくだりは、違う意味で引っかかった。今後の生活、どうする気なんだろうかと(笑)。上司にひと言、「家族が大変なので、もうしばらくお休みさせてください」って言えばいいだけなのに、なぜしないのか……なんて現実的な心配を、ついしてしまいました。つまりは、あんまり感情を入れて読めなかった。
切ない場面のはずなのに、主人公があれこれ饒舌に語りすぎていて、感情移入しづらかったのかなと思います。余計なことを書きすぎているのかもしれない。20枚目の「なんだか俺はいろいろと耐えられなくなってしまった」の後から、21枚目の「会えるのなら、俺だって会いたい」の直前のところまでは、ざっくり削ってもいいんじゃないでしょうか。
でもそれをすると、作品が規定枚数に届かないかもしれない。今もけっこう下限ギリギリですよね。私はむしろ逆に、描きこみやエピソードはちょっと不足気味なのかなと感じました。必要ないことまで書いて無理やり引き延ばしたりはすべきでないですけど、枚数が余っているのにもったいないな、もうちょっと描写したいことはなかったのかなとは思います。
だったら、父と息子の関係をもう少し描いておいてほしかったですね。この二人の間に、それほど強い絆があるようには、あまり感じられなかったので。
えっ、そうですか? 私は、互いに強く思い合っている父と子だなと感じましたけど。
それこそ、主人公はお父さんが心配で無断欠勤を続けてるくらいですしね。で、お父さんはもちろん、息子が生まれたときから、もうかわいくてかわいくてたまらない。幼い息子がよちよちと歩けば浮いて、「ぱぱ」と呼ばれればまた浮いて(笑)。
息子が大学生になってさえ、帰省のたびに浮いちゃう(笑)。
お父さんは息子を猫かわいがりしてるかもしれないけど、息子がお父さんをどう思っているかは、僕にはあんまり伝わってこなかった。主人公はお父さん個人に対して、そんなに強い思い入れがあるのかな? 「かわいい親父」というだけでは、ペット程度の関わりみたいに思えてしまう。
いや、そこはちゃんと書かれていましたよね。家族のことが好きすぎてしょっちゅう浮き上がっちゃうお父さんと、そんなお父さんをにこにこ受け入れているお母さんのことを、主人公は半ば呆れながらも、「俺もついほだされて、こんな家族を愛おしく思ってるんだ」と照れながら語っている。主人公は、お父さんのこともお母さんのことも大好きだし、「こんなに愛されて、ありがたいな」と心から思っているんです。そこは明確に書かれていたし、私にはしっかり伝わってきましたけどね。
私もです。「もう、しょうがねえなあ、うちの変な家族は」とか言いながら、愛情あふれる目で両親を見ている主人公、というふうに読めました。
うーんでも、三人家族の中で、「父と息子」という二人の関係性が、ちょっと弱い気がするんですよね。お父さんは奥さんがとにかく大好きなので、その愛情の余波が息子に及んでいるのである、という印象がある。
それは私も多少感じましたね。このお父さんは、「父親」として息子に向き合っているようには、あまり思えなかったです。
奥さんのことは女神様のように思っていて、息子に対してはいつまでも「かわいいかわいい」。これは、地に足のついた家族愛とはちょっと違うように思います。そもそも、現実の父と息子って、こんなにべたべたした関係には、あまりならないと思う。子供がある程度大きくなってしまえば、お互いに「まあ、元気でやっててくれ」くらいの距離感になることが大半じゃないかな。
私も、このお父さんには生身感がないと思いました。だから空に飛ばされても、今ひとつ切迫感がなかった。過去にだって、眠ったまま隣町まで漂っていったこともあるようですしね。お父さんの特殊体質がどんなものなのか全く説明されていないから、空高く浮いたら体に危険が及ぶのかどうか、よくわからない。
高度が上がると凍死するのかとか、成層圏を超えてしまうのかとか、そういう辺りのこともわからないし。
主人公がすぐさま、「風船人間 飛んでった どうなる」って検索して、「気圧で破裂する」とかって出てきて青くなるとか、そういう描写があったなら、まだしも危機感が伝わってきたかと思うのですが。
いやいやいや、自力では降りられずにぼんやりと漂ってるばかりの親父がですよ、いつの間にか姿が見えない、ハッと思って窓から空を見上げたら、はるか上空に小さく浮かんでるのが見えて、さらにどんどん吸い込まれるように昇っていってるんですよ。じゅうぶん危機的状況じゃないですか。
そうです。「うあぁ~~~! 親父がぁ~~~! 米粒ほどにぃ~~~~!」って、半狂乱になりますよ。読んでるこちらもびっくりして、「大変!」って思いました。
それに、この作品にあんまり理屈はいらないと思います。成層圏がどうの、浮く人が複数人いるなら社会システムがどうのみたいなことは、この作品では語らなくていいことだと思う。
確かに、そういうところまで説明し始めたら、全然違う話になってしまいますね。下手に科学的な説明を加えたりしたら、物語のバランスが崩れてしまう。
「なぜか浮いちゃう」という不思議でユーモラスな設定をするっと成り立たせ、そのうえで温かな家族愛を描いている。それがこの作品のいいところですよね。変に理屈や整合性をつけたりしたら、逆に台無しになってしまうと思います。
現状でこの作品は、浮く人間がいて、でも普通に生活を送っていて、周囲もそれをふんわりと受け入れているという世界観を、とても細い線の上を歩くような奇跡的なバランスで成立させていると思います。そこはツッコミどころではなくて、むしろ評価していいと思う。
この作品は、「母の死を乗り越える」ことがテーマなのかなと思います。そういうよくある題材に、「浮く親父」というオリジナルな要素を持ってきているのが、私はすごく面白いなと思いました。「息子とお父さんの関係性が希薄に感じられる」という意見も出ましたが、私は、それはそれでいいのではと思います。実際の多くの家庭がそうであるように、この主人公のおうちも、お母さんを中心として家族が成り立っていたんですよね。でも、そのお母さんが亡くなって、家族の真ん中にぽっかりと穴が開いてしまった。その喪失感を、父と子で埋めていく、一緒に乗り越えていく物語なのだと思います。
そうですね。その証拠にお父さんは、ちゃんと地面に足をつけて、息子の元へ戻ってきましたからね。
はい。でもこのお父さんはやっぱり、息子の結婚式にはまた浮いちゃうことでしょう(笑)、嬉しくてつい。すごくいい話ですよね。
お父さんが帰ってきたあたりから、なんかちょっとウルウルしちゃいました。私はじゅうぶん泣かされた。
この作品は、一応これで完成形ということでいいと思います。ただ確かに、このお父さんにもう少しキャラをつけたバージョンも読んでみたい気はしますね。この作者なら、面白いエピソードを書いてくれそう。
いろいろ細かい点が引っかかった人がいるのも、親父の「いい話」しか出てこなかったせいもあるかと思います。いつでもにこにこ浮いてるだけだから(笑)。お父さんも人間なんだから、思春期の息子が反抗してきたときに、ケンカくらいはしたことがあるでしょうからね。そのあたりのエピソードがあったら、もっとよかった。
怒ったときも浮いちゃうとかね。息子を殴ろうとするんだけど、浮いちゃって手が届かなくて、風車みたいに腕をぐるぐる回してるとか(笑)。
あと、ラストで急に「無重力親父」という言葉が出てきますが、いかにも「タイトルにつなげました」という感じなので、ここはちょっと直してほしいです。むしろ削ってもいいと思う。
まあでも、この作者には、指摘すればすぐに理解して修正してくれそうな安心感、安定感がありますね。
書き慣れてらっしゃいますよね。文章のリズムもすごくいい。
ちょっととぼけたような語り口が、とてもいい味を出してますよね。ほのぼのした世界観でありつつ、最後には胸に沁みる話にまとめ上げていました。次はどんな作品を書いてくれるのか、非常に楽しみですね。