編集B
総得点では、この作品が1位でした。最高点をつけている人もいますね。総じて平均点以上で、低い点数をつけている人は一人もいなかった。
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第216回
『朝を掴む』
大凪青
総得点では、この作品が1位でした。最高点をつけている人もいますね。総じて平均点以上で、低い点数をつけている人は一人もいなかった。
完成度の高い作品だなと思いました。これといった破たんもなく、最後まで物語を書き切っている。読みやすいし、なにより登場人物に関して、「誰の気持ちも分かるなあ」と思えました。主人公の気持ちも分かるし、森山さんの気持ちも分かる。読んでいて、どちらにも寄り添えます。
書き方がフェアだと思います。登場人物たちに対して、同等の距離を保ったままで描写している。誰か一人に肩入れしたりしていない。理性的で冷たいということではなくて、対象との距離感を自在に加減できる資質を持った書き手なのだろうと思います。だからやろうと思えば、例えば片岡君をすごい悪者として描くこともできるし、逆に読者が深く共感するように描くことも簡単にできるんじゃないかな。作者が、偏見のないフラットな目でキャラクターたちを見ているように感じて、私はすごくいいなと思いました。もっとも、片岡君のことは、私は好きではないですけど。
でも、100%悪い子でもないんじゃないかな。陰湿で残酷な面もあるけど、お調子者でクラスを明るくしてくれたりもするのでしょう。少なくとも、そういうことを読者に想像させる書き方には、なっていたと思う。
主人公に対しても、すごくいい距離を保っていたと思います。終盤の盛り上がり場面は、いかにも悪役らしく突っ走る片岡君を、主人公がヒーローよろしく制したみたいな印象がありますよね。でも後から客観的に動画を見てみたら「僕はへっぴり腰で情けなくてダサかった」なんて書いてもあって、笑わせてくれる。書き手のこういうバランス感覚は素晴らしいなと思います。誰も傷つかない、好感の持てる作品を書けています。
描写もうまいですよね。男子同士の、嫌な人間関係の描写なんて、すごくリアルだった。グループの一員でいるために、ほんとは気が進まないのに悪ノリにつきあうとか。また、ほんの一言発しただけで、一気に微妙な立場になって、仲間外れにされるとか。
でも、それによって主人公が苦悩するような、悲愴な描き方はしていない。あくまで「学生あるある」の範囲でさらりと書いている。そこも好印象でした。それでいて、描写には臨場感があって、引き込まれます。とてもうまい書き手だなと思います。
まあ、テーマがちょっと説教臭い感じなのが若干気になりますが、それでも、そういう系統の作品の中では、相当よく書けていると思う。
女子高生がゴリラ姿で学校に通っているという設定が、意表をついていて面白いですよね。
「本物のゴリラが女子高生をやっている」とか、「激昂すると、ゴリラに変身して服がはじけ飛ぶ」みたいな、ギャグっぽい路線の作品は見かけることもありますが、「不定期にゴリラに変身する特殊体質」というちゃんとした設定をつけている話は、あまりないように思います。で、それを、深刻すぎる物語にしていないのが、この作品のいいところ。
同じ女子高生が変身するなら、ウサギやリスなんかより、やっぱりゴリラのほうがインパクトが強烈です。確かにそこは面白いと思う。ただ、作者は当然それをわかって設定しているのでしょうから、多少計算を感じないでもないですね。
作為を感じるということですか?
はい。これは、「キャラクターへの距離感のフラットさ」にも通じる点だと思いますが、ちょっと頭で考えて書いているのかなという印象を受けます。これだけの筆力があり、客観性にも優れた書き手なら、無理に「ゴリラ」という極端な設定にしなくても、テーマにきっちりと迫る話を作り上げることは可能だったのではないでしょうか。おそらく「ゴリラ」は、マイノリティの象徴として設定された要素なのだろうと思いますが、何かに仮託しなくても、この作者なら、真っ向から「マイノリティ」というテーマに対峙することもできたのではと思います。
でも、「ゴリラ」だからこそ、エンタメになっているんだと思います。ユーモラスですよね。
神社でプロテインバーを渡すくだりとか、面白かったし、かわいかった。偶然バナナ味で、ゴリラのイラストもあって、「しまった!」って慌てるとか。でも、森山さんは気にしていない。実は、自分がゴリラであることに誇りを持ってもいる。ラストでは、「なんだかんだ言ったけど、この姿も気に入ってるんだ」なんて言っていて、すごく気持ちのいい終わり方になっていました。
「ゴリラズ」に関する説明も、あれこれ理屈をつけるんじゃなくて、「そういう現象が起きてるんです」ってことでサラッと流している。その塩梅がちょうどよくて、上手いなと思います。
森山さんが苦しい思いをしているのも本当だし、でも、辛い出来事を前にただ縮こまっているわけでもない。意外に強気で立ち向かっているんだけど、ギスギスした話にもなっていない。シリアスなテーマを、深刻になりすぎず、あくまでエンタメ作品に仕上げている。本当に、ギリギリのところでうまくバランスを保っているなと思います。
確かにね。森山さんは、理不尽なことをされても、健気に黙って耐え忍んだりしない。「あーあ、ふざけた署名も回るし、本当に最悪」とか、けっこう言いたいことを言ってますよね。ありがちな「かわいそうな女の子」キャラになっていないのはよかった。
リアリティがあるというか、これが普通なんですよね。主人公がヒーローになって、森山さんがヒロインになって、「三好君、このあいだは助けてくれてありがとう」みたいな展開だと、作り物になってしまう。
主人公も言い返したりして、お互い遠慮がなくなって、それでまた距離が近づくというあたりも、うまく書けていたと思います。
ただ、森山さんの言動には、ちょっと心配になる点もありました。例えば終盤で、森山さんが片岡君に突進する場面。「後から映像で見たら、たいしたことなかった」みたいに書かれてはいるけど、ムキムキのゴリラになった状態で威嚇してることには違いないわけですよね。でもそれをやってしまったら、「ゴリラズって、やっぱ怖い」って思われても仕方がない。森山さん自身は、腕力の違いとかはちゃんと計算に入れた上で動いているのかもしれないけど、周囲の人間からしたら、「結局あいつ、暴力ふるうんじゃんか。危険だよ」ってことになってしまいます。
この、片岡くんへの威嚇動画は、絶対拡散されますよね。そして、「怖っ」「マジ消えてほしい」とかってコメントがいっぱいつくでしょう。それでは森山さんはもちろんのこと、「ゴリラズ」全体の立場も悪くなってしまう。
そのあたりのこと、十分予測がつくでしょうに、どうして森山さんはこんな過激な行動を取ったのでしょうか? そこがどうにも呑み込めなかった。
それはやはり、迫害されるだけのマイノリティでは終わらないぞ、ということなんじゃないかな。いじめられっ子が、思い切ってやり返したみたいな。
でも、人間の姿のときにはっきり反論する程度なら問題にはならないでしょうけど、大型野獣みたいな姿のときに乱暴な行動に出ちゃったら、どうしても暴力っぽく見えてしまいますよね。それだと結果的に、ますます自分の立場を悪くして、事態を悪化させかねない。森山さんは「自分」というものをしっかり持っているし、普段からいろいろと物事を考えているキャラクターなのですから、こんな短絡的な示威行為に走るのではなく、もっと別の解決法を探ることもできたはずではと思えて、なんだか納得いかなかった。
でもここで、「ゴリラズだって人間なんです!」みたいな演説をして、それで事態が改善するとは思えない。そんな展開だったら、それこそ「頭で作ったような物語」になってしまうと思います。
言葉による反論とか話し合いとかは、過去にやってきたのかもしれませんね。でも、それでは大した理解は得られなかった。それならもう、力の違いというものをはっきりと見せつけてやれば、一発でわかってもらえるってところはあると思う。「あいつにちょっかい出すのはやめとこう」って。動画やら画像やらが出回っていろいろ悪口を言われるかもというのは承知の上で森山さんは、「私は隅っこでいじけて過ごしたりしない。堂々と生きていく」と心を決めたのかも。
この行動が正しいかどうかではなくて、森山さんはこういう選択をした、ということですよね。
「おとなしくやられっぱなしになると思ったら、大間違いだぞ」という意思表明なんだと思います。
しかし、本人がどんなに加減をしているつもりでも、何かの拍子に誰かが怪我をする可能性だってあったのは確かです。この事実が多くの人に知られたら、見過ごされはしないと思う。
確実に、保護者は黙っていないでしょうね。だから、「この動画がネットに流れて、今はちょっと物議をかもしているみたいだ」くらいのことは、エクスキューズとして入れておいたほうが良かったかもとは思います。
ただ、ヒロインはべつに「正しく」ある必要はないと思う。正しかろうと間違っていようと、とにかく「そのキャラクターがどう考え、行動したか」ということを描いているのですから。
良し悪しを問題にしているのではないんです。現実問題として考えたら、すごく心配になってしまったんです。ゴリラ化という特殊体質を持っているのが森山さん一人なら、リスクやデメリットを考慮に入れた上で好きに行動すればいいけど、ゴリラズは世界に三百人ほどいるわけですよね。同じように理不尽に耐えている仲間たちです。でも、今回の森山さんの行動は、ゴリラズ全体の立場を悪くしかねない。「力を見せつけて、黙らせてやる」というのは、脅しと同じですから。おそらくゴリラズ仲間からだって、「勝手なことをしやがって」という反発は起こるでしょう。森山さんも一層苦しい立場に追い込まれるのではと思います。ラストの場面を読むと、森山さんは今回のことを全く後悔しておらず、むしろサバサバしている様子ですが、それでこの先本当に大丈夫なのかなという疑問をすごく感じて、気になりました。
確かにこれは、マイノリティ集団の中でも、意見が分かれるところでしょうね。おとなしくしているのがいいのか、思い切ってやり返したほうがいいのかというのは。少数派だが弱者ではない。腕力は周りよりも遥かに強い、という設定にしたのはちょっと面白いです。
森山さんがこういう行動を取った、その気持ちは分かるんです。こういう問題に「正解」がないのも分かります。ただ、物語の展開として、スッキリはしなかったかな。今の書き方では、今回のやり方も解決方法として「アリ」という雰囲気で終わっていますので。
一般社会では過激な行動は絶対にアウトですが、学校という特殊な場においては、また少し違うのではと思います。森山さんの置かれている状況を、少数者に対するいじめのようなものだと考えると、いじめられている側が思いきった強い行動に出ることで形勢が変わり、意外とすんなりいじめが沈静化したりすることって、学校でならあり得ますよね。この作品には、大人はほぼ出てこない。話をうまく、「生徒たちだけの世界」に限定して描いています。しかも短編です。この作品世界の中では、こういう解決手法もアリかなと私は思います。
「日本のゴリラズは七人」というのが、また絶妙な設定だと思う。こんな少数で、しかも発症の仕方も個人差が大きいとなれば、そんなに仲間意識はないんじゃないかな。「ゴリラズ仲間のために、耐え忍ぼう」みたいな考えは、生じにくいのかもしれない。
私は、森山さんの状況は、「いじめ」とは少し違うのではと思います。だって、それまでは普通の子供だったのに、ある日突然ゴリラに変身したりしたら、やっぱり周囲はびっくりしますよ。学校でもその噂で持ち切りになります。ほかのクラスの子たちが、「おい、ゴリラ見に行こうぜ」ってなるのも、ある意味自然だと思う。まあ、高校生にもなってそれをやるのは、幼稚ではありますけど。で、見世物になった側は当然傷つくし、「やめてよ、最低!」って怒ります。それも当たり前な反応。どちらも自然だから、これは「マイノリティへのいじめ」とかって問題とは別なんじゃないかな。
まあ圧倒的に腕力は上ですから、「いざとなったら自分のほうが強い」という余裕はありますよね。ただ、この話の芯にあるのは、「コンプレックスを受け入れて、愛すべき特性だと思えるようになった」ということだと思います。そこへちゃんとたどり着けている森山さんなのに、「いつでもぶっ飛ばせるんだからね」と威嚇行動に出るのは、ちょっと違うような気がする。
なるほどね。基本的にいい話だと思うし、最高点を取っている作品でもあるのですが、蓋を開けてみると意外なほど、「ちょっと引っかかった」人が多かったですね。
どういうスタンスで読んだかによって、評価が分かれたのかなと思います。
ところで、一つ素朴な疑問なのですが、森山さんはゴリラ状態のとき、服は着てるんでしょうか? どうも着てないように思えるんだけど。
そこは私も気になりました(笑)。書かれてはいないですよね。
花も恥じらう女子高生が、いくらゴリラの姿とはいえ、素っ裸で学校に来るものだろうかと思えて、引っかかりました。
ただ、そういうことを考え始めたら、「そもそもゴリラに変身したら、学校には来ないんじゃない?」とも思いますよね。女の子ならなおさら、「お休みします」ってなっちゃいそう。
でも逆に、体育ではオール5を取れそうだから、他の生徒たちから「不公平」って言われるかも(笑)。まあ、そういう細かいことを言い始めたらキリがないので、あえて書かずに流しているのかもしれませんね。書く必要のないことは書かないという判断は、この作品においては有効だと思います。さらっとうまくまとめてますし、短編ですしね。
そういう細かい点を指摘しすぎて、投稿者に、「そうか、細部まで破たんのないように説明しまくらないといけないんだな」というような強迫観念を植え付けたくはないですね。
ただ、森山さんの下の名前を「朝日」にしたのはやりすぎじゃないかな。タイトルにもなっている「朝を掴む」というテーマに引っかけようとしたんだろうけど、そこまでやると作り物っぽいですよね。
でも、描写は総じてうまかったと思います。5枚目の、「何ひとつとしてしゃあねえ理由はなかった」のところとか、すごく好き(笑)。みんなで森山さんを見に行ったとき、「平凡な容姿で、がっかり」っていうのが、また絶妙だと思います。確かにこういうときって、「すごい美人か、すごいブス」を無意識に期待してるところ、ありますよね。失礼な話ではあるんだけど。
森山さんが怒るのも無理はないです。「微妙」って言われるの、一番腹が立ちますよね(笑)。
こういうあたりの描き方は、すごく上手いなと思います。キャラクターの解像度も高かった。
完成度も高いですしね。総得点はトップだし、イチ推ししている人も多い。受賞作とは最後まで競り合っていました。本当に惜しくも僅差で……という感じです。文章力、描写力、バランス感覚、客観性。優れた点をたくさん持った、有望な書き手です。どうかここで立ち止まることなく、ぜひまた挑戦していただきたいですね。