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選評付き 短編小説新人賞 選評

『暁の断頭台』

今泉千峰

  • 編集A

    主人公のバラゴは処刑人。代々、死刑が決まった罪人の首を刎ねる役を担ってきています。心を乱すことなく、長年粛々と仕事に取り組んできたのですが、ある出来事をきっかけに、その姿勢や考えに変化が生まれ……というお話です。ドラマチックな感じだし、主人公が葛藤する姿を描こうとしていて、面白かったです。ただ、世界観はかなりフワフワしてますね。

  • 青木

    タイトルに「断頭台」とあるので、「中世ヨーロッパの話かな?」と思って読み始めたのですが、話が始まってすぐ「官吏」という言葉が出てきて、「ん?」って思っちゃいましたね。

  • 編集A

    どうしても引っかかっちゃいますよね。読み進んでいくと、やっぱり雰囲気は中世ヨーロッパっぽいのですが、あくまで雰囲気だけなので、本当のところはよくわからない。実際の中世ヨーロッパのどこかの国を舞台にしているのか、全くの架空の国なのか。手掛かりとなるような描写がほとんどなかったですね。

  • 青木

    「王都」とありますから、王様が治めている国なんでしょうね。で、「法務院」とか「医務院」とかもあるらしいから、政治体系も一応整っているみたいですが、わかるのはそれくらい。

  • 編集A

    まあはっきり言って、「断頭台」とくれば、読者は中世フランスを連想しますよね。どうしてもギロチンのイメージが強いですから。

  • 青木

    でも、バラゴは刀で斬首してるんですよね。

  • 編集A

    ギロチンが発明される前の話なのでしょうか? それに、話の中ではずっと「処刑人」という言葉が使われていますが、正式な役職名は「死刑執行人」になるんじゃないのかな? とか、いろいろ考えてしまいました。でも、実在の有名な死刑執行人、サンソンは貴族の扱いでしたが、バラゴは普段は農夫をしているんですね。ということは、中世フランスとかではなくて、まったくの架空世界が舞台ということなのかな? なんだかすごくモヤモヤします。

  • 編集B

    なんにせよ、断頭台を森の中に移すというのは、変な話だと思います。悪人が処刑される様子を、見せしめや一種の娯楽として民衆に見せる、それが公開処刑です。町の中でやるからこそ意味がある。見世物にしないのなら、なにも罪人をわざわざ離れた森にまで連れてくる必要はないですよね。牢獄でそのまま殺せばいい。

  • 編集A

    確かに。実際、森に移送しようとして、マトーにまんまと逃げられてしまってますよね。

  • 編集B

    バラゴがわざと結婚しなかったというのも、なんだか納得できなかった。「処刑人」の家系なんですよね? 普通なら、「自分の代で終わらせてはいけない」と考えるものではないでしょうか。「妻や子供に、『処刑人の家族』と蔑まれる苦しみを味わわせたくない」ということらしいですが、でもバラゴ自身は、誇りをもって処刑人の仕事をしてますよね。「誰かがやらなければいけない大切な仕事」と思って、その任を全うしている。処刑人としての仕事とその心構えを教えてくれた父親は、彼にとっては尊敬する師です。そしてその教えを、バラゴは忠実に守ってきた。自分の仕事を本当に恥じていないのなら、「教わったものを、今度は俺が息子へと伝えなければ」と考えるのが普通じゃないのかな。

  • 編集F

    なんだかいろいろ、引っかかる点がありますよね。もうちょっと設定はきちんと詰めたほうがいいと思います。

  • 編集A

    ファンタジーなら余計に、作品世界の構築は重要になってきますからね。

  • 編集E

    ただ、世界観が曖昧なのは、もしかしたら作者が意図的にやっていることなのかな、とも私は思いました。過去の投稿作においても、ファンタジー世界の説明を中途半端に入れてしまったがゆえに、あまりいい出来にならなかった作品は多い。そこを見越した作者が、世界観を下手に掘り下げたりせず、わざとふわっとさせたまま書いたという可能性も、なくはないかなと。

  • 編集F

    うーん、そこまで戦略を練りに練ったという感じはしないかな。どちらかと言えば、フワッとした世界観のままでストーリーを作ったのかなと思います。

  • 編集A

    それに、もし「わざと書かない」という戦略だったとしても、こうして引っかかりを感じている読者がけっこういるということは、あまりうまくいってないということだと思いますし。

  • 青木

    ファンタジーは難しいですよね。出来・不出来を判断するときに、「架空世界の構築がきちんとできているか」ということを、どうしても問われてしまう。現実を舞台にした小説と比べて、最初からジャッジポイントが一つ増えてしまいます。

  • 編集A

    現代ものは世界観を説明する必要がないけれど、ファンタジーはまったくゼロの状態から、読者に作品世界をわかってもらわないといけないですからね。

  • 青木

    そうかといって、作品舞台を詳細に説明すると、今度は「説明的すぎる」とか言われてしまう。世界観をきちんと構築したうえで、雰囲気を出しながらも説明的にはなりすぎず……さらにそれを短編で、というのは、本当に大変なことだと思います。だから、そこに厳しいツッコミを入れるのは、ちょっとかわいそうかなという気もしますね。

  • 編集A

    ただ、気になるものは、やはり気になる(笑)。読者が引っかかりを感じる以上は、改善が必要ですね。

  • 編集H

    私は、この作品に高い点をつけていますし、イチ推しもしています。ただ、ラストには大きく不満です。それは、世界観がどうのということとは関係ありません。この話は、葛藤を抱えた男が、煩悶の末にどういう決断をするのかを描こうとした作品だと思います。なのに、その肝心の決断が描かれていない。

  • 編集F

    ラストで、「マトーが逃げた!」って展開になるのは意表を突かれましたが、あまりいい意味でではありません。はっきり言って、拍子抜けしてしまった。バラゴがマトーをどんなふうに処刑するのか、そこがいよいよ描かれると思っていたのに。

  • 青木

    そこは描き切ってほしかったところですよね。そここそが見せどころなのに。作者はどうして、こんな展開にしてしまったのでしょう?

  • 編集H

    本当に不思議です。この話の一番重要なところが、なぜか描かれていない。これでは、主人公がどういう選択をしたかを明確にすることから、作者が逃げてしまっているように感じます。

  • 編集F

    もしかしたら作者は、読者に想像させるラストにして、余韻を残したかったのかもしれない。でも、読者としてはフラストレーションがたまりますね。

  • 編集B

    これ、もし「結局マトーの行方は分かりませんでした」、なんてことになったら、せっかくの主人公の葛藤が意味をなさないですよね。この話自体、「いったい何を描こうとしたんだ?」ってことになってしまいます。

  • 編集A

    とはいえ、この後バラゴはマトーを殺すでしょうね。それこそ草の根を分けてでも見つけ出して、自分の手で息の根を止めると思う。今までは、罪人が断頭台に運ばれてくるまでじっと待っていた主人公が、初めて自分から「待ってなんかいられない。迎えに行く」って駆け出していってるんだから、そこに主人公の変化が見られるかなと思います。これまでは役目として刀を振り下ろしていただけだけど、今回ばかりは「殺す」と決めて殺しに行っている。私は一応、そこに関しては納得がいった。ただまあ、マトーを見つけた後、スパッと一息に殺すのか、わざとゴリゴリと長引かせて苦しませるのかは分からないですけど(笑)。

  • 編集E

    ラストシーンの手前で、「これは報復だ」って言ってますからね。私はゴリゴリいくんだろうと思ってます(笑)。

  • 編集F

    ゴリゴリでもスパッとでも、それはどちらでもいいと思いますが(笑)、とにかく「結局、主人公はどうしたのか」は描く必要があると思います。

  • 編集H

    それがないと、このお話が完結しませんよね。

  • 編集F

    読者だって、そこが知りたいです。今のままでは話に落差がない。どんなに人々に蔑まれようとも自分の中の正義を貫いてきた主人公が、その長年の信念を捻じ曲げるのですから、そこの落差はもう少しきっちり出すべきだったと思います。

  • 青木

    同感です。きちんと決着がつくラストになっていなかったのは、とても残念ですね。スパッといくか、ゴリゴリいくかについては、私もどちらでもいいと思います(笑)。そこは作者の判断でいいんだけど、ただ、どちらを選ぶかで、作品の意味合いはかなり違ってきますね。捕まえたマトーをスパッと一発で殺すのであれば、これはバラゴの勝ちです。最後の最後で踏みとどまって、私怨を抑え込んだ。でも、苦しませる目的でなぶり殺しにするのであれば、たとえ殺されてもマトーの勝ちということになる。

  • 編集D

    正義と慈悲の心を持って処刑に携わってきた主人公を、「殺したいから殺す。しかもわざと苦しませて殺す」というレベルにまで、マトーが引きずり降ろすということですからね。

  • 青木

    今までは、他人事だから正義を貫いていられた。そこにマトーが、「自分の大事な人間を殺されても、そんなきれいごとを言ってられるのか?」という問いを突きつけたわけです。それに対して、バラゴはどういう答えを返すのか。そこは重要な局面かなと思います。

  • 編集E

    「大切なものを傷つけられ、俺はようやく目覚めたのだ」とありますから、低いレベルに落ちてもいいから、復讐を果たすのだと思います。自分で納得して、正義を捨てる。

  • 青木

    闇堕ちエンドにするということですね。それだと「マトーの勝ち」で話が終わることにはなるけど、それが作者の選択だということなら、それでもいいと思います。ただその場合、「主人公が、自ら望んで闇に呑まれる」ということを、もう少し強く打ち出したほうがいい。ちょっとそのあたりの描き方が弱いように思います。闇堕ちするきっかけも、二十年も昔の婚約者の娘が殺されたから、というのでは、少々切迫感が乏しい。一度見かけたことがあるくらいの間柄でしかないんですよね。これでは少し、関係が遠すぎるかなという気がします。「実は自分の娘」とかだったなら、納得できたかと思うのですが。

  • 編集G

    終盤におけるバラゴの心境の変化は、非常に重要なところだと思うのですが、実はほとんど描かれていないですね。「慈悲の心で処刑を」という長年の強い信念を、「私怨で殺してやる」というものにまで変えたのですから、相当な苦悩と葛藤があったのだろうと思うのですが、単に「葛藤の渦に飲まれた」としか書かれていない。描写もほんの数行しかなくて、私はバラゴの心情の流れをうまく捉えられなかったです。気がつくといつの間にか、「マトーを殺してやる!」みたいなことになっていて。

  • 青木

    そこをはっきり示すためにも、マトーのことはもっと卑劣漢に描いたほうがよかったのではないでしょうか。マトーがなんだか小物なので、話が今ひとつ盛り上がらないですよね。バラゴとマトーという二人の人物が対峙する話なのですから、その二人の対比をもっとくっきりと描くべきだったかなと思います。

  • 編集D

    あるいは逆に、マトーを最初、すごくいい奴として描いてもよかったかも。現状では、連続殺人鬼の正体は、最初から予想がついてしまいます。むしろ、マトーとバラゴを友人関係にしておいて、犯人が捕まってみれば「マトー!? まさかおまえだったのか!」って展開になったほうが、主人公の受ける衝撃も大きい。

  • 編集E

    実際、処刑人をクビになったマトーは、バラゴと会ったとき、「あんた、家族はいるのか?」と尋ねていますよね。もしここで「いる」と答えていたら、マトーは真っ先にその家族を狙ったのではと思います。

  • 編集D

    マトーはバラゴの「正しさ」が気に入らなくて、わざと気のいい男のフリをして近づいていった。バラゴはつい信用して、昔語りをしてしまった。それを聞いたマトーは、嬉々としてバラゴの関係者を殺します。自分のせいで元婚約者の娘が惨殺されたとなれば、バラゴが怒りと自責の念の中で闇堕ちするのも納得がいく。

  • 編集E

    最後にバラゴがマトーの首を落とすときに、マトーがすごく嫌なニヤニヤ笑いを浮かべながらじっとバラゴを見ていて、バラゴもまた、その目をひたと見据えながら刀を振り下ろす、なんて描写があってもよかったかなと思います。

  • 青木

    それもいいですね。意地でもバラゴを闇に引きずり降ろそうとするマトーの狂気が感じられて、話に凄みが出ます。

  • 編集E

    ただ、闇堕ちとはいっても、バラゴがそのままダークサイドに落ちきってしまうわけではない。それまで自分の中の正義を貫いてきた、非常に峻厳で冷静な男が、たった一度だけ、激情に駆られて自分の信念を踏み外す瞬間。この作品は、そういうものをイメージして書かれているのだろうと思います。

  • 青木

    でも、たとえ一回きりでも、一瞬であっても、一度踏み外してしまったらもう終わりですよね。バラゴはもう、以前のバラゴには戻れない。

  • 編集D

    処刑人としても終わりですよね。これが最後の仕事になる。

  • 青木

    とても重いテーマを扱っていますね。そこを描き切れていたらよかったのですが、ラストが曖昧なままで終わってしまっている。作者なりの決着の付け方が見えなかったのは、非常に惜しまれます。

  • 編集B

    なんだかキャラクターの描き方が薄くて、僕は話に入りこめませんでした。もう少し人物に肉付けをしてほしい。

  • 編集A

    全体的に、ちょっと観念的なんですよね。実験的と言ってもいい。「バラゴ」という生きている人物がいるのではなく、描きたいテーマのために作者が設定したキャラクター、という感じに見えてしまう。

  • 編集B

    それに、現在シーンは冒頭とラストの2箇所のみですよね。それ以外のところはずっと、「過去にこういうことがありました」という説明になっている。物語というより、ダイジェストに近い感じです。ラストで現在パートに戻ってきても、話が劇的に展開するわけでもなく、盛り上がりがないままに終わる。

  • 青木

    「現在‐過去‐現在」という構成は、この作品において効果的ではなかったですね。4枚目の、「バラゴは処刑人の家に生まれた。」から始めてもよかったのではないでしょうか。

  • 編集A

    順に話を展開させて、クライマックスで盛り上げて、ラストは決着をつける。その中で、登場人物の心情の変化を描写する、という書き方のほうが適していたと思います。

  • 編集G

    そもそも、題材と枚数が合ってないですよね。もっと長い枚数を使って、キャラクターも深めて、じっくり書いてほしかった。

  • 編集A

    それなら、世界観もじゅうぶん描き込めますしね。読者がのめり込むのに時間がかかる題材だと思いますので、やっぱりもう少し長い枚数で読ませてほしかったです。

  • 編集I

    ただ、作者の「こういう話が書きたいんだ!」という情熱はすごく伝わってきて、そこはとても良かったです。おそらく、筋骨隆々としたゴーレム系男子が、昔好きだった女性やその娘をそっと遠くから見守っているとか、その思いを踏みにじられて闇に落ちるとか、そういう「男のロマン」的なものを描きたかったんだろうと思います。オチが弱いのは気になりつつも、個人的には「こういうの、嫌いじゃないな」と思って、楽しく読めました。

  • 編集H

    私もです。ディテールが甘いとは思いながらも、作者の熱をすごく感じて、いいなと思いました。

  • 編集D

    このテーマは引き込まれますよね。魅力的です。

  • 編集E

    ドラマチックで大好きな作品です。私はイチ推ししています。

  • 編集F

    私もです。描き方が甘いなと思いながらも、主人公のありようはすごく受信できました。実は、「男の生きざま」みたいな話に、個人的に萌えがありますので(笑)。あと、ファンタジー作品を投稿してくれて、とても嬉しかったですね。

  • 編集E

    はい。よくぞ挑戦してくれた、と思いました。私は、その意欲はすごく買いたい。

  • 青木

    同感です。とても難しいことにチャレンジしてくれてるのに、その分不利になってしまうなんて、なんだか申し訳ない気持ちです。個人的にはむしろ、加点をあげたいくらいなんですけどね。短い枚数の中で、雰囲気をうまく出していましたし。

  • 編集A

    結局みんな、「個人的には」すごく高評価なんですよね(笑)。実は、点数的には同点首位で、イチ推しもかなり多かったです。ちょっと詰めが甘くて受賞には至りませんでしたが、いいものをたくさん持っている書き手だと思いますので、次なる挑戦に期待したいですね。

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