かける

小説を書いて応募したい方・入選した作品を読みたい方はこちら

217

選評付き 短編小説新人賞 選評

『君と記念日ケーキ』

青砥夏生

  • 編集A

    これはもう定番の、ガール・ミーツ・ボーイの話。ありきたりと言われればその通りなんだけど、とてもかわいくて好感が持てます。

  • 青木

    安心して読めますよね。

  • 編集A

    予想通りに展開するから、話に驚きはないのですが、つゆり君という男の子のキモかわいさがすごくいい。

  • 編集G

    けっこうマニアックなところのある子ですよね。

  • 青木

    でも、嫌なマニアックさではないです。「彼、変人だけど、なんかいいよね」って周囲から言われていそう。

  • 編集G

    実際、彼が足繁く通うケーキ屋のバイトの女の子たちから、「あの人また来たわよ」って楽しげに話のネタにされています。いじられキャラというか、愛でられキャラというか。

  • 編集F

    愛でられてるんでしょうか? 「ケーキや飲み物のサーブをいやがられている」らしいから、キモオタ扱いされてるのかなと思ったのですが。

  • 編集A

    つゆり君がどうこうではなくて、イートインコーナーの仕事自体をみんなが嫌がってるってことなんじゃないですか?

  • 編集B

    でも、もし彼がイケメンなんだったら、「私がケーキ出しに行く!」って言いだす子の一人や二人、いるんじゃないでしょうか。僕も、「つゆり君、変人ぶりがにじみ出ていて、ちょっと避けられてるのかな?」と思いました(笑)。

  • 編集A

    いくら相手がイケメンでも、客と店員という立場では出会いたくないという子もいるんじゃないかな。つゆり君はバイトの女の子たちから「王子」と呼ばれているし、主人公の目を通して、「日本男子然とした清潔な容姿」「時代劇に登場する若い侍のようだ」と描写されているのですから、一応イケメン設定なのだろうと思うのですが。

  • 編集D

    まあちょっと、そのあたりはわかりにくいですね。

  • 青木

    バイトの女の子たちが、彼を本気で嫌がってる感じはしないです。おそらくカウンターの陰で、こそっと楽しく噂する程度なのでしょう。そのあたりの雰囲気は、会話などを使って、もう少しうまく出すことができたらよかったですね。

  • 編集A

    つゆり君を、あまり明確にイケメンとして描く必要もないと思います。主人公の相手役になる男の子が「ちょっと変人」であるというのは、定番だけど萌えのある設定ですよね。他の子が、「イケメンだけど変人すぎて、私は無理~」とか言ってるのを聞いて、「彼にぴったり合うのは、やっぱり私なんだわ」とこっそり思って嬉しくなったり。「ええ~、あんな人が好きなの?」って言われて、「彼の本当の良さに気がついているのは私だけなのね」ってちょっと快感だったり。こういのは、むしろ胸キュンポイントだと思います。

  • 青木

    二人の距離が近づいたと見るや、バイトの女の子たちはすんなりとカップル認定してくれている。嫉妬して意地悪するような子が一人もいないのはよかったです。みんないい子だなと思えるので、作品の雰囲気もいい。

  • 編集A

    周囲が嫉妬心をむき出しにしてくるほどのイケメンでもないという今の塩梅が、リアリティがあってよかったと思います。ただ、なぜつゆり君が、主人公のことをここまで好きになったのか、そこはよくわからなかった。

  • 編集B

    僕もです。さっぱり読み取れなかった。書かれてはいなかったですよね。

  • 編集A

    この手の話にとって、ここがうまく描けていないということは、致命的欠陥にもなり得る。まあ、難しいのは分かります。一人称の語りの中で、素敵な男の子が自分に好意のベクトルを向けてきているということを、読者の反感を買わずにいかにうまく表現するかというのは。

  • 編集G

    つゆり君、主人公が大好きみたいですよね。ラストで急につゆり君が、「あなたを待っていたんです」みたいに好意を前面に出してきて、ちょっとびっくりしました。

  • 編集A

    いや、クリスマスパーティーに誘った時点で、つゆり君はすでに主人公を好きなんだろうとは思いましたが。

  • 編集D

    そのさらに前の、主人公の誕生日にケーキをプレゼントした時点で、すでに好きになっていたということでは?

  • 編集F

    つゆり君、いろいろ行動は起こしてるんですよね。ただ、彼の気持ちはよく分からない。「変わり者」設定なので、目を輝かせて主人公と会話していても、単に「記念日絡みの会話をするのが楽しいから」とも読めます。

  • 青木

    誕生日にケーキをくれたのだって、「誕生日は最も重要な記念日だから、知人には必ずプレゼントしているんです」ってことかもしれないですしね。

  • 編集F

    それに私は、主人公の気持ちの変化もよく分からなかった。一人称のわりに、主人公の恋愛感情はたいして描写されていないですよね。なのに、つゆり君がクリスマスケーキを受け取りに来たとき、女の子が一緒だったことにものすごいショックを受けている。でも、「サークルでパーティをやる」というのは以前から知ってることですよね。サークルなんだから、女の子がいてもおかしくない。親しげな二人の様子にちょっとドキッとするくらいならわかるのですが、手が震えて足がよろけるほどに衝撃を受けるという主人公の反応は、なんだか呑みこみにくかった。こういう場面を書きたい気持ちはわかるのですが、ちょっと心情描写が追いついていないところがあるように感じました。

  • 編集A

    少女マンガ的な作品なので、その文脈でなんとなく読むことはできる。でも、小説として文章でちゃんと表現できているかという点においては、今一歩かなと思いますね。

  • 青木

    ラストを無理に恋愛方向にもっていかなくても、「実は、同好会を立ち上げたものの、会員は一人もいないんです」「あなたは、僕の記念日好きを理解してくれた、初めての人です。ありがとう」くらいの話でまとめてもよかったのではないでしょうか。

  • 編集A

    そのほうが読者も受け取りやすかったかもですね。

  • 青木

    そして、もしどうしてもラストで二人を両想いにさせたいということであれば、やはり、つゆり君が主人公を好きになった理由とか経緯を、もう少しはっきりと描写したほうがいいですね。

  • 編集B

    現状では、読者が納得できるところまでいけていない。もうちょっとエピソードが欲しいです。「そりゃあつゆり君、主人公を好きになっちゃうよな」と思えるだけのエピソードが。

  • 編集A

    何の変哲もない女の子である主人公を、なぜか素敵な男の子が一心に好いてくれるという展開。少女マンガなら絵がありますから、言葉で説明しなくても察せられるところがありますが、小説の場合はもう少しちゃんと読者に伝えることが必要です。

  • 編集G

    なんでもいいんです。つゆり君が困っていたときに主人公が何か手助けしてあげたとか、そういうちっちゃい出来事でいいから、何かエピソードが欲しかった。つゆり君にも、もう少し隙がほしいです。彼は、何の問題もなく生きているように思えますから。

  • 編集F

    自分の行きたい道を、いつでも順調に歩いている感じですね。

  • 編集G

    大好きな記念日の研究に日々邁進し、ケーキ屋にも堂々と通う。志を同じくする友人も多そうで、およそ悩みがありそうには感じられない。こんなリア充キャラでは、話が盛り上がらないです。少しは困ったりつまづいたりしてほしい。そして、そういうときに主人公が何かしてあげて、つゆり君がグッときた、ということなら、イケメンとくっつくというおいしい展開も納得できたと思う。

  • 青木

    つゆり君のつまづきは、できれば「記念日」に関するものであってほしいですね。

  • 編集A

    やっぱり、記念日研究会があんまりうまくいってないほうがいいんじゃないかな。みんなに「変なの」「興味ない」って遠巻きにされてて、落ち込んでるとか。

  • 編集B

    正直言って、こんな研究会に会員が十四人も集まるとは思えないです(笑)。

  • 青木

    「友人が三人ほど、名前だけ名簿に載せてくれてるけど、普段活動してるのは僕だけなんです……」くらいのほうが、リアリティがありますよね。

  • 編集A

    例えば、「記念日ってこんなに素晴らしいのに、その魅力を誰一人わかってくれないなあ……」って思ってるところへ、主人公が「けっこう面白いですね」「もっと教えてください」みたいに興味持ってあげたとかなら、つゆり君のハートに火がついてもおかしくはない。

  • 編集F

    あるいは、主人公がたまたま一つだけすごくマイナーな記念日を知っていて、なにげなくその話をしたら、「えっ、なんですかその記念日!?」って、つゆり君がめちゃくちゃ食いついてくるとか(笑)。

  • 編集A

    それもいいですね。「それ僕知りません! うわー不覚! いつどうやって知ったんですか!? すごいですね!」って(笑)。

  • 編集G

    つゆり君の反応がすごく大きかったもんだから、主人公もつい嬉しくなっちゃって、本格的に調べるようになったとかね。「さらに面白い記念日、見つけましたよ!」とかって。

  • 編集F

    それなら、二人の距離が近づいていく様が、読者にも目に見えて分かりますね。

  • 青木

    それに、その展開はすごくかわいいと思います。主人公もいつの間にか記念日研究が面白くなって、二人で一緒に沼にハマッていくんですね(笑)。

  • 編集F

    青春ぽいですよね。他人から見たらどうでもいいようなことに夢中になって。

  • 編集A

    二人のバカップルぶりが描けて、より楽しい話になると思います。

  • 編集G

    ただ、記念日についてあまり作中で滔々と語られても、読者は退屈するかもしれない。記念日関連の描写を増やすなら、それを面白く読ませる工夫は必要になってくるかなと思います。

  • 編集A

    でも、「僕は空気の読めない息子でした。両親の苦労の甲斐なく、一日早い五月六日に~」なんてあたり、私はすごく面白く読みました。「クリスマスってバイト早退できると思う?」「親の死に目でもなければ無理」なんて会話も楽しい。

  • 青木

    ユーモアが感じられますよね。嫌な人物も出てこないし、終始ニコニコしながら読めます。

  • 編集I

    非常に好感度の高い作品でした。のど越し爽やかな読み心地というか。でも、単にかわいらしいだけの話ではなく、文章的にいいなと思えるところもいろいろありました。例えば、主人公が誕生日ケーキを贈られる場面で、「ろうそくが灯ったように頬が熱くなった」とありますが、これ、さりげなく「ケーキ」と「ろうそく」という、関連づけられた表現になっている。センスがいいなと思います。そういった小粋な文章を書いているのに、読んでいて鼻につかない。書き手が「私、上手でしょ?」と思ってる感じが全くしないので、気持ちよくさらりと読める。ストーリーはありがちかなとは思いますが、なんでもない話を楽しく読ませるというのは、文章力があってこそできることだなと思います。

  • 編集A

    確かにね。冒頭の、「つゆり君の本名が分かるまで、ケーキ屋のバイト仲間は彼のことをイートイン王子と呼んでいた」という一文も、実はすごくうまいと思います。このたった一つの文章の中に、いろんな情報が入っているし、世界観もぎゅっと詰まっている。

  • 編集B

    平易な文章で、ユーモアも交えて描かれているので、とても読みやすい。ただ、やっぱり物足りなさはあるので、もう少しだけひねりがあったらと思えて残念でした。

  • 編集C

    実は、イチ推しは一番多かったし、点数も同点首位でした。好感度の高い作品を書けるのは一つの才能だと思いますので、批評を参考にしつつ、ぜひまた挑戦していただきたいですね。

関連サイト

漫画×VAUNDY 2023.03.09 RELEASE
サンデーうぇぶり
炎の蜃気楼 Blu-ray Disc Box 05.27 On Sale
e!集英社
ダッシュエックス文庫
ファッション通販サイト FLAG SHOP(フラッグショップ)
サンデーGX