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選評付き 短編小説新人賞 選評

『カッコーが鳴いたら恋を知れ』

藤かほり

  • 編集A

    ストーキングをしないストーカー、とでもいえるような人物が主人公のお話です。とにかく思い込みが激しいんですよね(笑)。

  • 編集B

    あまりのラブポエムぶりに、最初は読んでてめまいがしました(笑)。主人公の頭の中は、まさにお花畑。

  • 青木

    通勤途中の横断歩道ですれ違うだけの関係ですから、はっきり言って純然たる他人ですよね。なのに、主人公の中では「僕たちは恋人同士」になっている(笑)。

  • 編集C

    でも、ある意味、一途ですよね。ひたすらに想いを貫いているわけですから。

  • 編集D

    うーん、私は最初読んだとき、気持ち悪いと思ってしまいました。

  • 編集A

    いや、いいんですよ、それで。この主人公に共感はしなくていい。ストーカーなんだから(笑)。

  • 編集B

    共感はできないんだけど、読み進むうちにどんどん引き込まれていく。「この先どうなるんだろう?」って興味を掻き立てられます。

  • 編集A

    で、結果から見れば、主人公は犯罪行為は何もしていない。どころか、逆にすごくいいことをしている。命がけで人を助けたわけですから。

  • 青木

    主人公は、むしろいい人ですよね。

  • 編集E

    気持ち悪いところは確かにあるけど、でも、猟奇的に人を殺すような人物ではないことは、ちゃんと描写されていると思います。例えば20枚目の、「万が一君にそんな所業を働くような奴は、もれなく階段の一段上から落ちて両足と利き手を骨折したあげく、会社をクビになればいい」という、このしょうもなさ(笑)。「あ、『殺してやる』とかじゃないんだ」って思って、笑えました。

  • 編集A

    話のあちこちで、ちょいちょい笑わせてくれますよね。「君に湯たんぽを買ってあげたい/ ザ・昭和って感じの銀色の固いやつじゃなくて~」とか。

  • 青木

    「睡眠の質が爆上がりすると先輩が絶賛していた。先輩の冷え性は心底どうでもいいが」とか(笑)。

  • 編集B

    「人生初の朝シャンをキメてやった」とかね(笑)。そんなことでドヤ顔されても。

  • 編集F

    そのズレ加減が、なんともおかしいんですよね。

  • 編集E

    それに、そういった細かい描写によって、人物像が浮き上がってきます。

  • 青木

    うまいですよね。文章力は高いと思います。

  • 編集G

    思い込みの強い人物の脳内思考が一人称で延々書かれているんだけど、それが面白い。書き手のセンスの良さだなと思います。正直、冒頭のあたりは読んでいて恥ずかしいです。こんな恋ボケした男性の語りをずっと聞かされるのかと思って引き気味だったんだけど、読み進めると意外に引き込まれる。

  • 青木

    しかも、リズムのある文章で、とても読みやすいです。

  • 編集A

    そのうえ、ちっとも退屈しない。一人語りなのに、話がちゃんと展開しています。主人公の愛する「君」が妊娠しているとわかったとき、私は思わず、「うわー、嫌な予感しかしない!」と思いました。

  • 編集B

    僕もです。「猟奇な方向に行っちゃうのか!?」って。

  • 青木

    「僕は覚悟を決めた」、なんて言ってて、読んでるこちらも慌てますよね。

  • 編集A

    惨殺しちゃうのか!? と思ったら、「お腹の子供ごと、僕は君を愛する」って決意を新たにしていて、「おう、そうきたか」と(笑)。

  • 編集B

    さすがはストーカー(笑)。

  • 編集A

    「君の妊娠という大きなハードルを乗り越えたことで、僕たちの仲はさらに深まった」とか、「この残業代がベビー服やおむつ代になると思うと、やる気がメラメラ湧いてきて~」とか、「ああ、やっぱりこの主人公、普通じゃない」と思いつつも、すごく面白い。

  • 青木

    ストーカーであっても、ちょっと常軌を逸していても、この主人公はどうにも憎めないです。

  • 編集F

    ただ、ちょっと引っかかったのですが、この女性は結婚してるわけですよね。それにしては、結婚指輪に関する描写がなかった。

  • 編集B

    まあ、指輪をつけない人も結構いますから。でも、ないならないで、その描写はあったほうがよかったですね。

  • 編集F

    主人公は、この「君」のことを、それこそ隅々まで観察していますよね。薬指に指輪があるかどうかは、当然最初にチェックしたと思います。ないからこそ安心して、「彼女は独身だ」と思い込んでいるわけで。

  • 青木

    そうですね。指輪に関しては、さりげなく描写を入れておいたほうがいいと思います。それなら読者も「独身だ」と無意識に思いながら読むので、終盤の驚きがさらに増します。

  • 編集A

    「清楚で奥ゆかしい君は、アクセサリーは一切つけない。でも、君の細い指には、繊細なデザインの指輪がきっと似合うと思うんだ。ふふ、大丈夫、そのうち僕が君にぴったりなものをプレゼントしてあげるよ」、みたいな語りがあったらよかったですね。

  • 編集F

    彼女が妊娠しているとわかっても、「もしかして結婚しているのでは……」とはみじんも考えていないのは、「指輪がない」せいもあったのかなと思います。

  • 青木

    既婚者だとはっきり判明したのは、結局、最後の最後ですからね。

  • 編集A

    ただ、主人公が失恋したのは、彼女が結婚しているからではなくて、彼女の声がイメージしていたものと全然違ったから、なんですよね。私はこのオチもまた、とても面白いと思いました。しゃべったこともない相手を一方的に美化して、想いを募らせていって。相手が妊娠していると知ってさえ、「子供ごと君を守るよ」というものすごい包容力を見せた。なのに、「声が想像してたほどかわいくなかった」ってだけで、一気に気持ちが醒めてしまっている。この展開に、主人公の恋心のありようが非常にうまく描き出されていると思います。

  • 青木

    主人公からしたら、「自分がフッた」くらいの気持ちなんでしょうね。現実の「君」は、自分の愛していた「君」ではないとわかった。フラれたのではない、自分の気持ちのほうが醒めたのだと。

  • 編集A

    相手に幻滅して、「僕はもう君を愛し続けられない」と痛切に感じた。愛を貫けなかったのは自分のほう。だから、最後の言葉も「ごめん」なんです。これはけっこうすごい展開だと思う。

  • 編集F

    主人公の描き方が、最後までブレないですよね。

  • 編集H

    ラストの締め方は確かにうまいと思うのですが、主人公の気持ちが劇的に変わる場面、身を挺して「君」を助けた後の場面が、私にはちょっとよくわからなかった。彼女をかばって地面にひっくり返っているところへ、誰かの声がして、「うるさい。すごくうるさい」ってまず思ってますね。で、目を開けると、「君」がしゃべってるはずなのに、「まるで腹話術の人形みたいに、顔と声の出どころが一致しない」ので混乱したと。私は、この描写が何を意味しているのか、最初に読んだときはうまく読み取れなかったです。

  • 編集A

    それは私もです。今どういう状況なのか、少しのあいだ把握できなかった。

  • 編集H

    だから、「もしかしてこの『君』は、女性ではなく、女装している男性なのかな?」なんて考えたりしました。見た目は完璧な女性なのに、口を開けば明らかに男性とわかる声が出てきて、そのせいで「腹話術みたいで混乱した」のかなと。

  • 編集B

    女装男子説は、僕も一瞬考えましたね。

  • 編集F

    私もです。

  • 編集A

    私も。つけ加えるなら、「君」が妊娠していると主人公が気づく場面も、最初はよく分からなかった。「ぽっこりと膨らんだ、君のおなか。/ ハンドボール1個分くらいなら~」のところです。読んで数秒考えてから、「ああ、妊娠してるってことか」と。ちょっと描写の塩梅がうまくいってないところはありますね。

  • 編集H

    その中でも、初めて「君」の声を耳にする終盤の場面は、主人公の気持ちが180度変わる、重要な転換点ですよね。その場面の描写がうまくいっていないというのは、かなりマイナスポイントかなと思いました。文章力は高いし語りも巧みなのに、この肝となる場面を読者にうまく伝えられていないのは、非常に惜しまれるなと。

  • 青木

    私は、そこはそんなに気にならなかったです。「声が想像と違った」ということがどうこうではなく、主人公は、妄想の中の存在が急にリアルに現れてきちゃったので、そこに拒否感を持ったということかなと思いました。

  • 編集B

    そこの受け取り方は、どちらでもいいんじゃないかな。確かにこのクライマックスの場面は少しわかりにくい。でも重要な場面だからこそ、するする読み進んでしまうよりは、現状の、「どういうこと?」と読者がちょっと立ち止まって考えるくらいの描写でいいのではと思います。ここで冷静に、「彼女の声は、想像していたよりずっと低かった」みたいなことを書いてしまうと、解説感が出てきてしまう。

  • 編集G

    一人称だから、主人公の感じたことしか書けない。その主人公が、「え? なんだ? このうるさい音はなんだ?」って混乱してるわけですから、読者も一緒に、「え? なに? 何が起こってるの?」って混乱してもいいのかもしれない。私も、わかりづらいとは思いますが。

  • 編集A

    状況がはっきりしてくると、主人公は「声が違う……」と呆然となるし、読者は逆に、「そんなことで気持ちが醒めるの?」と呆れることになる。そこも面白いですよね。

  • 青木

    彼女を助けて、「人生最高の瞬間だ!」って天にも昇る心地だったのもつかの間、「え? 嘘っ、声がかわいくない……!」という衝撃で、瞬時に失恋。この落差のある展開はすごくいいと思います。

  • 編集A

    「恋というものがこんなにも、命にかかわるほどつらいだなんて」と、お花畑だったのが一変、今度は一大悲劇みたいになってますね(笑)。

  • 青木

    まあでも、この後、会社の先輩の女性がいい感じに慰めてくれるのではないでしょうか。そこはちょっと期待したいところ(笑)。

  • 編集A

    この先輩、なんとなく「主人公が好きなのかな?」と思えますよね。恋愛感情があるのかはわからないですけど。

  • 編集B

    この先輩は、すごくいい人だなと感じます。仕事をバリバリこなすデキる女でありつつ、営業成績の上がらない後輩のこともさりげなく気にかけてくれている。

  • 編集E

    主人公は「いやな女だ」みたいなことを言ってますが、第三者的に見たら全然そんなことないと思う。仕事もできて、面倒見もいい、頼れる先輩。水面下では、あれこれ気配りしていそう。

  • 青木

    それでいて、さっぱりとした感じの好人物ですよね。この人が出てくることによって、作品の雰囲気が格段に良くなっていると思います。登場する脇役をこの先輩一人に絞ったというのは、テクニック的にいい選択だったと思う。

  • 編集A

    主人公は近視眼的なんだけど、作者には客観性があるということが、よくわかりますね。

  • 編集B

    そしてなんといっても、「カッコー」のアイディアは秀逸でした。横断歩道を隔てて恋する相手を見つめていて、信号が青になって「カッコー」が鳴り始めたら、「君と僕だけの特別な時間」が始まる。

  • 青木

    場面が浮かびますよね。すれ違う瞬間に向けて盛り上がっていく感じがいい。

  • 編集A

    カッコーが鳴いている間だけが、主人公にとって、永遠の一瞬。みたいなところを、とてもよく描き出せていたと思います。

  • 編集F

    すごい深読みなんですけど、鳥のカッコウって、托卵するじゃないですか。で、この主人公は、「自分の子供じゃない」赤ん坊ごと、彼女を受け止めようとしている。もしかして作者は、そういう意味も掛けて書いているのでしょうか?

  • 編集E

    もし本当にそうならすごいけど、そんな意図は全くなかったとしても、とても引き込まれて読めますので、どちらでもいいんじゃないかな。

  • 編集G

    ダブルミーニングなどはなくても、信号機の「カッコー」だけで十分な効果を上げていると思います。場面から音が聞こえるし、「カッコー」のリフレインで緊迫感が盛り上がるし。

  • 編集A

    彼女を助ける場面での、車が迫ってくるときのスローモーション的な描写もよかった。時間の経ち方を伸び縮みさせることで、読者をしっかりと話に引き込んでいる。すごくうまいなと思います。

  • 編集B

    それに、「かっこう」というのは、不穏さを感じさせるアイテムですよね。ミステリーやサスペンス物でよく使われてたりするから、読者も無意識的に不穏な予想をする。

  • 編集A

    ホラー感はうっすら漂ってますよね。だから、猟奇な展開がつい頭をかすめたりします。

  • 編集B

    なのに、実際の展開は、いい意味でこちらの予想を裏切っていく。「あれ? あれ?」と思っているうちに、最終的には思っていたのと全然違うところに連れていかれる。けど、そこが面白い。

  • 編集A

    予想を外されるんだけど、肩透かしではないんですよね。思いがけない、でも納得感のあるオチがちゃんとついている。完成度は非常に高いと思います。

  • 編集F

    小説的な企みもありつつ、ユーモアもありつつ、話は二転三転して、キャラもブレずに着地。

  • 青木

    で、本人にそんな気はまるでなかったのに、結果的に人助けしている。この展開はとても好きでした。周囲はみんな幸せになっているのに、主人公だけが辛いというラストも、ほろ苦くていい。

  • 編集A

    なんだか大絶賛の嵐みたいになってしまいましたが、実はこの作品、最初はイチ推しも少なかったし、最高得点でもありませんでした。批評が進む中で、「ここがいい」「あそこがいい」と、どんどん評価が上がっていった珍しいケースです。

  • 青木

    文章はうまいし、ストーカーの一人称で書くという目のつけどころもいい。それでいて、誰一人傷つけることなく、最後には主人公の淋しさみたいなものまで伝わってくる。いろんな意味で楽しく読ませていただきました。次はどんな作品を書かれるのか、そちらもすごく楽しみですね。

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