編集I
点数はトップではなかったものの、イチ推しの多かった作品です。読んだ人が、何かしら強く心に引っかかるものを感じたということでしょうね。
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第218回
『深夜のエクスキューズ』
中村未来
点数はトップではなかったものの、イチ推しの多かった作品です。読んだ人が、何かしら強く心に引っかかるものを感じたということでしょうね。
大きな企みのある作品でしたね。後半に入ると、いろんな人の内情や真相が少しずつ明かされていって、驚かされます。
主人公の財布からお金を盗んだ犯人は、唐津さんかと思わせておいて、実は宇治川君でしたね。
唐津さんもまた被害者でしたね。それに、タクシー代をごまかすつもりは最初からなかったらしい。
主人公の恋人として登場した聡は、実は妻子持ちだと途中で判明する。しかも娘はもう7歳だとか。
そして極めつけは、主人公が「42歳・肥満女性」だったこと。なんとなく「27歳くらいかな」と思いながら読んでいたので、終盤で不意に情報が出てきたときには、びっくりしました。
明らかにミスリードしていましたよね。そこは小説的だなと思いました。小説でしかできないトリックを使っている。
ただ、最後まで読んでも、これといったオチがないですよね。話がまとまっていないと思います。何を書きたかった作品なのかが伝わってきませんでした。
それはやはり、読者を驚かせようとしたんじゃないですか?
それがこの話のオチなんですか? 「主人公は、27歳くらいの普通の女性かと思ったでしょう? 違うんです。なんと42歳の太ったおばさんだったんです。驚いた?」というのが? もしそうだとしたら、私はこの作品を高評価できないです。それがオチになるとも思えません。
私も、最後に明かされる「42歳・肥満女性」がオチだとは全く思わなかったです。さほど驚くほどのこととは思えなかったですし、それよりも「物語のオチ」が欲しかったのですが。
そうですよね。42歳と明かされて、「あ、主人公、けっこう歳とってたんだ」とは思いますが、それだけですよね。「実は太ってる」と明かされても、「あ、そうなんだ」としか思わない。で、その情報を明かしたうえで、この物語をどう締めくくるのかと思ったら、何もなかった。主人公が交通違反を見つかって終わり。これでどう話がオチたのか、さっぱりわからないです。
確かに。僕はイチ推しはしていますが、「結局何を描きたかったのか?」に関しては、うまく理解できなかった。
真相を知ってから読み返してみると、本作はあちこちでミスリードを誘う書き方をしています。でもそのミスリードには、疑問を感じるところも多かった。例えば、「唐津さんは廃棄食品をくすねては食べまくり、10キロも太った」みたいなことを主人公が否定的なニュアンスで語っていますが、自分が20キロ太ってて言う言葉ではないですよね。主人公が太っていることを読者に気づかせないために、不自然な語りをさせているように思えます。それに、25歳の唐津さんがタメ口をきいているのに、主人公はずっと丁寧語で返している。これもひっかけですよね。読者は無意識に、「主人公は唐津さんと同年代くらいなのかな」と思いますから。でも、これを25歳と42歳の会話だと思って読み返すと、かなり違和感がある。企んでいる割に、あんまりうまくいっていないように思います。
ミスリードというのは、やはり、読み返したときに納得できることが重要ですよね。「そうか。手がかりはちゃんと書かれていたのに、気づけなかった。見事に引っかけられたな」と読者に思わせる書き方にする必要がある。
唐津さんに、「大学生の宇治川君は、よくあなたの話をしてるよ。彼、あなたに気があるんじゃない?」みたいなことをわざわざ言わせるのも、ミスリードですよね。読者は無意識に、主人公を若い女性かなとイメージしますから。でも、25歳の女性が、42歳の女性にこんなことをニヤニヤしながら言っているとしたら、それも変です。
聡との関係も不自然だと思います。大学時代からだから、もう20年も付き合ってるんですよね。主人公という恋人がいながら、聡は結婚して、子供も生まれて、それでも関係は切れずに20年。しかも、歩いて10分のところに住んでいるとか。
主人公は、大学卒業時からずっと同じアパートに住んでいます。聡が「うちの近くに住みなよ」と言ったから、そこに決めた。なのに、その後結婚した聡が暮らす家が、変わらず「歩いて10分」のところにあるというのも変な話だと思います。
読者をミスリードしようとするあまり、逆に疑問点が多くなってしまっている。うまくいってないですね。
そうまでして無理やり引っ張った挙句のオチが、「実は42歳の肥満体型」ということでは、正直がっかりしてしまった。もしかしたら作者には、この話で表現したいことがもっと他にあったのかもしれません。けれど、隠してミスリードして、最後についに明かす、という大きな企みがあることによって、逆に「企みしかない話」に感じられてしまいました。
しかも、その明かされた真相が、「42歳で太ってるんです!」ですからね。まるでこの作品が、「太っている中年女になんて、もう未来はない」ということを描いているみたいに思えてしまう。
主人公の人生は、確かに行き詰まっています。夢はかなわない、恋人は去ろうとしている、お金もない。でもそこへ、「ついに明かされた真相」という演出で、「なんと42歳! 肥満!」とやってしまったら、そこだけがこの話の焦点だという印象になってしまいます。
どうして今回作者は、そういうところにばかり注目したのでしょうね? 42歳なんて年寄りってほどではないし、20キロの体重増だって、驚くほどの肥満とまでは言えないです。そもそも年齢や体形なんて、大げさにとらえるほどのことではないと思うのですが。
42歳以上の、太めの女性読者を敵に回してますね(笑)。
年齢なんて自分ではどうしようもないことですし、誰だって年はとります。病気で太ってしまう人だっている。それを、ことさら「価値が低い」みたいに描かれてしまうと、読む側としても辛いものがある。
しかもそれが、オチとして強調されている。物語の最終結論みたいになっているのが、非常に引っかかります。
ちょっと不思議な気すらしますね。どうして作者はこんなに、主人公に容赦がないのかな。もう少し寄り添ってあげてもいいのに、という気がする。
ここまで主人公を追い詰めたなら、最後に少しでもいいから、救済を描いてほしかったです。現状では、「この主人公は、ろくな将来もない、みっともないみじめな女なんです」というだけの話になってしまっている。
私は、作者が主人公を嘲っているという風には読まなかったです。ちょっと『山月記』を連想してしまうというか、夢を持ってがんばっていたんだけど、うまく成功を手にできず、思いもかけないほど落ちぶれてしまう人っていますよね。ボタンをいくつもかけ違って、いつの間にか人生がくるってしまうことって、実際にあると思う。確かにこの作品は、作者が主人公をどういう目線で見ているのかがわからなくて、読者としてもどう受け取っていいのかわからないところはあります。登場人物も、なんだか嫌な感じの人ばかり。主人公にも若干ものの見方に歪みがあるような気がする。でも、だからって、特別悪い人でもないですよね。なのに、人生がことごとくうまくいかない。ラストもなんだか情けないことになっちゃってる。最後の最後まで徹底的についてない。読んでいて胸が痛みます。この話には、うまく波に乗って生きられなかった人間の哀しさとか、人生を掛け違える怖さみたいなものが描かれているのではないかと思います。私は、作者が主人公をただ笑いものにしているのではないと思うし、そう信じたいです。
作者が意地の悪い気持ちで今作を書いたとは、私も思いません。ただ、どんでん返しのように明かされた真相が、太った中年女性を否定しているような印象は拭いがたい。もし、人間の哀しさ、生きることの難しさを一番に描きたかったのだということなら、やはり、そこをこそ際立たせる話にすべきだったと思います。
ラストにもうひとひねり欲しかったですね。「42歳・肥満」で話が終わるから、そこがオチみたいに見えてしまう。ラストにもうひと展開あって、それが読者に強い印象を与えるものであったなら、年齢や体形がどうのという企みも、そんなに気にならなかったんじゃないかな。
主人公に何かしらの救いを持ってくるのでもいいし、すべてがうまくいかない中年女性の悲哀で切なくさせるのでもいい。とにかく、人物の外的要素などではなく、ドラマで話を締めくくってほしいですね。
主人公は、夢を追っているうちに42歳になってしまったことを、後悔しているんでしょうか? していないのなら、42歳でも太ってても、べつにいいんじゃないかなと思うのですが。
後悔してないと自分では思いたいんだけど、内心は若干してる、ということじゃないですかね。友人の美沙の結婚指輪を目で追ったりしてますから。
美沙とカフェで話している場面、この場面がいつの時点のことなのか、わからないのが気にかかります。現在の話だとしたら、台詞や描写には強い違和感や矛盾点がある。そして、もし昔の場面だということなら、これまた、ミスリードさせようという強引な仕掛けに感じます。
主人公に関しても大きな疑問がある。「劇作家になりたい」んですよね? その割に、演劇関係の話が全く出てこない。「自主公演は、大学時代に一度きり。それ以来、公演できていない」というのは、主人公が20代だと思っていたからこそすんなり呑み込めた話です。しかし、今年42歳になるというなら、じゃあこの20年間は何をしていたの? 現在、何か活動をしているの? 脚本は書いているの? そういったことがまったく描かれていないですよね。もしこの主人公が、「劇作家になるのが夢」と口では言いながらシナリオの一本も書かず、20年間ただバイトをして暮らしているだけだとしたら、この話は全く違うものになってきます。必死に頑張ったけれども報われなかった不運な人、というわけではないですよね。作者はこの主人公を、どういう人として描いているのかな。そこがどうにも読み取れないです。「実はもう42歳」という大きな企みを施したがために、空白の20年が生まれてしまっている。こういうあたりも非常に引っかかります。
そんなに「企み」にこだわらなくてもいいのに、という気がしますね。いや、企んでもいいのですが、それだけに終わってしまっては元も子もない。その企みを使って、ドラマを描いてほしい。
でも、この話は「企み」によって、人物像に変化が生じてますよね。そこは面白いと思いました。短編小説らしい趣向だなと。
うーん、人物像は変わってないですよね。「思ったより歳がいってた」「思ってたより太ってた」というだけで、本質的な変化はない。もし本当に「人物像の変化」を描きたいのであれば、もっと明確に落差をつけたほうがいいと思います。例えば、最初は主人公を普通の人、周囲の人たちをちょっと嫌な人物として描いておいて、終盤で、実は他の人は悪い人じゃなかった、主人公こそが歪んだ人だったという展開にするとか。
お金を盗んでいたのは、実は主人公だったとかね。「信頼できない語り手」にさせることで、その真相をうまく最後まで隠していく。
はい。宇治川君も唐津さんも聡も、きついことを言っているようでいて、実は心配してくれていただけだったのに、主人公の心には届かなかった。ラストで主人公がついに正体を読者に明かし、報われない人生を歩んでいるうちに歪んでしまった内面を露にする。そういう話なら、「実は42歳・肥満」という仕掛けを盛り込んだとしても活かせるし、ドラマにもなり得ると思います。
あるいは、最初は周囲をバカにして冷笑していた主人公が、実は逆に周囲から冷笑されていたと最後にわかるとかね。そういうどんでん返しの話にしても面白かったかもしれないです。それならラストで、主人公の哀れさを描き出すことができる。
生きづらい人生を送っている人が、世の中に仕返しをするとかでもよかったと思います。それなら、「行き詰まった中年女性」という設定も活きてくる。
「42歳・肥満」という要素を活かしたいなら、「劇作家志望」じゃなくて、「舞台女優志望」にすればよかったんじゃないかな。昔はそこそこきれいで、一度だけ主演をしたことがあるんだけど、それっきり舞台には立てていない。「きっといつかまた……」という夢を、長年引きずりながら暮らしているとか。
それもいいですね。「劇作家志望」なら、べつに年齢や体形なんて関係ない。でも女優志望なら、外見の衰えを気にする気持ちもわかります。
女優なら、「20キロ太った」というのも、主人公が半ば夢を諦めていて、節制していないということを暗に伝えることができます。すでにただのフリーターなんだけど、自分では、「私には舞台に立つ夢があるから」って言い訳している。そういう「イタさ」も出せる。
現状でも、主人公が「いつまでこの人生が続くんだろう。眠らない夜を、あとどれだけ過ごすんだろう」と語るところがあります。ここは本当に痛々しくて、読んでいて切なくなりました。
ただ、無理に切ない話にする必要もないわけで、ラストで思いきり主人公を弾けさせてもいい。人生に行き詰まって破れかぶれになった主人公が、たまりにたまった鬱屈を爆発させるとか。短編なんだから、後先考えずに突き抜けてもかまわない。
いっそ警官を轢いちゃうとかね。で、「やってやったぜ!」って、原付でどこまでも走っていく。「明日がどうなろうと知ったことか」って。
いいですね。それくらい思い切り振り切っていいと思います。彼女は不器用であっても懸命に生きてきたし、これからもたくましく生きていく。それも爽快な人生です。いくらでもやりようはあったと思うのに、悔しいですね。
主人公の煮詰まったような感情や泥臭さみたいなものは、むしろ、なんだかよかったなと私は感じるのですが。
わかります。好感の持てる主人公ではないのですが、うまくいかない現実の中でじりじりと煮詰まっていく感じには、何か引き込まれるものがありましたよね。
明確にイヤミスにしても良かったのにと思います。この作者の、じとっと湿った描写はすごくいい。人間の嫌な感じ、内心ではバカにしているのに表面上はニコニコしてたり、何でもない顔をして時折ちらっと悪意をのぞかせたり、そういうものを書かせたら実にうまいのではないかと思います。これ、褒めてますからね(笑)。
そういうものを書けるというのは、大きな才能ですよね。
この作者さんの書くイヤミス、私はぜひ読んでみたいです。
キャラも立ってましたよね。どれもこれも癖のあるキャラクターで、面白い。いったん店から出て行って、また入ってくるホストは全く意味不明でしたけど(笑)。でも、なぜか印象に残ります。
文章は読みやすいです。つい「企み」を入れようとしてしまうのも、それができる技術力があるからこそだと思います。いろいろ申しましたが、実は受賞作と最後に競り合っていたとき、私は今作のほうを推しました。描写は巧みだし、エピソードもちゃんと作れています。たった30枚の中にこれだけの人物を登場させながら、はっきりとした輪郭を持たせて描けている。筆力はとても高いと感じます。
ただ、「企み作り」が先行していて、物語を書きたいという熱量が今ひとつ感じられなかった。技術があるだけに、技術に走ってしまったかなと思います。自分の中の「これが書きたい!」というものは何なのか、いま一度見つめ直してみてほしいですね。
切ない話でも、イヤミスでも、方向性は何でもいいんです。「書ける人」なのは間違いないですので、自分の才能の活かしどころを、ぜひじっくり考えてみてほしいです。