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選評付き 短編小説新人賞 選評

『呪ワレシ短命ノ一族』

蓬生ゆかり

  • 編集A

    タイトル通り、ある呪いを受けた一族のお話です。主人公は、「裕福だけど短命」という人生を定められている一族の最後の一人。その主人公が、死ぬ前日に書いたかつての恋人宛ての遺書、という体裁の作品になっています。

  • 青木

    手紙形式の小説、個人的に大好きです。この作品は、内容もすごく面白かった。どんな秘密が明かされるんだろうと興味を引かれて、とても引き込まれて読めました。

  • 編集A

    私も、途中までは非常に面白く読んでいたのですが、最後にどうやって話をオトすのかと思っていたら、とくにオチはなかったですね。

  • 青木

    はい。そこはすごく残念でした。いくらでもうまくオトせたと思うのですが。

  • 編集A

    オチがないから、結局、設定を語っただけの話になってしまっています。

  • 編集C

    しかも、主人公が手紙を送っている相手は、十年以上も前に別れた恋人。「あのとき君をフッたのは、嫌いになったからではなかったんだ。実はこういう事情があったんだよ」と最後に伝えたかったのでしょうけど、本人も言っている通り、なんだか未練がましい。元恋人の女性からしたら、「そんなこと、いまさら説明されても……」って気持ちかもしれませんね。

  • 編集A

    困惑すると思う。こんな手紙、受け取っても嬉しくはないですね。

  • 青木

    私は、「遺書」というからには、何か託すものでもあるのかなと思って読んでいました。というのも、語り手は裕福な一族の最後の一人なんですよね。だから、「僕の遺産を全部受け取ってほしい」とか、「死ぬ前に、君にどうしても伝えなければいけないことがある」とかって話になるのかなと思っていたら、事情説明だけで終わってしまった。せっかくの「遺書」というアイテムが、うまく活用されていないのがすごく気になりました。

  • 編集B

    それに、語り口もなんだかあっさりしすぎてますよね。本当に明日死ぬ人の文章には思えない。まあ、主人公は若い頃から自分の運命を理解して受け入れていますから、その部分は淡々としていられるのかもしれないけど、「大切だからこそ別れた最愛の女性」への手紙のようには感じられないです。主人公の恋心が全然こもっていない。

  • 青木

    そうですね、この内容なら、手紙の相手は友人とかでも十分成り立つと思います。

  • 編集D

    もっと愛を伝えればいいのに、お説教になっちゃってるんですよね。「要領よく幸福になろうとしてはいけない。自分の幸福は自分で決めるべきだ」とか、「人間は誰だって欲に弱い。自分の人格の良さを過信してはいけない」とか。

  • 青木

    「裕福なら幸せというわけではない」というようなエピソードやメッセージが、繰り返し出てきますよね。これが作品のテーマなのかなとは思うのですが、ちょっとストレートに出しすぎている気がします。

  • 編集D

    作者が言いたいことは分かるのですが、それを主人公に直接語らせるのはよくないと思います。せっかく「我が人生最愛の女性」に宛てて書いた最初で最後の手紙だというのに、まるで父親が娘に教訓を垂れているような感じになってしまっている。

  • 編集C

    受け取った元恋人も、「はあ?」って思うかもしれませんね。「べつに私、裕福なら幸せとか、考えてませんけど?」って。

  • 編集A

    もっと切々と、「僕が本当はどんなに君を愛していたか」を語ってくれたほうが、胸にぐっと来たと思いますね。

  • 青木

    でももしかしたら、「人生をいかに生きるべきか」ということより、「人間の欲」のほうがテーマだったのかな? お金はたっぷりある。やりたいことは何でもできる。ただし期限付き。そういう状況に置かれたら、人は何を考え、どう行動するのか。もしかしたら作者は、そちらを描きたかったのかもしれない。

  • 編集D

    ただ、この一族には、あんまり「お金持ち感」もないんですよね。「土地絡みで確実な収入を得ている」とか「田舎に和洋折衷の二階建ての家がある」とかぐらいで。

  • 青木

    確かに。お金がどうの、欲がどうのということを描いている割に、この「裕福で短命な一族」には、さしてゴージャス感がない。

  • 編集C

    「一生遊んで暮らせる」らしいですが、その「遊び」の部分があんまり大したことないんですよね。単に欲しいものを買って、ぶらぶらしてるだけという感じ。

  • 編集E

    「この世の栄え」というからには、うなるほどのお金があるのでしょうけど、そのお金で何をしているのか、まったく見えてこないです。

  • 編集A

    死神と契約して得ているほどの裕福さなのですから、それこそ、経済界を牛耳るくらいのことはしていてほしいですよね(笑)。もっと大きなスケールで描いてくれていいのに。

  • 編集E

    そのあたりのことを、まだ作者が想像しきれていないのかなと思います。単に言葉で「お金持ち」とか「裕福」とかって繰り返すのではなく、もう少し具体的に描いてほしかった。

  • 編集F

    死神との力関係もよくわからなかったです。「人の死期を言い当てる霊能力を棄てる代わりに、この世の栄えを得る。ただし短命とセットで」、という契約なんですよね。でも、どうしてそんな取引条件を設定するのでしょう? 死神に人間の能力を取り上げる力があるのなら、単に取り上げればいいだけでは? だって、相手はただの人間ですよ?

  • 編集B

    「先祖を前にして死神が怯えている巻物が残っている」みたいなことが書かれていましたが、なにをそんなに怯えているんだろう?

  • 編集C

    「人の死期を言い当てる」ことが、死神が怯えるほどの霊能力だということが、腑に落ちないですよね。それに、「配偶者にも契約が適用される」というのは、変な話だと思う。血の繋がりによって「呪い」が継承されるのは理解できますが、配偶者は赤の他人ですよね。婚姻届を役所に出すか出さないか、紙一枚の問題です。どうして「死神」なんていうこの世ならざる存在が、人間社会の法律上の制度に則って動くのでしょう?

  • 編集F

    「離婚しても契約は解かれない」というのも、ちょっと納得いかないです。例えば、結婚してすぐに離婚して、贅沢なんて全然していない人でも、早死にさせられてしまうことになる。それは契約としておかしいのでは?

  • 編集C

    それに、お妾さんとかはどうなんだろう? 正式な結婚をしていなかったらセーフなのかな? 手紙の中で「あなたにその影響が及ぶという事はない」と言っていますから、恋人レベルは大丈夫らしいけど、死神がなぜそこまで「入籍」という部分にこだわるのか、よくわからないです。

  • 編集F

    このあたりは設定にかなりの無理を感じますね。だからなんだか、主人公がこの女性と結婚しなかった理由作りのため、みたいに思えてしまう。

  • 編集C

    ちょっとまだ、設定がきちんと詰められていないですね。

  • 編集D

    「三十代から四十代で亡くなる」というのも、「短命」という設定にしては中途半端かなと感じます。

  • 編集C

    それに、先祖が死神と契約したのは、かなり昔の時代の話ですよね。その頃の30~40代は、今ほど「短命」という認識ではなかったと思う。

  • 編集D

    物語作りという点から考えても、「どんなに長くても30歳までは生きられない」、というくらいの設定のほうがドラマティックですよね。ほんとに短命だからこそ生き急いで、焦って結婚して、だから結婚に失敗もしちゃって、それを振り返る暇もなくひたすら欲にまみれて……みたいなことをもっと描けたのではと思います。

  • 青木

    他にも、例えば「一族の者は他人を殺してはならない」という掟があるということですが、これ、もし破ったらどうなるのでしょう? 死神との契約が根底から崩れたりするのでしょうか。

  • 編集A

    結婚はしないで事実婚関係になるとか、こっそり婚外子をもうけるとか、なんとかして契約の裏をかこうとした先祖の一人や二人、過去にいたはずじゃないかな。でも、そういう話も一切出てきませんね。

  • 青木

    私はまさに、そういうことが今回の話に絡んでくるのかと思っていました。一族のあれこれを明かした手紙のラストに、「ところで、風の便りに、君に十歳くらいの子供がいると聞いたのだけど、まさかそれは僕の子ではないよね?」みたいな問いかけが不意に出てくるとか。

  • 編集G

    それは面白い。ぞわっとしますね。

  • 青木

    そういうことであれば、十年も昔の恋人に今さら「遺書」を送ることにも、ちゃんと意味が出てきます。

  • 編集B

    自分の代で、この呪われた血脈は終わりにしようと思っていたのに、秘かに受け継がれていたとしたら……これは大問題ですね。

  • 青木

    しかも、もうすぐ自分は死んでしまう。元恋人やその子供に、伝えなければならないことがいっぱいありますよね。財産だって渡すように手続きしなければいけない。さらにもし、知らない間に生まれていた子供が今年15歳になるのだとしたら、本当に事態はさし迫っている。物語が一気に緊迫感を増しますよね。というふうに、せっかく「かつての恋人への手紙」というスタイルで書いているのですから、その「かつての恋人」という設定を組み込んだストーリーを作ってほしかったなと思います。

  • 編集A

    現状では今作はまだ、小説になっているとは言いきれないところがありますね。

  • 編集G

    単なる「遺書」だけで終わらずに、その先に続くドラマを匂わせてほしかったですね。かつての恋人、仮にA子さんとしますが、A子さんをラストで話に登場させてもよかったのでは?

  • 青木

    「手紙を読み終えたA子は、傍らで眠る息子の顔を不安げに見つめた」、とかね。

  • 編集A

    さらにそのA子のもとへ、死神がじわりと迫りつつあることがほのめかされるとか。

  • 青木

    話が動きだしましたね。A子さんとしては当然、「何としてもこの子を守らなければ」、となるでしょうから。

  • 編集A

    もしかしたら死神は、単なる恋人までは許容するけど、子供ができた時点で、籍を入れてなくても「結婚相手」とみなすルールにしているのかもしれない。それならA子さんも、命の時限爆弾を抱えていることになります。

  • 編集G

    そこから、自分と子供を守るために死神と戦うという、壮大な物語が展開していくわけですね。面白そう。読んでみたいです。いっそ長編で書いてほしい。もう主人公はA子さんでいいです(笑)。

  • 編集C

    では、今回の短編はプロローグ部分になるんですね。

  • 青木

    その場合、「遺書」というのも変えたほうがいいかもしれない。例えば冒頭シーンではA子さんのもとへ、「あなたに巨額の遺産が入ることになりました」という弁護士からの知らせと、「君を巻き込んですまない」みたいな内容の元恋人からの手紙が届くとか。

  • 編集B

    急なことで動揺しながらも、不穏なことが次々と身の回りで起こり、A子も動き出さざるを得ない。

  • 編集A

    実は元恋人は、一族の呪いのことや、死神との契約などに関する手記を残してくれていた。その内容をヒントにしながら、A子は生き残る道を模索していく、とかどうでしょう?

  • 青木

    いいですね。本編と並行して、その手記が挟み込まれるわけですね。

  • 編集A

    設定や状況を手記で説明しつつ、「愛するが故に別れた」元恋人の心情も描くことができます。

  • 青木

    「呪い」という戦いづらい敵を前にして、孤立無援の母親が何とか子供を守ろうと知力の限りを尽くす。まあ、若干『リング』をほうふつとさせる話ではありますが(笑)、これはほんの一例ですからね。とにかく、もっと思いきってドラマを展開させてほしいです。

  • 編集A

    設定自体は、本当にとても良かった。今後は、その設定の上で展開する「物語」を作ることに注力してほしいですね。

  • 青木

    この設定なら、いくらでも話は作れたと思います。「掟」とか「契約」なんて、すごくおいしい要素ですよね。私だったらやはり、「取り決めに反して、うっかり人を殺したらどうなるんだろう?」とか、つい想像してしまいます。掟があれば破る者がいる。禁忌があれば犯す者がいる。そういうところから話を考えるというのは一つの手だし、わりあい常道でもあると思います。

  • 編集A

    主人公がいかにして運命に抗うか、みたいなお話は、定番だけどやっぱりワクワクしますよね。

  • 青木

    もっとも、作者がそういう話を書きたいと思っているかどうかは分からない。この作品には明確なメッセージが込められていますから、作者が描きたいのはあくまでそこであり、壮大な物語を書きたいとは特に思っていないのかも。そうだとしたら、先ほどの我々の提案は的外れかもしれませんね。

  • 編集A

    ただ、小説作品を書く以上は、ストーリーを展開させる必要はあると思います。メッセージはストレートに文章で書くのではなく、物語を通して読者に伝えてほしい。

  • 編集C

    あと、この話には「死神」というものがリアルな存在として登場してきますよね。僕はちょっと、ここには違和感があった。「呪い」がどうとかという話を描くのであれば、「死神」は直接出てこないほうがいいのではないでしょうか。だって、見たり触れたりできない存在のほうが、より怖いですよね。「死神」が本当に登場してきてしまうと、どうしてもチープ感が漂ってしまう。

  • 青木

    わかります。ただ、たまにフラッとやってきて将棋指して帰っていく死神さんも、なんだかかわいくて、それはそれで好きでした(笑)。

  • 編集B

    一方で、語り手のお父さんが死ぬ場面は、壮絶でしたね。

  • 青木

    あの場面は非常によく描けていたと思います。臨場感があって引き込まれました。ものすごい迫力でしたよね。

  • 編集C

    母親と父親の死に方の違いが明確に描き分けられていて、とてもよかったです。「呪い」の恐ろしさも伝わってきた。ただ、死神が場面によって冷酷だったり、逆に人間臭かったりと、統一されていないのはなんだか気になりました。

  • 編集B

    作品自体も、「呪い」を書きたいのか、切ない話にしたいのか、教訓的メッセージを伝えたいのか、そういうあたりが定まっていないように感じます。

  • 青木

    タイトルがカタカナ混じりだったり、どことなく古めかしい空気感があったりと、雰囲気を出そうとしているんだろうなと思えるのですが、何だかもう一歩という感じなんですよね。

  • 編集C

    ちょっといろいろ中途半端なんですよね。こういう話なら、例えば明確に「大正時代」とかに設定して、がっつり雰囲気を作ってくれればいいのに。そのほうが読者も作品世界に浸りこめると思います。

  • 編集F

    作者自身が、自分の好きなものや書きたいものが何なのかを、まだはっきりわかっていないんじゃないかな。そこをもっと突き詰めて、その方向に振り切ってくれたら、この作者独自の世界観のある話が書けるのではと思います。書き手としてのいい芽はたくさん持っている方だと思うので、自分の「好き」をとことん追求して、それを自覚的に作品に落とし込んでいってほしい。

  • 編集A

    それと、オチですね。正直、何らかのオチさえついていれば、この作品の評価はもっとずっと高かったと思います。設定は面白いし、文章も読みやすいですし。だから、本当に惜しかった。いいものを持っているのは確かですので、とにかくどんどん書いて、どんどん読んで、いろいろな作品に数多く接してほしい。そうすることで吸収できるものが、きっとたくさんあるはずです。自分の中で芽吹きかけているものに、もっともっと栄養をあげて、伸ばしていってほしいなと思います。

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