編集A
作品批評の前に、まず一点言及しておきたいのですが、この作品は規定枚数をかなりオーバーしていました。400字詰め原稿用紙の体裁だと、35枚になります。上限は30枚ですから、けっこう大幅に規定を超えていると言えます。
小説を書いて応募したい方・入選した作品を読みたい方はこちら
第218回
『呪いを解く方法』
春民
作品批評の前に、まず一点言及しておきたいのですが、この作品は規定枚数をかなりオーバーしていました。400字詰め原稿用紙の体裁だと、35枚になります。上限は30枚ですから、けっこう大幅に規定を超えていると言えます。
もしかしたら作者さんは、ワード数でカウントしたのかもしれませんね。400字詰め原稿用紙で30枚ということは、単純計算で12000字。だから、「12000字以内ならOKだろう」と思ったのかもしれない。この作品に限らず、「規定枚数を超えているな。上限をワード数で考えているのかな?」と感じる応募作は、時折見かけますね。
しかし本賞の規定は、あくまで「400字詰め原稿用紙 25~30枚」です。「12000字以内」ではありません。明確に規定がもうけられているのですから、そこは守っていただきたいです。作品は、書き上げた後、一度400字詰め原稿用紙の体裁に直し、規定枚数に収まっているのを必ず確認してから、応募するようにしてください。
原稿用紙30枚と12000字では、まったく意味が違います。改行や行空け、台詞の後の空白スペースなどもすべて含めたものが小説であると、我々は考えています。
ただ、多少オーバーしていても、作品のクオリティ次第で最終選考までたどり着くことはあります。今作もそうですし、過去にもありました。しかしそこから先は、全てを含めての総合判断となります。
枚数オーバーだから即落選、というわけではありませんが、明らかな規定違反ではあるので、最終選考において大きなマイナスポイントはつきます。本作は、受賞作と同点首位でした。イチ推しする人も複数いたのですが、圧倒的多数ではなかった。票は割れていました。最終的に、大きなマイナスポイントを覆したうえで受賞するというレベルには、まだ至っていないと判断せざるを得ませんでした。もし枚数オーバーさえなければ……という可能性も、なくはなかっただけに、非常に残念です。
「応募規定を守る」「規定枚数以内で仕上げる」というのは、投稿小説においてとても大事なことです。これは、投稿者さん全員に認識してほしいことなので、あえて大きく取り上げさせていただきました。
とはいえ、本作が受賞作と並ぶ高得点だったのも事実です。厳しいことも申しましたが、実は私はイチ推ししていた一人です。主人公は、おしゃれでクールな女の子に強い憧れを持っている女子大生。普通に彼氏もいるのですが、「自分好みの素敵女子」への思い入れのほうが断然強い。そんな主人公が、同学年の柊子ちゃんというクールビューティーと知り合い、「特別な友達になりたい」という思いを募らせていくのだが……というお話です。主人公の内面や、女子同士の距離感など、人間の繊細な心理をとてもよく描けていて、よかったと思います。
うーん、僕は正直、あんまりよくわからなかった。これ、いったいどういう話なんですか?
ざっくりまとめていいなら、「友達として憧れている女の子がいたんだけど、その子が自分の彼氏を好きだと知り、『ああ、もう彼女と仲良くなることはないんだな』と思い知って、憧れの気持ちも醒めてしまった」というお話です。
そこはちゃんと書けていましたよね。この話の流れは理解しやすいと思いますが。
そこはもちろんわかります。僕もその流れに沿って読んでいました。でも、ラストの部分がさっぱりわからなかった。「好きな人に彼女がいる呪い」と主人公がつぶやいて話が終わっているのですが、これがどういうオチなのか、理解できなかったです。
確かに。主人公がどういう気持ちで、どういう意味でこの言葉をつぶやいているのか、よくわからないですね。
なのに、あたかもそれでうまくオチがついたかのような雰囲気で話が終わっている。だから、「結局何が言いたい話だったの?」と、疑問ばかりが大きくなってしまいました。
最後の台詞は、柊子ちゃんのことを言っているのでしょうか? 自分に「好きなものが似合わない呪い」がかかっているのと同じように、「柊子ちゃんには、『好きになった人には恋人がいる呪い』がかかっているのね」という意味なのかな?
でも、「呪い」というのは、「いつもそういう嫌な目に遭う」ということですよね。「小さい頃からずっと続いてるんです」みたいなこと。しかし、柊子ちゃんがいつも「好きになった人には恋人がいる」のかどうか、主人公は知らないのですから、ここで「呪い」という言葉を使うのは合っていないと思います。
それに、柊子ちゃんに呪いがかかっているかどうかは、わざわざラストで取り上げなければいけない事柄ではないですよね。これは主人公の物語なのですから、ラストも、主人公の気持ちや状況に対して何らかのオチをつけるべきだと思います。
ラストの台詞を変えたらいいのでは? 「私の憧れる女の子は、いつも理想の女の子ではない」みたいな台詞だったなら、主人公の話になりますよね。憧れるたびにがっかりさせられて、また次の理想の女の子を探す。それをずっと繰り返している。自分にはそういう呪いがかかっているみたいだ、みたいなことを言っていれば、主人公の物語として話を締めくくることができたのにと思います。
「好きなものが似合わない呪い」に加えて、自分にはもう一つ、「憧れの人に失望する呪い」がかかっているようだ、というオチですよね。
主人公は失望してるんでしょうか? 私はこれは、「同じものを好きになってしまうなんて、私たちってますます完璧ね」という気持ちなのかな、とも思いました。主人公と柊子ちゃんは、服や雑貨の好みがすごく似てますよね。だから、「私たちって趣味が一致するから、好きな男の子も同じになっちゃうのよね」ってことなのかなと。
でも主人公は、彼氏である恭介のことを、それほど本気で好きではないですよね。
彼氏なんて比較にならないくらい、柊子ちゃんに首ったけです。もう熱量が全然違う。
それに、ラストで「完璧で完全な柊子ちゃんを、もう羨ましいとは思えなかった」と言っていますから、これはやはり失望したということだろうと思います。主人公はむしろ、自分の彼氏レベルの男を好きになった柊子ちゃんに幻滅したんじゃないかな。
私もそう思います。むしろ、そこはもっと明確に打ち出したほうが良かったんじゃないでしょうか。
現状では、ちょっと書き方が曖昧ですよね。主人公がどういう気持ちなのかがはっきりつかめない。主人公自身、「訳の分からない感情で胸はいっぱいだった」と語っています。これでは読者も、この話をどう受け止めていいのかわからないです。
私は、主人公のこともちょっとよくわからなかった。この主人公は、エッジの効いたしゃれたものが好きなんですよね。クールで個性的なものが好み。でも外見的には、ゆるふわな格好がすごく似合ってしまう……で、結局、普段はゆるふわな格好をしているということ?
そうだと思います。主人公はたぶん、パッと見はいかにも「女の子!」っていう感じなんじゃないかな。恭介もたぶん、そういうわかりやすい魅力に惹かれたんだと思う。恭介、単純そうですから(笑)。
主人公は、自分で言ってるほど「内面はクール系」には思えないですね。そういう子は、適当な男の子と付き合ったり、しゃれた女の子に気に入られようと必死になったりしないと思う。そして柊子ちゃんもまた、主人公が言うほど「クールでモードな女子」とは感じられなかった。
柊子ちゃんが作品展に出した写真なんて、とても愛らしかったですよね。かわいい装丁の詩集を欲しがっているとか、本を貸してもらったお礼にかわいらしいクッキーを添えるとか、むしろすごく女の子っぽい感じがします。
そうなんですよね。モレスキンのノートとか、真鍮作家のヘアゴムとかの小物遣いもなんだか微妙な感じで、人物像の演出がちょっとうまくいっていない気がする。こういうのは、難しいところではありますね。
でも柊子ちゃん、素敵じゃないですか? 私は、そこは伝わってきたと思います。主人公が心酔するのも無理ないなと思えました。
主人公にとって柊子ちゃんは、推しのアイドルみたいなものなのでしょうね。勝手に憧れの存在にまつりあげて、でもその人が何かしたら、勝手に幻滅して、勝手に気持ちが醒める。相手との交流があるわけではなく、すべてが主人公の心の中だけで完結していること。私は、この流れは面白いと思った。特に大事件は起こらないのですが、主人公の内面をとても丁寧に描けていて、いいなと感じました。
ただ、話はまとまっていないですよね。これは本来、「私には呪いがかかっている」ということを主軸にしたお話です。タイトルも『呪いを解く方法』だし、5枚目には「完璧に素敵な女の子が私を選んでくれたら、呪いは解けるという予感がした」みたいなことが書かれています。あくまでも「呪いを解く」ために、主人公は柊子ちゃんに好かれたかったはずなんです、最初は。なのに話が進むにつれ、いつの間にか「柊子ちゃんて素敵。憧れる。好かれたい」ということのみへ主眼がズレこんでいる。で、最後は、「柊子ちゃんにも呪いがかかっている」みたいなことをつぶやいて終わり。これでは、「あれ? 主人公の呪いを解く話はどこへ行ったの?」と首をひねらざるを得ない。
そうですね。最初は柊子ちゃんは、「私を呪いから解放してくれる人」という象徴的存在だったのに、いつの間にか「柊子ちゃん」という個人に愛されたいという話に移行してしまっていますね。
やっぱりラストは、「主人公にかかっている呪い」で話を締めくくって欲しかったですね。柊子ちゃんに好かれる目はもうなくなったので、「私の呪いは解けそうにない」とつぶやいて終わるとか。
そもそも、主人公の状況は「呪いにかかっている」というほどのことなのかな? という疑問も浮かびます。好きな服があるなら、工夫して着ればいいのにね。主人公はセンスのいい子らしいですから、できると思うのですが。
映画や音楽の趣味を「意外ね」と言われるのも、そんなに傷つくほどのことではないと思います。
「呪い」というからには、もう少し不幸感があるものにしたほうがよかったんじゃないかな。例えば、「電車に駆け込もうとしたら、いつも目の前で扉が閉まる」とか、「レジで支払いをするとき、いつも1円玉が足りない」とか、「限定商品が、いつも私の前の人で終わりになる」とか(笑)。
主人公にかかっている「呪い」が、言うほどたいした呪いではないんですよね。
いっそ「呪い」という要素は外してもいいのでは? タイトルも変えて、単に「好きなものが似合わないので、似合う人にすごく憧れてしまうんです」という話にしたらよかったのに。
そうですね。「呪い」という要素にこだわる必要はないと思います。人間関係の話にすればいい。主人公のありようや内面は、すごく丁寧に描けていましたから。
ただ、日記で真相がわかるというやり方は、ちょっと安易だなとは思いましたね。
結局柊子ちゃんは、日記をわざと入れたんでしょうか?
わざとだと思います。自分の秘密が詰まった日記をついうっかり、なんてことは、普通考えにくいですよね。
私は、うっかりかと思いました。わざとだとするなら、それはなんのために?
ライバル宣言というか、自分の気持ちを思い知らせるため、でしょうか。
主人公がやたらとすり寄ってくる感じが、柊子ちゃんは嫌だったと思います。しかも、恋敵なのに。「近づいてこないで」ってことを伝えたかったんじゃないかな。
主人公が作品展に出した写真は、ちょっと柊子ちゃんを真似したっぽいですよね。柊子ちゃんからしたら、それも面白くなかったと思います。
なのに、自分の欲しいおしゃれな詩集をその恋敵が持ってて、「貸そうか?」なんて無邪気に上から言ってくる。これはイラッとしますね。
えっ? 上から? イラッと?
この場面でのメッセージのやり取りは、すごくわざとらしくて上滑りしている感じがします。本心は違うのに、いかにも仲良さげで。
「貸そうか?」の後に間が開いたのは、「その本を返すときに、日記も入れておいてやる」って考えていたからかもしれないですね。
そうなんですか!? 私はそこまでは考えなかった。普通に読んじゃいました。むしろ、「もしかしたら、実は互いに憧れ合っていて、ラストで両思いになる展開なのかも」とか思っていました。そうか、柊子ちゃん、そんなに主人公を嫌っていたんですか……
いや、そういう可能性もある、というだけの話です(笑)。
深読みのしすぎだと、私は思いますけどね。
でも言われてみれば、日記を入れたのがわざとだとするなら、借りる段階ですでに計画していたのかもしれないですね。なんて考えたら、すごく面白くなってきてしまった(笑)。その解釈だと、メッセージのやり取りのところは、全然違う場面として読めますね。女子の水面下でのバトルみたいで、ゾクゾクします。
しかしまあそれは、こちらの勝手な推測なので。作者がどういうつもりで書いていたのかは、現状では読み取れないです。
読者に「どう受け取ればいいのかわからない」と思われてしまうのは、やっぱりよくないですよね。基本的な読み筋くらいは、もう少しわかりやすく示すべきだったと思います。
そうですね。小説を書くときには、キャラクターの感情や行動の動機を、書き手が知っていてほしい。わかったうえであえてそれを直接は書かず、描写で伝えてほしい。日記を入れたのがわざとなのかわざとでないのか、柊子ちゃんが主人公を嫌いなのかそうでないのか。何かヒントが欲しかったですね。
あと、台詞の部分の最後に、句読点がついているところとついてないところが混在していました。もう少し見直しはきっちりとやって、統一してほしかったですね。
日記が占める分量も多すぎるなと思いました。恭介に関するところもこんなにいらないですね。このあたりを削れば、簡単に規定枚数に収まったのにと思うと、本当に惜しい。
それに、他の要素は減らして、「柊子ちゃんと私」に焦点を当てて書いたほうが、作品がより引き締まったと思いますね。
ただ、書き慣れている感じはしないんだけど、文章はすごく読みやすかったです。
主人公の心の揺れは、よく描けていたと思います。女の子の内面の捉え方が非常に鋭いですよね。ぜひ再挑戦していただきたいなと思います。