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きれいにまとまっている話ですね。
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第218回
『宇宙とビスケット』
花園メアリー
きれいにまとまっている話ですね。
はい。うまいと思います。
読んで「いいな。好きだな」と思える作品でした。姉と弟の間の、さりげなくも強い絆に、なんだかキュンとしますね。特別べったりした関係ではないのに、とても深いところでしっかりと通じ合っている。
書かれていないことまで、つい読み取ってしまうような作品でした。余白の部分に気持ちを乗せて、切なく読みました。
ただ、ラストの締め方は、なんだかちょっと微妙な気もします。オチがついていると、言えるような、言えないような。
これ、一人称の語りになっていますが、どこで誰に向かって話している設定なのでしょうか?
単に、独白の文体、ということではないですか?
弟くんのことを嘆き悲しんでいる人たちに対して、内心で感想を述べているということじゃないかな。
でも、ラストのところで、「なぜ、私を心配なんてするんです?」と語っていますよね。ということは、いま主人公の目の前には、「あなた大丈夫?」って話しかけたり、心配げな目で見ている人がいるということでは?
なるほど。じゃあ、お葬式の場面なのかな?
でも、まだ死亡が確定しているわけではないですよね。
では、宇宙船の乗員の親族がJAXAに集まっているとかなのかな? ちょっと場面が見えないですね。この話が、具体的一場面で進行しているのか、あくまでも内心の思いを語っているということなのか、そこはもう少しはっきりさせてほしい。
ラストも、ちょっとよくわからなかった。主人公はどこまで本気なんでしょう? というか、作者はどういうつもりで書いているのでしょう?
まあ、普通に考えたら、弟くんはもう帰ってはこないでしょうね。
でも、もしかして弟くんには、本当に宇宙エラができていたのかも。実は今も元気で生きていて、宇宙遊泳を楽しんでいる可能性は、ゼロではないようにも思える。
私は、「そうだといいな」というスタンスで読みました。弟くんはいま悠々と銀河の海を泳いでいる、と信じたい。その可能性を残したまま終わるという、現状の雰囲気がいいなと思います。
そうですよね。突飛な話ではあるけど、「もしかしたら……」って想像するとロマンを感じますよね。
はい。本当に宇宙エラができるのか? その仕組みは? みたいなことは、この話においては重要ではないと思います。SF作品ではないのですから。とにかく主人公はそう信じているし、信じることによって希望を持てている。不幸な死に方をした弟ではなく、生き生きと宇宙を泳いでいる弟の姿を思い描くことができているんです。そこがこの話のいいところだなと思います。
私は、イチ推しはしていますが、これをそんな「いい話」とは読みませんでした。主人公はショックのあまり、精神的におかしくなっちゃったのかなと思いました。というのも、ラストのところで、「みなさんが泣いているのがあまりに滑稽で、笑いがとまらないだけです」と語っていますよね。弟の生存が絶望視されていて、両親が悲嘆のあまり半狂乱になっている。そんな状況の中で、居並ぶ人たちを前にして本当に笑い転げているとしたら、ちょっと普通ではないです。
文章を言葉通りに受け取ったら、確かに普通ではないですね。沈鬱な空気の中、一人だけ「笑いがとまらない」という主人公の様子は、尋常ではない。おかしくなったと思われても仕方がない気がする。
いや、私は、主人公がおかしくなっているとまでは思いませんでした。そんな展開は、この作品にそぐわないと思う。
一時的に錯乱している、ということではないですかね。弟が死んだことを認めたくなくて、二人だけがわかる冗談として言い合っていた「宇宙エラ」のことを引っ張り出して、自分の心を守っているのかなと思います。
宇宙エラの可能性に一縷の希望をかけている、という風に読みました。
主人公は、弟が死んだことはうすうす分かっているのかもしれない。でも、弟への思いが強いから、本当に死んだとは考えたくない。「あんたは願い通り、いま宇宙を泳いでいるんだよね。お姉ちゃんはそう思っているよ」みたいな気持ちでいるのかな、と私は思いました。
ただ、どれも推測ですよね。切ない感じの話だから、読者がつい脳内補完してしまうところがありますが、作者がどういうつもりで書いているのかは、ちょっとわからない。作者が、自分の描きたいことを十二分に表現できているとは、現状では言い難いです。
この、「皆さんが泣いているのがあまりに滑稽で、笑いがとまらないだけです」という一文が、非常に引っかかるんですよね。
この一文は、なくしたほうがいいのではないでしょうか。
そうですね。いらないと思います。ついでに言えば、「私は、ちっともおかしくなんて、なっていません」というところも削っていいと思います。これ、主人公が、「おまえはおかしい」と誰かに言われたってことですよね。でも私はこの話は、主人公が実際に口に出してこう語ったということではなく、内心でこう思ったということを書いているのだと解釈しました。だから、目の前に誰かがいて、その人の言葉を受けて主人公が反応を返しているような描写は、取り払ったほうがいいかなと思います。
それに、もし主人公の反応を盛り込むとしても、「笑いがとまらない」というのはないなと思います。むしろ逆に、自分に言い聞かせるように、泣きながら語るほうがいいんじゃないかな。「大丈夫、弟は生きています。宇宙エラがあるのですから」と言いながらも、「でもなぜだか、涙が止まらないのです」、みたいに書いたほうが、読み手の胸により迫ったのではないでしょうか。
あと、「半狂乱」という言葉も、キツすぎると思いますね。これも削ったほうがいいと思います。
「両親が半狂乱になっている」というのは、冒頭にも出てきます。加えて、「私だけが弟の秘密を知っている……」というような、ちょっとサスペンスっぽい導入部になっている。読む人を引き込もうとしたのでしょうけど、読者が作品のテイストを誤解しかねないですから、もう少しほのぼのした始まり方にしたほうがいいと思います。
そもそも、宇宙船事故が起こって、両親が半狂乱になるというのも、ちょっと変じゃないでしょうか。宇宙飛行士になって宇宙に行くからには、本人はもちろん、周囲もある程度の覚悟はできているはずだと思います。話を盛り上げようとしたのでしょうけど、若干大げさな描写にしすぎていますね。
ラストのページは、「もちろん、弟の正体を~」から「笑いがとまらないだけです」のところまで、まるまるカットしてもいいと思います。
そうですね。ただ、私はこれ、言葉選びがちょっといき過ぎてしまっただけだと思うんです。「笑いが止まらない」というところも、実際に笑っているということではなく、主人公の「みなさん、弟が死んだなんて、本気で悲しむことはないんですよ」という気持ちを表現したかったのだと思います。
読者にわかってもらおうとして、つい強い表現を使ってしまったのでしょうね。
そうですね。いよいよオチ、というところで、つい筆が滑ってしまったのかなと思います。
しかし、一番大切な締めのところで筆が滑るのはいただけない。
それまでに積み重ねてきた、センチメンタルな話の雰囲気が、このラストで台無しになっている。すごくもったいないですね。
読者に「狂人オチ」と受け取られたら、せっかくのいい話がいい話でなくなってしまいます。気持ちを込めて作品を書き上げた後は、一度冷静になってから、全体のバランスを見て手直ししてほしいですね。
ラストのところでもう一つ、「弟にビスケットをあげなければいけないのに」という部分も、ちょっと意味が不明瞭だと思いました。ビスケットは、「食べると宇宙エラができる」ものなんですよね。お姉さん的考えでは「弟にはもう宇宙エラがある」のですから、これ以上ビスケットをあげる必要はないのでは?
これは、遠泳のシーンでの「ビスケットをうまくあげられなかった」というところに意味をかけているのだと思います。「弟はいま宇宙を遠泳している」「だから、私がビスケットをあげなきゃ」と。
でも、遠泳シーンでのビスケットは栄養補給的なものでしたよね。一方で、マウスに宇宙エラを持たせるための、餌のビスケットも出てきます。作中で、「ビスケット」は二種類登場するんですよね。
お姉さんの脳内設定では、宇宙エラを持っていても、ビスケットを食べ続けないと死んでしまうということなのかな? だからお姉さんは「あげなきゃいけないのに方法がわからない」と焦っているの? それともこのラストは、「今度こそちゃんと栄養補給のアシストをしてあげたいのに、残念だな」というくらいの意味合いなのでしょうか? どうもそのあたりのことが、ごっちゃになっている感じですね。
「ビスケット」の使い方は、どちらかに絞ったほうがいいですね。マウスの餌は、別のものにすればよかったんじゃないかな。「ビスケット」というアイテムは、とても印象的で雰囲気もいいですから、もう少しうまく使ってほしかったなと思います。
いろいろ曖昧なんですよね。だから、読者が引っかかってしまう。
でもどうなんでしょう? もしかして、この「笑いが止まらない」とか「私、弟にビスケットをあげなきゃ」という、ちょっと不可解な話の締め方は、作者が意図的にやっていることなのでしょうか? 「狂人オチ」っぽいのは筆の滑りかと思いましたが、もしかしたら作者は、そういうラストをこそ書こうとしたのかな?
でも、一般的な家庭において、弟を亡くして精神がおかしくなる姉というのは、ちょっと考えにくいのではないでしょうか。もしそういう展開にするなら、二人の特殊な親密感をもっと描写する必要があると思います。
それに、タイトルは『宇宙とビスケット』。ポエミーですよね。作者は基本的に、心温まる話を書こうとしているのだろうと思います。やはりラストは、つい盛り上げようとし過ぎたのではないでしょうか。
ちょっとオチにこだわりすぎましたかね。短編ですから、そんなに大きなオチは必要ないです。締めの言葉が一つあれば、それだけでもいいんです。
オチは些細でいいですよね。読者の腑に落ちるものであれば、それでいい。
落語のオチのようなものは必要ないです。ただし、話はちゃんと着地させてほしい。
せっかく、切ない予感の漂ういい話として書き進めてきたのですから、その方向性を崩さずにラストをまとめてほしかったですね。
読み筋がはっきりしないのは、エピソード不足だからかなと思います。キャラクターもちょっと薄いし、エピソードも似たようなものばかりになってしまっていますね。
とにかくエラの話ばっかりなんですよね(笑)。姉と弟の思い出エピソードには、「宇宙エラ」しかない。もう少しそれ以外の、普通の姉弟の素朴な心のふれあいエピソードが欲しかった。二人の関係性の積み重ねがあってこそ、弟が宇宙で生きていると信じる主人公の気持ちが、読者の胸に沁みるのですから。
主人公のプロフィールが全く分からないのも気になりました。この人、年齢はいくつで、今何をして暮らしているのでしょう? 働いているの? だとしたらどんな仕事? それとも、結婚して専業主婦? 子供は? そういうことが、何一つわからないです。
そのせいで、「狂人オチ」の可能性が捨てきれないのかもしれないですね。主人公には、夫とか友人とか、外界と繋がっている感じがあまりしない。地に足がついたエピソードが何もないから、読者も主人公の人間性を測りかねる。
例えば、「私の結婚式のとき、弟は忙しい訓練の合間を縫って、アメリカから駆けつけてくれた」みたいな一文でもあれば、主人公が既婚者なのも分かるし、姉弟の絆も強められる。弟が宇宙飛行士なら、二歳上の姉も「アラサー以上にはなってるよね」と見当がつけられるし。
主人公の子供をちらりと登場させてもいいですよね、姉と弟で。で、その子たちが、昔の自分たちと同じような会話をしているとか。夜空を見上げて、「おじちゃん、あそこにいるんだよね」と言っていたり。
「うちの子たちにとっては、弟はヒーローだ」とかね。そういう描写が少しあるだけで、主人公の輪郭がはっきりしてくるのに。すごく惜しいなと思います。枚数にはまだ余裕があるので、もうちょっと粘って、エピソードを積み重ねてほしかった。この姉と弟の関係性は、私はすごく好きです。姉は弟を誇りに思っているし、弟はお姉ちゃんが大好きだし。
べたべたしているわけではないのに、お互いに強く思い合っているというのが伝わってきますよね。
この姉弟だったら、ほんとに「宇宙エラ」はあって、弟は楽しく宇宙を旅しているという結末でもいいのにと、ちょっと思いましたね。
私もです。主人公の妄想だろうとは思いつつも、1%か2%くらい可能性はあるんじゃないかと、フッと思えるところが好きです。
一見エラみたいなんだけど、実はエネルギーを生み出す永久機関のようなものだったりして。バンドエイド貼って隠してる疑惑もあるし、案外ほんとにあるんじゃないですか?(笑)
私はこの話、本当に弟が宇宙エラを持っていて、お姉さんにだけわかるサインを残して姿を消す、というラストでもよかったなと思います。周囲の人は悲しんでいる。でも、誰にも言わないけれど、主人公だけは本当のことを知っている、というような。
弟が宇宙に飛び立つ前に姉に出した手紙が、事故のニュースの後に届くとかでもいいですよね。「俺はミッションの途中で宇宙旅行に行くけど、姉ちゃん悲しまないでくれよな」みたいな。「でもこれは、二人だけの秘密だよ」って。
いろんな想像がつい膨らんでしまうくらい、読み手の胸に響いてくる話でしたね。気になるところは結構ありつつも、どうしても「好き」と思ってしまいます。
それは大事なポイントだと思います。小説は、誰に強制されて読むわけではないですから。読後感が良いものを書けるというのは、それだけで一つの能力だと思います。
それに、ドラマがちゃんと描けていましたよね。姉と弟の心の交流というものが、淡いエピソードを重ねながら丁寧に描き出せていました。
文章は読みやすいし、描写も巧みです。「宇宙エラ」という発想も面白かった。次はどんな作品を書いてくれるのか、非常に楽しみですね。