編集A
かなり観念的な作品でしたね。これといったストーリーはないのですが、主人公の心象風景みたいなものを、喋る猫や蝉を登場させて描いているというのは、面白い工夫だったなと思います。拙いところもいろいろあるのですが、私は好きでした。
小説を書いて応募したい方・入選した作品を読みたい方はこちら
第219回
『波打ち際で』
ねこのたわむれ
かなり観念的な作品でしたね。これといったストーリーはないのですが、主人公の心象風景みたいなものを、喋る猫や蝉を登場させて描いているというのは、面白い工夫だったなと思います。拙いところもいろいろあるのですが、私は好きでした。
わかります。正直なところ、小説として出来がいいとは言いにくいのですが、不思議と引き込まれますよね。
そうなんです。ちょっとまだ小説とは言えない段階だなとは思いつつも、なんだか読まされてしまう作品でした。
年老いた蝉が、「最後にあなたの思い出になることが出来ますかね?」と言って、ぽとりと落ちて死ぬ場面などは、忘れられないです。
私もです。ここはすごくいいシーンだと思いました。
印象に残りますよね。特別盛り上がる場面ではなかったのに、なぜか心に残る。そういう、「なんだかいいな」と思えるところが、話のあちこちにありました。
ここに出てくる猫とか蝉とかっていうのは、主人公の内面を補足して語る役目を担っているのかなと思います。主人公が一人称で自分の内面を語り、語りきれない部分は、喋る猫や蝉が補って語る。猫や蝉は、独立したキャラクターではなく、主人公の内面を表現するツールになっているようにも思えます。主人公の思いを、そうやって全部説明してしまうのは若干やりすぎというか、ちょっと野暮ったく感じられてしまう。でも、主人公の思索を一人称でひたすら語ってしまったら、ただの日記になって面白みがなくなりますから。喋る猫と蝉を登場させたところに、エンタメにしようとした作者の意図を感じました。
猫がおっさん臭いのが、個人的にはよかったです。これがもし、「〇〇だニャン」みたいに喋る猫だったりしたら、いかにも過ぎて楽しめなかったかもしれない。関西弁を喋る渋いおっさん猫である、というのが面白かった。
主人公の内面に関しては、語ろう・説明しようとしすぎなのかもしれませんが、作品の基本設定に関しては、むしろ説明不足だなと僕は感じたのですが。
そこは同感です。何の説明もなく話が始まり、そのままの状態で進んでいくから、この作品の基本情報を最後まで読者がつかむことができないですよね。主人公の名前や、年齢、何をして暮らしている人なのかとか、今どういう状況にいるのかとか、そういう根本的なことがよくわからないです。この作品でひたすら描かれている、猫と海辺で過ごす場面が、現実なのか夢なのか幻想なのか、そういったあたりもわからない。ちょっと全体的に、ふんわりしすぎていますね。でも、ディテールの描き方には、すごくリアリティがあるんです。主人公や猫の行動とかはとても丁寧に描かれていますし、砂浜の様子だとか、過去のワンシーンだとか、隻眼の猫や魚の塩焼きに至るまで、描写がすごく細やかで映像が浮かびます。ただ、そもそもの土台の部分がよくわからないせいで、作品世界に入りきれないところがもったいなかった。
確かに、設定が詰められていないなと感じるところは多かったですね。この作者さんは、描きたい気持ちをすごく強く持っていらっしゃるなと感じるのに、スキルがまだ少し追い付いていないようで、とてももったいなかったです。
この作品は、映画でいうなら、ほとんどカメラを止めずに長回しで撮影するような描き方になっていますね。30枚の中に、シーンの切れ目は2か所くらいしかない。しかもその切れ目の前後で、大きく場面が転換しているわけでもなく、最初から最後まで、海辺の場面がずっと続いていく。情景描写はとても細やかで上手いなと思うのですが、そのぶん情報量がすごく多くて、読み手を疲れさせてしまいかねない。もう少し、読者が息継ぎをできる箇所を入れたほうがいいのではと感じました。どこかでちょっとブレスできるところがあったほうが、逆に最後まで集中して読めます。作者側としても、大事なシーンや「ここを描きたい!」というところを際立たせることができますしね。
そうですね。静と動みたいな緩急を盛り込んだほうが、物語がより印象的になると思います。
主人公は、物事をすごく突き詰めて考える人物のようですね。傍から見ると、ただ浜辺を猫とぶらぶらしているだけみたいなんだけど、その間ずっと主人公は、自分のこと、家族のこと、過去のあれこれ、「大人になるとは」「生きるとは」といったことを思索している。ただ、そういう脳内の語りがずっと続いてしまうのは、読む側としてはちょっとしんどいところがあります。個人的には、「描写がいいな」「文章がいいな」とは思いつつも、「心躍る読書」にまでは至りませんでした。
もう少し読者を楽しませるというか、作品に強く引き込む何かが欲しいというのは、正直ありますね。
この主人公は、大学進学を機に上京し、以来一度も帰郷していないらしいですね。「故郷に帰りたいけど、帰れない」といったなことが何度も語られているのですが、その理由が今ひとつわからなかったです。
そこが読者としてはすごく知りたいんだけど、明確には示されていなかった。
なんとなくわかるのは、お父さんがすでに亡くなっているということと、実家の飼い猫ががんを患っていて、もう長くは生きられないようだということくらいでしょうか。
主人公には、大学進学を理由に、逃げるように家を出てきたような印象がありますね。
家族関係がうまくいっていなかったのでしょうか? 父親との間に確執があるとか。
でも、お父さんの思い出話は、むしろ心温まる感じでしたよね。「ご機嫌にお酒を飲む父さんが好きだった」「そういう大人に憧れがあった」「だからお酒を飲むことにも憧れていた」といったことが語られています。もし確執があるのだとすれば、お母さんとのほうなのでは?
お母さんを悪く書いている箇所も特になかったですよね。それどころか、上京祝いに高級な財布をプレゼントしてくれたとある。
このエピソードには、グッときちゃいました。口には出さない思いが込められているように感じて、すごく切ないです。
こういう、ちょっとした場面でのディテールの描き方は上手いですよね。
家族関係に問題がないのであれば、「帰りたいのに帰れない」理由は、猫に関することなのでしょうか?
先日お母さんから、「大変!にゃあの体調が――」という切迫した電話がかかってきていたらしいですが、実家の猫ちゃんはまだご存命なのでしょうかね? それとももう亡くなっていて、作品中で主人公と浜辺を歩いている猫は、実家の猫ちゃんの生まれ変わりみたいなものなのかな?
隻眼というところが共通するし、名前も同じ「にゃあ」ですよね。
いずれにせよこの喋る猫は、主人公の中で何かを象徴している観念的存在なのだろうなとは思うのですが、何を象徴しているのかは、ちょっとよくわからなかったです。
もしかして主人公は、いま実家に戻ると飼い猫の死に目にあいそうで、それが怖いのではないでしょうか? この主人公は、とても繊細な人物のようですから、「にゃあ」が死ぬのを間近に見るのが耐えられないのかもしれない。
でも、ラスト近くで、「帰らないよ。/僕はもう少しだけここで頑張ってみたい」と言っていますから、何かから逃げるために「帰らない」わけではないんじゃないかなと思います。「帰らない」ことは、主人公の意識的な選択なのではないでしょうか。ただ、何を「頑張る」つもりなのか、そこはよくわからなかった。何か自分の中に目標みたいなものがあって、それを果たすまでは帰らないと決めているのか。それとも単に、漠然とした「とにかく頑張ろう」という思いなのか。文章からは、ちょっと読み取れなかったです。
主人公は、人生があまりうまくいってないようですね。ただ、その「うまくいってなさ」がどういうものなのかが読み取りにくい。そもそも主人公の年齢すらわからないので、読み手としては、この寂寥感の漂う語りをどう受け止めていいのか、戸惑うところがあります。主人公は大学に入って間もないくらいの年齢なのか、それとも、大学を卒業して何年も経っているということなのか。それによって、読者の読み方も変わってきますよね。繊細で内向的であるがゆえに友達ができなくて悩んでいる大学生なのか、何年も社会人をやる中で夢破れたサラリーマンなのか。読む側としては、具体的な状況を知りたいです。
やっぱり、ヒントとなる情報がもう少し欲しかったですね。
ただこの、状況がよく分からない、けれどとてもセンチメンタル、という文章の中に、読者がそれぞれ自分にフィットする何かを当てはめて共感するというところはありますね。
主人公が、何かすごく苦しんでいるというのは、伝わってきました。具体的にどういう苦しみなのかはわからないですけど。
孤独感、寂莫感といったムードが、作品全体を覆っています。主人公がそういう思いに深く浸り込んでいるので、読む側も浸り込んで読める。文章力はすごくあると思いますし、光るものを感じます。だから、ほとんどストーリーのないような作品ですが、最終候補にまで残っている。
夏の終わりっぽい雰囲気の作品ですよね。このノスタルジー感は魅力的だと思います。
しかも、誰かの真似ではない、作者のオリジナルな表現がいろいろあって、そういうところもよかった。
凝った言い回しが文学的でしたね。「たった五パーセントのアルコールは、しかし僕が饒舌になる言い訳としては十分なものであったらしい」とか。
若さゆえの潔癖感みたいなものも、なんだか新鮮でした。「ビールの心地よい苦みに、原因不明の疎外感を感じた」、といのは、要するに、「焼きそば食べてビール飲んで、『うまい!』と思った瞬間、俺は汚れた」ということ?
はい。「薄汚い大人に、俺もなってしまった」ってことでしょうね(笑)。「言い訳がましい言葉ばかり言って、自己嫌悪を免罪符にして、人間は腐っていく」みたいな語りを読んで、「この主人公、若いなあ」と感じてしまいました。
こういう「青さ」を、陶酔しすぎと感じて苦手にする読者もいるとは思いますが、私は楽しんで読めました。「ああ、若い頃ってこうだよね」と。ただ、やはり今のままでは、小説というか、エンタメとはちょっと言えないなとは思います。今後の課題はそこでしょうね。
そうですね。雰囲気はすごくあるし、文章もうまいのですが、まだ小説の体を成していないというか、基礎ができていない感じがありました。ただそこは、勉強して獲得できる部分でもありますからね。これからいくらでも身につけていけます。
この作者にはまず、小説の型を学ぶところから始めてみてほしいですね。「型」に沿った物語を作ることを意識する。それだけで「小説らしさ」は格段にアップします。
そして、基本設定ですね。今はいつで、ここはどこで、主人公は何歳で、何をしている人なのか。主人公は今どういう状況にいて、過去には何があったのか。そういうことをあらかじめ、頭の中でかっちりと決めておいたほうがいいです。作中に出す・出さないは別として。
例えば主人公の目の前にある海が、日本海なのか沖縄の海なのか。文中に「沖縄」という語句を一度も出さずとも、自然に海の描写は違ってきます。
作者の中で設定が決まっていたら、描写も自ずと、それに沿ったものになります。だから、小説を書き始める前に、物語の土台の部分は整えておいてほしい。きちんと設定したうえで、あえて書かないということなら、それはそれでいいんです。
あまり情報を出し過ぎても、説明過多になってしまう。でも、読者が迷子にならないよう、読み筋を示すための、最低限の情報は必要です。そこの選別ができるようになってくるといいですね。
そういうことを意識しながら書くとなると、たぶん最初の内は、つい説明くさくなっちゃったりすると思います。「読者にわかってもらえないかも?」と不安になって、あれもこれもと説明してしまったりして。でも、このあたりの匙加減は理屈より体感に近いです。どれくらいの緩急が読んでいて心地いいか。退屈させず、過不足なく情報を伝えることができるか。数を書き、読書経験を重ねるうちにコントロールできるようになってくると思います。すぐにはうまくできなくても気にしないで、書き続けていってほしいなと思います。具体的な勉強方法の一つとしては、新聞をじっくりと読んでみるのがお勧めです。5W1Hがはっきりしているので、参考になると思いますよ。
そんなに難しく考える必要はないはずです。この作者なら、すぐにコツをつかんでくれそうな気がする。
そうですね。設定を作って、プロットを立てる。そういう、ほんとに基礎的なことをやるだけで、この作者はあっさりレベルアップするのではと思います。文章とか描写とかは、現状でも上手いので。
この作者はきっと、文章を書いたり、深く思索したりするのがお好きなんだろうなと思います。小説に対する熱い思いを、すごく感じますよね。
はい。静かな作品を書いているようでいて、実は内側にグワーッとたぎるものを持っていらっしゃるのではと思います。今はまだ、ちょっと空回っている感じではありますが、純粋にスキルやテクニックの問題だろうなと思えるので、そんなに心配はいらないんじゃないでしょうか。テクニックみたいな外側の部分は、後からいくらでも磨いていけます。でも、書き手の内側に何かがないと、小説は書けませんからね。この作者さんはとてもいい感性を持っていると思いますので、そこを大切にしながら書き続けていってほしいですね。