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選評付き 短編小説新人賞 選評

『あみちゃん』

御厨佐代子

  • 編集A

    タイトル通り、「あみちゃん」というスナック勤めをしている女性について、細かいエピソードを積み重ねて描き出している小説です。読んでいると、「ああ、あみちゃんって、多分こんな人なんだろうな」というのが脳裏に浮かんできますよね。

  • 編集B

    いろんなところがズレていて、周囲から無下な扱いを受けているんだけど、それほど気にしている様子はない。純粋なんだけど、自分に都合のいい嘘も平気でつく。「ああ、こういう人、いるな」って思います。

  • 編集A

    こういう人物を、ゼロから造形しているのならすごいことなのですが、あまりに具体的なので、「モデルがいるのかな?」とも感じました。この作者には観察力があるように思えますので。

  • 編集B

    このお話は一人称で書かれていますよね。物語の主役は、この語り手であると思っていいのかな? それとも、語り手の目を通しながら、あくまで「あみちゃん」を描いているということなのでしょうか? 作者としてはどちらのつもりなのかということが、やや分かりにくかった。どちらのスタンスで書いているのかによって、これがどういうお話なのかが変わってきますから。

  • 編集A

    ラストのところが、語り手自身の気持ちで終わっていますから、やっぱり主役は語り手と見ていいんじゃないでしょうか?

  • 青木

    このラストの、「あみちゃんに似ていると感じる芸能人のまぶたが二重で、安堵した」というオチは、私はなんだか好きでした。

  • 編集C

    最初のほうに出てきた、「あみちゃんにとって人間は、二重か二重じゃないかが全てだった」というところと、つながってますよね。ただ、あみちゃんにとってそんなにも重要な「二重」が、この最初と最後以外のところにはほぼ出てきません。話の途中でも、もう少しこの要素を散らしておいたほうがよかったんじゃないかな。

  • 編集D

    そうですね。あみちゃんの「流産」とか「訴えてやる」とかって展開を読んでいるうちに、二重がどうのというところを忘れてしまう読者もいると思いますので、途中にも少し入れておいたほうが、モチーフやテーマが一貫すると思います。

  • 編集A

    ヒロくんの本命のリオさんについて、あみちゃんがしょっちゅう、「あの人、二重でもないくせに」って悪口を言うとかね。

  • 編集B

    話を戻しますが、もしこれが「あみちゃんの物語」なのだとしたら、終盤の6枚ほどは不要ではないかと思います。語り手自身も、「これがあみちゃんの物語だったなら、『理解なき友人A』としての私の出演はここまでだ」と言っていますから。でもこれが、「一時期あみちゃんと関わった主人公の物語」なのだとしたら、あみちゃんとのエピソードによって主人公がどう変化したかを、ラストでもう少し明確に見せてほしいところです。「あれから五年以上が経ちました」という世界が描かれているのですが、その現在の主人公がどういう状況にいるのか、ほぼ描かれていません。

  • 編集D

    大学は無事卒業できたのかな? 今は何の仕事をしているのでしょう? 五年以上たって、結局いま何歳ぐらいなのでしょうか? そういうことが、語りの中に全く出てきませんね。

  • 編集A

    牛丼屋に入っているということは、そんなに裕福ではないのかもしれませんね。流行りのメイクに疎くなっているらしいのも、社会で華々しく活躍しているわけではないことを暗に表現しているのかな……とか、推測できなくもないのですが、手掛かりとしてはちょっと薄すぎるのでは。べつに隠すようなことでもないですし、これを主人公の物語として終わらせるなら、彼女の現状については、もう少し情報を出してほしかったですね。読者としても、すごく気になるところです。

  • 編集B

    そこのところは、この物語において、実はかなり重要な点だと思います。「そういえば、あみちゃんっていう、いろいろダメダメな子がいたよなあ……」と思い返しているとき、現在の主人公自身は充実した人生を送っているのか、それとも落ちぶれているのか。それによって、この話は全然違うものになってくるからです。

  • 編集D

    主人公が幸せに暮らしているのなら、純粋に「あみちゃん、どうしてるかな。この世情では心配だな」と思ってもそう不自然ではない。でも、主人公自身もうまくいかない人生を歩んでいるのだとしたら、「削られていくのだろう。あの店も。あみちゃんの仕事も」という思いには、心配だけではない、もっと複雑な気持ちが絡んでいるはず。

  • 編集B

    手掛かりが示されていないので、どちらなのか、それは分からないんです。わからないんだけど……うーん、なんとなくの感触としては、主人公もそれほどいい人生は送れていないような気がする。だとしたら、あみちゃんのことを心から心配する気持ちの余裕は、おそらくないんじゃないかな。

  • 編集E

    実際、「冗談みたいなメイクだったよな」って、失礼とは思いつつも笑ったりしています。五年以上たった今、当時を振り返って、「あの時、自分がもっと親身になってあげればよかった」と本気で悔いているようには、あまり感じられない。

  • 編集D

    そうなると、ラストの「ああよかった。あみちゃんを傷つけなくて済む」と安堵しているところが、なんだか不自然に感じられませんか。そこだけ急に「いい人」になっているみたいで。主人公の心情の流れが、あまりうまく飲み込めなかった。

  • 青木

    確かに。主人公の現況と、気持ちのスタンスに関しては、もう少し明確にしたほうがよかったのではと思います。正直、私としては、「主人公もうまくいっていない」ほうがいいなと思いますね。そのほうが話に深みが出ますから。

  • 編集B

    例えば、結局大学は中退して、就職もうまくいかなくて、お金もない、恋人もいない、歳だけはどんどん取っていく……と、そこまで不幸のオンパレードにしなくてもいいですが、とにかく年月を経ても人生はひらけず、「昔はあみちゃんのことを、正直少しバカにしていたんだけど、今の私だって大差ないな。人のことを言えた義理じゃなかったな」と苦く後悔するというのであれば、話にまとまりが出ます。また逆に、「私もうまくいってないけど、あみちゃんなんて、おそらくもっとひどい人生を送ってるよね。それに比べればマシかな」と思うのでもいい。

  • 青木

    「私はまだ最底辺じゃない」「下には下がいる」と思って安堵するわけですよね。あまり気持ちのいい終わり方とは言えませんが、人間の偽らざる心情としては理解できます。

  • 編集B

    いずれにせよ、「主人公が、主人公自身をどう思っているのか」を描くことにより、この作品は「主人公の話」になります。でも現状では、「あみちゃんは〇〇だ」「あみちゃんは××だ」と、主人公の口を通してあみちゃんを語るだけに終始している。では、主人公自身はどうなのか。人のことばかりあれこれ言ってるけど、そういうあなたは今どんな人生を送っているの? という疑問が、どうしても浮かんできてしまう。この主人公に、自分自身を見つめるまなざしがなかったのは残念でした。

  • 編集D

    反省していい人になれとか、そういうことではありません。「私はあみちゃんほど落ちぶれていない」と思うのでもいいし、「こんなことを考える私、性格悪いな」でもいいんです。「あみちゃんは」とか「世界は」みたいなことを超越した目線で批評するのではなく、自分自身に目を向けて語らせててほしかった。もしこの作品が、語り手である主人公の物語であるのなら。

  • 編集C

    この主人公は、思い込みが強いというか、ちょっと決めつけすぎなところがあるように感じます。「私がもっとちゃんと諭してあげればよかった」「誰かが救いの手を差し伸べていれば」と言っていますが、こういう発想自体、なんだか無意識的な上から目線のように感じます。あみちゃんはべつに、「あのとき、誰かに諭してほしかった」とは思っていないのでは?

  • 青木

    「聡明な人が増えるほど、あみちゃんの居場所は失われていく」ということを、暗澹たる思いで語っている様子なのですが、でもこれだと、「聡明な私が、聡明でないあみちゃんを、あのとき救ってあげたらよかった」というような文脈にも受け取れてしまいます。書き方の問題かもしれませんが、ちょっと引っかかりますよね。

  • 編集B

    作品のあちこちで、主人公の傲慢さみたいなものが、ちらっと透けて見えてしまっている。それを意図して描こうとしたのなら、これでいいんです。でもたぶん作者は、「傲慢な主人公」という設定で書いているつもりはないんじゃないかなという気がします。「おバカなあみちゃん」を丁寧に描き出しているうちに、図らずもこうなってしまったのかもしれないですね。ただ、今のままでは、「バカなあみちゃんは、自滅を繰り返して、人生がどんどん行き詰まっている」というだけの物語になっている。これではあまりに救いがないし、物語としてもまとまっていないと思います。

  • 編集A

    あみちゃん、主人公が言うほど、ほんとに人生行き詰まってるのかな? どこかでたくましく生きてるようにも思うのですが。

  • 編集B

    「リルカ」っていうキャバレーは潰れたかもしれないけど、意外と今度は別の仕事とかで、元気に働いてたりするかもしれないですね。

  • 青木

    そこの看板娘(?)だったりしてね(笑)。幸せに暮らしてるかもしれないですよね。

  • 編集A

    でも、あみちゃんは経験から学ばない人だから、またしても同僚と不倫とかしていそう(笑)。職場のパート仲間と店長を取り合ったり。

  • 青木

    それもあみちゃんらしいですよね。ていうか、明るいぽっちゃりさんって、割と人気者だったりしません? スナック勤めをしていた頃、「あみちゃんには指名がなかった」というのは、ちょっと腑に落ちない感じもありました。私は、あみちゃん、好きですよ。憎めないキャラですよね。ちょっとダメだったりズルかったりするところも全部ひっくるめて、すごくかわいいなと思います。

  • 編集A

    私もです。だから、「誰もかれもが、そしてこの世界までもが、あみちゃんを利用して否定して潰していく」みたいな描き方には、ちょっと疑問を感じました。我々だけでなく、あみちゃんを好きな人が、この作品世界の中にいてもおかしくないと思う。

  • 編集B

    あみちゃんがただただ堕ちていく、という話のまま終わるのが、どうにももったいないですよね。

  • 編集C

    小説において、ラストをどう締めくくるかは書き手の胸ひとつだと思うのですが、あみちゃんみたいな底辺で生きている人、社会的弱者みたいな人が、ただ潰れて消えていくというような描き方には、やっぱり引っかかりを感じました。もう少し寄り添って書いた方が、話に奥行きが出るのでは。

  • 編集A

    同感です。それに、このあみちゃんのキャラクターなら、「どっこい生きてる」みたいな終わり方のほうが似合うんじゃないでしょうか。読後感もよくなりますしね。

  • 青木

    例えば、「あのとき、自分があみちゃんに手を差し伸べてあげていたら……」とか思いながら主人公が半額デーの牛丼屋さんに入ったら、そこで楽しそうに働くあみちゃんにバッタリ出くわすとかね。あみちゃんのほうは主人公のことなんて全然覚えていなくて、笑顔で「いらっしゃいませー!」って。

  • 編集D

    自分が救ってあげなきゃとか思ってたけど、そんなの余計なお世話で、大きな勘違いだった。むしろ、あみちゃんの生命力にはとてもかなわないとつくづく思った、とかね。そういう展開なら、話に客観性が生まれますよね。

  • 編集B

    そういった客観性を出すためには、主人公を超越的な傍観者にしないで、いちキャラクターとして扱ったほうがいいと思います。もう少し詳しく人物設定を用意して、作品中に情報を出したほうがいいですね。現状では、大学の学費を稼ぐためにスナックでバイトをしていたことがある、という以外のことが、何もわからない。大学では何を専攻していたのかとか、将来の夢は何だったのかとか、そういうことをもっと知りたかったです。

  • 編集F

    設定について言うと、スナックの様子も、田舎の場末の店ということらしいですが、割とキャストも多そうだし、けっこう大きめのキャバクラのようにも思えます。語り手が言うほどには「ショボさ」が感じられなくて、イメージしづらかった。

  • 編集D

    あみちゃんの人となりについてのディテールは、ものすごく鮮やかに細やかに描写できていましたよね。それだけに、「あみちゃん」以外の物事に関して、意外に描写が曖昧なところが多いのは気になりました。作者のスキルは十分あるのに、描写の熱量があみちゃんだけに集中している。ちょっとバランスが取れていなかったですね。

  • 編集C

    あみちゃんの部屋の描写が、すごくリアルで上手いなと思いました。ぐちゃぐちゃな散らかりようとか、床のべたつき感とか。

  • 編集B

    「マルゲリータ希望」と伝えたのに、なぜかプルコギのピザが用意されてたりね(笑)。細かいエピソード作りも本当に上手だと思います。ただ、終盤で「コロナ」を出したことで、これがいつの話なのかがかなり明確に特定されてしまいますよね。それがいけないわけではありませんが、文化・風俗などをあまり具体的に出してしまうと、何年かたった後、作品そのものが古い印象になったりします。その時代でなければならない強いテーマ性がなければ、もうちょっと違う書き方を工夫してみてもいいかもしれませんね。また、作中に出てくるメイクとかは、少し古めかなという感じで、作中の時間経過を考えるとズレがあるように思いました。

  • 編集D

    時代感を出すために意図的にそう描いているのかもしれないけど、具体的に出す以上、時代考証をきちんとしないと流行に詳しい読者は気付きますし、逆に流行に詳しい読者ばかりでもないですからね。表現したいことが、より多くの読者にしっかりと届く書き方になっているかどうか、もう少し意識してみてほしいです。

  • 編集F

    それにも通じる話なのですが、人物描写をするときに、芸能人の名前を出して「〇〇に似ている」というような書き方をしていますね。でも、有名人に抱くイメージというのは個人によってまちまちですから、こういう書き方ではキャラクターが逆に伝わりにくいと思います。固有名詞に頼って、雰囲気をなんとなく匂わせて済ませるのではなく、言葉を駆使して表現することを心がけてほしいです。

  • 編集B

    あと、終盤のブロックに、あみちゃんと再会した場面が入っていますが、主人公が記憶の中のあみちゃんに思いをはせて終わるという展開にするなら、「五年以上が経過した後」のところには、もうあみちゃんは登場してこないという書き方にしたほうが、物語として引き締まったと思います。
    それから、一ヵ所、名前が「あみ」ではなく、「まき」になっているところがありました。単なるケアレスミスかなとは思いますが、推敲は終えたと思った後も、もう一度だけ読み直してみてほしいですね。

  • 編集D

    気になるところは、ちょっと多めでしたかね。でも、書き慣れている方のようにお見受けしますので、評を読めばすぐに修正してくれそうだなとも思います。タイトルロールの「あみちゃん」に関する描写は、とにかく素晴らしかった。このあみちゃんの解像度の高さを、作品全体に広げてもらえたら、完成度は一気に上がるはず。この作者さんならそれほど難しいことではないのでは、と感じますので、期待して次作を待ちたいですね。

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