編集B
とても面白く読めました。中でもやはり、不運続きの店長がついにおかしくなってしまうところ。最高に笑えましたね(笑)。
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第220回
『真夏のキョウキ』
陶山ロシ
とても面白く読めました。中でもやはり、不運続きの店長がついにおかしくなってしまうところ。最高に笑えましたね(笑)。
あの場面は、私も大好きです(笑)。モナミちゃんへのイライラが頂点に達したとき、「ついに殴るのか!?」と思ったら、自分の頭をトレーでバコバコッて。
どんなにひどい目に遭わされても、やっぱり人を傷つけられないんですよね。主人公の性格が如実に伝わってくるエピソードになっていたと思います。この話、主人公の気持ちになって読むと、胃がキリキリしますね。なんかもう、かわいそうで。
こういう人、いますよね。人に厳しいことを言えなくって、気を遣って気を遣って、どんどん消耗していく。
そういう性格だから、たぶん前の会社でも上手くいかなくて、脱サラするしかなかったんでしょうね。主人公の人となりと現在の状況がちゃんとつながっていて、説得力がありました。
なのに、脱サラして始めたお店でもまた、自分勝手なバイトの子に振り回され、神経すり減らすことになっちゃう。かわいそうなんだけど、面白い。
ただ、普通のサラリーマンが脱サラしてカフェを始める際に、コックを雇ってウェイトレスも雇ってというのは、ちょっと考えにくい。設備投資とか、初期費用にかなりの金額を費やしてるはずですよね。しばらくは人を雇う余裕なんてないんじゃないかな。しかも、ラストでは移動販売車まで購入して新たなビジネスを始めています。どこにそんなお金が? と思えて、引っかかりました。
そのあたりに関しては、ちょっとリアリティがないかもしれませんね。まあでも、本質的な問題ではないので、修正はしやすいかなと思います。
ラストもなんだか、話がすっきりオチていないように感じました。急に、離婚した奥さんと娘さんが現れたりして。なんだかいい話風に終わっているんだけど、脈絡がない。
でも、希望のある終わり方だとは言える。あんな大騒ぎの後、主人公はどうするんだろうと思っていたのですが、「移動販売車でコーヒーショップを始めた」というのは、いい展開だなと思います。やっと自分に合った仕事を見つけて、心の安定を得たわけですよね。そこへ別れた妻と娘が訪ねてきて、というのは、甘い終わり方かもしれませんが、すぐさまよりを戻すわけでもないでしょうし、ちょっとした希望が感じられる程度の締め方になっていて良かったと思います。
ただ、それにしても奥さんと娘さんの登場が、あまりに唐突ですよね。それまでは、主人公の過去事情の説明の中にちらりと出てくるだけの存在だったのに。例えばこの元奥さんが、月に一度カフェにやってきては、コーヒー飲みながらポツポツおしゃべりして帰っていくとかだったら、ラストもそんなに不自然ではなかったのですが。
書かれてはいないですけど、たぶんこの元奥さんは、世渡りの下手そうな主人公のことを、今でも気にかけているんじゃないかな。遠くから見守る感じで。
ラストで実際に登場させるのであれば、そういった元奥さんの人となりなどは読者の感想にゆだねすぎず、もう少し書いておく必要があったと思います。現状ではなんだか、話にオチをつけるために、必然性のない人物を出してきたように感じられてしまいます。
確かに、とってつけたような感じは、ちょっとありますね。
私もこのラストには、やや引っかかるものを感じました。別れた妻と娘がいい雰囲気で現れて、というのは、少し安易というか、簡単にほっこりできる方法だなという印象が強い。そういうものを使わないで話を締める別のやり方が、何かあったような気がします。
個人的には、クライマックスの「フギィ──! フギィ──!」の後の部分は、蛇足だなという感じがします。むしろラストは削って、「フギィ──! フギィ──!」のところでもっと爆発させたほうがいいと思う。モナミの頭をつかんで窓ガラスにぶち当てるとか、裸になって外に飛び出して車に轢かれるとか。いい人が、限界を超えてブチ切れて、とうとう壊れましたっていう狂気オチでもよかったのにと思います。「フギィ──! フギィ──!」のところで、せっかく異常なテンションにまで盛り上がってくれたのに、その後は急にスンッと静かになって話が終わっちゃって、少々物足りなかった。
私は、狂気エンドよりは、現状の終わり方のほうがずっといいと思います。結局主人公は、他人に強く出たり傷つけたりといったことは、どんな状況であってもできない人なんだろうと思います。たとえブチ切れた状態でもモナミを攻撃することなど到底できず、思わずやってしまったのは、自分の頭をボコボコにすること。こんな事態になってもまだ、抑制が利いている。なんかもう、すごく悲しいですよね、いい人過ぎて。ラストは個人的には、落ち着きを取り戻した主人公が、過去のあれこれをしみじみと思い返しながら、「俺はもう、そういう風に生きることしかできないんだな」と自分を受け入れる、という流れにすれば収まりが良かったのではと思います。狂気オチには、私は賛成できないですね。それならまだしも、今のままのほうがいい。急に元妻や娘が出てくるのは唐突過ぎるなとは感じますが、希望のある終わり方という方向性はいいと思う。このかわいそうな主人公には、わずかでも救済されてほしい。でもやはり欲を言えば、モナミとのひと悶着があってこそたどり着いた境地、みたいなものが、ラストに絡んでいてほしかったです。
ラストを、しみじみした感じで締めくくるのなら、むしろ「フギィ──! フギィ──!」はなかったほうがいいような気がする。ここの前後で話のテンションが違い過ぎるので、なんだか違和感を覚えます。
でも、もうまともな言葉が出てこないくらい、主人公は頭が真っ白になっているのであるということが、よく出ている場面だと思います。何も言えなくなるというところに、主人公の哀しさや悔しさが凝縮されている。
だから、どうにか救われてほしいと思っちゃいますよね。元嫁と娘の存在は、その救いになりうると思います。
ラストは現状のままでもいいから、せめて元嫁と娘を、話の途中に出しておいてほしかった。そういうちょっとしたことで読者の受ける印象は変わるのにと思うと、惜しいです。
あるいは、最後にちょっと不穏な展開になってもよかったですね。移動販売が意外とうまく軌道に乗ってきたので、「そろそろ、バイトの女の子でも雇おうかと考えている」ってところで終わって、読者が「ダメじゃん!」ってツッコミを入れるとか。
主人公には救われてほしいですが、ラストであんまり成功してほしくはないかな。かわいそうですけど、この主人公に「成功」は似合わないと思います(笑)。ラストで主人公には、田中君に店を譲ってほしかったですね。そしたら、自分が経営しているときよりも大繁盛して、モナミも案外いいウェイトレスになって。「あ、自分じゃないほうが、すべてうまくいくんだ」ってちょっと寂しく思いつつ、でも田中君の成功は心から喜んでいる。で、自分は細々と移動販売を始めて、そんなに繁盛はしてないけど、心の平安は得られた……みたいな。そのくらいの展開が、この主人公には似合っているかなと思います。
まあでも、これほど読み手によっていろいろな意見が出るということは、やっぱり現状のラストはあんまりうまくいっていないということでしょうね。後はもちろん作者の好みも重要ですので、今出た意見を参考にしつつ、再考してみてほしいですね。
でも、キャラクターの描き方は、非常にうまかったと思います。私、コックの田中君、大好きです。料理の腕はいいし、ガタイもよさそうだし、そのうえ妙に余裕があって、若いのに世慣れてる感じですよね。なんだかかっこいい。
頼りになりますよね。この人あっての、この店です。上司である主人公にも、遠慮なくポンポンものを言ってくる。でも、だからってバカにしてるわけでもないですしね。
いい奴ですよね。主人公が失神した後、ソファに寝かせて、目が覚めるまでのんびり煙草をくゆらせているところなんて、すごくよかった。ドタバタ騒ぎが頂点に達した後で一転し、薄暗い室内で二人が静かに会話する場面、とても好きでした。
で、ちゃっかりモナミちゃんと付き合うことになってたりね。
私は、モナミはすごく嫌でしたね。というか、登場人物の誰にも、ちょっと共感できませんでした。
僕も共感はしなかったですけど、でも話としては面白かったですね。
モナミの嫌さ加減は、確かにものすごいと思います。とんでもなく自分勝手だし、注意されてもこれっぽっちも反省しないし。頑張って働いて買ったジバンシィのスーツを台無しにされたら、そりゃあ、おばちゃんたちだって怒りますよ。
しかもモナミちゃんは、「アウトレット?」って、鼻で笑うんですよね。これは誰だってムカつく(笑)。
でも、どんなに怒られても、まったくダメージを受けてませんよね。なんという神経の太さ。それに比べて、主人公はすっかり気が動転しちゃって、「謝りなさいな」なんて変な言葉遣いに(笑)。
よくぞここまでひどいバイトの子を引き当てたというところにまた、主人公の不幸さが表れてますよね。
でも、主人公にも責任はあるんです。採用の決め手が、「ポチャポチャした二の腕とエクボがかわいかったから」って(笑)。ちゃんと選ばないから、こんなことになっちゃった。
そういうちょっと残念なあたりでまた、主人公の人となりがうかがえます。でも、人としてかわいいし、憎めないですよね。人物の描き方がとてもうまいなと思います。
はい。情報の出し方や、登場人物への輪郭のつけ方が秀逸でしたよね。
ただ、モナミちゃんがあまりにも性格が悪いキャラのまま話が終わるのは、少々気になります。最後にちょっとくらい、いいところもあるんだよという演出がほしかった。例えば、「フギィ──!」の後で主人公が目を覚ましたとき、田中君が「モナミちゃんがすごく心配して、それ、店長にって」と指さす先を見たら、なぜか豆腐が置いてあったとか。
なるほど。ピントがズレているところがいいですね。
あまり好きになれない人物ではあるんだけど、嫌な人なりに、愛すべきところも少しはあるんだよという描き方にしたほうが、キャラクターがもう一段立ち上がってくると思います。
おばちゃん軍団なんて、まさにそうでしたね。最初、好き勝手にふるまう「嫌なキャラ」として出しているのかと思いましたが、実は、頑張って地道に働いている真っ当な人たちでした。怒ったまま退場していきましたけど、嫌な気はしなかった。
全体に、語り口にユーモアがあって、そこもすごくよかった。何度読み返しても笑えます。嫌な人物が登場して、大変なことが起こってるのに、楽しんで笑いながら読める。
エンタメ作品になっていましたよね。描写の中に、読者を楽しませようというサービス精神があふれています。
シリアスとコメディのバランスがうまく取れていると感じました。オチの付け方だけがちょっと気になりますが、そこを除けば、完成度はとても高いと思います。文章は読みやすいし、書きたいことがちゃんと整理されていて、過不足なく書けている。細かいエピソード作りも上手ですよね。とある猛暑の日、エアコンの切れた室内で、暑さと苛立ちがじりじりと高まっていく中、どんどん事態が悪化し、主人公の正気のタガが外れていく。とても臨場感のある話で、引き込まれて読めました。
キャラクターの解像度が高いのも、すごくよかったと思います。受賞後にどんな作品を書いてくれるのか、とても楽しみですね。