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とても引き込まれて読めた作品でした。私はイチ推しにしています。
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第220回
『紙ヒコーキは君をのせ、』
阿部凌大
とても引き込まれて読めた作品でした。私はイチ推しにしています。
私もこの作品、大好きです。すごくエモいですよね。
主人公と五十嵐君が、一生懸命に飛行機を作っていくという、その描写の積み重ねに惹きつけられました。ほんとは主人公は、さほど飛行機作りに興味があるわけではなかったんだけど、五十嵐君の打ち込みようがもう半端なくて。その熱意に当てられて、いつのまにか夏休み返上で協力することになってしまうんですよね。がんばっている奴を放っておけない主人公は、とてもいい子だなと思います。
私はとにかく、何かものを作る描写とかが大好きなんです。それまで特に親しいわけでもなかった高校生の男の子二人が、ふとしたきっかけで、汗まみれになって一緒に飛行機を作り上げるなんて、すごくいい話だなと思いました。
ただ、この二人はクラスも別だし、本当に今まで特に接点はなかったんですよね。なのに、ちょっと会話をしただけで、「じゃあ一緒に作ろう」と誘われ、なぜか主人公も断らず、そのまま飛行機作りが始まってしまう。この展開があまりに唐突で、私は作品に入り込めなかったです。
私もです。冒頭シーンの成り行きに、納得感が足りなかったと思います。最初の段階でつまづいてしまったので、気持ちをうまく乗せて読めなかった。高校三年生ということは、高校生として最後の貴重な夏休みになるわけですよね。いろいろやりたいこともあったんじゃないかと思うのですが、友人たちの遊びの誘いもすべて断り、毎日汗だくになって、親しいわけでもない五十嵐君の飛行機製作に協力している。材料費を半分出そうかとまで言ったりしている。どうして主人公がここまで親身になってあげるのか、腑に落ちませんでした。
最初にもう少し、二人の関係性とか、主人公が五十嵐君をどう思っていたのかを描写しておいてくれたら、よかったのですが。
確かに。主人公は最終的には、五十嵐君の命が燃え尽きるのを目撃するほどの強い関わり方をするわけですから、主人公が五十嵐君に思い入れる理由のようなものが、もう少し盛り込まれていてほしかったですね。「かわいそうだな」でも「いい奴だな」でも、なんでもいいんです。主人公と五十嵐君の心をつなぐエピソードが、何か欲しかった。主人公が五十嵐君に気持ちを寄せるからこそ、読者も五十嵐君に気持ちを寄せることができ、ラストの展開が胸に刺さるものになるわけですから。
ただ、このラストの展開は、ちょっと受け止めにくいのでは。高校生の男の子が、手作りの紙製飛行機に乗り込んで、自由自在に飛び回るんだけど、最後には火だるまになって燃え尽きて死んじゃう……って、これ、現実の話と思っていいんでしょうか? 僕は最後のあたりは、「もしかしてファンタジー?」と思いながら読んでいました。実は途中から主人公の妄想の世界に移行していたとか、「五十嵐が死んでしまった!」と思って跳び起きたら夢だったとか、そういう展開になるのかなと。でも読み終わってみると、そうではないらしい。
根本的な疑問なのですが、人間が乗りこんで空を飛べる飛行機を、紙だけで作ることは現実に可能なのでしょうか?
この飛行機には、紙製のエンジンらしきものが積まれているらしい。ということは、グライダーのように滑空するものではないんでしょうね。エンジンを回して、スピードと浮力で空を飛ぶ。でも、燃料はどうするの? 紙製なら、ガソリンなんて使えませんよね。それとも、ゼンマイ仕掛けみたいな構造なのかな? そもそも、いくら細かい部品から手作りするとしても、実用性のあるエンジンを紙だけで作れるものなのでしょうか?
紙だけで作られた精巧な機械とか、丈夫な家具とか、実際あるにはありますけど、飛行機のエンジンともなると……どうなんでしょう?
五十嵐君は「原理的には可能」と言っていますが、これは本当なのかな? それとも、「この作品中では、そういう設定になっている」ということでしょうか? そのあたりもよくわからない。
だから、「もしかしてファンタジー?」等と思ってしまうんですよね。でも、ファンタジーとして読むには、ディテールが細かい。
飛行機を作る場面が延々続きますよね。「紙飛行機」とはいっても、折り紙式ではなく、紙を材料にして細かい部品をすべて一から作る、というやり方です。紙を細く切り、編み、水を通して乾かし、成形してヤスリで磨いて……と、製作作業の描写は真に迫っています。そこはすごいなと思いました。もしかしたら作者は航空力学に詳しくて、本当に「原理的には可能」なのかもしれない。ただ、素人が読むとどうしても、「……これってどこまで現実の話なの?」という疑問が湧いてきてしまいます。
どうして五十嵐君がここまで「紙製」にこだわるのかも、よくわからなかったです。機体の窓代わりにするガラスのようなものまで、紙で作ってましたよね。いくつもの薬品を使って紙を煮溶かしてましたが、希塩酸以外の、「カタカナやアルファベット」の薬品が何なのかは書かれていない。この薬品の具体名でも出してくれていたら、リアリティがぐっと増したと思います。なんだか、ディテールが細かい反面、肝心なところで描写がぼかされている印象がある。
もし、紙オンリーで飛行機を作ることが現実に可能なら、しっかりとした説明を入れてほしかったですね。もちろん、専門用語を並べられても、素人である読者が全てを理解することは難しいでしょう。でも少なくとも、「ああ、本当に可能なんだな」ということは伝わると思います。一方で、もし「紙飛行機で空を飛ぶことは、現実には不可能」であっても、こういう話を書いてはいけないわけではないです。小説なのですから、「可能なのかもしれないな」と読者に思わせられればそれでいい。荒唐無稽な話であっても、読者を納得させられるのなら、それでいいんです。現状ではそのあたりがあまりうまくいっていないので、読者が「これって現実? ファンタジー? どっち?」と迷ってしまいましたね。
そもそも、部分的な作業の描写は綿密に書かれているのに、肝心の飛行機の姿が見えてこない。形も分からないし、大きさも分からない。読んでいて、非常にもどかしいです。高校生の男の子たちが、夏じゅうかけて飛行機を手作りする話なんて、映像が浮かべばワクワクしながら読めたはずなのに。
いよいよ飛ぶというところの坂道の場面も、周囲の様子がほとんどわからないですよね。背景とか情景を描写するというところにまで、まだあまり意識がいっていないのかなと思います。作者の頭の中に映像があるのなら、ぜひそれを、読者にわかるように伝えてほしいですね。
二人で押して運んでいるので、「長い坂道」は、作業場の車庫からそんなに遠い所ではないと思います。町にほど近い坂道から、試運転もなしに、素人製作の飛行機がすんなり飛び立っている。しかもそれを、五十嵐君は自在に操縦しているみたいに見えるし、かなり長時間飛んでいるようにも思える。せっかくのクライマックスシーンなのですが、どうにも現実味がなくて、やっぱり入り込めませんでした。すごく残念です。ほんとなら、もっと泣けるシーンだったはずなのに。
これ、こんなに本格的な飛行機じゃなくて、鳥人間コンテスト的な機体にしてもよかったのではないでしょうか。ハリボテみたいな不格好な外観で、動力源の自転車を必死に漕いで漕いで、ようやくフワッと浮き上がるような。
で、すぐに落ちてベシャッて潰れるような ……。私も同感です。だって飛行機なんて、素人が順序良く作り上げて、一発でうまく飛ばせるような、そんな簡単なものではないのではないでしょうか。試行錯誤を繰り返して、何度も何度も失敗して、それでも懸命に頑張って……というところこそが、こういう「物作り」系の作品の読みどころだと思います。
むしろ、全然かっこよくない飛行機もどきを夢中になって作っている高校生の男の子たち、という話のほうが魅力的だったのではないかなと個人的には思います。かっこ悪いほうが、逆にいい。現状では、すべてがうまくいきすぎだし、破滅の結末もきれいすぎるんですよね。このラストには、けっこうびっくりしました。「え、五十嵐君、本当に死んじゃったの?」って。
五十嵐君がなぜ死ななければならないのか、その理由もよく分かりませんでした。身体に無数の傷跡があり、どうやら母親に虐待されているらしいことが匂わされていますが、それが自殺の原因なのでしょうか?
高校三年の男の子が、母親からの身体的虐待を甘んじて受けているというのも、どうにも不自然に感じますね。
お母さんを思いやるあまりに無抵抗でいるのかもしれませんが、息子が自殺することのほうが、よほどお母さんには打撃ですよね。
お父さんが亡くなって、シングルマザーで生活が苦しくなったので、辛くなって子供を虐待するという構図も、創作としてはちょっと安易だなと思います。
どうしても虐待を話に盛り込むのであれば、五十嵐君の過去や生活状況、内心の葛藤などを、もっと描くべきだったと思います。それでもまだ、「本当に死ぬ必要はあったのか?」という点は引っかかりますけどね。どんなに無謀でもかっこ悪くても生きるほうが美しいと私は思いますし、亡くなるのであれば、必然性が欲しかったです。作者の死生観に関わってくることなので安易には言えませんが、死を書くならそのあたりは自分の中でいったんは掘り下げてほしいですね。少なくとも小説においては、死んで終わりにしてほしくはなかったです。
ただ、おそらく作者は、五十嵐君が流れ星のように輝いて燃え尽きて死んでいく、このラストをこそ書きたかったのではないかと思うのですが。
「結局俺は、どっかで燃え尽きたかったんだ」という五十嵐君の言葉を回収したラストになってますよね。でも、何も文字通り火だるまになって燃え尽きなくていいと思う。目の前で五十嵐君を乗せた飛行機が燃えているというのに、慌ても叫びもせず、すべてを悟ったように眺めている主人公にも違和感がありました。やっぱり、個人的には五十嵐君には死んでほしくなかったです。だから例えば、飛行機が燃えて落ちちゃって、主人公が「うわー! 五十嵐ぃぃ!」とパニックになっているところに、髪の毛コゲコゲで服ボロボロの五十嵐君が、「いやー、死ぬかと思ったわ」とか言いながら姿を現すとか。
話が一気にゆるみますね(笑)。でも、私もそういう展開のほうがいいと思います。最初は、本当に「死のう」と思っていたのでもいいんです。でも、主人公と汗まみれになって飛行機を作っているうちに心境の変化が生まれ、生きていこうと思えるようになったとか。
このひと夏を主人公と過ごし、飛行機が落ちて死にかけ、そんなあれこれを通して、なんだかいろいろ吹っ切れた。親がどうの、学校がどうのと思っていたけど、狭い世界の話だったんだなと思えるようになった。「卒業したら、俺はこの町を出ていくことにするわ」なんて語るススまみれの五十嵐君と主人公の頭上を、本物の流れ星が横切っていった、みたいなラストでもよかったのではと思います。
高三の夏休みの話として、ぴったりくる締め方ですね。青春ストーリーとしてまとまっていると思います。むしろそういうほうが、読者として私は萌えます。
青春ものにするなら、もう少し素敵エピソードも欲しいですね。それもちょっとした、何でもないようなエピソードがいい。例えば、飛行機作りの途中の休憩時間に、二人で駄菓子屋に行ってラムネを飲むとか。
プールに行く子供たちとか蝉の声みたいな要素ももっと入れたほうが、夏のノスタルジーっぽいきらめき感が増したと思います。二人が作業する単調な場面が延々と続く話なので、途中に飛行機以外の何かも盛り込んでほしかった。二人の気持ちが近づいていくようなエピソードとか。
主人公がせっかくTシャツをプレゼントしたのですから、ラストで五十嵐君、ちょっと照れながらも着てくれたらよかったのにね。
この話には、主人公と五十嵐君の二人しか登場してきませんよね。高校生男子二人の心が、淡く交錯する話。こういう話を書くのなら、登場人物のビジュアル描写は必須だと思います。べつに美形でなくていいのですが、こういう作品世界に読者を引き込むには、外見情報は重要だと思います。加えて、二人がクラスの中でどういうポジションにいるのかも知りたい。主人公はクラスの平均層にいるけど、五十嵐君はスクールカーストが低いとか。
成績はいいけど、友達はいないとかね。登場人物の背景や立ち位置は、もう少し明確に読者に伝えておいたほうがいいと思います。そこから二人の関係性がどう変わっていくのか、そういうあたりも読みどころですから。
初めはただ真面目だった五十嵐君が、だんだん冗談を言うようになってくるとかね。珍しく失敗したとき、真っ赤になってワタワタしていて、かわいかったとか。そういう五十嵐君の人間味みたいなものが見えてくると、読者も引き込まれますよね。エンタメ作品にするなら、もうちょっと楽しい会話もほしいところです。作業中に、「笑ってるよ」「笑ってないよ」って言い合ってる場面がありましたよね。あそこなんてすごくよかった。ああいう箇所を、もっと増やしてほしいです。
ラストで、死んだかと思った五十嵐君が生還してきて、主人公は思わず涙ぐんじゃって、「泣くなよ」「泣いてないよ」なんてやりとりがあっても、良かったかもしれませんね。
それはいいですね。リフレインが利いていて、いいオチになると思います。
私は、この主人公も五十嵐君も大好きです。今回、爽やか青春ストーリーになりそうでならなかったのは、正直ちょっと残念でした。この作者さんは、読者をキュンとさせる青春ものを書けそうな方だなと思えますので。ただ、そういう小説を、作者が書きたいと思っているかどうかはわからない。そして、好みではない話を無理に書く必要はありません。選評はあくまで参考にしながら、自分が本当に書きたいと思える新たな作品に取り組んでいただきたいですね。