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選評付き 短編小説新人賞 選評

『夏の果実たち』

湖風彩

  • 編集A

    夏休み中の大学生、十琉くんのお話です。「十琉」は「とおる」と読むのでいいのかな? とにかく、その十琉くんなのですが、妹が「夏休み中は彼氏の家に泊まる」と言って家出したり、怒った父親に「連れ戻してこい!」と家を追い出されたり、友人の家に転がり込んだら、その友人の先輩から怪しげなバイトを引き受けることになったり……と、スピーディーな展開をたどることになります。予想がつかないことが次々と起こり、新たなキャラクターも続々と登場してきて、話がどんどん転がっていくのは面白かった。ただ、超展開であるがゆえに、話がとっちらかっているとも感じますね。

  • 青木

    そうですね。「妹の家出」から話が始まるので、妹を探す話かなと思っていたら、いつのまにか、「咲良さんの面倒を見る」話へ移行しています。妹さんもラストでは話に登場してきますが、作品内でより多く描かれているのは咲良さんのほうだと思います。思いがけない方向にどんどん話が転がっていくので、楽しく読み進められるのですが、途中でときどき、「あれ? 妹さんの話はどうなってるの?」という疑問は浮かびますね。

  • 編集A

    この話、実は主人公には、そんなにウェイトが置かれていないのかな。タイトルの「果実たち」というのは、次々に登場してくるキャラクターたちのことを指しているのでしょうか? 作者は群像劇を書こうとしたのかな?

  • 青木

    このタイトルからすると、そうとも感じられますね。ただ、群像劇なら、ラストをもう少しきれいに収めたほうがよかったかなと思います。たくさんのキャラクターが登場し、話がいろいろ散らばっていくんだけど、最後にすべてがうまくつながるというような。やっぱり群像劇は、ラストですべてのピースがカチッとはまる瞬間が気持ちいいわけですから。で、もしそういう収め方が難しいようであれば、群像劇ではなく、あくまで十琉くんという主人公が、目まぐるしく起こる出来事の中で過ごしたひと夏、みたいな話にしたほうがいいのではと思います。

  • 編集A

    結末も、ちょっと中途半端だなと思いました。十琉が経験したこのひと夏というものが、十琉にどういう影響を与えたのかということが、ほとんど読み取れなかった。

  • 編集C

    話の出発点と着地点が、もう少し明確に示されていてほしかったですね。現状では、何が主軸になっている作品なのか、よくわからないです。主人公は妹を必死で探すわけでもないし、結局妹は自分で帰ってくる。主人公と関係ないところで、事態が勝手に解決しています。読み始めたときは、とても面白い話になりそうな期待が持てただけに、惜しいなと思いました。盛り込まれている色々な要素にはすごく興味を引かれるのですが、その要素がストーリーにうまく絡んでいる書き方にはなっていなかった。

  • 編集A

    ラストでこの物語がどうまとまったのか、よくわからなかったですね。主人公も、相変わらずな感じですし。

  • 編集C

    あえて、「いろいろあったけど、主人公は変わらない」というラストを描こうとしたというのなら、それでもいいんです。でも現状では、作者なりに考えていた話の道筋がどういうものだったのか、そもそも道筋があったのかどうかさえ、あまり見えてこない。なんとなく終わっているので、読み手もなんだか不完全燃焼な気分になってしまいます。

  • 青木

    何か欲しいですよね、話に一本、芯のようなものが。

  • 編集B

    結局、何を描こうとした作品なのかがよく分からない。そこがすごく引っかかるんですよね。

  • 編集C

    非常にもったいないですよね。話に出てくる様々な要素には、それぞれすごくポテンシャルがあると思えるのに、うまく活かされていないし、掘り下げられてもいなかった。

  • 青木

    私、中盤の咲良さん関係のエピソード、けっこう好きでした。書かれてはいないんだけど、おそらく彼女にはいろいろな事情があり、かつ、ちょっとズレている人でもあるんでしょうね。生きづらい人生を送っている人なんだろうなと思えて、なんだか心惹かれましたね。

  • 編集B

    この作品、そういうズレている人、多いと思います。咲良の服薬の見張りを頼んでくる柊というキャラクターも、かなり危うい人物に思えますね。自分から「様子を見ていてくれ」って頼んだくせに、急にキレて殴りかかってくるとか。

  • 編集C

    バイトを引き受けたのが見知らぬ青年だって、知ってるはずなのにね。そういったズレとか普通でなさみたいなものも、うまくやれば面白く使えたんじゃないかと思うのですが、ちょっとまだ使いこなせていなかった。

  • 青木

    妹さんの話と、咲良さんの話。現状ではこの二つの話が絡み合っていない。これをなんとかうまくつなげられれば、物語が一つにまとまると思うのですが……ちょっと難しいですかね。

  • 編集A

    エピソードとしては、両方魅力的だと思います。冒頭でいきなり「妹がいなくなった」と言われれば、読者も「えっ?」と引き込まれますし、首の傷を首輪で隠して、薬の飲み過ぎを彼氏から心配されている咲良さんのことも、すごく気になる。どちらも捨てがたいので、なんとか両方活かせないかとは思うのですが……うーん。

  • 編集C

    作者も頑張って関連づけようとしているとは思うんです。妹の彼氏であるらしい相田のことを、柊が「中学の後輩だ」と言っていたり。でも相田は、清春の先輩でもあるんですよね。その情報は最初のほうでもう出てきていますから、その後の咲良さんとのエピソードは、特に必要なかったと思う。

  • 青木

    どうしてもつながらないとなれば、これはもう涙を呑んででも、どちらかの話を削るしかないと思いますね。私は個人的には、妹さんの話のほうを削ってはと思います。主人公と妹さんは、心情的にもストーリー的にも、あまり絡んでいないように見えますから。冒頭の「妹の家出」のところはカットして、十琉くんは夏休みに、知り合いからちょっと不可解なバイトを頼まれ、咲良さんと知り合う。二人で過ごすうちに、十琉くんは咲良さんを好きになってしまうんだけど、咲良さんには柊さんという彼氏がいるから、あえなく失恋して夏は終わる。そういう話でよかったのではないかと思います。というか三十枚の短編では、それを描くだけで、もう枠がいっぱいになるんじゃないかな。

  • 編集C

    今のままでは、あまりにも要素を詰め込み過ぎだなと感じますね。

  • 編集B

    そもそも、必要のない要素も多かったと思います。お母さんが新興宗教にハマっているとか、子供の頃の主人公をナイフで切りつけたとかってエピソードが出てきますが、ちらりと語られるだけで、ストーリー上でどういう意味を持つのか、よくわからなかった。咲良さんの首の傷も、自殺未遂の結果なのか、誰かに絞められたのか、そういうあたりもわからないし、何の薬を飲んでいるのかも不明でしたし。

  • 青木

    ちらりと出すだけにしては、重すぎたり激しすぎたりする要素ですよね。

  • 編集E

    これは短編ですから、センセーショナルな要素を盛り込みすぎると、逆に浮いてしまうというか、唐突だなという印象が強くなってしまうと思います。

  • 編集A

    話に盛り込む際は、「どうしてもこの要素が必要か?」ということを、もう少しじっくり考えてみてほしいなと思います。あと、情報を出す順番とかタイミングとかがあんまりうまくなくて、読みづらく感じたところもありましたね。

  • 編集C

    「父と離婚した母親」というのは、実は十琉の本当のお母さんではないんですよね。でも、だいぶ後にならないとその情報は出てこないし、明確に描かれているわけでもない。妹とは血がつながっているのか、それともお母さんの連れ子なのかというあたりも曖昧です。

  • 編集A

    高校生の妹が男と暮らすと言って出て行ったのに、十琉には全然心配する様子がないので、ずいぶん冷たいお兄さんなんだなと思いましたが、実はとても複雑な家庭環境だったんですね。でも、書かれていないことは読者は読み取れない。「妹」と書かれていたら、実の妹かと思って読みますし、「彼氏の家に行く」と言って家出するのだから、男と同棲するんだなと思ってしまいます。実際は知雨ちゃんは、そんな嘘をついてまでお母さんの最期を看取りに行った、とても優しい女の子なのにね。で、そんな妹のことを十琉はどう思っているのか、そういうあたりもあまり読み取れなくて、どうにも話に入り込みにくかった。

  • 編集C

    視点が統一されていないのも、読みにくかった一因だと思います。例えば、冒頭シーンは十琉視点で始まったはずが、途中で父親視点になっていたりする。また、同じ人物のことを、「先輩」とか「この男」とか、いろんな呼び方をしていますよね。文章に変化をつけようと工夫したのかもしれないけど、逆にわかりにくくなっているように感じました。

  • 編集A

    「柊」という名前がもう出ているのに、語りの中で「男」と言っていたりね。キャラクターが多いうえに、呼び方が統一されていないので、混乱が生じます。

  • 青木

    この話は、一人称で書いてもよかったのではないでしょうか。たくさんの登場人物たちが、割と平たんというか、同じ濃さで並んでいるので、もっと濃淡が欲しかったかなというのはありますね。キャラクター自体は濃いのですが、全部似たような感じなので、逆に誰も目立たなくなってしまっている。それなら、一人称作品にして主人公を明確にし、他のキャラクターを「主人公が出会った人たち」として書いていったほうがいいのではと思います。

  • 編集G

    でも、この作品の抑制のきいた感じ、ドライな空気感というものは、私はすごく好きでした。

  • 青木

    私もです。けっこう大きな出来事が起こっているのに、主人公は常に淡々としていますよね。そういうところ、すごくいいなと思いました。勝手な推測ですけど、作者はそういう男の子に萌えがあるんじゃないかな。何かあっても大げさに騒いだりしない、このドライな主人公は魅力的ですよね。

  • 編集A

    ただ、出てくるキャラクターが全員ドライでもあるんですよね。みんなけっこう普通でない状況に接したりしてるのに、割と平然としている。

  • 青木

    はい。さきほども言及しましたが、登場人物たちがみんな似ていて、濃淡がないのは気になります。これについてはもう、「違うキャラを書こう」と意識して、頑張って書くしかないと思います。性格の違いよりも、テンションと考え方の違いを意識するといいと思います。自分で考えるのが難しければ既成作品を参考にしても構いませんので、とにかく明確に意識して、描き分けてほしいですね。

  • 編集E

    キャラクターの名前も、ちょっと凝りすぎかなと思います。実は私、最初のあたりでは、主人公は女性なのかと思っていました。

  • 編集A

    私もです。人物の掘り下げも今一歩なので、キャラクターがやや記号的になっていますね。

  • 編集B

    短編の中にあまりたくさんの人物が登場するのも、読み手としてはしんどいものがあります。誰が誰だか分からなくなる。30枚にこの人数は、はっきり言って多すぎると思います。

  • 編集C

    ちゃんと描くには枚数が足りないですよね。だから登場人物の解像度も低いし、要素やエピソードもただ盛り込んだだけになってしまっている。一つひとつはすごく面白いのに。繰り返しますが、本当にもったいないです。

  • 編集B

    やはり、要素もエピソードも人物も、思いきって減らしたほうがいいと思いますね。その分、要素の掘り下げを深め、人物の解像度を上げる。

  • 青木

    そうですね。この作者は、読者が気になるエピソードを作るのが、とてもうまい方だなと思います。作者自身も、「この要素を入れたら面白そう!」ってワクワクしているのだと思いますし、そういうのは小説を書くモチベーションとして、とても重要なことだと思います。でも、そういう大事な要素なりエピソードなりであればこそ、パッとそのまま使ってしまうのではなくて、どうすればそれが最高に活きるのか、とことん考え抜いてほしいですね。

  • 編集B

    そして何よりも、「自分はこの作品で何を描きたいのか」ということを、じっくり自問してみてほしいですね。そうする中で、どの要素を残すのか、何を捨てればいいのか、どこに注力して描くべきかということが、自然に明らかになってくると思います。

  • 編集A

    要素を減らし、話の主軸を決める。それだけでも、話のまとまり感はずいぶん違ってくると思います。食事シーンなど、細かい部分の描写にはセンスの良さを感じました。そういう長所は活かしつつ、ぜひまた、新たな作品に挑戦してみてほしいですね。

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