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選評付き 短編小説新人賞 選評

『マトリョーシカの棺桶』

葭川扉

  • 編集A

    企みのある作品ですね。主人公は、作品を外から作る側だったのに、最後には中にとりこまれる側になる。殺した側だったのに、殺される側になる。繭になった蚕を茹でて美しい糸を搾取する立場だったのに、ラストでは、内側から蚕に喰い尽くされて繭のような空洞になる……すべてが最後にひっくり返っています。

  • 青木

    久徳さまと主人公も、すごくいい対照を成していましたよね。伯爵家の御曹司でありながら、病弱で現実から遊離しかかっている久徳さま。対する主人公は、貧しさゆえに木彫師の職を断念し、養蚕と農業で糊口をしのいでいる。現実を重く背負っています。でも同時に、二人には何か通じるものもあるんですよね。

  • 編集A

    絹を作るために、まだ繭の中にいる間に殺されてしまう蚕。「世の中に出ないまま死ななければならない」という点では、病気で寝たきりに近い久徳さまも、生活のために職人の道を諦めた主人公も、共通しています。主人公は、一世一代の傑作を作りたいと熱望しながらも、その道を外れざるを得ず、苦しんでいた。でもラストで、自分が喰われて蚕の贄になることによって、美しい繭という作品を残すことになったわけです。皮肉で、怖ろしい結末ですよね。作者が描こうとした作品世界のイメージは、よく伝わってきたと思います。「美しさ」と「怖さ」というものが絡み合って、とてもいい雰囲気を醸し出していました。

  • 編集B

    「しゃくしゃくしゃくしゃく……」という、蚕が餌を食べる音で始まる冒頭は、とてもよかったですね。この音の描写で、作品世界の中に引き込まれます。

  • 編集A

    しかも、話の要所要所で、効果的に繰り返されていましたよね。

  • 青木

    文章もしっかりしていますし、小説らしい語りができていたと思います。狙ったものをちゃんと描けているのは、とてもよかった。ただ、終盤あたりの展開には、正直ちょっと引っかかりを感じましたね。

  • 編集B

    急にB級ホラーみたいになるんですよね。等身大のマトリョーシカに追い回されたりして。

  • 編集A

    描写もやや粗くなってきて、場面の映像が見えづらい。見えづらいなりに想像して読むのですが、なんだか怖さが薄れて、ちょっと滑稽に感じられてしまいました。

  • 編集B

    薄気味悪い巨大マトリョーシカが、ごとりごとりと追いかけてきて、「ねえぇ~~、正次郎さあ~ん……」「ウギャーッ!」「な~んで逃げるんですかあ~~……?」「ヒギャーッ!」みたいな(笑)。

  • 編集E

    怖いものって、得体が知れないからこそ怖いのだと思うのですが、この話のラストでは、ストレートにお化けっぽいものが登場してしまっている。前半部分の話の流れや雰囲気が良かっただけに、後半の展開は残念でした。知的な青年かと思えた久徳さまも、ラストではなんだか妙に言動が子供っぽくなってますよね。物語の最初と最後で、毛色が変わってしまっているように感じられて、気になりました。

  • 青木

    特に、主人公が久徳さまを棺に押し込めた後ぐらいから、話がよくわからなくなりました。いつの間にか「主人公が久徳さまを殺した」という設定になって話が進んでいくのですが、そこは描かれてなかったですよね。

  • 編集B

    棺の蓋を閉めたからといって、即死するわけではないと思います。なのに、三つ目の蓋を閉めた途端、「死体が入って、棺は完成したのだ」ということになっている。

  • 青木

    それに、お屋敷には女中さんがいますよね。それも、ご主人に忠実に仕えている印象のある人物です。正次郎が屋敷を辞したら、当然久徳さまの様子を伺いに行ったりするでしょうし、事態にすぐに気づいて助け出す可能性は高かったのではと思います。

  • 編集A

    重要な要素である「棺」のビジュアルが見えてこないのも引っかかりました。主人公は、三重構造の棺を作ったんですよね? それがラストでは、部屋の中を歩き回ったりしている。これは、棺が立ち上がって動き出したということでしょうか?

  • 青木

    いや、主人公が作ったのは、最初から縦型の棺だったのだろうと思います。

  • 編集A

    それにしても、納品した場面ではあくまで「棺」という表現でしたよね。なのにラストの場面では、地の文に「棺」という言葉は無くなって、「マトリョーシカ」とはっきり言い切られている。ということは、正次郎が作った棺は、最初からマトリョーシカの形をしていたのかな? でもマトリョーシカって、360度どこから見ても人型をしているものですよね。それだと、二番目の棺の「桑の葉に埋もれる少年」というのを、どうやってマトリョーシカの形に作り上げたのか、よくわからない。

  • 青木

    確かに。文章を読む限りでは、「真っ黒な産着をまとった赤子」とか「真っ白な死に装束に身を包んだ青年」というのも、棺の蓋の上に描かれた絵のように感じますね。

  • 編集A

    それに、もし主人公が作ったものが「等身大のマトリョーシカ」であるなら、それは「木彫師」としての最高傑作にはなり得ないのではないでしょうか? 要するに木を、つるんとした人型にくりぬくだけですよね。もちろん、複数のものをぴったり重ねるのには高い技術が必要でしょうが、それは木彫師の真骨頂を発揮したといえるものではないように思います。

  • 青木

    そうですね。本来なら、精緻な木像を作るとか、彫刻で美しい装飾を施すとか、そういう方向を目指していたはずなんじゃないかな。「木彫師」と「マトリョーシカ」という要素は、今ひとつうまく繋がっていないように感じます。

  • 編集C

    「木彫師」ではなく、「絵師」に設定していたらよかったのではないでしょうか。マトリョーシカ型の棺桶はもう用意されていて、「これに最高の絵を描いてくれ」と依頼されるというほうが、流れとして自然だったかと思います。

  • 編集E

    あるいは、「寄木細工の職人だった」ということでもよかったかも。久徳さまから、「ぜひその腕を活かして、からくり仕掛けの棺を作ってほしい」と依頼されるとか。

  • 青木

    それはいいですね。それなら、「他の人間には開けられない」「俺が殺したのだ」という流れも自然になります。

  • 編集A

    久徳さまが棺に「試しに入ってみた」場面で、「死体が中に入っていないと、棺は完成しないのだ」とひらめいた主人公が、久徳さまが出ようとするのをグッと押し返して、中が静かになるまで必死で抑え込んでいたとか、そこまで描いていたらまだよかったですね。それなら読者も、「これは死んだな」と思いますし。

  • 編集C

    ただ、主人公には、そこまでの情熱、芸術家的狂気があるようには感じられないです。本当に木彫りがやりたくてたまらないのであれば、養蚕や農業をしながらでも、寸暇を惜しんで何かを彫っていたりするのではと思うのですが。

  • 青木

    「マトリョーシカ」が契機になった、という展開でもよかったですね。木彫り職人の道を断たれて気持ちがくすぶっていたんだけど、マトリョーシカと出会ったことで芸術家魂に火がつくとか。

  • 編集A

    あるいは、久徳さまの宇宙がどうたらという言葉に刺激を受けるとかね。やり方は色々あっただろうと思えて、非常に惜しいです。ほんとはもっと高評価を受ける作品になり得ただろうと思うのに。やりたいことはすごく伝わってくるし、盛り込んでいる要素も面白いのですが。

  • 編集C

    ただ、その要素も、うまく絡み合っていない。この作品には、「繭」と「マトリョーシカ」という大きな要素が二つ出てくるのですが、実はこの二つ、あまりつながっているとは言えないですよね。つながりそうで、つながらない。

  • 青木

    そうなんですよね。繭とマトリョーシカは、形とかイメージとかって点では共通するところもあるのですが、この話においては有機的なつながりを成していないです。

  • 編集C

    ラストで主人公が、まるで復讐されるように蚕に喰われていますが、茹で殺される蚕が主人公に報復するという話であれば、「マトリョーシカ」は関係ない。また、棺に閉じ込められて殺された久徳さまが、仕返しとして主人公を同じようにして殺す話なのであれば、「蚕」は関係ない。久徳さまを殺したのに、なぜ蚕から報復されるのか。ここがつながらないんです。

  • 編集A

    久徳さまは「お礼がしたい」と執拗に迫ってきますよね。久徳さまは本当に、殺されたことは恨んでいなくて、主人公に一緒に宇宙の境地を味わってほしいだけなのかもしれない。でも、久徳さまから贈られる「お礼」に、どうして突然「蚕」が登場するのか、やっぱりよくわからない。

  • 編集B

    殺されて繭だけを残す蚕という存在と重ねるために、ラストを、主人公が「内側から喰われて、がらんどうになる」という展開にしたのでしょうね。が、イメージ的にはなんとなく納得させられそうになるんだけど、ふと冷静になると、「あれ?」って引っかかる。「よく考えてみたら、マトリョーシカは関係ないぞ」って。

  • 青木

    「私に、繭のような棺を作ってほしいのです」、ならよかったですね。養蚕をしている主人公が、木彫師の腕を活かして、繭型の棺桶を作るとか。その場合、「マトリョーシカ」という要素は外すか、あるいは、「入れ子構造」の説明のためにちらりと出すだけにとどめる。

  • 編集C

    また、もし「マトリョーシカ」という要素のほうを残したいのであれば、「蚕」にあんまり意味を持たせすぎないで、あくまで「生活のための仕事」という扱いにしたほうがいいと思います。木彫りと、マトリョーシカと、蚕と、繭と……と、すべてを関連付けようとしたがために、かえって物語にひずみが生じているなと感じます。

  • 青木

    書き手として、「マトリョーシカ」とか「入れ子構造」とか「繭」とかを、話に盛り込みたいというのはすごく理解できるんです。アイテムとして、とても魅力的ですよね。神秘的だし、心象風景に重ねることもできるし。ただ、物語を組み立てる要素として明確に盛り込むのであれば、もう少ししっかりと絡ませる必要があります。なんとかしてうまくつなげるか、それが無理な場合は、どんなに惜しくとも要素を削ることを考えたほうがいいと思います。

  • 編集A

    作者としては、「マトリョーシカ」と「繭」の、どちらをより重要視しているのかな?

  • 編集B

    どちらかというなら、「マトリョーシカ」を残してほしい気はしますね。ビジュアル的にインパクトがありますし。

  • 編集C

    それに養蚕は、実家が近年始めた副業でしかないですからね。ラストは蚕に食べられるんじゃなくて、久徳さまに異次元に連れていかれるとか、自分が作った棺に殺されるとか、そういうほうがよかったのではと思います。最後のオチに「蚕」が出てくることで、それが非常に重要な意味を持っているように感じられてしまう。

  • 青木

    「蚕」や「繭」を話に出してもいいけど、もっとサラッと扱えばよかったですね。単なる背景として。イメージ要素として散りばめるくらいだったら、そんなに問題はなかったと思う。書き手は明確に言及していないんだけど、読者が勝手に雰囲気を読み取ってくれる、という程度の書き方はアリだと思います。

  • 編集A

    いろいろな要素を話に盛り込むにしても、やっぱり主軸になるものは一つに決めたほうがいいですね。

  • 青木

    女中さんをしている中年女性キャラの扱いも、ちょっと中途半端だったと思います。どういう立ち位置の人物なのか、分からないですよね。名前とか背景とかをちゃんと設定するなど、もう少しキャラクターを立たせておけば、うまく狂言回しに使うこともできたのではと思います。

  • 編集A

    話がまとまっているようで、でもよく読むと、今ひとつまとまっていなかった。非常に惜しいなと思います。

  • 青木

    文章はうまいし、前半部分は話に引き込まれてすごく面白く読めただけに、後半がぼやけてしまったのが残念でしたね。でも、雰囲気作りは非常に上手だったと思います。例えば、主人公が棺を作っている場面。貧しい百姓家の隅で、これまたぼろみたいな服を着ている主人公が、とりつかれたようにノミをふるって美しいマトリョーシカを作っている。その横で、蚕が一心に桑の葉を食べて蠢いている……なんて、想像してみたらとてもシュールな映像ですよね。独自の世界観のある作品を書ける方だなと感じますので、ぜひがんばってほしいなと思います。

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