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選評付き 短編小説新人賞 選評

『宿直心中』

深夏桃

  • 編集B

    バイト先の先輩・田宮さんへの恋心を胸に秘めている「僕」のお話です。BLと思っていいのかな? いろいろあって人生を放棄したくなっている田宮さんと、「好きです」なんて決して言い出せない「僕」。挫折してやさぐれた男と、彼に恋してしまう繊細な青年という取り合わせは、すごく良かったと思います。

  • 青木

    二人とも、現実生活があまり上手くいっていない。充実した人生とは程遠い場所にいます。タイプは違う二人だけど、どこか通じるものがあるんですよね。人物配置はいいなと思います。

  • 編集A

    ただ、描写も説明も、なんだか言葉足らずですよね。受け取りにくい読者もいるんじゃないかなという気はします。

  • 編集B

    私はこの話、「いいな。好きだな」と思えたので、感情移入してすんなり読めたのですが、無意識的に脳内補完していたところはあると思います。読者によっては、ちょっと理解しにくいかもしれない。

  • 青木

    話が始まってすぐのあたりで、「心中以上恋人未満だ」と言っていますね。タイトルにもつながる重要な一文なのですが、ちょっと意味を取りにくくて、首をひねってしまいました。

  • 編集D

    これは恋愛の話だと思うのですが、主人公に「恋してる感じ」がない。私はそこが大きく引っかかりました。

  • 編集B

    確かに。恋愛話なのに色気が感じられないのは、気になるところです。

  • 編集D

    主人公が田宮さんをどうして好きになったのか、よくわからないです。いや、好きになるのに理由はいらないとは思いますけど、恋する主人公の目を通して描かれているのに、田宮さんが、あまり魅力的に見えない。

  • 編集A

    田宮さんに関する描写は最初のほうにけっこう出てくるんだけど、割とくたびれた二十七歳、という印象ですね。

  • 編集E

    額と口に皴が刻まれていて、つむじも少し薄くなってて、まつ毛は数えられそうなほどしかなくて。

  • 青木

    なんだかこう、いろいろ寂しい感じですよね。

  • 編集D

    そういう人生に疲れたような感じすらも、主人公には好ましく見えるということなら、それでいいんです、その、主人公の「彼が好きだ」という気持ちを、読み手にもっと感じさせてほしかった。田宮に恋心は抱けない読者にも、「とにかく、主人公が田宮を大好きなんだということだけはよくわかった」と実感させてほしい。恋愛感情って、この作品において一番大事なところでしょうから。

  • 編集B

    そこは同感です。ただ、先ほども出た、髪だとかまつ毛だとかという細部を見てる視点がありますよね。好きな相手だから、すごく小さなところまで目をやっている。フェチズムの萌芽みたいなものを感じます。こういう視点や感性を持っている書き手なら、やり方によっては、今後色っぽさは出していけるんじゃないかなと思います。その期待値も込めて、私はイチ推しにしました。

  • 編集A

    主人公が田宮をすごくよく見ているなというのは、現状でも伝わってきました。そこはいいですよね。

  • 編集E

    私もイチ推しはしているのですが、ちょっとラストがよく分からなかったので、確認させてください。ラストで二人は死んだ、ということでいいですか? 心中事件が起こり、バタバタしてるうちに夜も明けてしまって、主人公はもう死ぬ気は失せていた。でも田宮さんのほうは違って、当初の予定通り主人公の手を引いて飛び下り、二人は死んでしまった、という解釈で合っているでしょうか。

  • 青木

    そうだと思います。同意の上での心中をする予定だったけど、ラストで主人公は無理心中をさせられてしまった、ということでしょうね。

  • 編集B

    ある意味、どんでん返しなんだと思います。でも、主人公の気持ちの変化がちょっと薄い。ホテルの一室で心中事件が起きて、本物の「死」というものを目の当たりにしたときに、普通はそこで「やっぱり死ぬのは怖いな」という気持ちになるものではないでしょうか。

  • 編集A

    カップルが目の前で死んでるわけですからね。血まみれの死体を目の前にして、ゾッとしてもいる。なのに、主人公にはあまり変化が見られない。

  • 編集B

    現状では、主人公が死ぬ気を失ったのは、「死」を目の当たりにしたからではなく、警察が来て大騒ぎになって、バタバタしてたら夜も明けちゃって、なんだか「心中」という気分ではなくなってしまったから、というふうに読み取れます。生々しい「死」が主人公に何の影響も与えていないように見えるのは、引っかかる。

  • 編集D

    霊感がある人は、死生観が普通の人とは違っていたりするんじゃないかと思うのですが、そういうことも盛り込まれていなかったですね。

  • 編集E

    そもそも、途中で急に幽霊が登場してきたり、「実は僕には霊感がある」という展開になるのは唐突でした。そういう要素が話に入る場合は、もう少し早い段階から匂わせておいたほうがいいと思います。

  • 編集G

    描写にも妙なところがありました。404号室の部屋の扉の下から廊下へ、血が川のように流れ出ていましたよね。なのに、室内の廊下は途中までしか水浸しになっていない。ここは矛盾しているのではないでしょうか。

  • 編集H

    外廊下に流れ出ていた血は、主人公だけに見えた霊体としての血ではないでしょうか? 田宮が「なんだ、どうした」と尋ねたりしているから、田宮には見えていないということかと。

  • 編集G

    いや、この「なんだ、どうした」は、誰もいないはずのエレベーターを主人公が勢いよく振り返ったことに対する問いかけです。田宮は「放っておくのも寝覚めが悪い」と404号室へ向かって行くのですから、やはり廊下の血は本物だと思います。

  • 青木

    となると、やはりバスルームから溢れた水は、外廊下まで続いていないとつじつまが合わないですね。描写をするときはちょっと落ち着いて、場面を思い描きながら丁寧に、を心がけたほうがいいと思います。

  • 編集B

    幽霊の女性が主人公を睨んでいる理由を、主人公は「嫉妬だ」と解釈していますが、これもちょっとおかしいですよね。

  • 青木

    「君は無理心中だけど、僕は合意心中だから、僕のほうが幸せだ」という理屈らしいけど、読者からすると、なんだか腑に落ちない。作者は「心中」に対して何か強いこだわりがあるように感じられるのですが、それがどういうこだわりなのか、はっきりとは伝わってこなかった。なんだかもどかしいですね。そこをもう少し読み取らせてほしかったのですが。

  • 編集E

    それに、これは心中事件ではなく、殺人事件だったわけですよね。だったらなぜ、幽霊の女性は主人公を睨んでいたのでしょう? 

  • 編集D

    結局、心中事件の事実関係はよくわからなかった。最後、主人公に警察から電話が入りますよね。「そこから離れろ。犯人はまだ近くにいる」と。ここで「殺人犯」という役柄の人物が急浮上してくる。この展開が唐突で、私は混乱してしまいました。「もしかして、殺人犯は田宮?」とも思ったり。

  • 編集C

    私もです。

  • 編集A

    アリバイがあるのでは? 田宮はずっと主人公と一緒にいましたよね。

  • 青木

    宿直のシフトに入る前に殺したという可能性はどうでしょうか?

  • 編集E

    いや、いちおう犯人らしき人物は、わずかながら描写されてますよね。足音が聞こえ、人影が見え、手には刃物らしきものも持っている。

  • 編集B

    でもちょっと書き方が曖昧で、読者が確信を持てるほどではない。

  • 編集D

    殺人犯に襲われそうというときに、慌ただしく心中を遂行するというのは、やや理解を超える行動だなと思います。

  • 編集E

    ラストの田宮は、心中をしようとしたんですよね? 主人公の手を掴んで飛び下りたのは、殺人犯から逃げるためだったわけではないですよね?

  • 編集A

    主人公が次に目を覚ましたら、病院のベッドの上だったりしてね。実は警察が、地面にマットを敷いてくれていたとか。

  • 青木

    田宮さんだけはそのことに気づいていた。死ぬためではなく、二人で生きるために飛び降りた、とかね。個人的には、そういう展開のほうが好みではありますけどね。あまり死んだりしてほしくない。

  • 編集G

    とはいえ、このラストはほぼ、無理心中と解釈して間違いないだろうと思います。

  • 青木

    そうですね。殺されるくらいなら心中で死にたいと田宮さんは思った、ということなんでしょうね。

  • 編集D

    殺人犯がいるところで急に無理心中をするというのは、やっぱり不自然な気がしてしまいます。田宮がどういうつもりだったのかは、もう少し読者にわかりやすく書いておいてほしかった。

  • 編集G

    でも、作者はこのラストをこそ書きたかったんじゃないかな。これは、第三者の予期せぬ関与によって、望んでいない望みがかなってしまう物語だと思います。心中したかった。でも、今はもうしたくなくなった。そうしたら、その前の望みがかなってしまった。

  • 編集A

    なるほど。もう望まなくなった途端に、その望みがかなうわけですね。

  • 編集G

    もし真犯人が乱入しないまま、田宮がのんびりと「そろそろ飛び下りるか?」と聞いていたら、主人公は断ったのではと思います。無理心中のラストにするために、急に襲いかかってくる「殺人犯」が必要だったということではないでしょうか。

  • 編集E

    ただ、読者にどういう気持ちを喚起させたくて、こういうラストにしたのかということは、やはり読み取りにくい。ラスト手前でも主人公は変わらず田宮を好きですが、それは「一緒に死にたい」という気持ちではなく、もう少し希望をはらんだ明るいものに変化していたと思います。なのに、あっさり無理心中させられてしまうなんて。

  • 編集G

    皮肉なラストを描きたかったんじゃないでしょうか。それも、ドタバタしているうちに、どんどん話が意外な方向へ流れて行って、思いがけないオチに至るというような。もしそうするなら、もっとテンポよく思いきりドタバタさせたほうがいいと思いますが。

  • 編集B

    私は逆に、この作者はドタバタ劇が書きたい人ではない気がします。もっと虚無的で薄暗い話を書きたいんだと思う。生きている実感が薄くて、生と死の境でゆらゆらしてて、どちらにでも簡単に傾くような。

  • 青木

    わかります。この話に出てくるキャラ達は、希死観念がいきすぎちゃって、一周回って逆に明るくなっている感じですよね。

  • 編集G

    うーん、もし薄暗い話を書きたいということなのであれば、このストーリーラインは適切ではないと思います。

  • 編集E

    急に警察が「逃げろ!」って電話してくるとか、急に殺人鬼が襲いかかってくるとかって展開は、なんだかコメディっぽいですよね。

  • 編集B

    犯人は実は田宮だった、という真相だったほうがよかったと私は思います。主人公は田宮に恋していて、合意心中するつもりだった。でも、田宮が殺人犯と分かり、「そんな人と心中なんて嫌だ」と気持ちが変わったのに、無理心中させられてしまった。恋することも死ぬことも、すべての理由を「田宮」という一人の人物に集束させる。そのほうが、物語が格段に引き締まったのでは。

  • 編集D

    同感です。それなら、納得感のあるバッドエンドになりますね。作者の好みに合うかどうかは分かりませんが、一例として検討してみていただけたらと思います。

  • 青木

    ただ、話がこのビジネスホテルの中だけに限定されているのは、非常に面白いなと思いました。一つのビルを舞台に、主人公たちが上がったり下がったりして話が展開していきますよね。

  • 編集G

    シチュエーションスリラー、みたいな感じですね。

  • 青木

    はい。最初は地下にいて、エレベーターで一気に屋上まで上って、地面に飛び下りる、という流れのはずだった。でもその上がる途中で事件が起こり、なかなか屋上までたどり着けない。最後にやっと屋上にやっては来たものの、もう飛び下りる気はなくしていた。じゃあもう下りないのかというと、結局柵を超えて下へ──という、登場人物たちの移動と話の流れが、とても面白かったです。意識してこういう話を組み立てたのだとしたら、すごいなと思いますね。

  • 編集B

    人物描写や内面描写なども、あとほんの少しの工夫で、読者にうまく届くものが書けるようになるんじゃないかなという気がします。ツッコミどころはありつつも、とても引き込まれて読むことができました。指摘された点を参考にしながら、さらなる飛躍を遂げてほしいですね。期待しています。

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