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とにかく面白くて、ぐいぐい読まされました。このリーダビリティは素晴らしいなと思い、イチ推ししています。ただ、読み終わって振り返ると、疑問点も多い作品ではある。
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第221回
『雨の鳥居』
金沢夜空
とにかく面白くて、ぐいぐい読まされました。このリーダビリティは素晴らしいなと思い、イチ推ししています。ただ、読み終わって振り返ると、疑問点も多い作品ではある。
私も、最初はすごくいいなと思いました。まず、なんといっても冒頭の一文。「雨の夜にその鳥居を潜ってはいけないと、兄様は言いました。」。これは引き込まれますよね。
はい。雰囲気がありますよね。一瞬で作品世界に入り込めました。
不穏な出来事が次々と起こり、ホラーな雰囲気もどんどん盛り上がって、クライマックスも用意されている。最後まで駆け抜けるように面白く読めました。でも、読み終わってみると、「あれ?」と。
結局、「雨の夜の鳥居」は、話の本筋に何の関係もなかった。
一連の出来事の犯人は、ふさこだったと。
「雨の鳥居を潜ってはいけない」で始まる物語なのですから、当然、潜る展開になりますよね。主人公のお兄さんは、「もう一つの世界に繋がる」「恐ろしいところに連れて行かれる」と言っていた。だから、「雨の夜の鳥居」は、「この世」と「この世ならざる世界」とをつなぐ装置なのかなと思って読んでいました。普段はただの鳥居なんだけど、雨の夜に潜ると、何か恐ろしいことが起こるなり、異世界に飛ばされるなりするのではと想像していたのですが……。
潜った先にいたのは、単にふさこだったと。
ホラー作品かと思って読んでいましたが、結局、怪奇現象は何も起こっていなかった。
でも、ふさこの子供は、天狗にさらわれていなくなったんですよね。「天狗」というのが怪異なのでは?
でも、この作品が「天狗が存在する世界」という設定なのかどうかは、明確にされていない。そして、ふさこの子供が行方不明になったというのも、実際にどういう出来事だったのか分かりません。誰かにかどわかされたのかもしれないし、事故死したのかもしれない。ふさこの言葉だけでは、事の真偽がはっきりしないです。もしかしたら、ふさこが自分で殺して、「さらわれた」と思い込んでいる可能性だってあります。
「〇〇してはいけない」という「禁止」が盛り込まれている話なので、「破ったらどうなるんだろう?」とワクワクしながら読んだ私にとっては、残念ながら肩すかしでした。
作者としては、「これから母親を殺す。わたしはもう二度と以前のわたしには戻れない」ということを、鳥居を潜った前後の変化として提示しているのだろうとは読み取れますが。
でもそれは、「雨の夜の鳥居を潜ったから」起きた変化ではありませんよね。天狗の面をかぶった誰かに襲われそうになり、夢中で逃げたら、最終的に母親を殺すことになった。これでは場所は関係ないです。神社以外の場所へ逃げても、同じ流れになったと思います。
最初から最後まですごく面白く読めたのに、一番重要な「雨の夜の鳥居」がまったく話に活かされていなかったのは残念でした。
それに、「母殺し」というのは、非常に重いエピソードです。「母親との葛藤」みたいなものがそれまで全く登場してこなかったのに、ラストで親を殺して終わるという展開には、引っかかるものを感じました。
この「天狗の面をかぶった芋虫人間」は、お兄さんだったんですね。妹を思うあまり警告に来たわけですが、言っては悪いけど、かえって迷惑なことになってしまいましたね。
そうですね。このお兄さんに驚いて、主人公は夜中に家を飛び出したわけですから。よりにもよって、雨の夜に。
読んだ時には分かりませんでしたが、「いいいいええええろろろろ」というのは、「逃げろ」と言ったんでしょうね。後から気づきました。
でも、雨の夜に「逃げろ」って忠告して、もしその通り妹が逃げたら、鳥居をうっかり潜ってしまうかもしれない。そこは考えなかったのかな? 自分だって、「雨の夜の鳥居」のところでさらわれたというのに。
お兄さんは蔵に閉じ込められているはずなのに、ちょいちょい外に出てますよね。夕食を覗きに来たり、学校帰りに待ち伏せしたり。
思わせぶりにちらりと姿を見せてはどこかへ消えますが、もっとバーンと出てきて、妹と話せばいいのにね。
いや、ふさことお母さんは結託してるわけですから、お母さんにも見つかるわけにはいかない。妹が一人になるタイミングを窺っていたんだと思います。
だったらせめて晴れた夜に来てくれていたら、何の問題もなかったのにね。本当に言いにくいけど、余計なことをしてくれましたね(笑)。
主人公が夢中で走って神社にたどり着いたら、そこにはふさこがとっくに待ち構えていたわけですが、どうして今夜主人公がそこにやってくることを事前に知っていたんだろう?
ふさこといえば、彼女は主人公に「良いですか、決して雨の夜には外に出てはいけませんよ」と親切めかして警告していますが、これ、どういう気持ちで言ってるんでしょう? 犯人は自分なのに。
むかし自分の子供がさらわれたのが、雨の夜だったのかな?
でも、主人公は雨の夜に外に出ようなんて、全く考えてもいないですよね。それをわざわざ警告して止めようとする意図は何なのでしょう? よくわからないです。
この夜、主人公が家を飛び出さなくても、ふさこは主人公を手にかける気でいたんでしょうか?
私はそう読みました。たぶん作者も、そのつもりだったんじゃないかな。
もしそうであるなら、お兄さんが雨の夜にも関わらず妹のもとを訪れたことに、いちおう整合性はつきますね。どうしても今夜助けなければいけないから。
ただ、そこは書かれていない。あくまで我々読み手の想像に過ぎないです。
私は、ふさこが一体何をしたいのかわからないのが引っかかりました。「子供を天狗から守るため」と言っていますが、実際に閉じ込められているお兄さんは、舌を切られ、足の腱を切られ、やせ衰えて骸骨みたいになっている。保護したいのか、ひどい目に遭わせたいのか、どっちなんでしょう?
お母さんがふさこにすっかり洗脳されてるっぽいのも、不可解でした。小さい頃から頼り切っていたのはわかるのですが、自分の子供を平気で差し出すとは常軌を逸してますよね。
お兄さんなんて、この旧家っぽい家の大事な跡取りでしょうにね。
この作品がいつの時代の話か分からないのも、ちょっと気になりました。
ラストでお母さんが、「逃げ出すような悪い子は天狗にあげてきたのに」と言ってますが、この言い方だと、お兄さん以外にも複数差し出してきたように読めませんか? それに、「逃げ出す」って、誰から逃げ出すんでしょう?
これは蔵から逃げ出したお兄さんのことを言っているんだと思います。せっかく守ってあげていたのに、逃げ出したから、「悪い子なので、さっき天狗にあげてきた」という意味なんだと思います。要するに、ついさっき息子を殺してきた。だからお母さんの両手は血で染まっているんです。
お母さんは、ふさこが天狗だって知らないのでしょうか? 子供をさらうのは天狗なのですから、ふさこ=天狗ですよね。でも、「ふさこの言うとおり、悪い子は天狗にあげた」と言っている。つまり、「ふさこの指示通り、息子は殺して天狗に捧げた」ということ。「ふさこにあげた」とは言っていないのですから、天狗とふさこは別人だと思っているように見える。そもそも蔵に閉じ込めるのは、天狗の目から隠すためですよね。子供を天狗に渡したくない。天狗は敵。でも子供が逃げ出した場合は、自主的に殺して天狗に差し出す。その天狗は、ふさこでもある。てことは……ええと。
考えれば考えるほど、わからなくなりますね。
お兄さんが天狗の面をつけている理由も、よくわからない。自分をさらった憎いはずの天狗の面を、どうして?
読者にミスリードさせるためだとは思いますが、あまりいい効果を上げていないですね。単に話を混乱させています。
私はやっぱり、ふさこのスタンスがわからなくて引っかかります。だって天狗は、自分の子供をさらっていった憎むべき敵ですよね。なのに、自分がやっていることは天狗と同じ。あまつさえ、母親に息子を殺させている。
もしかしたら、ふさこの子供は、当時「お嬢さま」だったお母さんの身代わりに天狗にさらわれたのかもしれないですね。お母さんには負い目があり、ふさこには復讐心がある、みたいなことが盛り込まれていたら、まだしも理解しやすかったかなと思います。逆に言えば、それくらいの深刻な過去がないと、このお母さんとふさこの関係性は納得できないのでは。
ただ、そこまで描いてしまうと、ふさことお母さんの物語になってしまいますよね。話の重点が変わってしまう。私はむしろ、お母さんのエピソードはいらないと思います。狙われた兄妹とふさこの話、だけにとどめたほうがいいと思う。
ラストで、母親が息子を殺し、娘が母親を殺しますからね。これは重い。
そういうのは、ストーリーをまとめるために使っていい要素ではないと思います。もし書くのなら、テーマとして中心に据えて、ガッツリ書くべきです。
読み終わって振り返れば、これは「雨の夜の鳥居に気をつけろ」ではなく、「天狗に気をつけろ」という話でした。だったら、どれほど「雨の夜の鳥居」が魅力的なアイテムだとしても、削るべきだったと思います。
そうですね。扱いきれないアイテムを盛り込みすぎてしまっていると思います。例えば、「水晶の数珠」もそうです。お兄さんが手首にはめていて、さらわれたときにバラバラになって地面に落ちていたもの。終盤の場面で、主人公を襲おうとしたふさこがこれを踏んで転び、階段から落ちて死んだ。一見、兄が妹を助けた構図のように見えますが、この数珠はお兄さんではなく、ふさこが主人公にくれたものですよね。自分を殺すことになる数珠を、ふさこはなぜわざわざ修理してまで主人公に渡すのでしょう? 結局、いいアイテムなのか、悪いアイテムなのか? 作者がこの数珠に、どういう意味や役割を持たせているのか、よくわからなかったです。
そもそも、この世界に本当に天狗はいるのかという、大前提の部分も、書き手ははっきりさせておく必要があったと思います。
もったいなかったですね。読者をひきつける魅力的なアイテムが作中にいろいろ出てくるのですが、それらをうまく繋げてストーリーを作ることが、まだちょっとできていなかった。
うまくアイテムを関連づけられてさえいれば、この作品は受賞してもおかしくなかったと思います。それくらい面白かった。
本当に惜しいです。もうちょっとでうまくつながりそうな気がするのに、実際はつながっていない。なんだかいろいろ辻褄が合っていない。あともう一息だからこそ、余計に気になってしまいました。
「ネタ全部乗せ」の話をうまく作るのは難しいですよね。短編ならなおさらです。だから、「これいい!」というネタなりアイテムなりを思いついても、まずは冷静になってほしい。短編なら、基本的にネタは一つでいいと思います。まずは、一個のネタできちんと話を作るということをマスターしてほしいですね。
冒頭の一文と、雰囲気だけで押し切ってしまったかなというところはありますね。でも、その雰囲気はとても魅力的だった。
はい。本当に引き込まれて読めたし、最後まで飽きさせなかった。この作品、大好きです。読者をひきつけるアイテムを思いつけるのも、大きな長所ですよね。特にホラー好きの読者は、ミステリアスなアイテムが大好物という面もあると思いますので、うまく整理して物語を作れるようになれば、評価はぐっと高くなると思います。センスの良さはすごく感じますので、がんばってほしいですね。