編集A
学校で新聞委員をやっている、高2の「僕」のお話です。十代の子のナイーブな内面が描かれていて、いいなと思いました。こういう多感な時期に、普遍的ですよね、「本当の私を誰もわかってくれない」みたいな心理って。もっとも、この作品の場合は立場が逆で、主人公のほうが海色空という女の子を変人だと思い込んでいた。でも実際に話してみたら愛すべき人物だとわかり、「多くの人が彼女のことを誤解している。彼女の本当の姿を、僕がみんなに紹介しなくては」と決意するわけです。
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第221回
『怪物狂い』
ねじれ
学校で新聞委員をやっている、高2の「僕」のお話です。十代の子のナイーブな内面が描かれていて、いいなと思いました。こういう多感な時期に、普遍的ですよね、「本当の私を誰もわかってくれない」みたいな心理って。もっとも、この作品の場合は立場が逆で、主人公のほうが海色空という女の子を変人だと思い込んでいた。でも実際に話してみたら愛すべき人物だとわかり、「多くの人が彼女のことを誤解している。彼女の本当の姿を、僕がみんなに紹介しなくては」と決意するわけです。
ボーイ・ミーツ・ガール的な話なんだけど、恋愛は絡まない。あくまで「友情」であるところが、爽やかでよかったと思います。
「本当の私」「本当の彼女」みたいな考え方は、ちょっと若気の至りっぽくある。「フランケンシュタイン」とか「サリンジャー」といったアイテムもけっこうベタだし、いかにも十代の子供たちの物語だなと感じました。作者さんご自身もお若い方なので、この年代の人物の内面が実感としてわかるんだろうなと思います。書き手自身が大人になってしまうと、こういう話はなかなか書けなくなるというか、良くも悪くも違う書き方になりますよね。この作者は、今の自分にしか書けないものを正面から書いた。そこは評価したいなと思います。作者の持っている「当事者感」が伝わってくるので、読んでいて胸が痛い感じで、一番印象に残りました。私はイチ推ししています。
空ちゃんは、いかにも偏屈な孤高の存在というキャラクターに見えたのですが、実は「推し活」に夢中な普通の女子高生だったという。この展開は良かった。主人公だけではなく読者も空ちゃんに好感を持てるし、「いい子だな」「かわいいな」と感じられます。大仰な喋り方をする作り物っぽいキャラクターなんだけど、中身は等身大の女の子なんですよね。類型的ではない、彼女の生っぽい部分がちゃんと伝わってきたと思います。
ただ、空ちゃんは、多くの人がアイドルやアニメキャラに萌えるのと同じように、小説『フランケンシュタイン』に登場する「怪物」というキャラクターに萌えているわけですよね。そこの「萌え」の描き方が、ちょっとまだ薄いかなと思います。五十枚以上も油彩画を描きまくるほどその「怪物」が好きな割に、主人公から話を向けられても、たいして食いついていないですよね。
本物のオタクだったら、もうガンガン喋り倒しそうですよね。その「怪物」の、ここがいい、あそこがいい、あの場面なんて最高、それに私の解釈ではあそこの展開は──みたいなことを延々と。
そうです。それがオタクというものです(笑)。大好きすぎて、迸る情熱が抑えられない。でも、「推し」について語る空ちゃんは、割とまだ冷静さを保ったままのように感じます。もう少し、オタクらしいのめり込みぶりが描かれていてもいいのになと思いました。「ちょっと変わり者でオタクな女の子」を描くのであれば、そのオタク部分は掘り下げる必要があると思います。
空ちゃんはあくまで、メアリー・シェリーの小説版の怪物が大好きなんですよね。そのあたりに関する発言がもっとあっていい。
はい。例えば、「〝フランケンシュタイン〟というのは、怪物の名前ではない」という、原典を読んでいる人には揺るがせにできないことも、ちらりと出てくるだけですよね。そこへ同時に、「映像作品と原作では怪物のビジュアルやキャラクターが違う」ことも語られていて、なんだか話がごちゃついている。空ちゃんがもっと小説『フランケンシュタイン』について詳しく熱く語ってくれたほうが、読者もいろいろなことを理解しやすいですし、空ちゃんのオタクぶりが出ていいと思います。
「フランケンシュタイン」という話題が出た途端に彼女がバーッと知識を披露したり、熱い思いを語って執着ぶりを見せたりというほうが、読者もいろいろ受け取りやすかったですね。空ちゃんというキャラクターの純度も高まりますし。
空ちゃんはピュアな子ですよね。主人公もまた、「変わり者」と思われている人物に対してこれといった偏見は持っていない。どちらもいい子だなと思います。これまで直接的な接点はなかった二人ですが、実は空ちゃんのほうは、『暗幕のゲルニカ』についてのコラムを読んで、以前から主人公に好感を抱いていたと最後のほうでわかる。
ここ、いいですよね。実は深いところで共鳴し合っていた二人なのだということが伝わってきます。
二人が実際に出会うことで、新しい世界がパッと開けたという感じがしますよね。空ちゃんは前から主人公の感性を気に入っていたし、主人公も今日話をしただけで、彼女を大事な友人だとまで思うようになっている。互いに心の通じ合う相手を得たわけで、読んでいるこちらも温かい気持ちになります。
ただ、「絵」が重要なモチーフだったはずが、いつのまにか「本」という要素のほうへスライドして、そのまま話が終わっている。ここはかなり引っかかりました。ラストシーンも、なぜか「文庫本のスピンが風に揺れて──」みたいな場面で締めくくられている。
「絵」で始まった物語なら、やっぱり「絵」で終わってほしかったですね。そこは貫いたほうがいいと思う。
途中の場面でも、五十枚以上の怪物の絵に囲まれてインタビューしているという状況なのに、主人公がその「絵」のことに触れないというのは妙だなと感じます。空ちゃんがなぜそこまで小説版の怪物に心惹かれているのかについては、もっと掘り下げてほしかった。
そもそも、ろくにインタビューできてないですからね。主人公は、招き入れられてもただ黙って待っていて、「相手が何か言ったら、それをきっかけにしよう」なんて思っている。インタビュアーとしては、どうにも力不足です。
二人の会話は、もう少し書くべきですよね。いくらこの二人が、深いところで通じ合っているのだとしても。
黄色い怪物の絵がいっぱいある倉庫部屋に女の子と男の子がいて──なんて、舞台劇の一場面みたいな魅力的なシチュエーションだと思います。やろうと思ったらいろんなドラマが作れそうなのに、お互いに踏み込まないから、何も起こらない。これはもったいないです。
後半の「推し活だ」の辺りは面白かったのですが、そこへ行くまでが長い。
そうですね。説明が多くなっていて、肝心のストーリーがあまり進まないですね。説明の中にも不要な部分が多く、いたずらに行数を取られています。ちょっと全体的にテンポが悪いかなと感じます。また、どの台詞が誰のものか分かりにくいところがありますので、そこももう少し工夫してみてほしいですね。
主人公が、「インタビューはゴールデンウィークの前日まで行いたい」とか言っていましたが、今日はまだ「インタビューの日程の打ち合わせ」のつもりだったのでしょうか? ちょっとのんびりしすぎだと思います。30枚の話なので、もう少しさくさくと物語を進めたほうがいい。主人公たちが少し会話をして、なんとなくわかり合い、「推し活」のあたりで、やっと話が盛り上がってきたかと思ったら、すぐに終わってしまった。正直、物語としては物足りないです。せっかく面白そうな設定だったのに、読み終わってから振り返ると、ストーリーと言えるほどのものはなく物足りないです。
いつも一人で怪物の絵ばかり描いている女の子、なんて興味を引かれますよね。どんな子なんだろう? どういう理由があるんだろうって、みんな気になってしまう。だからアンケートでも、堂々の1位だったわけですよね。
私は、ここの部分にはかなり引っかかりを感じました。多くの生徒がアンケートに空ちゃんの名前を書いたのは、面白半分のネガティブな興味ですよね。「変な奴がいるから、取材してきてよ」ということ。校内新聞の記者は、こういう要望に応えるべきではないように思います。もちろん主人公には、「怪物狂い」の少女のことを面白おかしく書きたててやろうという気などないのは充分わかるのですが、だったらなおさら、そもそも彼女を記事にしようと考えるべきではなかったのではと感じました。
でも、空ちゃんの評価・印象は二分していると書かれていましたよね。「変な子」と思っている人ばかりではなく、理解者もちゃんといるのだということが示されている。だから、私はそんなに気にならなかったです。
ただ、空ちゃんは休み時間のたびに面談室に逃げこみ、放課後は倉庫で一人きりで絵を描いている。その理由を「すぐ後ろで囁き合う人たちが騒々しいから」と言っていますが、それはやはり、耳に入って気分のいい話ではないからだろうと思います。いじめられているようには書かれていないけど、理解して好意を寄せている生徒の数はそんなに多くないように感じますね。
そうですね。要するに、よく陰口を叩かれているのでしょう。やっぱり、ネガティブな関心の対象なのかなと思います。そうでなければ、ろくに友達もおらず、校内引きこもり状態の空ちゃんが、アンケートでトップを取るとは考えにくい。現に主人公もその状況にピンときて、怒りを感じていますよね。そして、だからこそ「僕が真実の彼女をみんなに伝えなければ」と決意している。
そここそが、この物語の一番の盛り上がりですよね。だから、落差をつける意味で、明確ないじめではないとしても、空ちゃんがちょっとしたイジリを受けているという設定は問題ないです。ただ、作者がそういう設定や演出を明確に意図しているようには感じられない。その点は引っかかります。あまり意識しないで、なんとなく書いているのかなと。
書き手のスタンスがわからないと、受ける印象や物語の解釈が、こんなふうに読者によって違うものになってしまいますよね。
話の読み筋に大きく影響してくる以上、空ちゃんの校内での立ち位置は、やっぱりもう少しはっきりと示しておいたほうがよかったですね。もしかしたら、ものすごくのんびりした穏やかな学校で、「変わり者」であってもゆるく受け入れられているのかもしれない。でも、書かれていないのでよくわからないです。
一回目のアンケートでいきなり断トツのトップ、というのが、いかにも好奇の視線を浴びているようで、読み手が引っかかってしまうのかも。例えば、サッカー部のかっこいいキャプテンとか、雑誌でモデルをしている子とか、人気者や話題の人物が何人も登場した後で、今回は空ちゃん、ということなら、まだすんなり読めたかもしれません。
読み手がどう受け取るかというところまでは、まだちょっと書き手の意識が及んでいないのかなという気がします。
全体的に、説明が多い割に、必要な情報が不足気味だったと思います。例えば冒頭の一文で、いきなり「新聞委員会に入って早五年目」とありますが、ここでもう読み手は、ちょっとつまづきます。「高校二年生なのに、五年目ってどういうこと?」って。
実は作品舞台は、中高一貫校なのですが、そんな前提で書かれているとは、読者は全く知らずに読みますから、ここは明らかに説明が足りないです。
また、その少し先で、「アンケートの協力を呼び掛けた」と出てきますが、何のアンケートなのかよく分からない。読み進めば、「誰を取り上げてほしいか?」という内容だったんだろうなと分かってきますが、もう少し読者がすんなりと理解できる書き方にしたほうがいいと思います。
7枚目の「ちょうど三マス分離れたところ」というのも、一瞬「マスってなんのこと?」と思ってしまう。おそらくはリノリウムの床の正方形の一区画のことを言ってるんだろうなと、後から何となく想像はできるのですが、読んでいてつまずいてしまいます。こういうところが作品中に何ヵ所もありました。
物語と関係ないところで読者を立ち止まらせたり、作品世界から引き戻してしまうのは避けたいですね。
作者にとっては、「中高一貫校」や「リノリウムの床」という設定は普通のことで、特に意識せず書いたのかもしれない。でも、読者はその作品世界に関して、知識ゼロのところから読み始めます。「書いていないことは、読者には分からない」ということは、常に念頭に置いておいてほしいですね。その作品の前提条件を早い段階で明らかにするのは、とても重要なことです。
作者の頭の中には、具体的なイメージがちゃんとあるのだろうなと思います。それを、あからさまな説明ではなく、うまく地の文や会話に絡めて、読者に伝えてほしいですね。
でも、「白衣にサングラス」とか、倉庫にぐいっと引き込んで耳元で「手短に済ませよう」と囁くとか、こういうけれん味のあるドラマチックな描写は、なかなか魅力的だなと感じました。今は何となく好きで書いているのかもしれませんが、テクニックとして磨いていけば、この作者のいい持ち味になるかもしれないと思います。
そうですね。他にも、構成とか情報の盛り込み方などは割とテクニック的な部分なので、意識的に勉強すれば上達は早いのではと思います。この作者には書きたいものがちゃんとあるなと感じますし、文章そのものは素直で読みやすい。そこはすごくよかったと思います。あと、これは「変わったあの子」系列の物語ですよね。短編として扱われやすい題材で、定番の一つです。先行作品がたくさんありますので、ぜひ読んでみてほしいですね。すごく参考になると思います。
いろんな作家さんが、手を変え品を変え書いてますからね。あれこれ読んでみるだけでも、学ぶところは多いと思います。
楽しく読んで、吸収して、それをまた自分の作品に活かしてほしいですね。