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選評付き 短編小説新人賞 選評

『手紙』

麻田透

  • 編集A

    内容に言及する前に確認しておきたいのですが、こういうシステムって実際にあるのでしょうか? 「年に二回、自分あてに手紙を送ってもらう」ことは可能なのかな?

  • 編集G

    はい、実際にあります。もっとも、民間のサービスですが。郵便局では扱っていないと思います。

  • 編集A

    なるほど。あるにはあるんですね。でもこのラストだと、なんだか郵便局がやっているサービスみたいに思えますね。

  • 編集G

    主人公のおじいさんが郵便局に相談に行ったとき、「こういう会社がありますよ」と情報案内された、ということではないでしょうか。

  • 編集H

    でも現状の書き方では、この郵便局長さんが自分の裁量で特別なサービスをしてあげたみたいに読み取れてしまいます。

  • 編集F

    「珍しいご依頼だった」という台詞から、「この優しそうな局長さんが、特別に受けてくれたのかな」と思っちゃいますよね。

  • 編集B

    ここは郵便局を出さず、単純に、民間サービスの設定で書けばよかったのではないでしょうか。

  • 編集D

    結局郵便局は関わっているのかいないのか。作者としてはどういう設定のつもりだったのか分かりにくく、このラストはすっきりしません。終盤あたりはちょっと力尽きてしまったのか、「心の中に切なさが渦巻いている」とか「心が温かくなってきた」みたいな直接的な表現が多くなったり、「懐かしそうな顔をして話してくれた」という一文で物語が終わるのも、尻切れトンボ感が残念でした。

  • 編集C

    「タイムカプセルメール」に関するあたりも、疑問点が多かった。「年に2回届く白い封筒」とありますが、これって「半年ごと」かと思いきや、そうではない。

  • 編集B

    いつ届くのかは、自分で設定できるみたいですね。一通は6月だと終盤に判明しますが、もう一通はいつなのか分からない。それがうまいこと12月くらいになっていればいいのですが、もし3月と6月とかだったら、家族が「年に二回封筒が来ている」と気づくのは難しいと思います。

  • 編集C

    おじいさんが、このタイムカプセルメールをいつから始めたのかもわからない。お父さんが亡くなって「しばらくたってから」届くようになったとありますが、お父さんが亡くなったのは、現時点から五年前。その頃おじいさんはまだ、認知症の症状は出ていなかったんじゃないかな?なのにどうして、こんなサービスを利用し始めたのか。 それとも「しばらくたって」というのは、二~三年後ということなのでしょうか?

  • 編集B

    やや設定に無理があったり、時系列が曖昧なところがあったりして、気になりますね。

  • 編集C

    図書館のカウンターでタクシーを頼むのも非常識だし、その依頼を職員が受けてあげるのも考えにくいのでは。

  • 編集G

    いや、ちょっと待ってください。さっきから細かい指摘が続いていますが、私はこれ、すごくいい作品だと思います。

  • 青木

    私もです。素直に、とても感動しましたよ。こんなに「引っかかった」という意見が出るとは意外ですね。

  • 編集G

    私なんて、「いい」どころか、「素晴らしい」とさえ思っています。文句なくイチ推しです。

  • 編集D

    私もイチ推ししています。読んで癒されました。こちらが求めているものをストレートに与えてくれる、心温まる美しい作品でした。

  • 編集C

    私もいい話だとは思います。でも、細かいところがなんだかいろいろ気になってしまう。例えば、おじいさんがバスに乗ってから、三十分も経ってようやく街の中心部である駅に到着しますね。普通の住宅街に住んでいるのかと思って読んでいたので、「かなりの田舎が舞台なんだな」と、後から脳内修正しなければならなかった。

  • 青木

    いや、こんな場所、日本中に普通にありますよ? 東京の華やかな一帯以外は、どこも地方都市みたいなものですから。

  • 編集C

    バスの窓の外に広がるひなびた景色とかを、ほんの一言描写しておいてくれれば、早い段階でもっとそういうイメージが作れたのですが。

  • 編集D

    作品舞台は何県なのかとかを、最初に示しておいたほうが良かったのでしょうか?

  • 青木

    うーん、でもこれは、「どこにでもありそうな普通の家族の物語」を描いているのですから、あんまり具体的な情報を盛り込む必要はないと思いますけどね。

  • 編集C

    この家庭の経済状況も気になりました。働き盛りのお父さんは長い闘病生活の末に亡くなって、お母さんはパート勤めの低収入。で、年老いたおじいちゃんと、大学生の主人公と……この一家、生活は大丈夫なのかな? なのに、母親から尾行を頼まれた主人公は、あっさり3万円受け取っちゃうし。「家計が楽でない」とわかっていながら、ずいぶん遠慮がないなと。

  • 青木

    まあでも、タクシーに乗る可能性を考えたら、3万円は妥当な額だと思いますけどね。使わなかった分は返すでしょうし。

  • 編集C

    でもお母さんは「返さなくてもいい」と言っているし、主人公も「バイト代に目が眩んだわけではない」なんて、言い訳めいたことを言っている。

  • 編集E

    いやいや、これは語り手の「僕」の、ちょっと照れの入った軽口なんだと思います。本気で「余った分はもらっちゃおう」なんて思ってるわけではありません。そんな子ではないというのは、読めば分かりまよね。だいたい、最初はお金を受け取ろうともしなかったんだし。

  • 編集C

    でも、シングルマザー家庭に暮らす大学4年生の割に、主人公がのんびりしすぎているようなに感じてしまう。バイト代を家に入れている様子もないですし。「この主人公、もう少し家のことを真剣に考えたらいいのに」なんて思ってしまいます。

  • 編集B

    主人公は本当はとても優しいいい子なんだけど、その人となりが分かる前に「バイト代に目が眩んだ」みたいなフレーズが出てきたので、主人公の印象が悪くなってしまったわけですね。

  • 編集C

    そうですね。バックグラウンドのベースの部分を、もう少し教えておいてほしかった。例えば、お父さんの保険金がけっこうもらえたし、家のローンも終わってるし、学費は奨学金で賄えたし、そこにパート代が加わればそこそこ安泰に暮らしていける、みたいな情報がちらりとでもあれば、「ああ、そういう前提での話なんだな」と、安心して読めたと思うのですが。

  • 青木

    いや、家計は苦しいんだと思いますよ。でも、そのカツカツの生活の中でも、このお母さんは優しさを失わない。パートで働いて、家事一切をして、その上でおじいちゃんのことを心配して、中身の少ない財布から息子の手に3万円押しつけ、尾行を頼んでいるんです。本当に愛情深い人なんですよ。

  • 編集E

    だから息子も、すごくいい子に育ってるんですよね。苦しい生活の中から出す3万円だからこそ価値があるし、読んでるこちらも、お母さんの優しさに心打たれます。

  • 青木

    この家庭の生活感・空気感は、割とリアルに丁寧に描かれていると思いましたけどね。逆に、これ以上、保険金だのローンだのという生々しいお金の話が盛り込まれたら、ちょっと話のテイストが変わってきてしまうように思います。

  • 編集H

    心温まる作品なのは分かるのですが、私はむしろ、そこに引っかかって話に入り込めませんでした。登場してくるキャラクターがほんとに全員、優しいいい人ですよね。通りすがりの人に至るまで。これはどうにも、やりすぎかなと感じてしまった。

  • 編集C

    しかも、このおじいさんは「夫の父親」ですから、主人公のお母さんとは血がつながっていないですよね。夫が亡くなった後は、もはや他人に近い。そういう人に対して、こうも優しく思いやり深くなれるものかと……。

  • 編集E

    だからこそいい話なんですよ。だからこそ、このお母さんの優しさが本物だなと伝わってくるんです。

  • 青木

    このおじいちゃんも、決して威張り散らす横暴な舅とかではないんだと思いますよ。だって、「年に二回の封筒」が届いたら、自分でシャツにアイロンかけて出かけていくんです。ということは、日頃から身の回りのことは自分でやっているのでしょうね。お母さんは手を出し過ぎないで、それとなく見守っている。この小さなエピソードだけで、この家族の関係性がうかがえます。

  • 編集A

    このお母さんと亡きお父さんは、夫婦仲もよかったのでしょうね。おじいちゃんは息子を大事に思っていたし、大学生の孫ともいい距離感を保っている。ほほえましい仲良し家族だなと思います。

  • 青木

    みんないい人たちではありますが、ものすごい人格者とかではなくて、その辺に普通にいる「いい人」なんです。

  • 編集C

    そういうあたりも、類推はできるんです。でも、明確に示されているとまでは言えないと思う。もうワンセンテンスでもいいから、読んでいてこちらを納得させてくれるものが何か欲しかった。

  • 編集D

    例えば、お母さんの両親はもう亡くなっているので、義理の父親を本当のお父さんのように思っているとか。

  • 青木

    そうですか……まあ、もうワンエピソードくらい、ほほえましい家族の情景があってもよかったかもしれないですね。例えば、おじいちゃんの行動を詮索するのをやめた後は、「年に2回」のお出かけ日は必ず、お母さんはおじいちゃんの好物のおでんを作って、帰りを待っているとか。それは亡きお父さんの好物でもあって、もちろん主人公も大好き。夕食時には、みんなで何気ない会話をしながらお鍋をつつき合うとかね。

  • 編集A

    で、おじいさんが亡くなる直前に、「また三人でおでんを食べたいなあ……」みたいなことをポロッと口にするとかね。

  • 青木

    それはいいですね。このお母さんはほんとにいい人なので、そんな一言でもいいから、最後に何かしら報われてほしいです。

  • 編集B

    ただ、ラストの郵便局のシーンだけは、やはり再考してほしい。謎解きとしても不十分だし、親切すぎる局長さんの登場で一気に作り物感が出てしまいました。

  • 青木

    確かに。ここだけは余計でしたね。いっそ全部削ってもいいと思います。

  • 編集B

    タイムカプセルメールは継続中なので、また届きますよね。だから、ある日ポストを覗いたお母さんが主人公に、「ねえ、おじいちゃんから手紙が来てるわよ」ってにっこりして終わるとか。ちょっとしたワンシーンで締めくくればよかったのではと思います。

  • 編集A

    ちょっと意外なほど、「あちこち気になった」という意見が出ましたが、詳しく聞いてみれば、ほんの一言余計だったり、ほんの一言足りなかったりしたからという理由が大半でしたね。

  • 編集B

    それくらい、読者に誤解なく読んでもらうための描写の塩梅というのは、難しいことなんですよね。

  • 青木

    でも逆に、細かい描写がすごくいいところもたくさんありました。例えば主人公が、「前のタクシーを追って欲しい」と頼むくだりとか。「こんなドラマみたいなセリフ……」って自分ツッコミしてると、「刑事さんなの?」って(笑)。

  • 編集A

    その運転手さんも、すぐさま「任せろ」って引き受けてくれてね。人情味あふれる、楽しい場面ですよね。

  • 青木

    こういう「上手いなあ」と思わせられる箇所が、作中のあちこちにありました。この作者は、描写で場面の雰囲気を出すのがとても上手だと思います。説明するのではなく、会話やエピソードで状況とかキャラクターを際立たせるということがちゃんとできている。話の始まり方もいいですよね。冒頭でいきなり、「おじいちゃんの後をつけてほしいの」って台詞で話が始まって、引き込まれます。

  • 編集D

    「タイムトラベラーになって自由に時間旅行をするじいちゃん」という主人公の言葉も、すごくいいですよね。認知症をとてもポジティブに捉えている。お母さんと話し合い、「じいちゃんの時間旅行はじいちゃんだけのものだ。家族であってもそれを詮索することはできない」という結論に達するのも素敵です。要介護の対象ではなく、大切な家族の一人として尊重していることがよく伝わってくる。

  • 青木

    「お父さんの死を、僕とお母さんは受け入れたけど、おじいちゃんだけは怒っていた」というくだりも、私はすごく「わかるなあ……」と思いました。

  • 編集G

    息子を深く思っているからこそ、受け入れられなかったんですよね。でもその後では、「ワシがお前の命を吸い取っちゃって、ごめんよ」って何度も謝っている。いやもう、ここは切なかったです。大学生の「僕」が主人公ではあるけれど、この作品は、おじいさんが自分の老いとか死とかを受容する物語なんだなと私は思いました。生きていく上では避けられないことだし、辛くも切なくもあるんだけど、家族というものも含めた大きな美しいドラマになっているなと感じました。

  • 青木

    読み手の胸に深く響いてくる何かがありましたよね。

  • 編集D

    お父さんが亡くなって遺された家族が、さりげなく思いやり合いながら、普通に暮らしている優しい物語。フィクションの小説ですから、それを「嘘くさいな」と思うか、「いい話だな」と思うかは人それぞれだと思いますが、私はこの作品はいい話だと思いました。疲れた心に沁みました。

  • 青木

    どうしたって小説は、それぞれの読み手がそれぞれの感想を持つでしょうけど、私はこの作品は、そんなに過不足があるとは思わなかったですね。話として小粒ではあるし、多少手を入れたほうがいいところも見られますが、全体的にはよくまとまっていたと思います。

  • 編集G

    誰が読んでも読み筋がわかるし、何を書きたいのかが明確で、テーマも際立っている。さりげなくも感動的な物語で、とてもよかったと思います。実は受賞作とは、最後まで競り合っていました。僅差で惜しくも受賞は逃しましたが、新たな物語で、ぜひまた挑戦していただきたいですね。

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