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今回は、小説を書く際の「前提条件」について話し合いたいと思います。作品世界の土台となっている部分ですね。
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第221回
第221回短編小説新人賞 総論
今回は、小説を書く際の「前提条件」について話し合いたいと思います。作品世界の土台となっている部分ですね。
その作品がどういう設定なのか、どういう世界観なのかということは、初めて読む読者には全くわからないです。予備知識ゼロの状態から、一文一文読み進め、少しずつ理解していくしかない。でも、作者は自分の作品世界を知っていますから、つい、基本的な説明や描写をし忘れてしまうことがあります。作者にとっては「当たり前」のことだから。
今回の最終候補作は、その前提条件の部分を読者にうまく提示することができていないものが多かった印象です。「書かれていないことは、読者には分からない」ということが、あまり意識できていない作品が多かった。
例えば、『怪物狂い』は、中高一貫校が舞台でしたね。でも、その設定が読者に示されないまま「新聞委員会に入って早五年目の高校二年生」として話が進んでいく。だから、疑問や戸惑いを感じながら読むことになり、読者が作品世界に入りにくい面がありました。書き手にとっては何気なく書いた文章なんだろうけど、読者は作品世界の大前提の部分を知らないので、内容や状況を読み取ることが難しいです。
「学校」と一口に言っても、私立か公立かだけでもイメージは大きく違ってきますよね。文化祭や修学旅行だって、秋にやるところもあれば、春にやるところもある。
ましてや校風なんて千差万別です。自分自身が経験したことによって無意識に「当たり前」と思っていることは、実は他の人にとっては全然当たり前ではなかったりする。ここはぜひ、強く認識しておいてほしい。
それから、人物の立ち位置なども、早い段階でさりげなく示しておいたほうがいいですね。それがあれば読者は、作中の人間関係の機微を読み取ることができます。例えば学園ものなら、登場人物がスクールカーストのどの位置にいるかという情報は、とても重要になってきます。
また、『手紙』の中では、話の中心アイテムである「タイムカプセルメール」に関する設定が曖昧な書き方になっていて、読む人が引っかかりを感じてしまいましたね。どういうシステムなのか、これではよくわからない。
それから、主人公の暮らしているところがどういう感じの場所なのかといった情報も入れてくれておいたら、読む側もイメージを定めやすかった。周囲の風景などをちょっと描写するだけでいいんです。
あからさまに説明しすぎると野暮ったくなりますから、さりげなく入れ込むのがポイントですね。
例えば、「照りつける太陽」って書くだけでも、読者は「夏なんだな」って思いますよね。ちょっとした一言でも、季節感を出すことは可能です。地の文をなんとなく書いている投稿者もいるかと思いますが、非常にもったいない。一文たりともおろそかにしないくらいの気持ちで、最大限活用してほしいです。
なにげない風景描写にもエピソードにも、本来ちゃんと意味があります。特に短編は枚数に余裕がないですから、短い中に必要な情報をうまく入れ込む工夫をしてほしいですね。
自分が読者として本を読むときに、プロの作家さんがどうやってさりげなく情報提示をしているか、少し意識しながら読んでみると、いろいろ勉強になると思います。
最近、現代ものの投稿が増えている印象ですが、現代ものなら世界観を伝えなくていいということではないので、注意してほしいです。現代ものだと逆に、つい「説明しなくても分かってもらえるだろう」という心理が働きがちになりますので、「自分のあたりまえと読者のあたりまえは違う」ということを常に念頭に置いておいてほしい。
『雨の鳥居』なんて特に、現代ものに近いのにファンタジー要素も混ざっていて、どういう作品世界なのかを読者が理解するのには時間がかかる。そこへの配慮がより一層必要になってきます。
あと、思わせぶりなアイテムがいろいろ入っていましたが、物語の本筋にうまく絡められていないのも気になりました。
『宿直心中』でも、話の途中で急に新たな要素が登場したりして、読者が戸惑いましたね。
主人公に霊感があるとかね。かなり唐突で、違和感がありました。作者は常に物語全体を俯瞰でとらえて、「この要素は必要か?」ということを冷静にジャッジしてほしいですね。
魅力的なアイテムやモチーフを思いついたら、つい盛り込みたくなっちゃうんですよね。気持ちはすごく分かります。でも、「入れても意味がないな」ということに気づけたなら、涙をのんで削ってください。削ったものは、他の作品でまた活かせばいい。
今書こうとしている作品において一番大事な要素は何か、を自分で把握して、そこにしっかりと集中して書いてほしいですね。
30枚の短編だったら、やっぱりアイテムは一つに絞ったほうがいいんじゃないかな。大きいのを一つ、小さいのを三つくらいが限度だろうと思います。いくつも同じ大きさのものが並んでいると、何がメインなのわからなくなってしまいますので。
余計なものは削ぎ落すということですね。青木さんご自身は、何か工夫されていることはありますか?
参考になるかは分かりませんが、キャラクターに延々と会話をさせたりとかは、よくやりますね。続けているうちにだんだんと、そのキャラクター独自の会話のテンポとかがわかってくるんです。それがつかめたら、「〇〇が言った」みたいなことを書かなくても読者に分かってもらえるようになります。何ページも延々会話させて、使うのはそのうち五行だったりするんですけど。説明や描写も、いったん長く書いたあとで削るのはよくやります。アイテムやモチーフを使うのは苦手なのですが、使う場合は、比喩や暗喩がわかってもわからなくても物語が成立するようにします。
プロの方でも、水面下でそんな努力をされてるんですね。
まあ私は、好きでやってるだけです。万人に向くやり方だとは思わないので、興味がある人は試してみてください。でも、小説を書くのが好きという人は、割とこういうの好きなんじゃないかなと思います。私は楽しくやってます。強烈なアイテムは短編に向いていると思います。単語ひとつで雰囲気が作れるので。しかし頼りすぎると読者を置いてけぼりにしてしまいます。「人に読んでもらう」「感想をもらう」という経験を重ねると、自分の勘どころができてくると思います。
でも、思いついたネタや頑張って書いた描写を、「せっかくだから全部残したい!」では、やっぱりいい作品にはなりにくい。読み返して物語全体を俯瞰し、「これ余計だな」と思ったら、勇気をもって削るのも大事なことです。特に短編は枚数もないので、選りすぐりのものしか残っていないくらいのほうがいい。
小説は、一回書いてからが本当の勝負、と心に留めてほしいですね。書き上げた後、何度も読み直して手を入れて、削ってはまた書いてを繰り返し、完成度を高める。自分の大切な作品なのですから、手間と時間をかけて、できる限り良いものにしていってほしいなと思います。