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選評付き 短編小説新人賞 選評

『グレーテルの手紙』

吉乃小麦子

  • 編集E

    非常に面白かったです。もう冒頭から、ぐいぐい引き込まれて読めました。独白調の手紙というものがまずそそられるし、「あの出来事の真相は……」とか「あの物語には続きがあって……」みたいな話って、やっぱり強く興味を引かれますよね。

  • 青木

    はい。私もすごく引き込まれて読みました。「手紙」形式の作品、個人的に大好きです。内容もとても興味深かった。

  • 編集E

    実際、『本当は〇〇なグリム童話』みたいな本もいろいろ出てますし、多くの人が興味を引かれる分野だと思います。ジャンル的に面白いだけでなく、文の運びや展開も非常にうまかった。リーダビリティの強い作品だなと思い、私は最高点をつけました。

  • 青木

    非常に完成度の高い作品ですよね。

  • 編集E

    グリム童話は、版を重ねるうちにあれこれ改変されたりして、お話が変わっているらしいですよね。大昔の話だし、原形がどうだったのか、今となってはもうわからない。だから余計に想像が膨らむし、ロマンを感じます。

  • 編集C

    『白雪姫』とかもそうですよね。「継母」に殺されかけるけど本当は「実母」だったとか、その母をひどい方法で殺して復讐を果たしたとか。元々はびっくりするような残酷展開だったという童話はけっこう多いです。

  • 編集E

    本作は、のっけから「グリム様」とはっきり名前が出てくるし、読み進むとほどなく、この手紙の書き手がグレーテルだとわかる。何やら秘密の真相が明かされそうな雰囲気に、好奇心が刺激されます。あっというまに物語へと引きずり込まれ、最後まで飽きることなく読むことができました。「グリム童話には書かれていなかった真相」もちゃんと用意されていた。それに、文章や描写の精度が高く、読んでいて非常に納得させられます。『グリム童話』の中では小さな女の子だったグレーテルが、あの事件の後こういう一生を送ったのだということが、非常なリアリティをもって描けている。この作品内のグレーテルには、それくらい確かな存在感があったと思います。

  • 編集B

    わかります。一人称の語りなので、グレーテルに関する客観的な描写はほぼないのですが、読んでいると、この手紙を書いている老女の姿が脳裏に浮かんでくる気がする。

  • 編集E

    「兄はもう亡くなったし、いま私が死ねば永遠に埋もれてしまう秘密の真相を、あなたにだけひっそりと打ち明けます」、みたいな演出も、すごくドラマチックだなと思いました。

  • 青木

    しかも、手紙で告白、というのがいいですよね。読者は、まさに今、グレーテルからの手紙を自分が読んでいる気持ちにさせられます。

  • 編集B

    このグレーテルの語り口も、とても良かったと思います。読んでいて心地よいですし、トーンも統一されている。

  • 編集E

    欲を言えばあともう一歩、「うわあ、そうだったのか」という仕掛けが最後にほしかったかなとは思います。本物のグレーテルがいま目の前にいたら、聞きたいことは色々ありますよね。例えば、魔女の家が「お菓子の家」という話になったのは、どうしてなのかとか。文字通りの「お菓子の家」はおそらく実在しないでしょうから。せっかく「グリム童話の真相」みたいな話を書いているのですから、読者のさらに一歩先を行く真相の解明が、最後にもうひとつくらいあったほうが、とは思いました。私は面白く読みましたけど、読者によっては、「ラストがちょっと肩透かし」と思うかもしれないなと感じます。

  • 編集F

    私はまさに、そう思った読者です。非常に完成度は高いのですが、ラストにもうひとひねり欲しかったなと。

  • 編集C

    話がするすると進み過ぎている気はしますね。

  • 編集A

    魔女の娘が登場して、話をして去っていくだけなので、ちょっと物足りない。あと、テーマを直接的に語りすぎているのも引っかかりました。

  • 編集E

    「真の悪は、貧しさとひもじさである」、というところですね。

  • 編集A

    描写はすごく上手いので、こんなストレートに言葉にしなくても、十分伝わってきます。一番書きたかったところだから、つい筆が滑ってしまったのかな。

  • 編集E

    でも、昔は本当に、生きること自体がすごく大変だったんだなあとつくづく思います。童話とか昔話を読むと、ほとんどみんな飢えと寒さに苦しんでいる。この話の中も同じで、グレーテルも魔女も魔女の娘も、飢饉が原因で悲惨な目に遭っています。みんなどれほど辛かったことだろうと思うと、胸が痛かった。子供を何人も手にかけた魔女ですが、好きで殺したわけではない。すべては愛する娘のためでした。

  • 編集B

    そう。自分の子供を助けたい一心だったんですよね。やってはいけないことをしてはいるんだけど、同情の余地はある気がする。

  • 青木

    このお母さん、「魔女」という呼称で書かれていますが、いわゆる本物の魔女と思っていいのでしょうか? 

  • 編集B

    薬師みたいな仕事をしていたんじゃないでしょうか。魔法が使える人物のようには思えないですね。娘が「母は賢い女でした」と言っていますから、医術や薬草の知識があったのかなと思います。

  • 編集G

    人間の解体や料理ができるわけですからね。

  • 編集F

    一点気になったのですが、16枚目に、夕食のスープの肉団子をかじったら爪が出てきて、「あっ、今日一緒に遊んだ、あの子の爪だ」と気づく場面がありますよね。でも、うっかり料理に混ざったのであろう小さな爪を一目見て、「あの子の爪だ」なんてわかるものでしょうか?

  • 編集E

    そこは私も引っかかりました。ちょっと無理があるような気がする。爪って、そんなに個人差ないでしょうし。もう少しうまいやり方があったのではと思います。

  • 青木

    ただ、食べ物の描写は、とてもおいしそうでしたよね。「よく煮込まれた肉団子のスープ、腸詰め、モモ肉の香草焼き」。でも後からこれが、実は人肉料理だったとわかると、おいしそうな分、怖さが倍増する。こういうあたりの書き方はすごく上手いなと思います。

  • 編集G

    魔女の娘は、このあと家を出ていくんですよね。ということは、ヘンゼルとグレーテルが魔女に囚われていたとき、魔女の家にはもう娘はいなかったということになる。私はここもかなり引っかかりました。「よその子供を殺すのは、愛する娘の食料にするため」だったはずなのに、話の整合性が取れていないのでは。

  • 青木

    確かに。現状では齟齬が生じてしまっているので、何かうまい理屈をつけておいてほしかったですね。老婆になったグレーテルが当時のことを振り返って、「そういえば……」と何かを思い出す形で、理由付けとなるオリジナルエピソードを付け加えるとか。

  • 編集G

    作者は、物語を構築する力に長けていると思えるのに、ここの矛盾に気がつかなかったのが、ちょっと不思議だなと思いました。何か設定があったのなら書いておいてほしかったし、単なるケアレスミスなら、非常にもったいなかったですね。

  • 編集B

    せっかくこんなに面白い話なのにね。書き上げたらいったん落ち着いて、この作品を初めて読む読者になったつもりで読み直してほしいです。

  • 編集G

    それにしても、この魔女の娘は、どういうつもりでグレーテルの家へやって来たのでしょう。彼女は既に一度自分の生家に戻り、白骨化した母親を発見している。母親の死を確認したのですから、故郷への旅の目的は果たしたわけですよね。なのになぜ、また森を出て、わざわざグレーテルの家を訪ねたのか。

  • 編集E

    過去の事件について、グレーテルと話をしたかったのでしょうか? 

  • 編集G

    でも、話をするまでに、ずいぶん日数がかかっていますよね。それどころか、「帰る家が見当たらない」と嘘をついて、まずはグレーテルの家に入り込み、しばらくの間、素性を隠して働き続けている。

  • 青木

    確かに妙ですね。話がしたいだけなら、訪ねて行ったとき直ぐに、「実は私は……」って切り出せばいいのに。

  • 編集G

    この魔女の娘の真意がよく分からなくて、最初私は、この話がうまく呑み込めませんでした。彼女は何がしたいんだろう? グレーテルに謝りたいの? それとも恨み言をぶつけたいの? だったらさっさとそうすればいいのに、何をいつまでもぐずぐずしているのだろうかと。ただ、ラストでグレーテルが、「彼女は死に場所を求めてこの農場にやってきたのではないか」と語っていますよね。これはグレーテルの推測に過ぎないので、実際のところは分かりません。でも、もし本当に魔女の娘が死に場所を探しに故郷へ戻り、最後の最後にグレーテルに自分の思いの一端なりを語りたかったのだとしたら、彼女の抱えていた複雑な気持ちも何となくわかるような気がします。そして同時に、すごくかわいそうにも思えました。子供の肉を食べたのは彼女の責任ではないのに、ずっと罪悪感を抱えて、苦しみながら生きてきたんだなあと。

  • 編集E

    魔女の娘は何も悪くないですよね。でもグレーテルは、彼女の打ち明け話を聞いて、「おまえは子供の肉を食ったくせに、罪の意識はないのか」みたいなことをかなり強く思っている。私はここで一瞬、疑念がよぎりました。これは信頼できない語り手の話なのではないかと。その箇所に来るまでは、グレーテルの語ることを「真実」だと思って読んでいましたが、もしグレーテル自身のものの見方が歪んでいたら、今までの話の全てが覆ってしまいます。結果的に、そういうわけではなかったのですが。

  • 編集B

    でも、グレーテルの反応や考え方は、ちょっとキツいですよね。もう頭から魔女の娘を責めている感じで。

  • 編集G

    しかも、「人肉を食って生き延びた娘だ。もう子供の肉なしでは生きられなくなってるんじゃないのか?」とか、けっこうひどいことまで考えています。

  • 青木

    グレーテル自身、殺されかかったわけですからね。でも、魔女の娘だって、グレーテルにお母さんを殺されている。言ってみれば、どちらも被害者ですよね。

  • 編集C

    同時に、どちらも加害者であるとも言える。

  • 編集B

    魔女の娘は「母を葬ってくれて感謝します」みたいなことを言っていますが、グレーテルからしたら、額面通り受け取ることはできないですよね。

  • 編集G

    魔女の娘の、「あの恐ろしい母を殺してくれて、悪行を重ねることを阻止してくれてありがとう」という気持ちは本心だと思います。でも同時に、「よくもお母さんを殺したな」という気持ちも、多少はあるのではという気がする。まったくのゼロではないでしょう。相反する思いですが、両立すると思います。

  • 編集C

    感謝だけなら、打ち明けるまでにこんなに時間はかからなかったでしょうしね。だから、「母を殺してくれてありがとう」というのは、ある意味強烈な皮肉だとも受け取れます。

  • 編集A

    ただ、ものすごい真相が明かされそうな雰囲気だったのに、結局打ち明け話で終わってしまうのは、展開がちょっと弱い気がします。このままでは、読み手が「へえー、そうだったのか」と思って終わってしまう。この手紙をもらって読んだグリム兄弟が、「ええっ!?」って激しく動揺するような何かが、ラストに盛り込まれていてほしかったです。

  • 青木

    グレーテルがこの後、魔女の娘を殺したかもしれないことがほのめかされているとかね。「彼女はいつの間にかいなくなりました」と書いてあるんだけど、読者には「もしかして、グレーテルが?」と思わせるような書き方にするとか。

  • 編集C

    手紙形式の作品って、そういう仕掛けが可能ですよね。

  • 編集D

    でも、これは様式美のある作品なので、そういう「ラストのひとひねり」がない今の形が最善だと思います。

  • 青木

    そうですね。もし本当にそういうほのめかしを書いていたら、やっぱり「最後のひねりは余計だった」という感想が出たかもしれない。作品のテーマもブレてしまいますし。

  • 編集E

    ただ、グレーテルは、そういう思いきったことをしても不思議ではない人物だと思います。だって、まだ小さな女の子だったときに、たった一人で魔女を殺してるんですよ。それも、巧妙にだまして、かまどで焼き殺している。驚くほど機転が利くし、肝も据わっています。

  • 青木

    そういえば、「この娘が少しでもおかしな真似をしたら、糸車の針を彼女の胸に打ち込んでやる」と思っている場面がありましたね。グレーテルのガッツがうかがえて、いい描写だなと思いました。対する魔女の娘は、いかにも弱々しく、生きる気力も失っている。同じように過酷な目に遭いながらも、懸命に這い上がって幸せな人生をつかんだグレーテルに比べ、魔女の娘は苦悩するだけの一生を送った。どちらがいいも悪いもありませんが、この二人が対峙したとき、気迫で勝ったグレーテルに軍配が上がったということかなと思います。私は、戦う意欲を持っているグレーテルというキャラは、けっこう好きですね。

  • 編集G

    私は、魔女の娘のほうに心が残りました。知らない間に禁忌を犯させられ、悪くないのに罪の意識にさいなまれ続けた。本当に可哀想だなと。そう思わせてくれるこの作品自体が、よくできていたと思います。『ヘンゼルとグレーテル』という有名な物語の陰には、可哀想な魔女の娘がいた。彼女は死に場所を求め、ひとり故郷の森の中へ消えたというのは、とても哀しい美しい結末で、すごくよかったと思います。

  • 青木

    語り口が非常に端整で、文章も達者ですよね。本題に入る前のところで、「残酷性に配慮して『継母』と書き換えられていましたが、私たち兄妹を捨てたのは間違いなく『実母』でした」みたいなことをさらりと入れているのもうまい。この説明があるとないとでは全然違いますから。終盤の回想シーンの中で、お母さんが木べらについたすぐりのジャムを、グレーテルに舐めさせてくれる場面がありますよね。幸せな子供時代の思い出です。でもこのお母さんは、このあと子供たちを森へ捨てる。でもグレーテルは、そんな母を今は恨んではいない。貧しさとひもじさが人間を恐ろしい生き物に変えるのだと、骨身に沁みてわかっている。そしてその気づきが、作品テーマへと繋がっていく。この語りの組み立ては非常にうまかったですし、悲惨な物語だからこそ、一瞬の回想シーンのきらめくような優しさと甘さが、逆に切ないですよね。素晴らしかったと思います。

  • 編集C

    ネタの選び方も、非常に的確だった。「独立した短編」として見事にまとまっていました。次はぜひ長編にも挑戦していただきたいですね。

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