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選評付き 短編小説新人賞 選評

『最悪のバイト先』

堀江まき

  • 編集A

    面白かったです。やっぱり本好きとしては、「本屋のバイト」と「本の中に入る」という要素には、ぐっと興味を引かれるものがありました。ネタ自体にはけっこう手垢がついているとも言えるのですが、よくある「歴史改変」みたいな話ではなく、「物語を本来の状態に修正する」という設定にしたところに、新鮮味があったと思います。ただ、作中で取り上げる物語のチョイスには疑問がありました。どうして『平家物語』にしたのかな? かなり壮大なお話なので、短編では扱いにくいですよね。

  • 編集B

    「鵯越の逆落とし」と聞いて、すぐさま「ああ、あの話か」とピンとくる読者ばかりでもないでしょうしね。それなりに有名なエピソードではありますが、知らない人も多いでしょう。

  • 編集A

    それに、『平家物語』には史書という側面もあるので、「本の内容を正す」というストーリーに使うにはちょっと適さないと思います。主人公たちが正しているのが「日本史」なのか「お話の筋」なのか、ごっちゃになってしまう。

  • 青木

    確かに。今回主人公たちがやったことは「物語の修正」なのか、それともタイムパトロール的なものなのか、結果的に曖昧ですよね。

  • 編集A

    この作品の設定は、連作短編にすごく向いていると思います。毎回いろんな本の中へ修正しに行っていて、今回はたまたま『平家物語』を――-ということであればさほど問題はないのですが、一話完結の独立した短編の中で壮大な歴史的物語を扱うのは、ややこしくなるのでやめたほうがいい。史実が絡まない完全なるフィクションで、かつ、誰もが知っているような物語を持ってきたほうがよかったと思います。例えば、『マッチ売りの少女』とか。

  • 編集C

    たった三十枚の中で『平家物語』を用いるのは無理がありましたね。アイディアが浮かんだ瞬間は、「面白そう! 書きたい!」と思ったかもしれませんが、ストーリーを練る段階で、「うーん、やっぱり無理だな……」と気づいて立ち止まってほしかったです。

  • 編集D

    実際、終盤あたりはすごく駆け足な展開になってますよね。全体的にも説明不足だなと感じます。

  • 編集A

    読んでいてよく分からなかったのですが、最初、古本屋の店主の本田さんは、店番のバイトを探していたんですよね? 自分が本の世界に入るとお店が留守になるから、その間の店番をしてくれる人が必要だということで。でも、実際はすぐさま主人公を、自分の仕事に同行させている。その間、お店はあっさり「長期休み」にしています。ということは、「店番が欲しい」というのは、最初から嘘だったのかな?

  • 編集C

    そうだと思います。普通の人には見えない張り紙をしている時点で、古本屋の人手を求めてるわけじゃないですよね。「本の中に入ることができる」という特殊能力を持った人間を探していたんだと思います。

  • 編集A

    でも、だったらなんで、「店番求む」みたいな張り紙をしたんだろう? そもそもこの店、営業する必要もないですよね。本田さんの特殊能力を知っている人だけが、個人的に本を持ち込んでくるわけですから。しかもこの特殊能力は、そんなに大っぴらにしていいもののようには思えない。いったいどれほどの数の人間が知っているのかな? 本の中身が変化してしまうのはなぜ? 細かい設定の部分には、疑問点が多いです。

  • 編集B

    主人公が日本史に詳しいとか、たまたま学生証が見えたという展開も、ちょっと都合がよすぎる印象があります。それに本田さん、「自分は日本史をよく知らないから、大学で歴史学部にいる君が必要なんだ」みたいなことを言っていますが、その割に、『平家物語』の時代に飛んでも全然困ってないですよね。猟師への化けっぷりは堂に入ったものだし、自分がどこへ行って何をすればいいのかも、しっかりと把握している。これなら主人公はべつに必要ではなかったということになってしまう。

  • 編集A

    本田さんが主人公を無理やり本の中に連れて行ったのは、主人公を鍛えるためだったのかな? 本田さんは、「物語修正者」を育成して増やそうとしているのでしょうか。主人公をいきなり窮地に陥れる本田さんの目的が何なのか、分かりづらかった。

  • 編集C

    設定も展開も、ちょっとまだうまく整理されていないですね。余計な場面やエピソードも多かったと思います。例えば最初の張り紙のところは、古本屋の求人ではなくて、「普通の人には見えない張り紙」というだけでよかったんじゃないかな。

  • 青木

    主人公が「なんだこりゃ?」って眺めていたら、「君! それが見えるのか!?」って本田さんが飛び出してきてね。

  • 編集C

    「よしっ! 合格! 君をスカウトする!」ってなって、あれよあれよと巻き込まれていく、とか、そういうほうが状況が分かりやすいし、テンポよく話が進んでいったと思います。

  • 青木

    冒頭のあたりはちょっとのんびりしすぎてますよね。古本屋の店先ではたきをパタパタしている場面から始まり、さかのぼってバイトが決まるまでの経緯が何ページにもわたって描かれていますが、ここはこの物語の本筋においてそんなに重要ではないと思います。それに、このオープニングだと、大学生のバイト物語が始まるのかなと読者が思いかねないです。

  • 編集C

    つかみとしても弱いですよね。せっかく面白そうな要素がいろいろ盛り込まれている話なのですから、もっと活用してほしかった。

  • 編集B

    現状では、バイトを探しながら歩いていた主人公が、求人の張り紙を見つけ、店主が出てきて、招き入れられ、お茶を飲みながら、バイトの詳細と特殊能力についての説明がなされ……と、すべてが順番通りに描かれている。でも、こんな時系列順に書く必要はないですよね。

  • 青木

    はい。特に短編の冒頭は、もっと緊迫感のあるシーンで始めたほうがいいです。みなさん、『ドラえもん』を思い出してみてください。まず最初は? いきなりのび太が大泣きしながら、「ドラえも~ん!」って駆け込んできますね。ドラえもんが驚いて、「どうしたの!?」って。

  • 編集B

    で、「うわーん、ジャイアンが~!」って、事情が説明される。と、ドラえもんが、「よーし、それなら」ってポケットからひみつ道具を取り出す。

  • 青木

    この展開の無駄のなさ、冒頭から話に引きずり込む力、テンポの良い盛り上げ方。藤子不二雄先生は本当に素晴らしいです。子供向けのマンガだと侮らないでくださいね。学ぶべきものの宝庫です。

  • 編集A

    本作だと、例えば冒頭は、主人公が鵯越を駆け降りるシーンから始めてもよかったですね。「うわー、もうダメだー!」っていう絶望的な場面から始める。

  • 編集B

    で、そこから、「いったいなんでこんなことに……」と、事情が語られていくわけですね。

  • 青木

    会話から始めてもいいですね。風変わりな店主と、助手の主人公。いちいち説明しなくても、数行の会話でこのふたりの立ち位置ははっきりします。鵯越のシーンはけっこう迫力があって、良かったと思います。ただなぜか、あまりクライマックスという感じがしないのが、もったいないですね。

  • 編集A

    本の中に入って、大変な思いをしながら間違いを修正していく。それがこの作品のメインだと思うのですが、そこへ至るまでに、枚数の半分ぐらいを費やしてしまっている。せっかくの「物語の中に入る」という魅力的な要素が存分に活かされていなかったです。もう少し全体を見て、描写の配分を考えてみてほしかった。それとも、もしかしてそっちは本筋ではないのかな? 物語というよりも、キャラクターを描きたい話だったのでしょうか?

  • 編集B

    それは考えられますね。キャラの描き方には、すごく萌えが感じられますので。

  • 編集C

    金髪碧眼のイケメン古本屋と、彼を親身にサポートしている幼馴染の、これまたイケメンの呉服屋。主人公は、嫌だ嫌だと言いながらも、イケメンたちの活動に巻き込まれ、特殊能力を発揮していく。ワクワクする設定だし、ビジュアル的にもすごく期待が持てます。ただ、せっかくのキャラたちの魅力が、話の中であまり活かされていない。登場させるだけになってしまっている。

  • 編集B

    書き手の意欲はすごく伝わってきました。かっこいいキャラクターを出して、「本の中」という舞台で活躍させたい、という気持ちは強く伝わってきて、そこはとても良かったです。

  • 青木

    はい。しかも、もしそれがしっかりと描けていたなら、実際に非常に魅力的な作品になっただろうと思います。現状ではちょっとまだ、頭に浮かんだ要素や設定を小説に落とし込むことが上手くできていなかったですね。あまり書き慣れていないのかなという印象も受けます。

  • 編集B

    文章面でも、ところどころ引っかかるところがありました。例えば、本田さんの登場シーン。「金色の髪をした、色白の若い男」とありますが、単なる外見描写かと思っていたら、しばらく後で「見た目に反して日本語がおそろしく流暢だった」とある。ここで初めて、「あ、外国人という設定だったのか」と判明するのですが、ちょっと分かりにくいと思います。こういう情報は、キャラクターが登場してきた段階で入れておいたほうがいいですね。

  • 編集A

    それから、その同じ場面で、主人公は向かいの呉服屋の若い男に顔を向けていましたよね。男は視線に気づいて、主人公に向かって近づいてきた。なのに次の瞬間、なぜか彼は主人公の背後に立っている。

  • 編集E

    ここの描写は気になりました。人物がワープしちゃってますよね。

  • 青木

    だから、私は実は、この呉服屋さんには特殊能力でもあるのかなと思っていました。古本屋と呉服屋のイケメン能力者コンビで、何かやるのかなと。でもこの呉服屋さん、これ以降はほぼ話に登場してこなかったですね。

  • 編集C

    呉服屋さんはこのお話の内容では、出す意味はあまりなかったんじゃないかな。

  • 編集B

    現状ではそう思います。だからこそ、やはりこれはキャラ萌えの作品なんだろうなという気がする。作者にとってはこの呉服屋さんは重要で、ぜひ話に出したかったのでしょうね。

  • 青木

    ただ、キャラ萌え作品なのであれば、キャラたちの楽しい掛け合いをもっと増やしたほうがいいですね。現状でも作者なりに盛り込んでいるのだろうとは思うのですが、さらにもう少しコメディ方向に寄せたほうが、読者は楽しめると思います。

  • 編集F

    キャラクターの関係性も、もっとしっかりと描いたほうがいいと思います。ストーリーを進めるのに手いっぱいでそこまで描き切れなかったのかもしれませんが、キャラクターが重要な話なのであれば、キャラの関係性の描写にこそ多くの分量を振り分けるべきです。登場人物の魅力を際立たせる描写も、もっと増やしてほしい。

  • 編集G

    会話の部分で、誰がどのセリフをしゃべっているのかわからないところもありました。人物の描き分けにも、もう少し力を入れてほしいなと思います。

  • 編集C

    主人公が、店長の本田さんにタメ口をきいているのも不可解でした。だから確かに、登場人物の関係性はもっとしっかりと描いてほしいのですが……でも根本的な問題として、この話を三十枚で書くのはそもそも無理ですよね。

  • 編集D

    この作品は明らかに、もっと長い物語の一部分だろうと思います。

  • 青木

    そうですね。シリーズの冒頭という感じです。だから、話が進めば、呉服屋さんにも重要な役割が出てくるのかもしれませんね。

  • 編集A

    書かれてはいないけど、作者の中にはいろいろな設定やイメージがあるのだろうと思います。ただ、まだまだ練り込まれていない。例えば、「億ション」に関する話がラストにちらりと出てきますが、これも少々引っかかる。駅前のタワーマンションまるごとを、個人が所有しているとは考えにくいです。

  • 編集F

    分譲マンションを何部屋か持っているということなのかな? 「思いきって派手な設定でいこう!」ということなのかもしれませんが、キャラや物語のバックボーンがぼんやりしすぎていて、読んでいて引っかかってしまう。こういうところが作中にいくつもありました。

  • 編集A

    エンタメ作品であっても、説得力は必要ですよね。もう少しあれこれ調べたりして、作品の土台部分はしっかり固めてほしいなと思います。

  • 編集C

    いろいろなことを思いつく能力のある書き手だなとは思いますが、まだちょっと、自分のアイディアに振り回されている感じですね。

  • 青木

    書きたい気持ちが先走っちゃったのかな? ちょっと一旦落ち着いてほしいですね。せっかく思いついた面白い設定や素敵なキャラなのに、書き急いではもったいないです。

  • 編集A

    思いつきと勢いでワーッと書いてしまうのではなく、まずは物語の骨組みをしっかりと構築してほしい。ネタ自体は本当に魅力的ですから。

  • 編集D

    これ、設定や要素を整理して、キャラの関係性をきっちりと入れ込んだ長編にしたら、すごく萌える話になると思います。ネタの持っているポテンシャルが非常に高いので、私は脳内で勝手に補完して、楽しんで読めました。

  • 編集B

    文章はまだこなれていないんだけど、不思議と映像は浮かびますよね。ここぞという場面に関しては、けっこう解像度の高い描写ができていたと思います。そして、純粋なエンタメ作品であるところも、すごくよかった。

  • 編集C

    同感です。主人公が苦悩するような投稿作が多い中で、気楽に楽しませてくれる作品は貴重でした。シリアスな作品ももちろん大歓迎ですが、肩の力を抜いて楽しめる作品というのは意外と少なくて、たまに目にすると嬉しくなります。

  • 青木

    しかもこの作者は、自分自身も楽しみながら書いてますよね。だからこそ、読んでいるこちらも楽しい気分になれる。今後もぜひ、のびのびと作品を書いていってほしいですね。

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