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選評付き 短編小説新人賞 選評

『小さな楽しみ』

みなみつきひ

  • 編集A

    八百屋のパートとして細々と生活している主人公の、テンションの低い毎日を描いている話なのですが、読み終わって改めて考えると、ちょっと怖い感じもする作品ですね。

  • 編集B

    主人公、ほんとに低エネルギーで生きてますよね。何に対しても心を動かさない。悪意をぶつけられてさえ、へらっと受け流している。

  • 編集C

    ラストの一文、「わたしは/ ぼんやりと、次はどんなお弁当が食べられるのだろうかと、思った。」というのは、なんだか読んでヒヤッとしますよね。

  • 青木

    このあとタイトルに戻ると、もっと怖くなります。「『小さな楽しみ』って、そういう意味だったのか」と。

  • 編集B

    あまりうまくいってない人生の中で、お昼に隣のお店のお弁当を食べるのが「小さな楽しみ」なのかと思っていたら、このラストを読むと、「隣が潰れたってことは、また新しいお弁当を食べられるってことね」と思っているように感じられます。

  • 青木

    たぶん、作者は意図して仕掛けてるんだと思います。このタイトルの付け方はすごくうまいですよね。が、どうしても、「うまいな」より「怖いな」が先に立ってしまう(笑)。

  • 編集C

    あんなによくしてくれたソラさんがいなくなったというのに、主人公はソラさんのことを心配している様子がほとんどうかがえない。

  • 編集B

    しかも、ソラさんのお店がなくなる理由に、自分が関係しているかもしれないのにね。

  • 編集A

    「私のせいかも……」みたいな思いが、ちらりとも出てこないですよね。書かれていないだけかもしれないけど、一人称の語りの中で出てこない以上、読み取ることはできない。

  • 編集E

    そもそも私は、この話自体がちょっとうまく読み取れなかったのですが……これ、ホラーではないですよね?

  • 編集C

    ジャンル的には違うと思いますが、でも、主人公が全てに対して無関心なところは、かなりホラーだなと思います。

  • 青木

    この主人公、どうしてこんなにまで心を鈍らせてしまったのでしょう? すごく気になりますね。

  • 編集E

    一点よくわからなかったので確認したいのですが、終盤に出てくる金髪の若い女性は、どういう立ち位置の人なのでしょう? ソラさんとの間に何か確執があるのでしょうか。彼女はソラさんを憎んでいて、窮地に陥れる何かを探して隣の八百屋に入り、まんまと猫の写真をゲットしたということでしょうか?

  • 青木

    うーん、よくわからないけど、特に関係はないんじゃないかな。通りすがりのインスタグラマーみたいな人かと思います。あるいは、ただの一般人かもしれない。

  • 編集E

    では、彼女には何の悪意もなく、通りがかったお店になんとなく入ったら、たまたま面白そうな写真が撮れたので、SNSにアップしただけ……ということ?

  • 青木

    そのあたりははっきりしないですね。ただ、もし彼女に何かしらの思惑があったとしても、猫の写真がバズるかどうかは、操作できることではないですよね。

  • 編集B

    私はこのエピソードは、特別大きな悪意みたいなものがなくても、こういう不幸なことが起こってしまうのだということを表現しているのかなと思いました。この金髪の女性は単に話題になりたくて、ちょっと意地の悪いタグをつけただけなんだけど、それが思わぬ大きな結果をもたらしてしまった。「こういうことが、世の中では起こるんだよ」ということを作者は描いたのかなと。

  • 編集G

    私もそういう方向で読みました。リツイートした人たちも、べつに憎悪をたぎらせていたわけではないけど、面白半分ではあったわけですよね。

  • 青木

    私も、普通の人が普通に持つちょっとした悪意、みたいなものを描いているのかなと思いました。実は私は、玉ねぎに傷をつけているのは、主人公じゃないかと疑っていたんです。

  • 編集B

    わかります。主人公が「何も悪くないのに責められている被害者」であるような描かれ方をしているので、逆に「もしかして……」と。

  • 青木

    はい。信用できない語り手が、読者をだますお話かと勘繰ってしまいました。ギャンギャン八つ当たりしてくる八百屋のおかみさんもよくないけど、その腹いせに、実は主人公もこっそり商品に傷をつけていた。いろんな人がみんなちょっとずつ悪い、という話かなと思っていたのですが、そうではないようですね。

  • 編集A

    いや、八百屋のおかみさんのやっていることは、「ちょっと悪い」では済まないでしょう。隣のインド料理店を追い出したらしいですね。しかも、ほんのひと月足らずで。

  • 編集F

    ここの部分は、他の意味でも引っかかりました。いくら隣の店の人間が苦情を言い立てたからって、こんな簡単に閉店させられるものでしょうか? 八百屋のおじさんは「うちの奥さんが組合会長に言いつづけたから」みたいなことを言っていますが、そんな程度のことでよその店を潰せるとは考えにくい。このおかみさんが、商店街組合の中でものすごく強い権力を握っている、というのであれば分かりますが……。

  • 青木

    普通お店が潰れるとなれば、その一番の理由は、やはり採算が取れなかったからでしょうね。「隣の店が苦情を言ってくる」程度のことで、おいそれと店を閉める経営者はいないと思います。

  • 編集A

    ソラさんのマクロビ店に関しても、同じく引っかかりました。SNSでアンチコメントがバズったからって、それだけでいきなり閉店に追い込まれるとは思えない。

  • 青木

    さほど有名店でもないわけですしね。商店街の中の小さなお店が、ちょっとした炎上で2日後にはもう閉店、というのは考えにくいです。

  • 編集B

    それに、とんかつもどきで猫が遊んでたからって、「そんな不味い店は潰れろ!」というごうごうたる非難が巻き起こるとも思えないです。実際に食べた人が「不味い」と言ったわけでもないのに。

  • 編集A

    ちょっと、展開や設定に無理があるように感じますね。やや強引というか。

  • 青木

    確かに。エピソードの練度は今一歩かなと思います。

  • 編集G

    これ、ほんとはもっとべつの閉店理由があったんだけど、主人公の目を通しているので、「おかみさんのせい」「SNSのせい」になっているのではないでしょうか。

  • 青木

    本当は、この八百屋の隣の店舗スペースが、「店がオープンしてもなぜかすぐにつぶれてしまう場所」だったのかもしれませんね。そういう場所って、不思議と実際にありますから。

  • 編集C

    それが、主人公のフィルターを通すと、「八つ当たり体質のおかみさんが、また隣の店を追い出した」「意地悪な炎上を仕掛けられてお店が潰れた」と見えてしまうのかも。

  • 編集A

    でも、現状では特別そういう書き方にはなっていないですよね。作者がどういうつもりで書いているのかは、わからないです。

  • 編集C

    今のままでは説得力が薄いので、もう少し読者が納得できる理由付けをしてほしいですね。

  • 青木

    本筋とは違うところで読者を引っかからせてしまうのは、とてももったいないですからね。

  • 編集F

    「誰かが玉ねぎに傷をつけている」というエピソードから始まるのも、読み終わってから考えると、少々違和感がありました。犯人探しがこの話の本筋ではないのですから、冒頭に持ってこなくてもよかったんじゃないかな。

  • 編集A

    八百屋のおじさんが、「隣の店、また変わるらしいよ」みたいなことを言っているところから始めたらよかったかも。それなら、ラストとつながりますからね。

  • 編集G

    「玉ねぎの傷」は、エピソードとしても、あまりピンとこなかったです。玉ねぎって皮で覆われてますから、ちょっと爪を立てた程度の傷があっても、お客はそんなに気にしないんじゃないかな。ズッキーニとかのほうがよかったんじゃないでしょうか。

  • 青木

    桃とか、トマトとかね。あ、でも、そういうあからさまな傷をつけたら売り物にならない。ストレートに売り上げに響いてきますよね。だからおかみさんは、玉ねぎを選んだのかも。

  • 編集C

    でも、自分の店の評判を落としかねないことをやり、かつ、それを堂々と人のせいにして糾弾するなんて、このおかみさん、かなり情緒不安定ですよね。

  • 編集F

    冒頭で怒鳴り込んでくる女性客も、玉ねぎをレジ台に叩きつけたりして、クレーマーぶりがすごいですよね。激しい感情をぶつけている登場人物が多くて、読んでいてちょっと疲れてしまう。物語全体の抑圧的な雰囲気と、大げさな言動をするキャラクターたちとが、あまりマッチしていないような気がしました。

  • 編集D

    私は、八百屋のおじさんがいい人そうなふりをしている感じが、すごく嫌でしたね。奥さんのいないところで「かかちゃん、怖いよな」って主人公に愚痴をこぼし、でも、いざその奥さんから主人公が八つ当たりされていても、助け舟を出すでもない。自分の親の介護をしてもらい、毎日お弁当まで作ってもらってるのに、奥さんへの感謝の気持ちが感じられないです。

  • 青木

    おかみさんが始終イライラしているのには、この旦那さんへの不満も大きいですよね。

  • 編集C

    だから八つ当たりしているのに、されている主人公は暖簾に腕押しで。

  • 編集B

    だからますます怒り倍増になって、夫に当たり、主人公に当たる。完全なる悪循環です。でも、私はこのおかみさんのイライラは、ちょっとわかる気もする。

  • 青木

    介護して家事をして店を手伝って、何の楽しいこともない人生。夫がさして優しいわけでもなく、雇ったパートはどうにもぼんやりしていて。

  • 編集G

    どんなに感情をぶつけても、何も返ってこない。これはやっぱり、やりきれないと思います。

  • 編集B

    だからつい、意地悪や八つ当たりがエスカレートしてしまったんでしょうね。

  • 編集D

    そのイライラが頂点に達したおかみさんに問い詰められたとき、主人公の返した言葉、「わたしが怒ったり泣いたり意見をぶつけたりしても、何も変わらないので」。これがおそらく、この作品のエッセンスとなる部分なのだろうと思います。ここは、私はすごくいいなと感じました。

  • 青木

    主人公は心を殺してますよね。すべてをシャットアウトしている。自分が傷つかないために。

  • 編集B

    生きていくためにいろいろ学習した結果、こういう人になっちゃったんでしょうね。

  • 青木

    こういう境地に達するまで、この主人公には相当いろいろなことがあったんだろうなと思います。

  • 編集G

    「居場所がない」みたいなことを言ってますよね。どんな仕事も長続きしなくて、家族ともずっと連絡を取っていなくて。

  • 編集F

    要領が悪くて、生きづらい人なんでしょうね。

  • 編集D

    この主人公がどういう人なのかを表現する描写で、「さかむけを剥くのが癖」「さかむけがあるだけで、こころがどこか落ち着いた」とありますが、ここは非常にうまいなと思いました。何やら怖いんだけど、でもうまい。

  • 編集C

    今やっと、八百屋のおかみさんに怒鳴られながらも、パートの仕事を続けられている。だから余計に心を殺し切って、どんなこともスルーして、淡々と働いているのでしょう。

  • 編集B

    よっぽど辛かったんだろうな……とは思うのですが、なんだか暗い気分にさせられる話で、読後感がいいとは言えないです。でも、こんなふうに読者をゾワゾワさせるものを書けるというのは、ひとつの才能だなと思います。

  • 青木

    はい。とても面白かったです。

  • 編集A

    ネタも非常に短編向きで、まとまっていましたよね。

  • 青木

    ラストのオチの付け方も、ある意味小説的ですね。

  • 編集B

    ちゃんと計算したうえで書いてるんだろうなと思います。理屈付けや納得感を出すという点ではちょっと弱いところもありましたが、読む人の気持ちをざわめかせる話を作れるのはすごくいい。作者のこの持ち味をうまく活かせば、読者を強く引き込む作品が作れそうな気がします。どんなものがピタッとハマるか分かりませんので、いろんな題材にどんどん挑戦してみてほしいですね。

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