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選評付き 短編小説新人賞 選評

『僕は制服が着たい』

佐藤照

  • 編集B

    小学6年生の「僕」のお話です。お姉さんに遊びで女の子の服を着せられたことがあり、以来、女装やお化粧が好きになった。母親は、主人公のそういう傾向に気を揉みつつも、受け入れようと過剰に気を回しています。このお母さんはすごく子供思いの優しい人だなと思いますが、ちょっと先走り過ぎかなと感じますね。主人公の現状は、しいて言うなら軽い女装癖という感じかな?

  • 青木

    そうですね。服装倒錯といったところでしょうか。

  • 編集B

    最初は単純に、「かわいい」と褒められるし楽しいから女の子の服を着ていた。でもある頃から、そんな自分に母親が不安を覚えていることを感じ取ります。自分でも「こんなことが楽しいなんて、皆とは違うな」と感じ、やめようと思うのだけど、やめられない。そういう主人公に、家族がすごく優しいんですよね。決して否定しないし、理解して受け入れようと常に気を遣ってくれている。でも主人公には、その優しさがどうにも辛い。

  • 青木

    気を遣われ過ぎるのって、逆に負担に感じますよね。お母さんが、「大丈夫よ。あなたは変じゃないわ。したいようにしていいのよ」って必死に理解を示そうとすればするほど、主人公は「ああ、やっぱり僕は変なんだ」「今の僕は良くないんだ」と、言外のものを感じ取ってしまう。

  • 編集B

    でも主人公は、そのモヤモヤを外にぶつけないですよね。誰かを傷つけたり責めたりすることなく、しかし、優しすぎる世界でこのまま生きることにも、そっと決別する。「公立中学に進んで、男子の制服を着たい」というのは、「女の子の格好をするのはもうやめる」ということなのでしょう。先のことは分かりませんが、とにかく現時点では、主人公はそう決心した。激しい感情の爆発とかはないですが、主人公の中で静かに心境が変化しています。この緩やかな心情の流れを描けていたのが、とても良かったと思います。

  • 編集A

    私もそういう話かなと思って読んでいたのですが、最後の最後で、「中州に大きな木が一本引っかかっていた」「僕はそれが、とても邪魔だと思った」という語りが入ります。明快な終わり方ではないですね。むしろ不穏さを感じます。主人公の中では、気持ちの整理はついていないのでは? 

  • 青木

    そうでしょうね。すっぱりと気持ちを切り替えられたわけではないと思います。これは、「今はまだ決断できないから、誰かに、何かに決めてほしい」と思っている男の子の話だと思います。外的束縛があるほうが気楽だってこと、ありますよね。制服のある学校へ進めば、否応なく男子の制服を着ることになる。でも、決められたことに従うだけなので、むしろ楽だし、安心していられる。服装自由の学校に行ったりしたら、何を着るかは自分の選択になってしまう。女の子の格好は好きだけど、周囲の反応も当然気になります。自分が本当はどうしたいのかについても、まだはっきりした答えを出せていない。服装のことで日々悩むのは、今の主人公には荷が重すぎる。だから、『僕は制服が着たい』んです。

  • 編集H

    このタイトルは秀逸ですよね。

  • 青木

    はい。読み終わってタイトルに戻ったとき、なるほどと思いました。

  • 編集E

    私は、この話をどう受け止めたらいいのか、よくわからなかったです。小説の出来不出来とは別の次元で、いろいろ引っかかってうまく読めなかった。これは「服装」が主眼の話なのですか? 男の子が「女の子の服を着たい」と思うとき、そこに性自認は絡んでいないのでしょうか? 

  • 編集F

    そこは私も気になりました。ラストの「中州に木が引っかかっているのを邪魔だと感じた」というのは、シンプルに解釈すれば、「自身の性器が邪魔」ということの隠喩なのではないでしょうか?

  • 青木

    おそらくそうでしょうね。でも作者はこの隠喩について、「絶対に気づいてほしい」とは思っていないんじゃないかな。そこを読み取れなくても、話は成立していると思います。

  • 編集C

    でも、ラストで性器が隠喩されているのなら、これは単なる服装倒錯ではなくて、性を描いた話ということになると思います。それがこの終わり方では、なんだかすっきりしませんね。

  • 編集A

    主人公は、自分の身体が男性っぽく変化し始め、女装が似合わなくなっていると感じている。さらにラストでは、友人との男っぽい遊びに進んで参加している。だから、「男の子として生きる踏ん切りがついた」ということだろうなと解釈していたんです。なのに最後の三行で、その読みがまた揺らされてしまう。どうにも混乱します。

  • 編集E

    冒頭でも、「誰かと付き合うことは一生ないかもという恐怖がある」「でもそれは、誰にも相談できない」、ということを語っています。自分の性対象が女の子ではないと、自分で気づいているふしがありますよね。

  • 編集F

    それでいて主人公は、「僕は別に、女の子になりたいわけじゃない。ただ、女の子の恰好が好きなだけだ」と言っていたり、かと思えば、「僕の(中の)女の子の部分が」と言っていたりする。どう読み取ればいいのか、よくわからなかったです。

  • 青木

    主人公はまだ、性自認が確定する前段階にいるのだと思います。自分自身でもはっきりつかめていない。なんといっても、まだ小学6年生ですからね。ラストの文章についても、小説を読み慣れた大人の読者は「比喩表現だな」と類推できるんだけど、主人公自身はまだ、「引っかかっている木」が何を意味するものなのか思い至っていない。ただ、「なんだか嫌だ」「なんだか邪魔だ」という自分の気持ちだけは感じ取っている。そういうことかなと思います。

  • 編集B

    主人公はまだ、揺らいでいるんですよね。思春期はまだ始まったばかり。今すぐ結論なんて出せない。

  • 青木

    それに、このままだと自分が「女の子の服を着る」方向に傾いてしまいそうだとも感じ取っていて、それが怖いんだと思います。だから、「制服」というルールで縛ってもらいたい。周囲に決めてもらいたいんです。「好きな服を着ていいよ」と言われたら、彼が本心から男の子の服を選択することはないから。

  • 編集C

    ただ、後からいろいろ解釈はできても、一読して理解するのは難しいと思います。曖昧な点が多すぎて、小説として着地ができているとは言い難い気がする。

  • 編集B

    一応の帰着点はあるんじゃないでしょうか。制服のある学校へ進むと決め、女装はやめて、男の子の友達と遊ぶようになった。それが今の主人公の、せいいっぱいの答えなんだと思います。

  • 編集G

    主人公は、自分の女性性をけっこう自覚していると思います。でも、それを否定したい。男性性のほうに向かいたい。でも、ほんとは男性性に対してほのかな嫌悪がある。でも嫌悪したくない、そっちに向かいたい。だから「制服を着たい」んだと思います。

  • 青木

    自分を、多数派の世界につなぎとめるためにね。

  • 編集G

    はい。ほんとは「女の子になりたい」というような気持もあるんだけど、それを直視したくない。だから、「女の子の服が着たいだけなんだ」と自分に言い聞かせている。自分でもそれを信じようとしている。だけど、水面下では違う本心がうごめいている。それがラストの「引っかかっている邪魔な木」なのではないかと思います。

  • 編集C

    主人公が揺らいでいるのはいいんです。年齢的にもキャラクター的にも、むしろ当然だと思う。ただ、この話を通して、作者が何を描きたかったのか、そこが読みとけなかった。

  • 編集F

    同感です。服装倒錯の話でも、性的な萌芽の話でもどちらでもいいのですが、読者にどう受け止めてもらいたいと作者が思っているのかがよくわからない。それに、LGBTQを題材にした様々な作品が発表されている今この時代に、あえてこういう話を提示してきた意図は何なのでしょう?

  • 編集B

    特別、斬新なものを書こうとしたわけではないんじゃないかな。LGBTQに関する理解が広まりつつあるとはいえ、こういう年代の少年の心の揺れや葛藤というものは、時代に関わらず普遍的なのではないでしょうか。誰もが通る悩み多き思春期の、始まりの時期の繊細な内面を丁寧に描いたということでは、私は評価できると思います。こういうテーマを言語化して作品に仕上げるのは、結構難しいことですよね。それができているこの作者には、並々ならぬ力量があると感じます。

  • 編集G

    主人公が自分の気持ちを無意識に、でも必死に抑え込んでいる様子が、思春期的爆発の前夜みたいでいいなと思いました。新鮮な力が迸りかけているのを感じます。

  • 編集A

    高評価している方のお話を伺うと、なるほどそういう作品なのかとも思えるのですが、ちょっと自分だけではそこまでたどり着けなかったですね。私は、主人公が「女の子の服が着たいだけ」と一人称で語っているので、そのまま信じて読んでいましたから。「今はひげを大事にしている」とも言っているし、「男の子」として生きることに気持ちを定めたのかと思ったら、ラストでまた風向きが変わって、どう読み取ればいいのか迷ってしまった。結局、まだまだ揺らぎ続けているということなんですね。

  • 青木

    ただ、ラストの主人公は、自分の気持ちに蓋をしてごまかしたままの状態です。こういうのって、後々破たんが訪れそうで、非常に危ういなと思います。

  • 編集F

    この作品が描いているのは、この先起こるであろう物語の発端の部分ですよね。これから中学、高校、そして大人へと向かっていくにつれて、悩みも葛藤もどんどん深くなっていくと思う。

  • 編集A

    どうせなら、もっと長く書いて、そこまで読ませてほしかったですね。それなら、この話の読み筋を誤解なく摑めたと思います。

  • 編集B

    私はこういう子供の時期の、まだ分岐の始まりのようなところを描いていることが、逆に面白いと思いましたけどね。こういう段階を描いた作品って、意外とないなと。

  • 編集E

    これはこれで、この主人公が今の時点で出した答えというか、答えを出せなくて目を背けた時期を切り取った話なのだというのは、それなりにわかります。でも正直に言えば、やっぱり私はどう読み取ればいいのかよくわからなかった。同じように感じる読者は多いのではないかと思います。

  • 編集A

    私も、もう少し読み筋がはっきりしているといいなと思うのですが……一人称だし、直すのは難しいですかね。

  • 青木

    うーん、特にここを直せというところは、ちょっと見当たらないかな。受け取りにくい読者はいるかもしれませんが、この作品は、もうこれでいいんじゃないかと思います。

  • 編集B

    これはこれでまとまっていますよね。文章や描写も、非常にレベルが高いなと思います。例えば、女装して公園に行って怪しげな男に言い寄られた場面で、「自分のことを、お兄さん、と言ってしまうところに今日一番の怖さを感じた」とか。

  • 編集E

    冒頭の語りもよかったです。「先輩なんて言葉、漫画でしか聞いたこと無い」、のところなんて、「ああ、昔同じことを思った!」って思いました。

  • 青木

    うまいですよね。センスの良さを感じます。ラストの「引っかかっている木」のところも、隠喩と受け取っても受け取らなくてもどちらでもいいと私は思います。比喩表現を使うときは、読者がそれを読み取っても取れなくてもどちらでも成立する書き方をするべきだというのが私の考えですが、この作品の描写はギリギリその範囲内に収まっていたと思います。

  • 編集A

    文章力は確かに高いと思います。それだけに、冒頭の一文は非常に惜しかった。「中州を挟んで、二本の川が音もなく流れている」とありますが、ちょっと日本語がおかしいですよね。

  • 青木

    ここは確かに。川は一本ですよね。その中に、中洲があるわけですから。あと、こういう話なら、「中州」から始めないで、「制服」という要素に関して何か語るところから始めたほうがよかったのではと思います。

  • 編集B

    「中州」で始めて「中州」で締めようと考えたのかなと思いますが、演出効果は微妙でしたね。でも、作品全体のレベルは、やはり非常に高いと思います。「子供」を描くのもうまかった。大人が書くとどうしても、「大人から見た子供」になってしまいがちなのですが、とらえにくい子供の内面をうまく描写できていたと思います。

  • 青木

    主人公は小学生で、まだ何者でもない。ましてや性自認なんて、あやふやではっきりしない。でも、自分が多数派でないことだけはわかっています。どうしたらいいのか、どうしたいのかなんて自分でもまだよく分からないところへ、「自由にしていいのよ。私たちはいつでも味方よ」と優しく理解を示されて、逆に苦痛を感じてしまう……この小学6年生の微妙な気持ちのありようを、微妙なままよく描けていたと思います。読んでいて、なんだか切なくすら感じますよね。思春期って、大変な時期だなと改めて思います。本人も周囲も大変です。

  • 編集B

    お母さんは子供を理解して手助けしようとものすごく頑張っているんだけど、子供側からすると、その愛情の押しつけが正直うっとうしいんですよね。ほんとに難しい。

  • 編集F

    私は、主人公のお姉さんのことが気になりました。このお姉さん、なんにも悪くないのに、すごく大きな罪悪感を抱えていますよね。母と娘の関係性も、かなり微妙です。このお姉さん側の物語も読んでみたいなと思いました。

  • 編集A

    私は、今回とは全く系統の違う作品も読みたいですね。この作者に、繊細な心の機微を描く力量があるのは充分わかりましたので、別のテーマに挑戦したらどんな作品に仕上がるのか、とても興味が湧きます。フラットな視線で物事を見られているので、例えば被害者と加害者の両者の心情にアプローチするとか、客観性が必要な話もうまく書けるんじゃないかな。

  • 青木

    文章力が高いから長編も書けそうですし、いろいろ期待が膨らみますよね。ジャンルや題材についてはご本人の書きたいものでかまわないので、とにかく次なる作品をぜひ読ませていただきたいですね。

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