編集A
とても青春感のあるお話でしたね。
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第223回
『遥かな現実のペンライト』
芳岡海
とても青春感のあるお話でしたね。
主人公は、高校生の「僕」。常にテンション低めなんだけど、でも低いなりに内面ではいろいろ考えたり、感情のアップダウンがあったりする。
淡々とした人物である主人公が地下アイドルにハマる、というのが面白かったです。熱狂的なファンではないけど、黙々とライブに通い、CDを何枚も買って売り上げに貢献している。彼は、学校と塾以外の時間はバイトに励んでいます。自分で稼いだお金だけを趣味につぎ込むと決めて、それをちゃんと実行しているという生真面目さ。
もともと音楽全般が好きだったとはいえ、この主人公と地下アイドルというのは意外性のある組み合わせですよね。でもそこは主人公らしく、地味に淡々と応援を続けている。
ただし箱推しではなく、主人公の推しはハルカさんのみ。泥臭いほどパワー全開のパフォーマンスをする個性的なハルカさんに圧倒されて惚れ込んだというのが、また主人公らしい。自分をかわいらしくアピールしてくるようなアイドルには、さして興味が湧かないのでしょうね。アイドルっぽくないアイドルだからこそ、この主人公の心に刺さったのだというところに、納得感がありました。
ただ、このvoyageというグループが、どういうコンセプトのアイドルなのかよくわからなくて、気になりました。正統派アイドルなのか、コンセプト系なのか、それともコピーバンドか。はっきりとしたイメージが湧かないから、ビジュアルも浮かんでこない。そのせいで、ちょっと話に入り込みにくいところがありました。
グループメンバーに関しても、名前と色分けと多少のルックスくらいしか、描写がないですよね。まあ、主人公にとってあまり興味のない対象だから描写が少ないのかもしれないけど、このグループの中でハルカさんだけが異質、という話にするなら、このvoyageについて、もう少し読者が明確なビジュアルを思い描ける説明があったほうがいいんじゃないかな。現状では、ハルカさんと他のメンバーの差というものが、そんなに際立っている感じがしなかった。
voyageは、本気でメジャーデビューを狙っているのかな。それとも、あくまで地下アイドルとして活動できればいいと思っているのでしょうか。それによって、メンバーのアイドル活動への真剣さは変わってきますよね。ハルカさんが破天荒なまでにステージで暴れ回る意味も変わってくるし、ファンの賛否や応援の仕方も変わってくると思います。
ライブ会場の規模感とかも、よくわからなかった。客席へダイブできるくらいお客が入っているのなら、けっこうキャパの大きな会場なのかなとも思うし、あくまで小さなハコをいっぱいにするから、すし詰めの客席にダイブできるのかなとも考えられますし。voyageの人気ぶりがどの程度のものなのか、実感としてつかめなかった。地下アイドルの描き方は、ちょっと解像度が低いように思います。
具体的な描写や情報を、もう少し詳しく盛り込んでほしかったですね。私は地下アイドルのことはあまり知らないので、今ひとつはっきりとイメージできなかったです。そういう私のような読者でも話に入り込める工夫なり配慮なりがあれば、さらによかったと思います。
あくまで私の想像なのですが、実は作者も、それほど地下アイドルに詳しいわけではないのかなと思いました。多少は調べたり見聞きしたものはあるでしょうけど、地下アイドルの推し活にハマっったことのある、ハマっている書き手というふうには、本作では感じられなかったです。
推し沼にハマっているにしては、文章に熱量が感じられないですよね。もし作者が筋金入りの地下アイドルオタクだったら、もっと細かすぎるくらいの描写が自然に入り込んできてもいいと思います。チケットはいくらで、チェキとかのオプションがつくと値段がこう変わるとか。CDには通常版と特別版とシークレット版があって、こんなふうな違いがあるとか。
ライブ会場の様子も、なんだかさらりとした空気感です。地下アイドルのライブって、もっと熱気でムンムンしてると思うのですが。そういったリアルな臨場感が、もう少し描写に出ているといいのになと思いました。
ファンの人たちも、なんだかおとなしい印象でしたね。主人公にはガツガツしたところが全くないし、推し活の先輩である松田さんにも、特別マニアックなものは感じない。面倒見のいい、爽やかな青年でした。
もっとギリギリのせめぎあいみたいなのは、ないのかな? ファンのほうは少しでも接近しようと反則まがいのことをしてくるんだけど、アイドル側は笑顔でそれをかわしながら、でもファンを続けてもらわないと困るから気は引こうとする、みたいな。もうちょっと欲や駆け引きが渦巻く場所かと想像していたのですが。
ハルカさんというキャラクターのことも、実はあんまりよく分からない。主人公は惚れ込んでいるらしいですが、現状では読者には、ハルカさんの魅力が今ひとつ伝わってこないと思います。歌が上手いわけでもなく、破天荒なパフォーマンスには、ファンの間でさえ賛否両論がある。
読者はラストで初めて、ハルカさんの言葉を直接耳にするのですが、このシーンも微妙に感じてしまいました。「お前ら! 現実は辛いか!」という、やや乱暴なMCを聞いて、「なるほど、主人公が惚れるのも無理はないな」とは、あまり思えなかったです。
「ハルカさんって、こういう喋りをするんだ」って、ちょっとびっくりしますよね。想像とは違う感じでした。
主人公がどういうスタンスでハルカさんを好きなのかを、もう少しわかりやすく描いてほしかったですね。チェキ券が付いているからこそCDを買っているのに、間近で顔を見てホクロを発見すると、「そんな人間らしいところなんて、いっそ見つけたくなかった」と思っていたりする。
大好きなアイドルに近づきたいのか、一定の距離は置いておきたいのか、主人公の気持ちがよくわからないですね。
この主人公の感じからすると、あんまりハルカさんに認識されたくないんじゃないかな。一対一で対峙したくはない、ワン・オブ・ゼムのファンとしてそっと遠くから見ていたいのかなと思います。
でも、チェキ券のためにCDを何枚も買って、その券はしっかり使ってますよね。やっぱり少しは近づきたいのでは?
自分がハルカさんのチェキの列に並ばなかったら、ただでさえ短い列がもっと短くなってしまいますよね。だから、とにかくチェキ券は使いきると決めているのかもしれない。
ステージでハジけてるハルカさんが一番好きだけど、ちょっと近づいてもみたくてチェキに並んでみるけど、いざすぐそばまで近づいたら、今度は落ち着かなくて逃げ出したくなってしまうとかね。
うん、たぶんそういう、複雑な思いがあるんでしょうね。ただそのあたりは、もう少し読者にわかるように描いてほしかった。主人公は最初から最後まで饒舌に、自分の思考や内面を語り続けていますが、一番肝心な主人公自身の気持ちは今ひとつ伝わってこなかった。なんだかモヤモヤした読後感になってしまいました。
ラストのハルカさんの台詞、個人的にはやっぱりいらなかったんじゃないかと思います。主人公は、ステージでパフォーマンスをするハルカさんに尊さを感じているのですから、本物のハルカさんがどういう人なのかとか、具体的にどんなことを喋るのかとかは、明らかにしなくていいと思う。
そうですね。これは、主人公とハルカさんとの距離が近づく話ではないです。ハルカさんがステージから全力で放つエネルギーを、客席で主人公が全力で受け取る。「それだけが、今ここにある僕の現実なのだ。それ以外のことは関係ない」ということを描いたものなのですから。
「ハルカさん」というキャラクターのイメージをくっきりさせるためには、このアイドルグループの特徴とかをもっとしっかり描写しなければいけないと思いますが、ハルカさんと主人公の関係性については、主人公がハルカさんを応援しているというだけで充分だと思います。それより、もっと主人公の心の動きに焦点を当てたほうがいい。
ただ、ハルカさんが復帰すると知って、「よしっ! っしゃ!」ってやってるシーンは、すごく良かったですね。
私もここ、好きです。でも、活動再開がこんなに嬉しいなら、活動休止のときに、もうちょっとショックを受けていてほしかったかな。それらしきことは書いてはあるんだけど、実感としては伝わってきませんでした。淡々とした人物だからというのはわかるのですが、淡々なりに、彼の中では衝撃が渦巻いているはずだと思います。そこを伝えるエピソードが欲しかった。
例えば無意識のうちに、ハルカの担当カラーの緑色のグッズばかり買ってしまうとかどうでしょう。ペンもノートも枕もカーテンも、部屋の中がぜんぶ緑。
あるいは、「ハルカ」という言葉に、異常に反応してしまうとか。
じゃあ、ふと気づいたら主人公は、いつのまにか全身緑色の服を着て、あべのハルカスにのぼっているかもしれませんね(笑)。
そうです(笑)。いや、でも、これはけして冗談ではないです。そういった場面がもしあれば、そんな意味不明の行動を取ってしまうほど主人公が動揺しているということが、読者にも伝わります。あまり感情を表に出さない不器用な主人公の、推しへの秘めた熱い思いを、やっぱり読者としては感じたいですから。
あと、「ハルカさんのものかもしれないLINEのIDを知っているんだけど……」という、すごく重要そうなエピソードが出てくるのですが、ストーリーに絡んでくるのかと思いきや、ほとんど活かされないまま終わってしまっていました。これはあまりにもったいないと思う。短編は、ちょっとした仕掛けがあるだけで話が締まってオチができるので、どうにかして活かしてほしかったですね。
大きな出来事が起こっている感じがしないのが、この作品のいいところではあるんだけど、それにしても平たんすぎましたね。もう少しだけ緩急をつけたほうがいいと思う。
主人公は、このLINEのIDに、今まで何度もメッセージを送っています。そして終盤でも送っている。これだと変化がないので、ずっと送ろう送ろうと思っていたけど勇気が出なくて、ハルカさんが休業したとき初めて、思いのたけを綴って送った。ハルカさんがそれを読んでくれたかどうかは分からないけど、ハルカさんはステージに戻ってきてくれた。僕はもうそれだけでいい。……という流れにしたら良かったのではないでしょうか。
それはいいですね。結局「既読」はつかなかったんだけど、「思いきって送れた」「そしてハルカさんは戻ってきてくれた」ということに主人公は満足している。そういう話で良かったと思います。一方通行感が出るところもいい。相手はアイドルなんだから、一方通行であるほうがいいと思います。
この主人公の推し活は本当に純粋で、相手に何かしてもらおうなんて考えていない。ただひたすらに、「ステージに立ってるハルカさんが大好きだ!」って思っているところが、読み手の胸に響きますよね。
一途な感じが、すごくいいですよね。ただ、タイトルはちょっとよくわからなかったので、再考してみてほしいです。
文章面でも、ところどころ気になる箇所がありました。例えば17枚目で、「初めて見た時から、ハルカさんのライブは僕の衝動の全てを代弁してくれていた」とありますが、その「僕の衝動」がどういうものなのか、何も書かれていないので読者にはわからない。こういうあたりは、もう少し丁寧な書き方をしてほしい。
5枚目の、「ハルカさんにステージの上からガツンと一発やられて」というところも、パフォーマンスが迫力満点だったという意味なのか、物理的に拳でガツンとやられたのか、受け取り方に迷いました。比喩かなとは思いつつも、ハルカさんは「特攻隊長」で客席にダイブしてくる人らしいし。
あと、劇中歌の『フラットアース』も、ハルカさんの魅力を伝える楽曲としては、なんだかピンとこなかった。こういう話において劇中歌はすごく大事ですから、これも再考してみてほしいです。
でも、「メモに書くのは保存で、LINEは送信だ」、なんて文章は、とてもよかったです。私は主人公に過去の自分を重ねながら読んでいたので、「すごくわかるな」と思えました。
私も、冒頭の一文とか、すごく好きですね。文章力は高いなと思いました。それに、この作者の文章にはグルーヴ感がありますよね。
興味を引かれるほどの大きな出来事は起こっていないともいえるのに、不思議と読まされる。独特な魅力がありますね。
終盤に、主人公が山本君という友だちとなんでもないお喋りをする場面がありましたよね。ほとんど意味はないようなシーンなんだけど、なんだか良かった。「いろんなものを持て余している青春」の空気感が伝わってきました。
作品から漂う青春感には、読者を惹きつけるものがありますよね。主人公と同年代の子たちより、むしろ大人の読者にとってキュンとくる話なのかもしれない。ただ小説としては、もう少しひねりも加わるといいなとは思います。
点数も高いし、実はイチ推しが一番多かった作品です。作者には、ぜひまた挑戦していただきたいですね。