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選評付き 短編小説新人賞 選評

『兄のココア』

葉咲透織

  • 編集A

    兄が同性愛者だと知ってしまった、BL好きの妹のお話。このシチュエーションだけで興味を引かれます。

  • 青木

    どんな物語になるんだろうと、期待値が非常に高かったです。

  • 編集G

    昨日まで、同じくBL好きの友人たちと楽しく盛り上がっていたというのに、兄が男性とキスしているのを偶然目にして以来、主人公は「男性同士なんて気持ち悪い」と感じるようになってしまった。作品の具体的な批評は後に譲りますが、まず私は、難しい題材を書こうと挑んだ作者の勇気を評価したいです。

  • 編集B

    確かにこれは、取り組み方の非常に難しいテーマですよね。ただ、テーマ云々はいったん脇に置いておくとして、私はこの主人公のことが、ちょっとよくわからなかったです。どこにでもいそうなごく普通の女子中学生なのですが、なんだか気持ちに寄り添いにくいというか、人物像が今ひとつうまくつかめなかった。

  • 青木

    わかります。「BL好き」という設定のはずなのに、あまりそういう感じがしないですよね。

  • 編集B

    はい。「以前の私はBL好きだったが」みたいなことは繰り返し書かれているのですが、例えばどんなBLが好きだったのかとかは、全然出てこない。

  • 編集F

    「BL好き」という属性だけが示されていて、具体的な彼女の考えや好みがほとんど描写されていない。だから読んでいても、実感が伝わってきませんでした。

  • 青木

    「BL好きの女子中学生」ではなくて、「真美ちゃん」のことが知りたかったですね。

  • 編集B

    「以前は『好き』だったのに、今は『気持ち悪い』と思うようになった」、という話の流れにするのなら、まずはその「好き」の部分から描いたほうが効果的だったと思います。例えば、学校から帰ってきた主人公が、いつものごとくBLマンガを夢中で読んでいると、妹に甘いお兄ちゃんがココアとクッキーを差し入れてくれて、はーもう幸せ! みたいなシーンから物語を始めるとか。

  • 青木

    そのほうが落差がつきますよね。そんな優しいお兄ちゃんが大好きだったのに、今は気持ち悪いと感じてしまって──という葛藤が、より深いものになる。

  • 編集B

    主人公がショックを受けた後の時点から物語が始まるので、読者が話に入り込みにくくなっているのではと思います。「現代の普通の女子中学生」が主人公なら、彼女の日常から始めたらいいのでは。まずは主人公の世界に、読者を引き入れてほしい。そして、主人公と一緒にお兄さんのキスシーンを目撃し、同じようにショックを受けさせてほしかった。そのほうが、読者が主人公に寄り添いやすい。

  • 編集D

    冒頭で、美術部の場面がかなりの尺を使って描かれますが、ここは物語の本筋には関係のないシーンだと思います。この冒頭はカットしていいんじゃないかな。

  • 青木

    同感です。それよりも、主人公のBL愛について、熱く語ってほしかったですね。どんなジャンルのBLが好きなのかとか、どういうところに萌えるのかとか。「BL好きの女の子」を主役にするのなら、そこをこそ深く描く必要があったと思います。

  • 編集F

    細かい具体的な描写が、もっとあるとよかった。もしかしたら作者は、BLにあまり詳しくない読者に配慮して、踏み込んだ描写を避けようとしたのかもしれませんが、今のままではあまりにもぼんやりとしていて、話に説得力がない。「BL好き」が単なる記号になってしまっています。

  • 編集C

    物語がだんだん、「差別はダメだ」とか「LGBTは受容すべきものと、世間では言われている」みたいな方向に寄っていくのも、疑問でした。話が微妙に逸れてしまっているのでは。

  • 編集A

    でも、主人公はいきなりの出来事にショックを受け、大きく動揺しているわけですよね。どう受け止めていいのかわからずに、混乱している。その渦中にいる間は、こんなふうに思考も感情もグルグルして、ときに見当違いの方向にいってしまうのも、あることではないでしょうか。「自分はその方面には理解がある」と思っていたのに、実際に直面すると思いがけず強い嫌悪感が湧いてきてしまった。そのことに、自分でも戸惑っている真っ最中なのですから。

  • 編集D

    主人公が抱いているのは、戸惑いではないと思います。はっきりとした拒否ですよね。目撃直後にBL関係のものを全部ゴミ箱に投げ捨てているし、「心底、気持ち悪い」とまで語っています。

  • 編集A

    とはいえ、主人公はまだ中学生ですから、感情が一時的に突っ走ってしまうことはあるんじゃないでしょうか。私はこの主人公のありように、そんなに違和感は覚えなかったです。

  • 編集B

    うーん、主人公が中学生ならなおさら、「世間ではこう言われている」とか「今の時代はこういう価値観が主流だから」みたいなことを話に持ち込むべきではなかったと思います。これはあくまで「真美ちゃん」の物語なのですから。

  • 編集C

    ラストで、「どうして、兄が謝るのか。悪いのは、『気持ち悪い』と思ってしまう、私の方。」と語っていますが、ここは引っかかりました。これでは、「世間的に『受け入れるべき』となっていることを、受け入れられない私が悪い」という意味にも取れてしまいます。この主人公が「気持ち悪い」と感じること自体は、ありえることかもしれません。ただしこの言葉が、「世間的には受容しなければいけないらしいから、私もなるべくその価値観に従うね」ということなら、主人公は本心では兄を受け入れていないということになる。それでは、二人の心の距離は、本当の意味では縮まっていません。せっかく雰囲気のいいラストシーンなのに、うまく話を着地させられていない。話の方向性がズレたまま終わっていると感じます。

  • 編集B

    主人公は、なぜか他人を基準にしていますよね。自分自身の悩みなのに、人の考えを気にしている。「大好きなお兄ちゃんを気持ち悪く思うようになってしまって、苦しい」という話のはずなのに、「気持ち悪いと思っちゃいけないらしいのに、気持ち悪いと思えてしまって辛い」という話に終始してしまっています。

  • 編集D

    やたらと、「BL話に加わらないと、友達グループの中で自分の立ち位置が~」みたいなことを気にしたり、「ネットの中では、私と同じ考え方は少数派で叩かれている」ことに傷ついたりしていますが、主人公が悩むべきことはそこじゃないだろうという気がして、引っかかってしまいました。

  • 青木

    「友達がこう言った」とか「SNSではこう言われている」とかではなく、「主人公自身はどう思うのか」というところを描いてほしかったですね。「兄と妹」だけの話にしてくれたらよかったのに。

  • 編集F

    そこをこそ掘り下げるべきでしたね。「どうして私はお兄ちゃんを気持ち悪いと思うんだろう?」「お兄ちゃんのこと大好きだから、そんなふうに思いたくないのに、どうしたらいいの?」と、自分自身に向き合う過程が肝になる作品だったはず、と思うのですが。

  • 編集B

    まだ中学生だからあまり深く物事を考えられないのだ、という風に捉えられなくもないですが、「とにかく、なんか気持ち悪いの!」という描き方にとどまっているのは、小説としての掘り下げが不十分だと感じます。もっと言えば、このテーマを突き詰めて考えることを作者自身が避けているようにも思えてしまう。ちょっとまだ、覚悟が決まらないままに書き始めてしまったかなという気がします。

  • 編集E

    これ、主人公を三十代くらいの大人の女性に設定して書いてみても、よかったかもしれませんね。それなら、自分の気持ちを掘り下げて言語化する物語にならざるを得ないでしょうから。もっとも作者は、繊細で多感な十代の人物をこそ描きたいのかもしれませんが。

  • 編集D

    私はこの作品にとって、「BL」という要素は、そこまで重要ではないように思います。この作品のテーマは、「家族だからショックを受けた」という部分であるはずですよね。

  • 青木

    そうですね。家族の知らない一面、それも衝撃的な一面を目の当たりにしてしまったとき、その後、自分と相手を見つめ直して、どのように関係を再構築していくか。それが、この作品の本当のテーマなのだろうと思います。だから、べつに「同性愛」でなくても、「実はお兄ちゃんは不倫をしていた」でも、「万引きしていた」でも成立すると思います。

  • 編集F

    現状の設定では、「BL」とか「同性愛」というところに読者の目が向きすぎてしまう。魅力になるべき要素が、作品のノイズになってしまっているように感じます。発想そのものは面白いと思うのですが、作品を通して自分が描きたい芯の部分は何かというところを、もう一段突き詰めてみてほしいですね。

  • 青木

    その結果、「同性愛要素は外せない」ということなら、もちろんそれでもいいんです。ただしその場合、非常に繊細な要素であるだけに、取り扱い方に関しては、それこそ死ぬほど考える必要があると思います。

  • 編集D

    読者の中には、主人公やお兄さんのような立場の方が実際にいて、まさに今、葛藤し続けているかもしれないわけですから。読み手が作品を読んでどう感じるか、想像をしながら書いてみて欲しいと思います。

  • 青木

    それに、「同性愛」は「3次元BL」ではありません。美術部の友人が、「BL愛好家は実在のゲイに一番寄り添えるのだ」みたいなことを断定的に語っていますが、ここは非常に気になりました。作者の信条ではないとは思いますが、もう少しうまい描き方があったのではと思います。

  • 編集D

    「私が兄のことを許せないのは、BLオタクとしてのレベルが低いせいなのかもしれない」とか、「『うん、そうだね。差別はよくないよね』と、棒読みで賛同して、(相手が)満足するのを待つ」、とったところもそうですが、繊細なテーマに取り組んだ作品にしては、ちょっと表現に配慮が足りないように思える箇所があちこちに見られます。

  • 青木

    お兄さんのキスシーンなんて、必要以上に素敵な場面として描かれ過ぎているんじゃないかな。BL的萌えが入り込んでいるようで、描き方の塩梅が適切ではないと感じました。フィクションと現実のギャップに主人公が苦しむということこそ、この話の主軸なのに。

  • 編集E

    しかも相手の男性は、年上の裕福な「イケオジ」と描写されている。なぜその二人が付き合っているかが説明されないので、二人のお付き合いにお金が介在しているのでは、といった想像の余地が生じ、お兄さんの人物像にブレが生じてしまっている。「心から愛し合っている恋人たち」感が、うまく出ていなかったです。

  • 青木

    というふうにいろいろ考えていくと、「BL好きなのに、同性愛者を気持ち悪く思ってしまった」という話の基盤部分には、そもそも誤解を招きかねないところがあるな、とも感じられてしまいました。今作の設定が、シチュエーションとして非常に心惹かれるものであるのは事実ですが、実際に作品にする場合には細心の注意が必要だということは、心に留めておいてほしいですね。

  • 編集A

    描くのが難しいテーマの作品だからでしょうか、主人公はポンポンものを言う元気な子なのに、なぜだか生き生きしたキャラクターのようにはあまり感じられませんね。

  • 編集F

    設定やシチュエーションに力を注ぐあまり、キャラクターの生身の感情を深めるところにまで至っていないのかな、と個人的には感じました。頭で考えすぎてしまっているのでは。

  • 編集A

    もし、キャラの内面を深めるのが苦手なのであれば、ミステリーとかに挑戦してみてはどうでしょう? 「役割としてのキャラクター」を描くほうが得意なのかもしれない。

  • 編集F

    試してみて損はないと思います。ただ私は、この作者さんは、自分なりの萌えを持っている方のように感じます。でも書く際に、なぜだかそれをセーブしているように見える。自分で自分を縛っているような。

  • 編集B

    それって、今作の主人公にも通じるところがありますね。なぜか他人や世間の考えばかり気にしていたり、価値判断の基準を他者に委ねていたり。

  • 編集F

    この作者さんは常連投稿者で、最終選考に残られたこともあります。書くことに非常にまじめに取り組んでおられる方とお見受けします。ここから先は私の想像に過ぎないので、もし違っていたら申し訳ないのですが、今までに受けた批評やアドバイスを、とても律義に守ってらっしゃるんじゃないかな。「客観性を」と言われれば常に意識し、「推敲を」と言われれば見直しを習慣にする。一度「セリフから始めたほうがいい」と言われたら毎回そうするし、「キャラ表を」と言われれば、細部まで丁寧に作成する。

  • 編集C

    なるほど。だから今回も、脇役の友人達にまで、きっちりと名前やキャラ付けが施されていたのかもしれませんね。

  • 編集F

    それも、ちょっと凝った可愛い名前だったりしますよね。でも、その設定はこの話のテーマを考えると、本当は必要ありません。美術部の部分も、全体を見ると必要ない。だけど、設定したからつい書いてしまう。ひたすらまじめに努力を重ねる中で、取捨選択する柔軟さを失っているように感じてしまいました。

  • 青木

    そうか……難しいですね。批評やアドバイスは、もちろん参考にはしていただきたいですけど、全てを引き受ける必要はありませんのでね。「自分とは合わないな」と思ったら、スルーしても構いませんよ。

  • 編集F

    この方、熱意もすごくお持ちだと思うんです。でも、書くときにちょっと考えすぎてしまって、ご自分の持っている萌えとか個性とかが、うまく作品に乗っていない印象です。今回だって総合点は首位なのに、「引っかかる」と指摘される点もかなり多く、惜しくも賞に手が届かなかった。努力されているのが伝わってくるだけに、こちらとしても非常にもどかしいです。

  • 青木

    この方は、基礎的な力は十分お持ちだと思います。文章力は高いですし、小説性も作品の中にちゃんと感じられる。

  • 編集B

    頑張りすぎて袋小路に入ってしまったのかな。こういうときは、一度原点に立ち返ってみてはどうでしょうか。自分が大好きなのはどんな作品なのか、自分が書きたいのはどんなお話なのか、自分の心に正直に問いかけてみてほしい。そして、そこに見えたものを、「誰に何を言われようが、私はこれを書く! 書きたいんだ!」という気持ちで小説にする。

  • 青木

    そこは一番重要なところだと思います。ブレーキをかけないで、思いきって自分の萌えを全開にして、正面から作品にぶつかっていってほしい。

  • 編集B

    その「思いきり」が、この方には必要なのかなと思います。「他の人がこう言ったから」とかではなく、「自分はどう思うのか」を大切にしてください。小説にはどうしたって、作者の人間性や価値観がにじみ出ます。でもどうか、自分をさらけ出すことを恐れないでほしい。そういう強い思いのこもった作品であればこそ、読者も強くのめり込めるのです。

  • 青木

    次回はぜひ、何ものにも縛られないで、情熱の思うがまま自由に書かれた作品を読ませていただきたいですね。心からお待ちしています。

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