編集B
これはもう、王道ど真ん中のガール・ミーツ・ボーイものです。
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第223回
『サンタの願い』
櫻井ゆうじ
これはもう、王道ど真ん中のガール・ミーツ・ボーイものです。
まさに直球ですよね。でも、安心して読めるエンターテインメントに思いきり振り切った作者の心意気は、高く評価したいと思います。私は今回の中ではこれが一番、リラックスして楽しんで読めました。
私もです。読んで心がほんわかしました。
とても素直でかわいいお話ですよね。私も大好きです。
主人公の恋模様もかわいいのですが、主人公のお父さんのかわいさも秀逸でした。
「緊急告知」のところですよね、このエピソードは本当にいい。
自分が若い頃に辛い思いをしたから、今の男の子たちに同じ思いはさせたくない。だから、「決めた! お父さんやるよ!」って(笑)。
ケーキ愛が熱いし、優しくて思いやり深いし、その上おちゃめ。「女性禁止」の箇所では「えっ?」と思いましたが、告知を全文読んだら、断然応援したくなっちゃいました。
娘との会話にも告知文にも、優しさやユーモアがあふれています。ほんの少ししか登場してきませんが、多くの読者が、このお父さんのことを好きになると思える。
この「女性禁止」のエピソードは、主人公と佐藤君の距離を近づけるための状況作りなのですが、そういうところで登場人物に厚みをつける描写ができているのが、すごい。ちょっとした短いエピソードで、キャラクターの人物像をしっかりと読者に伝えることができている。非常にうまいです。
主人公のおうちは、父子家庭なんですよね。でも、悲壮感が漂っている感じはない。亡くなったお母さんのことは大切に思いながらも、父と娘で明るく元気よく暮らしている。こういう空気感も非常によかったと思います。
ただ、「ケーキ屋サンタ」の店名の由来が、話のオチのようにラストで語られていますが、これはちょっと、上手いやり方とは思えませんでした。
読者が思わず膝を打つようなひねりのあるオチではないのに、満を持したようにラストで明かされるので、「うーん……」って感じてしまいますね。
「父の容貌はサンタに似ている」といったことを序盤で語っているのも、ミスリードのためだろうと察されますが、この仕掛けはそもそも必要なかったのではとも思います。
このオチがなくても、じゅうぶん楽しめるお話ですからね。名字の「三田」は、実は「さんた」と読むのだということは、最初にさらっと出しておけばよかったと思います。
ここはちょっと狙いすぎた感はありますね。でも、好感の持てるヒロインを描けているのは、とても良かった。
こういう話において、読み手が主人公に寄り添えるかどうかというのは、とても重要ですからね。
19枚目で、「ポニーテールにすると、今日も頑張るぞっていう気になるんだ」と言っていますが、このひと言で、主人公は気立てのいい頑張り屋さんなんだなと分かります。ここもまた、ほんのちょっとした描写でキャラクターを端的に表現することができていました。
ただ、佐藤君、意外と女慣れしてないですか?
それは私も思いました。ラストで「今日から美咲って呼んでいい?」なんて台詞を、こともなげに言えている。ちょっとスマートすぎるかなという気がします。思春期なんだから、もうちょっとギクシャクしていたほうが、微笑ましいのに。
でも、これが今風なのかなと思ったりしました。男女がガチガチに意識し合ってうまく話せなくて、みたいなのは過去の時代のことで、今の若い人はこれくらいの会話は普通にするのかなと。
まあちょっと、夢見がちな展開かなとは思います。女の子が「こんなふうだったらいいのに」と思うような方向に、話がするすると進んでいきますね。
確かに、多少都合がいい話のように思わないではないですが、読んでしらけてしまうほどではなかったですね。おおむね読者が受け入れられる範囲内かと思います。
少女マンガ的世界観ですよね。それも、若干古風な、昭和の少女マンガ。これはこれで、私は大好きです。ただラストの展開は、予想していたものとは違いました。ヘーゼルアイのイケメンの正体は、佐藤君のお兄さんかなと思っていたのですが、まさかの同一人物でした。正直、あまりいい意味での予想の裏切られ方ではなかったです。
私もです。「どうか同一人物オチではありませんように」と思いながら読んでいたので、このラストにはかなりがっかりして、評価が下がってしまいました。
昭和の少女マンガだったら高確率で、冒頭シーンの青年は佐藤君のお兄さん、という展開になったでしょうね。「ヘーゼルアイが素敵で一目惚れしちゃったけど、健太君の内面的良さを知った今となっては、お兄さんよりも健太君が好き」、というような。お約束的雰囲気のある作品なので、展開も王道にしてくれてよかったのにと思います。同一人物という真相には、ちょっと無理があるんじゃないかな。いくらマスク越しとはいえ、イケメンとも佐藤君とも間近で接しているのに、気づかないなんてこと、ありえるでしょうか?
考えにくいですよね。声も一緒で、喋り方も一緒で、背格好も一緒で。しかも主人公は、「あの人と佐藤君が同一人物だったらいいのに」と思いつめて悩んでさえいたのに、気づかないなんて。
作者的には、同一人物オチのほうに萌えを感じるのかもしれませんが、それにしては展開のさせ方がやや強引だったかな。
それに、もったいないですよね。ヘーゼルアイの謎のイケメンと、一見地味だけど実はイケメンのメガネ男子。個人的には、どうせならイケメンは二人出してくれたほうが、作品の魅力度が上がります。
派手目と地味目と、両方登場させてくれたほうが、2倍おいしいですよね。
冒頭シーンの、ケーキをわしづかみして出ていくイケメンのくだり、私はすごく引き込まれました。「いつもケーキを手づかみで買っていくイケメンのビジネスマン」が、ここら一帯のケーキ屋に出没しているとかいったお話かな、とワクワクしながら読んでいたのですが、でもその正体が後から出てきた、高校生男子と同一人物と判明したので、やっぱりちょっとがっかりしてしまった。大変に期待値の高い始まり方だった分、私はこのまとめ方はもったいないなと思ってしまいました。
私は、冒頭の謎のイケメンは、実は本物のサンタクロースなのかなと思ったりしてました。主人公に素敵な彼氏ができたのは、サンタからのクリスマスプレゼントだったというオチなのかなと。
ファンタジー展開の可能性は、私も途中まで考えてました。そういう結末でもよかったですよね、夢があって。
それにしても、家庭教師のアルバイトに行く際に、どうして髪をヘアアイロンでストレートにしていくのでしょう?
ここはよくわからないですよね。近所の子供さんのところなら、普段のままの格好でいいと思うのですが。スーツを着る必要もないと思います。高校生なら、学校の制服で十分でしょう。
そのうえ、普段はつけているカラーコンタクトはわざわざはずしている。「まさか同一人物ではないだろう」と読者を引っかけるためなのかなとは思いますが、目的ありきの設定のため不自然に感じられてしまいます。
「瞳の色を隠すため、度入りのカラーコンタクトを入れて学校に通っている」というのも、ちょっとやりすぎな設定に思えますね。
「色素の薄い瞳のせいで、いじめられたことがあったから」という理由にもやや疑問を感じました。昔の時代とか、保守的な田舎とかならともかく、あえてカラコンを入れるのが当たり前な今の時代、都会の学校でそんなことあるのかな。幼稚園や小学校といった、未熟な頃の話ならまだあり得るかもしれませんが。
私も同じところが気になりました。だってヘーゼルアイ、素敵じゃないですか?
素敵です。王子様感がありますよね。主人公も、まず何よりもそこに一目惚れしている。その美しさをしっかりと描写もしていますよね。
イケメンで長身で頭が良くて優しくて。佐藤君には女の子がときめく要素がいっぱいです。そこへヘーゼルアイときたら、むしろとどめの一撃ですよね。
本当は素敵な要素だし、作者だってそれは分かっているはずなのに、「この瞳のせいで、けっこう大変なんだ」みたいな描き方がされているのには、違和感を覚えました。
主人公の恋人役だから、すごく素敵な男の子に設定したかったのではと思いますが、話への組み込み方がちょっとうまくなかったですね。
とはいえ、「この瞳のせいでモテすぎて困っているから、普段は隠しているんだ」なんて書いたら、直球で嫌味っぽいキャラになりかねないですからね。塩梅が難しいところです。
全体に、少し感覚が古いような印象があるのも、若干気になるところです。佐藤君のこのイケメンぶりって、昭和の少女マンガによくあった、「メガネを取ったら美人」みたいなやつですよね。
スイーツ男子が「ケーキ屋に一人で入りづらい」というのも、昨今ではあまりないと思います。「牛丼屋に、女性が一人で入れない」というのも、今どきっぽくはないかな。
私、一人でガンガン入ってます(笑)。
描かれている価値観や常識が、十年二十年古い感じです。ただ、気になりはするけど、意外に抵抗なく、するっとは読める。
するっとは読めるけど、やっぱりちょっと古いなとは思う。全然嫌ではないんですけど。ギリギリのラインというところでしょうか。
まあこういうあたりは、後から修正することも可能ですから、本質的な瑕疵ではないと思います。「瞳の色問題」だって、直そうと思えば直せる。そもそも、この話において、佐藤君をヘーゼルアイに設定する必要はなかったですよね。ただ、別の観点から言えば、「ヘーゼルアイの男の子をどうしても描きたいんだ!」という書き手の萌えは、非常に重要でもあります。今作でも、書き手のその熱意がこもっているから、佐藤君は魅力的な男の子になっているんですよね。
書き手側の都合が見えすぎるのは良くないけど、書き手の情熱は感じたいですよね。バランスの難しい部分ですが、今作においては、作風のかわいらしさも相まって、読者が好意的に受け取れる範囲内に収まっていたと思います。
他にも、ケーキ店のイートインが二十席というのは多すぎるとか、ミルクレープがそれほど「食べにくいケーキ」かどうかとか、細かい点で気になるところはいくつかあるのですが、全体的な好感度でカバーされている印象でした。
登場人物も、全員いい人でしたよね。「いい人」だから良かったのではなく、描き方が上手かったと思います。中でもやはり、主人公のお父さんの存在は素晴らしかったですね。
文章も素直で、読みやすかったです。ただ、終盤のあたりはひたすら会話の応酬になり、そのまま終わってしまっている。ここは非常に残念でした。会話で全部説明している上に、すごく駆け足な感じが否めない。
前半の展開がゆっくりしすぎているとは感じませんが、全体的なペース配分をもう少し考えてみてほしかったです。
「ラストが駆け足になる問題」については、前回の総評で詳しく語っていますので、そちらもぜひ参考にしていただけたらと思います。
この作品の、懐かしい少女マンガ感については、やや陳腐だと感じる読者もいるでしょうね。でも、「そこが魅力的」という読者も確実にいると思います。この場においても、「気になるところは色々あるけど、結局嫌いじゃないんだよね」という意見がほとんどでしたね。
むしろ、「こういう話が本当は読みたいんだ」という読者は多いんじゃないかな。
さらりと読めて、非常に心地いい。自分の好きな世界を素直に作品にすることができるというのは、この作者の持っている大きな武器だと思います。
読みやすい楽しい話なら簡単に書けるかというと、全然そんなことないですしね。
重いテーマを深く考察した、深刻な作品を書かなければと思っている投稿者が多いように感じますが、そんなことはないですからね。読者が「ふふっ」と頬をゆるめて気楽に読める、こういう小説も大歓迎です。
「今どき、こんなベタすぎる話、ダメって言われるかな」なんて思わずに、自分が好きな世界を思いきり描いて、堂々と送ってきてほしいですね。