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選評付き 短編小説新人賞 選評

『ボール拾い』

川田京

  • 編集F

    目の付けどころが一風変わっている作品で、おもしろかったです。主人公の「僕」は中学一年生で、軟式テニス部に入っています。でも、部では先輩たちが横暴にふるまっていて、一年生はボール拾いをさせられ、さらには至近距離からボールをぶつける的にされる。ほぼいじめといっていいレベルのしごきです。こういう現況が示されると、多くの読者は「ああ、理不尽にいじめられる、暗い青春を描いた物語なんだな」と思いますよね。ところが、そこで話に浮上してくる新山君が、思いもかけない言動を見せてきます。ボール拾いの後、コートの端っこで遠慮がちな打ち合いをしながら主人公がため息をついているとき、同じ立場であるはずの新山は、何やら不思議な行動を取っている。なんだかちょっと楽しげに、新しいボールをさりげなく、でもわざと藪の中に打ち込んだり。

  • 編集A

    「見て、このボールはいい感じ」なんて言いながら空高く打ち上げたりするんだけど、最初読者は、彼のやっていることが理解できませんよね。かなり読み進んでようやく、「あっ、あのとき新山ってば、わざとやってたんだ」と気づきます。新しいきれいなボールを、自分用としてキープするために。

  • 編集F

    主人公は、「部活で嫌な目にあわされ、辛い」という、目の前のことしか見えてませんよね。でも新山君は、もっとずっと先を見ていた。いじめられては仲間と愚痴を言い合うだけの主人公とは対照的に、新山君は物事を柔軟にとらえ、なるべく楽に簡単に望む未来に到達しようと、頭と体を働かせている。

  • 青木

    「上級生がいなくなったら俺たちの天下だから、それまでは幽霊部員でいよう」なんて、策士ですよね。

  • 編集A

    で、その間はこっそりと、藪に入ったきれいなボールを拾い集めて自分のものにしている。先輩のしごきに付き合う気なんか、さらさらない。

  • 編集F

    なんなら主人公は、「しごきに耐えてる分、自分のほうが偉い」なんて思っていたんですよね。辛い状況を、「辛い」と思いながら、ただ耐えるだけ。でも新山は、現状が辛かったらそこには甘んじず、軽やかに対処していく。道をまっすぐ進めないなら、脇道、裏道にひょいっと乗り換える。すごく新鮮で、面白い切り口だなと思いました。

  • 編集B

    ただ、新山はちょっと、キャラクターがつかみにくいです。途中で印象が変わってきます。最初は、「眼鏡をかけていて、真面目で勉強ができるが運動音痴」だと紹介されているから、私はそのイメージで読みました。主人公も新山を、「自分と同じくらいの、低めのカーストだ」と思っていましたよね。でも中盤で、主人公が別のクラスにいる新山を訪ねてみると、なんだか妙に世慣れて堂々としている彼がいた。

  • 青木

    かわいい女の子と談笑しているんですよね。主人公に気づくとすぐさま、「あ、ちょっとごめん」て感じに中断して、主人公のところに来てくれた。そして、「何か、あったか?」って、まっすぐ目を見て問いかけてくる。やけにかっこいいですよね。

  • 編集C

    で、「考えがあるんだ。放課後、ここに来てくれ」みたいなことを言い置いて、また女の子のところに戻っていく。女子と楽しげに談笑できたり、クラスの中で気兼ねなく堂々と振舞えるというのは、中学生男子の社会においては上位階層です(笑)。

  • 編集E

    実際主人公も、新山と自分の差を感じ、圧倒されています。「僕はそのオーラにたじろぎ」と明確に語っていますし、「僕と新山を分ける境界線のような、教室の引き戸のレール」という描写でも、さりげなく表現されている。

  • 編集B

    新山は、話に登場してきたときには、「運動音痴で冴えない少年」のように描かれていました。でも、ちょっと不思議な言動も垣間見えるから、「実は芯に強いものを持っている」という設定なのかな、くらいのことは想像していました。でも、この中盤での新山は、冴えないどころか、なかなかのハイスペック男子のように感じられてしまう。ちょっとギャップが大きすぎて、違和感がありました。

  • 編集F

    でも、それなりに親しいと思っていた人物が、別の場所では全然違う顔を持っているのを目の当たりにして、ショックを受けることって、実際ありますよね。そういうことを描いているのかなと思いました。

  • 編集A

    読者も最初、新山を侮っていますよね。でも読み進むと次第に、「あれ? こいつけっこうすごいやつなのでは……」と見直していき、興味が湧く。だから、「ギャップがある」のも、またいいんじゃないでしょうか。

  • 編集B

    うーん、イメージが急に変わりすぎているので、私は新山の人物像のがうまく形作れませんでした。中盤に来る前に、もう一ヵ所でいいから、前フリ的な描写があったらよかったのにと思います。例えば、新山のクラスの横をたまたま通りかかったとき、なんだか生き生きした表情の新山をちらりと見かけ、一瞬「あれっ?」と思うとか。ほんの数行でいいんです。それだけで、読者の受ける印象は全然変わってきます。

  • 編集F

    でも冒頭のシーンで、新山がふいに、「須藤はこれでいいの」って聞いてきますよね。そう聞かれて、主人公も一瞬ハッとなっている。その後も繰り返し思い出して、気にしたりしています。私はこのあたりの描写は、いちおう前フリとして機能しているのではないかと思いますが。

  • 青木

    この書き手は、説明的な描写や台詞を極力使わずに物語を描こうとしてますよね。すごく頑張っているなと感じます。

  • 編集B

    ただ、新山というキャラクターは、なんだかつかみどころがない。「作者はどういうつもりで描いているのか」がわからなくて、私はけっこう迷いながら読んでいました。

  • 編集A

    なるほど。私は個人的には、このままでもいいのではと思っていますが、確かにもう少しくらい、何かしらの描写があったほうがよかったかもしれないですね。そのほうが、より多くの読者が話に入り込めた可能性はある。

  • 編集E

    私は別の点で、新山君がよく分からなかったです。結局この子は、テニスがやりたいわけではないんですよね? 新山君ほどの柔軟さ、社交性、いい意味での悪知恵を持っている子なら、他の部に入り直してもうまくやっていけると思います。なのに、なぜか彼は一人、藪を切り開いてボール探しをしている。丸々一年間も。藪の中の秘密基地でも、べつにテニスの練習はしていないですよね。素振りひとつするでなく、ひたすらボールを集めている。彼はいったい何がやりたいんだろう? と、読んでいて疑問でした。

  • 編集C

    おそらく、「部長」になりたいんでしょうね。そういう主旨のことを語っているところがありましたから。ただ、本当にそれだけが目的なら、べつに他の部に入ったって、部長になれる可能性はいくらでもある。なぜ彼がこんな、風変わりな長期計画を実行しているのかは、私も疑問に思いました。

  • 編集A

    たまたま入ったテニス部が本当にひどい部で、同学年がどんどんやめていく。でもそこで逆に、「全員去れば、俺が部長だ」ってひらめいたのかな。「これはいいや」と、逆転の発想で。

  • 編集E

    でも、だからって貴重な中学生の放課後時間を、一年間もドブに捨てるような真似しなくていいですよね。テニスがやりたいならそういう方向へ進めばいいし、テニスにこだわらないなら、他の部に入ってもいい。それこそ柔軟な発想で、何か楽しいことをすればいいのに。なにも、雑草や虫と闘いながら、一年間も藪を這い回らなくても。

  • 編集C

    彼はほかの部には目もくれず、あえて「テニス部の幽霊部員」として雌伏の時を過ごしているように見えます。テニスがさほど好きなわけでもなさそうなのに、「テニス部の部長」に固執するのはなぜなのでしょう? 新山がそこまでするモチベーションが何なのか、よくわからなかった。

  • 編集B

    私は、新山は、藪を切り開いてボール探しをすることを、実はけっこう楽しんでいるように感じました。ただ、彼の底意が見えないので、実際のところどう受けとめればいいのかわからなかった。主人公も、「僕には新山の行動を理解できなかった」と言っていますし。

  • 編集C

    実は先輩たちにいじめられたことを、すごく恨んでいたのでしょうか? それならまだ、わからないでもないんだけど、でもそんな暗い復讐心を抱えている風にも見えませんよね。

  • 編集B

    だいたい、彼が部長になるときには、先輩たちは皆、部にはいなくなっています。いない相手に「ざまあみろ」というのは成立しない。

  • 編集E

    日曜日には欠かさず藪に入ってボール拾いをするって、ものすごい執念ですよね。枝を切って草刈りをして、自分だけの秘密基地まで作り上げている。

  • 編集B

    その執念深さと、「柔軟で軽やかな新山」というキャラクターが、なんだか釣り合っていないですね。

  • 青木

    だから、つい深読みしたりしてしまいますね。家庭環境に何かあるのだろうか、家にいたくない理由があるのだろうか、などと。

  • 編集C

    新山がなぜここまでやるのかという、その動機や目的を、もう少しわかりやすい形で提示しておいてほしかったです。そこがわからないので、ちょっと話に入り込めなかった。

  • 編集D

    この作品は、語り口とテーマが合っていないのではないでしょうか。私はこれは、もう少しライトな物語なのではと思います。主人公はいじめられて悩んで暗くなっていたんだけど、同じ目に遭っているはずの新山は、裏でちゃっかり別の計画を進めていた。こっそりいろいろ動き回って、「一年後には楽しく部活をやろうぜ!」って画策していた。そんな新山を見て主人公は、「辛いことがあっても、なにも正面から受け止めなくていいんだ」と気づき、今は藪に入ることも怖くなくなった。主人公も頭が柔らかくなり、強くなったわけですよね。そういう、「抜け道もあるよ」と教えてくれる楽しい青春小説だと読み取れるのですが、語り口がシリアスに寄りすぎているので、作品の雰囲気が暗く重いものになっている。

  • 編集A

    同感です。文章が重々しいから、話の面白さが思うほど前に出てこないんですよね。

  • 編集D

    もっと思いきってコメディに寄せるのはどうでしょうか。登場人物の会話も、もっとバカっぽい感じでいい。

  • 青木

    そうですね。中学生男子なんてまだまだ子供で、基本おバカですからね(笑)。作品全体をもう少し軽やかにしたほうが、作品のテーマと雰囲気が合致しやすかったと思います。

  • 編集C

    ただ、それが本当に作者の書きたかった方向なのかどうかはわからないので、これはあくまで我々が読み取った範囲での一案に過ぎません。もし、シリアスな青春ものを書きたかったのであれば、新山の背景なり感情なりをもっと描くべきだったと思います。今のままでは、新山の人物像がわからなくて、読者は惑ってしまう。

  • 青木

    あと、これは「主人公と新山」の話ですよね。それなら新山を、冒頭でもう少し読者に印象づけたほうがいい。現状では、先に名前付きで登場する中川と山西のほうが、記憶に残ってしまいます。

  • 編集A

    重要人物なのかと思って、読者はとりあえず中川と山西に注目しますよね。後から登場する新山は、最初は存在が薄い。

  • 青木

    早めに出して印象付ける。キャラ小説なら、それが鉄則です。ただ、「キャラ小説を書きたいわけではない」のなら、話はまた別です。この作者さんは、けっこう緻密な情景描写をしていますよね。文章はうまいと思うし、これはこれで私は好きです。文章が連なる冒頭シーンとかを、作者は気持ちよく書いている気がするので、そこに横やりを入れたくはない。自分の小説なんだから、自分の書きたいように書いてほしい。

  • 編集A

    でも個人的には、冒頭シーンはちょっと文章が続きすぎて、重たいかなと思います。途中で音を上げる読者もいるかもしれない。多くの読者に楽しんで読んでもらえるエンタメ作品を目指すなら、もう少し書き方に工夫したほうがいいかもしれませんね。

  • 青木

    テクニック的なことを言うなら、最初のあたりに主人公と新山君の会話を入れたらいいと思います。とにかくまず、「主人公と新山君の話」だということを読者に印象付ける。掛け合いの中で、二人の人物像もさりげなく表現する。説明や描写はその合間に盛り込む。もしキャラ小説にするなら、そういう方法がお勧めですね。でももちろん、必ずそうしろということではありません。キャラ小説を書くのか、じっくりと文章を積み重ねていきたいのか、自分が本当に書きたい小説はどんなものなのかというのは、自分自身と正直に向き合って決めてほしいです。

  • 編集A

    書き慣れている感じはそんなにしないから、作者はまだ、そういうことをあまり意識してはいないかもしれませんね。急がなくていいので、今後はぜひ、そういうことも考えながら創作に取り組んでみてほしいですね。

  • 青木

    失敗を恐れず、たくさん書いて、思う存分試行錯誤すればいい。それこそ新山君のように、とらわれない柔軟な姿勢で、自分の書きたい小説を追求していってほしいなと思います。

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