編集I
大きな仕掛けがくっきりとある作品でしたね。
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第224回
『夫の不倫相手が友人夫婦の娘の女子高生だった話』
座主ミオ
大きな仕掛けがくっきりとある作品でしたね。
冒頭一行目の「包丁で肉を切っているとき」というところが、ラストまで読むと、「そういうことか!」とわかって、驚かされますよね。ただ、膝を叩いて「やられた!」と思えるほどの爽快感はなかったです。読者が「作者に気持ちよくだまされた」と感じられる作品になっているとは、ちょっと言い難いですね。
発想はすごく面白いと思うのですが、いろいろ惜しいところがあるなと感じました。まずなんと言っても、独白調で書かれている作品なのに、なぜか最初と最後のところにちょっとだけ三人称視点の部分があるんですよね。
主人公の一人語りが、主人公寄りの三人称視点に挟まれている。どうしてこんな構成にしたのかな? 独白調の物語なら、最初から最後まで一人称で統一すべきだと思うのですが。。
読者への状況説明を、三人称で手早く済ませたかったのでしょうか。ただ、冒頭部分の文章はちょっとわかりにくく、あまり効果的な説明になっていませんね。
スマホの電話が鳴ってから通話ボタンを押すまでのわずかの間に、TVニュースが三件もの事件を報じているというのは不自然ですし、「奥野美穂は勢いよく話し出した」と言われても、それが電話のこちら側の人物を指しているのか、それとも向こう側なのか、読み始めたばかりで情景を脳内に描けていない読者にはわかりにくいです。
読み手をだまそうとしているわけですから、あまり詳細な説明ができないのも辛いところです。ミスリードや衝撃のラストという演出効果を狙いすぎるあまり、読み手がすんなりとは物語に入り込めない出だしになってしまっていますね。
独白調の物語というのは、説明なしで主人公がいきなり喋り始めるからこそ、読者は「何が起こっているの? 今どういう状況?」と興味を抱き、話に引き込まれていくものです。そういうものに、「話を始める前の説明」は必要ない。この作品で言うなら、「同じパートのお友達がいたの」の部分からいきなり始めればよかったと思います。少し読み進めば、大概の読者は、「ははーん、どうやら主人公は電話で友人と話をしているんだな」ということを理解してくれます。というか、そこを理解してもらえるように、さりげない状況説明を最初の辺りの語りに入れておけばいいんです。
そうすれば、全編独白調の、スッキリとまとまった作品にできましたね。この話、一人称で書かれたところはすごく面白いのに、もったいなかったです。
主人公の語りの部分は、ぐいぐい読まされましたよね。
下世話な話と言えば確かにそうなんだけど、やっぱり興味を引かれてしまいます。自分の夫が、家族ぐるみの付き合いをしていた近所の家の女子高生と不倫関係に陥るだなんて。
あまり改行しないままダーッと書き連ねられているのに、読みづらくはなかったです。むしろ引き込まれて読めました。意図的にこういう書き方をしているのかなと思います。
うまいですよね。主人公が電話口でまくし立ててる感じが伝わってきます。だったら、そういう語りの中にちょっとずつ、テレビのニュース速報だとか、窓の外がなんだか騒がしくなってきたとかっていう情報を混ぜていって、読者に段々と、「あれ? この主人公、ひょっとして……」と思わせていくことも可能だったと思います。実に惜しいですよね。
キャラクターの描き方には、いいなと思えるところがいろいろありました。特に人間の嫌な面に関して、細かいリアルな描写ができていたと。女子高生と不倫するようになった夫がいつの間にか歯のホワイトニングをしていたとか、話し合いの場で凛ちゃんが勝ち誇ったような笑みを浮かべていたとか。
妻の財布から、こっそりお金を抜いてたりね。しかも、それが発覚すると、「息子が盗ったんじゃないか?」なんてシレッと嘘をついたり。「小物のクズ男」という感じが非常によく出ていました。こういうあたりのキャラの描き方は、すごく解像度が高かったと思います。
ただ、不倫をしたのは夫の清悟なのに、不倫をされた主人公一人が責められる展開になっているのは、どうにも納得できなかったです。
同感です。主人公は夫を寝取られた立場なのに、なぜ呼びつけられ、一人だけ謝らせられるのでしょう?
まあでも、親だったら道理なんて一切無視して、ひたすら相手を責めて、「とにかく我が子を守る!」という姿勢を貫くことは、あるんじゃないでしょうか。
でも今回のケースなら、万里子さん夫婦は、まず主人公夫婦二人共を責めるのが自然な反応ではないかと思います。清悟に対しては「まだ高校生の、うちの娘に手を出すなんて!」と怒り、主人公に対しては「なんでもっとちゃんと、夫の手綱を引いておかなかったの!」と責める。それなら話はわかるのですが。
なのに、なぜか清悟は、生き生きとした明るい表情で、万里子さん陣営に加わっている。万里子さんたちも、それを容認しているように見えます。
そこは確かに。清悟があんまり責められていない感じなのは、妙ですよね。今回の件で、一番悪いのは清悟なのに。
大切な一人娘が、妻のいる中年男にたぶらかされた。普通ならまずその男に対して、「一生許さん!」と怒りくるうんじゃないでしょうか。なのに清悟はいつの間にか万里子さんチームの一員として認められていて、主人公一人が悪者にされている。この展開は、私にはどうにも不可解でした。
清悟は既に謝罪に赴き、結婚を条件に許されたのではないでしょうか? 「殴られるのを覚悟で両親に挨拶に行った」というような箇所がありましたので。
しかしこの状況で、「結婚するならOKだよ」と言う親がいるとは、ちょっと考えにくい。普通、許せないでしょう。
まあ百歩譲って、「娘が相手にベタ惚れだし、結婚するなら世間体も保てるし……」ということで、親は渋々受け入れたと見ることもできなくはない。だから、主人公が離婚を拒否していたということなら、主人公を呼びつけてみんなで責め立てるのも、まだわかります。ただしその場合は、「謝罪してほしい」ではなく、「早く離婚に応じてちょうだい」になるのではないでしょうか。
清悟は、まだ離婚できていない段階で、万里子さん夫婦に挨拶に行ったわけですよね。そんな状況で「お嬢さんと結婚させてください」とか頭を下げても、「ふざけるな!」と追い払われるのが普通だと思います。
このあたりの話の流れは、ちょっと筋が通っていないように感じますね。今のままでは、我慢も限界に達した主人公がついにキレるという、ラストの展開の理由付けのために、「主人公一人が理不尽に責められる」構図を作者が作為的に作ったように見えてしまいます。
実は清悟は、何度も挨拶に行っては殴られて帰ってくるのを繰り返していた、みたいな描写なり記述なりが、あったらよかったですね。それなら清悟の本気度が見える。
紆余曲折があった後でようやく許されたのだということがわかれば、読者も納得しやすかったと思います。万里子さん夫婦が清悟を娘の夫として認める根拠となる部分が、もう少し提示されていてほしかった。
それにしても凛ちゃん、こんな男のどこがそんなによかったんでしょうね? 清悟って、全然かっこいい男性に思えないのですが。妻の目を盗み、妻の財布からお金をくすねて女子高生と浮気だなんて。
本当に情けない男ですよね。まあでも、凛ちゃんの年齢からだと、「大人の男性」が素敵に見えてしまったのかもしれません。
あるいは、「人のものが欲しくなる」ところがある子、とも考えられます。「清楚ないい子」は、ただ演じていただけであって、実際は既婚男性を自分から誘ったわけですよね。話し合いの場での態度といい、本性は結構ふてぶてしいようにも感じられる。それとも、何らかの理由で、主人公に対抗意識でも持っていたのかな? もしそうなら、そのあたりをもう少し描写しておいてほしかったです。
なにも高校生の若さで中年男と略奪婚しなくてもと、どうしても思ってしまいますよね。凛ちゃんというキャラクターには、ちょっとよくわからないところがありました。何を考えているのか、どういう気持ちなのかが見えてこなかった。
凛ちゃんが清悟に惹かれた理由を長々と語らなくても、読者が納得できさえすればいいんです。なんならもう「イケメンだから」でもいい。例えば、結婚前はパッとしない男だったんだけど、姉さん女房の主人公が磨いて、それなりのイケメンに育て上げた。そしたらあろうことか、二十歳も年下の女子高生に横から奪われてしまった、みたいな。
それなら、主人公の怒りが限度を超えて爆発するのもうなずけますよね。そういうキャラクターの感情の「根拠」になる部分を、もう少し提示しておいたほうがよかったなと思います。
ラストで主人公が、お手洗いに行く途中でキッチンの横を通りかかり、そのまま包丁を手に引き返すところも、その箇所に来るまでは「殺意」はまったく描かれていなかったので、ちょっと気持ちの流れが読み取りにくかったです。
「エプロン」がスイッチになったんだろうなと、私は読みました。むしろ、うまいなと思いましたが。
はい、こういう小道具の使い方自体はよかったと思います。ただ、「エプロン」が殺戮の引き金になるほどの重要なアイテムであるなら、それ以前のところにももう少し出しておいてほしかったですね。
それにしても主人公は、「子供たちを、『父親が犯罪者』になること苦しませたくない」という強い思いから、堪え難きを堪えて離婚を決意したわけですよね。でも、この結末では確実に、「母親が犯罪者」と言われてしまいます。主人公は、そこをどう思っているのかな? この行動は、ちょっとつじつまが合わないように思うのですが。
もう自分のことしか考えられなくなるくらい、怒りで頭がいっぱいになってしまったんでしょうね。よってたかって、自分一人を悪者にされて。
それでも、包丁を振り上げたときに、一瞬子供の顔が脳裏をよぎったりしなかったのでしょうか。ラストで電話を切り、少し興奮が静まったときのしみじみした心情描写の中にも、子供への思いは一切出てこなかった。この主人公がどこまで子供を本気で愛しているのか確信が持てなくて、引っかかりました。
そうですね。登場人物の細部描写はとてもうまいと思うのですが、キャラクターそのものが立ち上がってこないというか、人物像がつかみにくいところはありましたね。
人間的な部分の掘り下げが、もう少しほしいと感じました。主人公はこんな辛い目に遭っているのですから、その苦悩や葛藤を描いてくれたら、もっと胸に迫る話になったと思うのですが。
「包丁で肉を」という仕掛けに、重点を置きすぎてしまっているなと感じます。確かに面白い企みではあるのですが、スプラッタ的な衝撃度が強すぎて、主人公の苦悩がかすんで見えなくなってしまう。
仕掛けの露骨さのほうが、強く印象に残ってしまいますよね。「人物を描きたかったわけではないんだな。女子高生と不倫というセンセーショナルな要素と、仕掛けで読者を驚かせようとしたんだな」と。
読者を驚かせようという企み自体は全然悪いものではないのですが、この作者さんには、細かい人物描写が上手いなと感じられるところがありますので、「単に驚かせる話」で終わってはすごくもったいないと思います。
中盤あたりで、「夫のことを、自分にべたぼれな青臭い男だと、うっかり長年思い続けていた。エラー音が鳴ってはじめて、自分をアップデートできていないと気づいた」、みたいなことを語っていますよね。私はここは、とてもいいなと思いました。
私もです。「ああそれ、すごくわかる」と思いました。非常にいいポイントを突いていますよね。
その一方で、「片親の子供は肩身が狭い」とか「しょせん女子高生の恋なんてポエミーで幼稚」といった断定的な描写もあって、気になりました。キャラクターの思考だとしても、ステレオタイプな決めつけは物語を浅くしてしまうので、そういうところはちょっと見直してみてほしいですね。
発想力はとても高いと思います。ただ、せっかく思いついたアイディアだからつい使いたくなるのはわかりますが、アイディアに振り回されるのではなく、冷静にコントロールしてほしいですね。
でもラストの、「ほんとにまっずい、このお茶。」、これはとてもよかった。どうでもいいような言葉でスッと話を終わらせるというのは、様式美の一つですよね。このラストの一文をするっと書けたのであれば、かなりセンスがいい。ツボはちゃんと心得ている書き手だなと思います。
タイトルとかを見ても、「仕掛け」がやりたい方なのだろうなと感じます。繰り返しますが、それ自体はいいんです。ただ、その匙加減が、今はまだ上手くいってない。タイトルもよくないと思います。ホワイダニットのミステリの要素もあるので、タイトルでネタバレをするべきではなかった。逆にタイトルで仕掛けを手伝わせることもできたと思います。そういうあたりの勘は、書き慣れていくうちにつかめてくるものですので、どうかこのまま書き続けていってほしいと思いますね。