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選評付き 短編小説新人賞 選評

『水蜜桃の朝』

doi

  • 編集H

    登場人物が二人ともちょっと変わっているのですが、そこが妙に面白かったです。「変な話だな」と思いながらも、面白く読まされました。

  • 編集A

    特に主人公は、思い込みの激しさが常軌を逸してますよね。

  • 編集D

    小学生のとき、エリちゃんがかけてくれたほんの一瞬の思いやりを大事に胸にしまい込み、それ以来一度も接点がないのに、大学生になった今も熱烈に慕い続けている。

  • 編集H

    この話の真相は、アパートの隣人のエリちゃん、正確には隣の隣なんですけど、彼女が実は「小学生のときのエリちゃん」ではなかったということですよね。

  • 青木

    そうだと思います。「隣のエリちゃん」は全くの別人で、すべては主人公の勘違いだった。その真相を、ラストでつるっと、すごくさりげなく書いてますよね。ここ、すごくうまいなと思いました。読んでいる間ちょっとモヤついていたことが、ラストで一気にほどけた感じでした。

  • 編集D

    そういう真相でなかったら、あまりに偶然が過ぎますものね。10年以上も「会いたい!」と焦がれていた小学生時代の同級生が、地元ではない大学に進学して住み始めたアパートの、隣の隣の部屋に住んでいるなんて。

  • 編集A

    ただ、隣人のエリちゃんが本当に人違いであると、明確に示されてもいないですよね。もしかして本物のエリちゃんである可能性もあるのかなと、私は思ったりしたのですが。

  • 編集B

    私もです。ラストの描写は、かなり引っかかりました。「宛名には見たことのない名前が書かれていた」とありますが、これが、「実は別人だった」ということなのか、それとも別の真相を匂わせているのか、よく分からなかった。例えば、この隣人女性は本物のエリちゃんなんだけど、何らかの事情で、今は偽名を使わざるを得ない生活をしているのかもしれない。現状の書き方では、どちらの解釈も可能ですよね。なんだか真相の明かし方がぼんやりしているなと思えて、気になりました。

  • 青木

    なるほど。でも作者はいちおう、「別人説」のつもりで書いてるんじゃないかな。私はそちらの方向で読みました。

  • 編集I

    私もです。実は割と早い段階から、「これ、エリちゃんではないのでは……?」と思いながら読んでいました。

  • 編集G

    私も、「別人なのでは?」と、ちょっと疑ってました。というのも、このお隣のエリちゃんの言動や生活ぶりが、小学生時代のエリちゃんのイメージとあまり合致しないように思えましたので。

  • 青木

    それは私も思いました。でも、「いやいや、疑ってはダメだ」と自分を戒めながら読み……ラストで、「あっ、しまったやられた」って(笑)。

  • 編集G

    私も、ラストの「宛名には見たことのない名前が」のところを読んで、「ああ、やっぱり別人だったんだな」と思いました。でもその後の、「律義に書かれた彼女のその名前が、小学三年生の頃から何ひとつ変わらないエリちゃんのやさしさのすべてなのだと思う」という文章で、また混乱してしまう。

  • 編集B

    そうなんです。私もここで、疑問が一層深まりました。

  • 編集G

    この文章は、「別人なのにエリちゃんの振りをしてくれたあなたの優しさは、本物のエリちゃんの優しさと同じものでした。ありがとう」という意味なのか、「エリちゃんは、名前が変わっても、優しいところは小学生のときのままだった」という意味なのか、わからない。この一文がなければ、「宛名が違うんだから、別人なんだな」という解釈のまま読み終われるのですが。

  • 編集B

    主人公は最初から、「二つ隣の部屋に住んでいるのはエリちゃんだ!」と決めてかかっていますが、こうまで強く思い込んでしまったのはなぜなのでしょう? その女性が、想像していた「大人になったエリちゃん」に似ていたから?

  • 編集A

    最初にちらっと見かけたとき、瞬間的に「似てる!」って思って、そこから、「きっとあれはエリちゃんだ!」って思いこんだんじゃないかな。あまりに長年、「エリちゃんに会いたい!」と思いつめていたから。

  • 青木

    そもそも、ほとんど接点のないまま年月が過ぎていますから、現在の本物のエリちゃんの容貌が、主人公の想像と一致するかは怪しいと思います。これはもう、「エリちゃんだと思いたかったから、そう思いこんだ」のでしょうね。

  • 編集F

    でも、エリちゃんはかつての同級生なのですから、今どうしているかということは、卒業アルバムとかSNSとかをたどって、その気になれば調べられるのではないでしょうか。

  • 編集B

    主人公の地元はそんなに都会ではないようですから、ご近所さんたちも色々と情報を持っていそうですよね。やろうと思えば、進路や近況を調べることは可能だと思います。

  • 編集F

    なのに、主人公がそういうことをしていないというのは、主人公が本当に大切にしているのは、実物のエリちゃんではなかったということかもしれない。

  • 青木

    そうですね。主人公は、「脳内エリちゃん」とずっと一緒に生きてきた。そんな中、アパートの隣の隣になんとなく似た感じの人がいたので、「エリちゃんだ!」と勝手に信じこんでしまった。卒アルや知人をたどって事実を調べようというような気持ちは、そもそも持っていないんだと思います。エリちゃんは主人公の心の中にずっと住んでいますから。それに、主人公は実は、ちょっと疲れていたんじゃないかな。親元を離れて隣県の大学へ進んで、慣れない一人暮らし。大学にもなかなかなじめなくて、友達もできない。そんな生活の中で、「大好きなエリちゃんが、隣の隣に住んでいる!」と思い込むことが、心の支えになっていたのではと思います。

  • 編集E

    主人公は、なんだか不器用な生き方をしているように感じます。一点気になることがあるのですが、主人公は「女性」と思って読んでいいのでしょうか? 名前も出てこないですし、女性だとはっきりわかる描写も見当たらない。「気持ち悪い、とか、へん、という言葉を、思えばこれまでに幾度となく言われてきた」と語っているところがありますが、主人公がなぜそういう扱いを受けてきたのか、その理由は特に明示されていなかった。もし主人公が、心と体の性が不一致というような事情を抱えているなら、まだしも疑問に感じるところが減るかなという気がするのですが。

  • 編集B

    私もそこは、ちょっと気になっていました。小学生のときの「レーズン事件」だけで、ここまで「エリちゃん崇拝」を引きずるものなのかというのは疑問に感じます。でも、主人公が男の子だということなら、自分を救ってくれた優しい女の子に深い執着が生じるのも、わからなくはないかなと。

  • 編集I

    でも、性別に関することを特別匂わせてはいない中で、自分を「私」と呼ぶ人物を描いているのですから、これは普通に「女の子」と思っていいのではないでしょうか。

  • 青木

    同感です。素直にそう読んでいいと思う。

  • 編集D

    もし主人公が男性だったなら、「エリちゃんの部屋に入りたいなあ。入れてくれないかなあ」なんて思うというのは、作品の方向性が変わってきてしまいます。エリちゃんにしたって、異性をあっさり部屋に上げてしまうとなると、キャラクター造型にも関わる。

  • 編集F

    いや、同性であっても、エリちゃんにとって主人公は全然知らない人ですよね。しかも主人公は、他人のドアにかかっている差し入れ袋の中を勝手にあさって、本をくすねたり、別の品物を入れたりしている。こんなことをされたら、私なら恐怖を感じますし、部屋に上げるなんて論外です。

  • 編集H

    私もです。主人公はあまりにも変人だし、それを割合簡単に受け入れているエリちゃんもまた、かなり変わっているなと思いました。まあでも、そういう変わった人たちの話だから面白かったというところはあると思います。普通の人が普通のことをしてるだけだと、ドラマになりにくいですから。

  • 青木

    エリちゃんが主人公を割とすんなり受け入れているのは、エリちゃんが人生に疲れているからではないでしょうか。普通だったら簡単に部屋に上げたりはしないんだけど、男に貢ぐ生活に疲れ切っていて、「もう好きにしたら」というような、投げやりな気持ちになっていたのかなと思います。

  • 編集A

    でもそのおかげで、二人の交流が生まれたわけですよね。エリちゃんが断固として拒否していたら、この話は生まれなかった。

  • 編集D

    二人の心は交流、してるのかな? 主人公側の一方通行のような気がします。主人公は「エリちゃん、エリちゃん」って舞い上がってますが、隣の女性にしてみたら、内心「私、違うし」っていう気持ちではないでしょうか。二人の間に絆が生まれているという風には感じられなかったのですが。

  • 編集I

    深い絆とまでは言い難いですが、この二人が一緒にいるときって、なんだか心地よい空気が流れているように感じましたけどね。主人公はエリちゃんが大好きだし、エリちゃんのほうも、主人公を嫌ってはいないと思います。

  • 編集A

    本当に嫌だったら、部屋に上げたりしませんよね。「この子なら、まあいいか」と思えるものがあったので、受け入れたんじゃないでしょうか。

  • 青木

    疲れて追い返す気力もなかったし、なんだか悪い子じゃなさそうだし、ってことだったのかなと思います。

  • 編集A

    しかも主人公は、桃を剥いたりとか、かいがいしく世話を焼いてくれて。「大好き大好き」って言ってくれて。あれこれ心配してくれて。私の部屋に住んでもいいよ、家事は全部私がやるよ、できることは何でもするから、エリちゃん無理しないでねって。

  • 編集I

    こうまで言われたら、エリちゃんじゃなくても、ホロッときちゃうと思います。しかもエリちゃんは今、ホストか何かにハマッて、借金抱えて、夜の仕事で疲れ切って、人生が行き詰まっている状態なんですよね。自尊心も地に落ちている。そこへ熱烈に、「エリちゃん大好き!」「エリちゃんは特別!」って好意を浴びせてもらえたら、それは嬉しいだろうと思います。

  • 編集G

    主人公はかなり変わった子だし、エリちゃんも「変な子だな」と思ってるんだろうから、互いに通じ合っているとは言えないんだけど、それでも何かしら心が温かく触れ合っているところはあると思います。

  • 編集I

    姿を消す前のシーンで、エリちゃん、主人公に「ありがとう」って言ってくれてますしね。

  • 編集D

    なるほど……。ただ、主人公によってエリちゃんが救われたということが、もう少し読者に伝わりやすく描かれていたら、さらによかったかなという気がします。たとえば、エリちゃんがハマッているホストは、実はDV男だったとか。身も心もボロボロ、みたいなところに主人公がやって来たので、ズレた優しさでも身に染みた、ということならわかりやすかったのですが、エリちゃんが今貢いでいるホストは十分優しいですよね。体調不良を心配して、マメに差し入れを届けてくれたりしている。

  • 青木

    うーん、こういう職業の人って、意外と優しい人も多いらしいですよ。貢いでもらわないと困るから、けっこう手厚くケアするらしいです。

  • 編集G

    同じ優しさでも、主人公がエリちゃんに向ける優しさは純粋ですよね。損得は全く考えていないから。ただ「好き!」だけだから。エリちゃんは、そこにホッと息がつけたんじゃないかな。

  • 編集A

    エリちゃんにとって主人公は、利害関係のない相手です。べつに好かれる必要もないから、気を遣わなくていい相手。何をしてもしなくても、「大好き」って言ってくれるし、優しくしてくれる。そういう人と、桃を食べながら何となく一緒に過ごした時間が、人生に行き詰まっているエリちゃんにとっては救いになったのではないでしょうか。

  • 編集I

    主人公は大学生にしてはひどく幼い感じなんだけど、ひたすらエリちゃんだけを慕い続ける姿には、なにか尊さすら感じます。

  • 編集G

    一途ですよね。

  • 編集A

    エリちゃんからしたら、「人違いなんだけどな」とは思いつつも、主人公と過ごしたわずかな時間だけはなんとなく救われた気分になれた、ということではないかと思います。

  • 青木

    そう、そこが素晴らしいですよね。ほんのひとときのことだし、主人公は具体的に役に立てたというわけではないんだけど、何かしら温かい気持ちの触れ合いがそこにはあった。ほんの一瞬だけど、確実にあったんです。その結果、エリちゃんは何かを吹っ切ることができたのかもしれないし、主人公は「やっぱりエリちゃんは優しい人だ。エリちゃんと過ごせた時間を、これからもずっと大切にしていく」と改めて胸に刻んだ。素敵なお話ですよね。

  • 編集H

    うーん、いや、これほんとに、そんな美しい話なんでしょうか? 冷静に読むと、やっぱり主人公はかなりおかしな人だと思うのですが。

  • 編集D

    同感です。主人公の気持ち悪さというか変人ぶりは、私には少々受け入れがたかった。

  • 青木

    おっしゃることは分かります。でも、「キモさ」は「エモさ」でもありますからね。実際、この話を魅力的だと思った読み手は多かった。

  • 編集H

    確かにイチ推しは一番多いですね。私は、「美しい話」とも「人が救われる話」とも思わなかったのですが、それでも非常に面白くは読みました。

  • 青木

    それは、文章が上手いからだと思います。文章自体もうまいし、字面もきれいです。原稿をパッと見たときの、ひらがなと漢字の混ざり具合がいい。それに、どこが面白いんだかわからないんだけど、なぜか面白く読める作品ってありますよね。それは、「小説」が上手いからだと思います。テーマがとかテクニックがとかってことではなく、この作者は「小説」を書くのが上手い人なんだろうと思います。

  • 編集A

    この作品の「気持ち悪さ」は、この作者の芸風と捉えていいと思います。作者は意図的に、エンタメとしてこういう書き方をしているのだと思う。

  • 青木

    読者に若干疑問を抱かせたような箇所もいくつかありましたが、ちょっと手を入れれば直せるところですから、さほど大きな問題ではないと思います。私はこの作品、すごく「好きだな」と思えました。このまま自分を信じて、書きたい話を書き続けていってほしいですね。

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