編集A
フリーランスで働いている若い女性が、マッチングアプリで出会った年下の男の子と付き合い、やがて別れるというか、体よく振られるというお話です。しばらく付き合って、振られる。それだけと言えばそれだけの話なのですが、何か読まされるものがありましたね。
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第225回
『スターチスの茎を切る』
白実南天
フリーランスで働いている若い女性が、マッチングアプリで出会った年下の男の子と付き合い、やがて別れるというか、体よく振られるというお話です。しばらく付き合って、振られる。それだけと言えばそれだけの話なのですが、何か読まされるものがありましたね。
主人公の語り口がなんだかかっこいいし、文章にグルーブ感があって、引き込まれました。「わたしの恋」を実体験風に語っている作品であるのにも、今っぽさを感じます。
同感です。はっきり言ってこの主人公は、女性読者にはあまり好かれない感じのキャラクターかなとは思うのですが、でもそれを超えた先に何か魅力があるように感じて、私はイチ推しにしています。
うーん、正直私は、好きになれなかったほうの読者ですね。語り口の「かっこよさ」は、空虚で空回りしているように感じました。背伸びしすぎというか。
私もです。主人公はまだ若く、さほど人生経験が豊富とは言えないのに、「何もかもわかってる女」風の語りをしていて、かえって痛々しく感じられてしまいました。
主人公キャラにも作品そのものにも、自己陶酔感のようなものを強く感じますよね。でもこれは、書き方次第で、魅力になり得る特性でもあると思います。
自由度の高い生活に、ただ楽しむだけの恋。この主人公の暮らしには憧れを感じます。若いときにこういう自堕落な恋愛を一度でいいからしてみたかったなと思って、私は個人的にすごくのめり込んで読みました。失恋する話ではありますが、作品全体に流れる素敵感がとてもよかったです。ツッコミどころは実は色々あるのですが、とにかくこの「素敵!」の一点で高評価しました。
わかります。一点突破力はありますよね。
好き嫌いが分かれる作品だなと思いますが、好きな人には熱烈に好かれそうですよね。
なんだかおしゃれな感じですよね。シティポップ系というか、アーティスト系というか。ただ、文章にはいろいろ引っかかりを感じました。
そうなんですよね。一見かっこよさげな文章で、雰囲気でするっと読まされそうになるんだけど、実は日本語が不正確だったり、意味が読み取りづらいような箇所がたくさんありました。
例えば、「花が好きな私のために街中で花屋を一緒に散策してくれて」とありますが、「花屋を散策する」というのは妙な日本語ですよね。
その続きに、「サプライズで小さな花束をもらった。バラ、ユリ、カスミソウ、スターチスの可愛い花束。佐藤くんはだんだんと、道端に咲く花の名前が言えるようになっていた」とありますが、ここは文章のつながりがおかしいと思います。
確かに。「花屋で花束を買ってくれた」ことと、「道端の花の名前が言えるようになる」ことは、繋がらないですよね。
途中がすっぽ抜けてるんですよね。花屋巡りをしたり、主人公と花の話をしたり、自分でも調べたりすることを重ねていくうちに、佐藤君はだんだんと道端の花にも詳しくなっていった、ということを作者は言わんとしているのだろうなと推測はできるのですが、それを読者に正確に伝えられる文章の組み立てになっていない。
「緩やかな自己責任としがらみの薄い勤労のもとに生きている」とか、「他力本願にわくわくしていた」なんてところも、読んでいて「ん?」と引っかかってしまいました。「WEB系のフリーランス」という言葉も気になります。WEBデザイナーなのかなとは思うのですが、「SNSの運営と分析」とかもやっているらしいし、具体的な仕事の内容が、わかりそうでよくわからない。なんにせよ、自分で自分の職業を言い表す言葉としては、あやふやすぎると感じます。
WEB系の仕事をしている割に、マッチングアプリをダウンロードするのに手間取っていたり、「仕事以外ではほとんどPCもスマホも触らない」と言いつつも、暇な時間はネットフリックスを利用していたり。なんだか矛盾を感じるような語りがあちこちに見られるのも、引っかかりました。
主人公は「本州の端の地方都市」に住んでいるらしいので、「青森かな? それとも山口かな?」なんて想像してみたりするのですが、決め手に欠けてよく分かりませんでした。というか、「地方感」そのものがあまりなかったですね。せっかく場所を「地方都市」に設定しているのですから、その地方特有の文化みたいなものをさりげなく描写に取り入れたら、読者がイメージしやすかったのではと思います。
情景描写があまりないので、具体的な場面の映像が読者から見えにくいですよね。
主人公と佐藤君が出かける場所も、プラネタリウム、花屋、イタリアンレストラン、夜景の見える小高い丘と、いかにもなデートスポットばかりです。この二人の付き合いは、どうにも絵空事に感じられてしまう。
表面的に綺麗な語りが続くばかりで、実感のこもった描写にはなっていなかったですね。
また、「下世話な話、服を脱いで同じベッドで抱き合いたいと思えない人と、プライベートな時間を共有したいとは思えないのだ」のような、二重否定の文章は理解が難しいので、できるなら避けたほうがいいですね。それに、この文章をストレートな形に書き直すと、「体の関係を持つ人とは、プライベートな時間も共有したい」ということになりますよね。要するに、「セフレっぽい関係は嫌」ということ。
その一方で主人公は、「求めているのは、男性性」「ときめきと快楽、それだけだった」とも語っています。言っていることがちぐはぐですよね。全体に、読んでいて引っかかるところが多かったです。雰囲気に乗せられてすらっと読みたいのに、いろいろ気になって足止めされてしまう。
特に文章は、不必要に難しげな言い回しになっているところが目につきました。「私の人生が急激かつ抜本的に/急展開を迎える」とか、「不用意に密集する雑踏は私の遅刻を加速させる」とか、もって回った堅苦しい表現が随所にある。読んでいて、「二字熟語がやけに多いな」という印象を受けました。こういう文章だと、なんでもない描写でも読むのに力ませてしまって、読者が作品世界に入ることが難しくなるんじゃないかな。
例えば1枚目に、「近所の花屋で購入した安価な花束を贈りあった」とありますよね。「購入」は「買った」でいいし、「安価」は「安い」でいいと思います。もう少し、読者が読みやすい平たい文章を書くことを心がけたほうが、という気がしますね。
「桜の名所の城跡がバルコニーから望めるワンルームに暮らしている」なんて文章も、やけにものものしい感じです。もっとシンプルに、「窓から桜が見えた」と書けばいいんじゃないかな。主人公が窓を開けたら、城跡が見えて、そこには桜が咲いている。その様子をそのまま書けばいいと思います。主人公の行動に沿って、主人公の目に映った情景を素直に描写すれば、主人公が見ているものを読者も見ることができます。
主人公の部屋の様子とかも、最初の辺りでちらっと描写したほうがいい。パソコンが三台並んでいるとか、散らかってて埃っぽいとか。それだけでも、WEB系の仕事をしている感が出るし、ズボラだというのもわかります。凝った文章を書くより、そういうちょっとした描写を入れたほうが、主人公の人物像が読者に自然に伝わると思います。
いい表現も出てくるんですけどね。22枚目の、「袋とじになった未来を破った瞬間に、あのトキメキは過去になり酸化していく」なんてところは、私はすごく好きでした。
いいですよね。でも、そういううまい表現がある一方で、「インスタントな出会いは、インスタントな別れに終息する」とか、「純白と真っ赤の椿が花瓶の中で死に向かって咲いている」とか、ちょっと陳腐だったり、「かっこよく書こうとしすぎでは?」と感じる文章も多かった。
読者にそう感じさせてしまっては、むしろかっこよくないですよね。難しい言い回しをもう少し減らし、その分、文章の精度を上げることに力を注いでほしいかなと思います。
一人称小説において、地の文でもある主人公の語りに違和感があるというのは、キャラクターの造形力にも絡んでくる問題だと思います。語っていることの内容は同じでもいいから、別の表現にしてくれたら良かったですね。「作者が考えた気の利いた文章」ではなく、あくまで「フリーランスでWEB系の仕事をしている二十代女性・中村さん」ならではの語りにしてほしかった。横文字が入るとか、仕事関係の専門用語が混じるとか。
それはいいですね。「そのキャラクターらしさ」が文章ににじみ出てきます。
登場人物の台詞や語りは、やはりそのキャラクターならではのものであるべきですよね。というか、むしろそのキャラならではの言葉が自然に出てくるくらいに、作者はキャラクターをしっかりと把握していてほしい。現状ではまだ、作者自身が綺麗な文章や上手い表現を書くことを優先してしまっているように感じられます。
いいフレーズを思いついたら、使いたくなるのはすごく分かるのですが、作品にふさわしくなければあえて捨てるという勇気を持ってほしいですね。
捨てると言っても、なにも本当に捨て去る必要はありません。「そのうち使うかもしれないフレーズ」とか「とっておきの文章」みたいなファイルでも作ってそこに保存しておき、また別の作品で活用すればいいんです。
あと、誤字脱字がけっこう目につきましたので、もう少し推敲にも力を入れてほしいです。
そこに関しては、べつの点で気になることがありました。ラストで主人公は、「失恋の痛手を乗り越えるために、今回の恋の顛末を私小説として書き上げた」ということを語っていますよね。もしかして、この投稿作自体がその「私小説」ということなのでしょうか? これはメタ作品ということ?
うーん、そこはよくわからないですね。そういう企みのある作品だったとしても、その仕掛けが何らかの高い演出効果を上げているとは感じられないですし。
深読みのしすぎかもしれませんが、もしもこれが、主人公が「推敲もせずに捨てた」と語っているところのメタ小説であり、「だから誤字脱字もあえて放置しました」ということなら、ちょっと考え直してほしいです。メタっぽい仕掛けを作品に施すのであれば、むしろ細心の注意を払って推敲し、作者が恣意的にそういう演出をしていることが読者に伝わる書き方にするべきだと思います。
「単に見直しをしていないのかな」と思われてしまっては、せっかくの作品がもったいないですからね。
また、主人公が失恋するまでを描いた話なのに、肝心の主人公の恋心がほとんど伝わってこないのも気になりました。主人公は「振られた」と落ち込んでいるようですが、いつの間にそんな真剣な「恋」になっていたのか、うまく読み取れなかったです。
マッチングアプリで出会い、ありきたりなデートを重ね、すんなり肉体関係へと進む。二人の「お付き合い」は、本当に表面的なものですよね。相手の内面に踏み込もうとは、互いに全く考えていないように見える。
佐藤君の台詞は、まるで「マッチングアプリ攻略法」のお手本があるかのよう。相手をいい気分にさせて、うまく体の関係に持ち込もうとしているのが見え見えです。関係の切り捨て方も、非常にドライであっさりしている。不意なメールで一方的に、「別れてください。返信は不要です」で終了。手慣れてるなと感じましたが、こういうことがサラッとできてしまう佐藤君というキャラクターは、私は面白いと思いました。
佐藤君のほうは、完全に遊び目的ですよね。そして、元々は主人公のほうも同じだったはずなのに、それがいつの間に「恋」になったのか、ちょっとよくわかりませんでした。
佐藤君は「クズ男」のようにも見えるのですが、作者は佐藤君を「素敵な男性」として描いているのかな? そのあたりがわかりにくかったです。もし「素敵な男性」という設定であるなら、もう少し佐藤君を魅力的に描いたほうが良かったかなと思います。それも、「佐藤くんは、こうこうこういう人で~」と主人公が言葉を駆使して説明するのではなく、どんなふうに素敵だったか、どんなふうに優しかったかということを、具体的なエピソードとして描いてほしい。そうすれば読者は、「だから好きになってしまったのね」ということを、書かれていなくても読み取ってくれます。
主人公はうわべだけの恋愛ごっこを楽しむつもりが、思いのほか本気になってしまったのでしょうね。でも佐藤君のほうはあくまで遊びであることは変わらず、自分はあっさり捨てられてしまった。その現実を受け入れられない主人公が、「彼は素敵な人だった」かのように取り繕い、「恋をしていた美しい日々」を飾り立てた言葉で語っている。本来はそういう話のつもりで作者は書いているのかなと、私は思いました。
ただ現状では、作者の意図も、登場人物の心情も、今ひとつ読者にうまく伝わってこない。主人公がどこまで本気の恋をしていて、今どれほどの傷心を抱えているのかということが、あまり見えてこないです。かっこいい文章や難しい言い回しを盛り込むことに作者がすごくエネルギーを注いでいるのがわかる分、「そのエネルギーの一端を、もう少しキャラクターに向けてくれたら……」という気がしてしまう。登場人物の感情を、もう少し描いてほしかった。
「かっこいい小説」という方向性が好みなら、それはもちろん目指していいんです。でも同時に、キャラクターにも共感させてくれれば、読者はさらにのめり込んで読めますよね。
現に、ラストの「スターチスの茎を切る」くだりなどは、とても良かったと思います。重要なアイテムの「スターチス」を絡めた、しみじみとした切ないシーンが描けていました。ここでやっと、読み手が主人公の心にわずかに触れることができます。そういういい描写も確実にあるのですが、全体としては今一歩、読者に届きにくい作品になっていた。非常に残念でしたね。
例えばラストで友人から、「あんた遊ばれただけなんじゃないの?」とはっきり指摘されるとか、何らかの客観的視線が作中にあれば、また違ったかもですね。「二人の世界」を描きたいんだろうなというのは分かりますが、第三者を登場させるとか、視点を変えるとか、独りよがりになりがちな一人称作品に客観性を持たせる方法はいろいろあると思いますので、そういうことも考慮に入れてみてほしいです。
「かっこいい系の作品」というのは、私は期待の持てるジャンルだと思っています。むしろどんどん挑戦してもらいたい。ただ、中途半端な「かっこつけ」は、いわゆる「イタい」ものになりやすいのも事実です。やるのであれば、そのジャンルの第一人者になるくらいの覚悟で取り組んでほしい。ありきたりなかっこよさではなく、「独特の芸風」のレベルにまで極めてほしいです。
それなら固定ファンも付きますよね。「この作家さん特有の、こういうかっこいい文章が好き!」と読者に思ってもらえるほどに、突き抜けてほしい。
そして、どういうジャンルを目指すにしろ、文章力は全ての基本になります。まずは、それこそ「5W1H」のような、ごく普通の文章を正確に書く練習を、意識的にやったほうがいいと思います。かっこいい文章、滑稽な文章、おしゃれな文章などは、基礎となるものがあってこそできる応用ですので。
自分一人でやってもコツがつかめないかもしれないですから、率直な指摘をしてくれる友人知人に、書いたものを読んでもらったりしてもいいですよね。
かなうなら、それが一番いいと思います。自身の問題点に、自分だけではなかなか気づきにくいですからね。
もちろん、ここへまた投稿してくださるのも大歓迎です。今作を高評価している読み手も確実にいますので、安心して送ってきてください。
この作者さんは、「書くこと」がすごく好きな方なのだろうなと感じます。文章力は努力次第で確実にアップさせられますから、ぜひこのまま書き続け、どんどん上達していってほしいですね。