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選評付き 短編小説新人賞 選評

wind

色即是空

30

  • 編集G

    高校生たちの人間模様を描いた作品です。主人公の作間理人は、どうやらかなりのイケメンらしいですね。一人称で書かれている話ですから、自分で自分を「イケメン」と言っているわけではないのですが、他者からの扱われ方を見ると、そうとしか思えない。「(文化祭の劇では)みんな作間君の相手役を狙ってるに決まってるでしょ」とか「結局、理人目当ての女子ばっかりだ。理人ずるい」みたいなことを言われてますよね。それに対して主人公が否定をしている様子もない。ということは、主人公は常に周囲からイケメン扱いをされており、主人公自身にも「俺ってけっこうイケメン」という認識があるということだと思います。そのうえ主人公は、心優しい好青年でもあるらしい。だから、彼がクラスの一見冴えない女の子・菅原さんに惹かれていき、彼女も主人公に心を開いてきている様子で……という展開に、「これは、最後に二人がいい仲になってハッピーエンドかな」と思っていたんです。「正直、それではちょっと面白くないな」と。
    ところが実際はどんでん返しで、菅原さんは主人公の悪友、ちょっとチャラついたところのある大橋とくっついてしまった。自分が菅原さんと付き合うことになるかもと思ってフワフワと幸せな気分でいた主人公が、ラストでドーンと落とされる話で、非常に面白かったです。僕はイチ推しにしました。「イケメンざまぁ」なのが、とてもよかった。

  • 編集A

    えっ、まさかそれが理由? 「イケメン主人公が不幸になっていい気味」だから、イチ推しにしたの?

  • 編集G

    そうです(笑)。書かれていないけど主人公は、「菅原さんも、俺のことを好きになってるんじゃないか? だとしたら両想いだ」と思っていたはずですよね。ラスト近くで、喫茶店に呼び出された時点では、「告白されるかも。あるいは、俺から告白してもいいし……」くらいの気持ちだったのではないでしょうか。ところが行ってみると、そこには大橋がいた。自分の一番の友人だけど、浮ついていて軽薄で考えなしで、およそ真面目な菅原さんには似合いそうにない男なのに、彼女が選んだのはその大橋だった。「え、君が好きなのは俺じゃなかったの!?」という衝撃と突き落とされ感。しかも二人は、自分の知らないところでとっくに付き合い始めていたらしい。菅原さんに喫茶店に誘われて、ラブな展開を少なからず期待していた主人公は、ほんとにいい面の皮です。イケメンなのに、告白もしないうちから失恋して終わる。この展開、最高ですよね。

  • 編集B

    そんな、ひどい(笑)。ひどすぎる。

  • 三浦

    えーと、でも実は私も、Gさんに全く同感なんですよね(笑)。主人公は、一見好青年っぽいんだけど、どうにも好きになれない感じのイケメンです。例えば14枚目で、「(スクールカーストの低い)菅原さんのような存在にも優しくしてあげている、とでも言いたいのか。今までそんなおごり高ぶった発想をしたことなど一度もない」などと思っていますが、こんなことを思う時点でもう、無意識的なおごりがあるということですよね。「こんな嫌な主人公って、どうなの?」と思っていたら、最後で盛大に落とされていて、気持ちがスーッとしました(笑)。

  • 編集G

    このラストで、一気に評価が上がりますよね。イケメンが「ざまぁ」な目に遭って、本当に胸がすく。

  • 編集B

    だからひどいって(笑)。それに、モテ度合いで言えば、むしろ大橋のほうが主人公より上じゃないですか? 大橋って、水面下で女子に大人気ですよね。

  • 三浦

    はい。彼の軽い感じ、チャラついててちょっとアホっぽい感じが、逆に安心して好きになれるんでしょうね。

  • 編集B

    立花さんという女の子が、大橋をけなすような発言を何度もしていますが、彼女も結局、大橋が好きなんですよね。「なによー、あんたなんか」「作間君を見習いなさい」みたいなことを口では言いながら、実際は大橋に恋心を抱いている。

  • 編集G

    主人公は顔立ちはいいし、無分別な発言もとりあえずしないので、大橋との引き合いで、話によく出されるんでしょうね。「作間君のほうがステキだわ」みたいなことを言われ慣れている様子です。実際は誰も本気でそう思ってるわけじゃないんだけど、本人だけは「俺、モテちゃってる」と勘違いしているのでは。

  • 編集B

    またそういうことを(笑)。でも、そこに関しては、私もちょっと同感です。だからラストの展開も、実はそんなに意外ではなかった。菅原さんも他の女子と同じく、主人公ではなく大橋を好きなんだろうと思っていました。主人公とはくっつかないだろうなと。

  • 編集G

    ラストを読んだ後で見返すと、そのあたりのことは、途中でもちゃんと匂わされてますよね。菅原さんは主人公のことを「いい人」としか思っていなくて、恋愛感情を持っている相手は大橋であると。主人公は最初から、恋愛対象とは見られていなかった。だから、若干好きになれないイケメン主人公なんだけど、ラストでショックを受けた後、それでも精一杯表面を取り繕って、二人を祝福するという話の流れはいいなと思いました。作間は今後も大橋の友人であり続けるんだろうし、大橋と一緒にいることが菅原さんの幸せなら、それを応援したいとも思っているのでしょう。ラストのこの、落胆と強がりと思いやりが混ざった感じは、とてもよかった。いや、でももちろん、一番評価してるのは「ざまぁ」な展開なんですが(笑)。

  • 三浦

    わかります。この主人公は好人物のようには今ひとつ思えないですよね。加えて、大橋の無神経さはかなり腹立たしいし、菅原さんも実は、いろんなところが鼻につく。「主要人物全員がいけ好かない話って……」って首をひねりながら読んでいたのですが、ラストに「かっこいい主人公がフラれる」というまさかの展開が来たことで、「そういうことか」と腑に落ちました。嫌な人物の描き方の匙加減が絶妙ですよね。ものすごくよく出来ているし、「人間だれしも、こういう絶妙に嫌な部分ってあるよな」と思える話でした。ただ……「ざまぁ小説」って、果たして売れるのかな?(笑)

  • 編集G

    確かにそこは引っかかります。僕はすごく面白く読みましたが、読者がお金を払って買ってくれるかどうかには疑問がある。

  • 編集B

    ちょっと待ってください。これ、「ざまぁ小説」と解釈していいんでしょうか?

  • 三浦

    私はそう読みました。この登場人物たちの描き方は、意図的かなと。

  • 編集B

    確かに、ラストで主人公がフラれる、ストーンと落とされるという展開は、意図的なものだと思います。ただ、作者が「イケメンざまぁ」をテーマに書いたようには、私にはちょっと思えないのですが。

  • 編集F

    私もです。むしろこのラストは、切なさを出そうとしているのではないでしょうか。クラスで浮いていた冴えない眼鏡女子の菅原さんに、主人公だけは最初から優しい視線を注いでいた。それどころか、地味で暗い外見の奥に隠れていた彼女の本当の輝きを見抜き、心惹かれてさえいたわけです。彼女のほうも次第に心を開いてくれて、二人の距離は縮まり、いい雰囲気になりかけていた。この状況なら、主人公が両想いを期待してしまうのも無理のないことでしょう。なのに、急に横から現れた大橋に、あっさり彼女をかっさらわれてしまった。かわいそうですよね。イケメンなのに、心優しいのに、うまくいきそうだったのに、フラれてしまった。それでも主人公は自分の傷心を隠し、二人の幸せを願おうとしている。この結末は、主人公の切ない心情に、読者をキュンとさせようとしているのかと思うのですが。

  • 編集A

    わかります。もしこれが「ざまぁ小説」なら、もっと最初から明確に、登場人物たちを「嫌な奴」として描いたはずではないでしょうか。

  • 三浦

    えー、そうなのかなあ。現状でも十分、嫌な人物として描かれているように思えますが。例えば主人公は、前にも言いましたが、「俺はおごり高ぶっていない」と思っているところが、すでにおごっていると思う。イケメンの自覚があり、かつ、菅原さんが現状「イケてない女子」の位置にいることも一応わかっているわけですよね。モテ男の自分が優しく接したら、菅原さんは自分によろめくのではという気持ちが、全くないと言ったら嘘になると思います。

  • 編集B

    でも、少なくとも主人公は、菅原さんの内面の輝きに惹かれている。外見や評判に捉われずに人を見ることができているように思いますが。

  • 編集A

    でも、菅原さんが「実は美人」ということも、ずっと前からしっかり気づいてますよね。中学時代から彼女を見続けているから、「俺だけが彼女の良さを知っている」と、ちょっと得意げな気持ちなのかも。

  • 編集F

    確かに、菅原さんを悪く言う女子や大橋に対して、「お前らなんかに、彼女の良さは分からない」と見下している感じはありますね。

  • 三浦

    そして、大橋の無神経ぶりも、ちょっと許しがたいレベルだと思います。中盤まで、菅原さんのことを遠慮なくこきおろしてましたよね。

  • 編集A

    「何考えてるかわからない」「暗くて怖い」「できれば一緒にいたくない」みたいなこと、平気で言ってますよね。なのに、彼女が実は美人だと気づいた途端好きになって、その日のうちに告白したりしている。この手のひらの返しよう。最低ですよね。

  • 三浦

    最低です。そのうえ、自分の彼女になった菅原さんに、主人公を喫茶店に誘い出させていますよね。

  • 編集A

    「ドッキリ成功!」ってけらけら笑ってるなんて、悪趣味もいいとこです。しかも、「ミサから誘われたら驚くかなと思ったら、案の定だわ」なんて言っている。もしかして、作間の菅原さんへの気持ちに気づいているのではと勘繰りたくなります。

  • 三浦

    気づいてるんでしょう。気づいてない風に描かれていますが、気づいていてわざと引っかけたからこその「ドッキリ」なのだろうと思います。「お前、告白される気でいたんだろ? 残念! とっくに俺の彼女なんだぜ」と笑いものにしているも同然で、ほんとに無神経で残酷。

  • 編集A

    そのうえ、「お前、好きな子いるんだろ。言っちゃえよ」と問い詰めたりしている。残酷ですよね。菅原さんに誘われてのこのこ喫茶店にやってきている時点で、作間が菅原さんに何らかの感情を持っていることは察しがつきそうなものなのに。

  • 三浦

    そして、彼氏に言われるがまま主人公を誘い出した菅原さんも、相当ひどいと思う。手作りクッキーを渡して「放課後空いてる?」なんて言ったら、言われた側は「俺に気があるのかな」って期待してしまうことくらい、普通分かりますよね。

  • 編集F

    菅原さんって、とてもピュアな女の子みたいに描かれてますけど、実はものすごく計算高くてしたたかな人物のように感じます。例えば、文化祭の当日に、髪を切って可愛く変身して現れますよね。でもこんなこと、やるならもっと早くからやっておけばいいのに。もうすぐ本番という時に急激な変更なんかされたら、ヘアメイクの予定もくるうだろうし、みんなに迷惑だと思う。そもそも、一応主役なのに、自分一人でこっそり着替えやらお化粧やらをしていたらしいのも不自然です。

  • 編集A

    すごく劇的な登場をするんですよね。みんなが「彼女がいない」って騒ぎ始めたところへ、美しく変身したドレス姿でバーンと現れる。それまでの外見との落差で、余計にインパクトがあります。ただ、どうにも芝居がかっている。

  • 編集F

    これは自己演出なのでは? 自分が美人だということもわかっている上で、最大の効果を上げるタイミングを見計らったように思えます。

  • 編集E

    男の子なんて、思わずポーっとなっちゃいますよね。「か、可愛い……!」って。

  • 編集B

    実際、大橋はこれで彼女に惚れたんだよね。まあ、顔だけで好きになる大橋も大橋だと思うけど。

  • 三浦

    で、「『別人みたい』って失礼だろ」という言葉に対して、菅原さんは「正直な意見でいいと思う。あ、生意気だったかな」なんて澄ました余裕の発言。正直ここは菅原さんにイラッとしましたねえ(笑)。

  • 編集F

    「今の自分は美しい」とわかっているからこそ、言える台詞ですよね。

  • 編集A

    大橋君の好きな本を読んでたりしたのも、彼の好みのリサーチだったんでしょうね。虎視眈々と狙っている感じ。

  • 編集B

    それでいて主人公のことも、微妙にキープしてる感がありますよね。

  • 三浦

    そうなんです。これでは、廊下の隅で台本を読み込んだりしているのも、「陰で努力しています」という姿を他人に見せる演出だったように感じられてしまう。劇が大成功を収めたということは、本番ではちゃんとハリのある声が出せたということですよね。だったら、普段から出しておけばいいのに。冒頭の話し合いの場面でも、もっと堂々と手を挙げればいいんです。ジュリエット役に立候補だなんて、充分大胆なことをやっているくせに、そうっと手を挙げて気づいてもらおうなんて、他人任せすぎると思う。そのくせ主人公の前では、瞳をキラキラさせて思いを語ったり、胸に垂らした三つ編みをいじったりと、あざといことをしてますよね。私は本当に、菅原さんに好感が持てなかった。すべてがずるい計算で成り立っておるな、と思って。

  • 編集B

    ただ、作者が菅原さんを「ずるい嫌な女」として描いているようにはあんまり思えない。作者的には、菅原さんは「いい子」なんじゃないかな。引っ込み思案だけど芯は強くて、がんばってジュリエット役に挑戦することで、自分の殻を破って成長した。その結果、友達もできて彼氏もできた――という感じに描いているつもりのように見受けられるのですが。

  • 編集F

    同感です。菅原さんはいい子で、大橋は気のいいお調子者、主人公も優しい好青年。誰も悪くないんだけど、結果的に主人公の恋は叶わなかったということかなと。

  • 編集C

    そうですね。私もこの話は、高校生男子の切ない失恋を描いているのだと思います。

  • 編集G

    でも、切ない話にするつもりなら、大橋と作間の親友感をもっと出したはずじゃないかな。大橋はものすごく薄っぺらいキャラとして描かれているし、実際作間も大橋の言動の無神経さに呆れ、見下しているように見える。

  • 編集F

    でも、ラストの辺りを読むと、やっぱりこの話は、「友人と好きな女の子の幸せを願って、そっと身を引く俺」という切なさに焦点が当たっているように思えます。

  • 編集B

    うーん、これは本当に、よくわからないですね。作者がどういう話を描こうとしたのか、それぞれのキャラをどういう人物として描いているのか、はっきり読み取ることができない。

  • 編集F

    イケメンを突き落として「はい残念!」という小説なのか、想いが報われない切なさを描いた「不憫萌え」の話なのか。あるいは、地味な女の子が一生懸命頑張って花開く姿を描いた話だったのかもしれない。どう読むのが作者的に「正解」なのか、ここまで議論しても見えてきませんね。

  • 三浦

    いやもう私は、「作者が意図して『嫌な奴オンパレード』を書いた」一択ですけどね! これが「切ない話」だとは全く考えもしなかったのですが、皆さんの感想を聞いていたら、そういう可能性もあるのかと思い直しました。でも、正解がどうであれ、「作者が意図していない読み筋であっても成立する話」を書けているのは、大した手腕だと思います。それは、キャラクターの描き方が上手いからだと思う。台詞が生き生きしているし、それぞれのキャラに存在感がありますよね。

  • 編集F

    キャラクターの描き方にはブレがないですね。話の読み筋は分からなくても、登場人物の輪郭はとてもくっきりとしている。

  • 編集G

    僕も、共感はできないものの、大橋も作間も決して嫌いではない。というか、嫌いにはなれない。

  • 三浦

    わかります。実際の人間ってこんな感じだよなって思わされますよね。

  • 編集G

    ずるいところも無神経なところもあるんだけど、もちろんいいところもちゃんとあります。主人公は最低限の良識は備えている人物だし、大橋の無神経な言動も、悪気は全くない。考えなしなのは、裏表がないからだとも言える。登場人物が憎めないのは、作者が悪意を持ってキャラクターを描いていないからだろうと思います。

  • 三浦

    はい。だから、たとえ個々の登場人物を「苦手だな」と感じたとしても、作品そのものに嫌な印象を持ったりはしないですね。

  • 編集B

    私は個人的に、立花さんのキャラが好きでした。さっぱりとした、とても気持ちのいい女の子ですよね。キャラクターの描き方は本当によかったと思います。

  • 編集C

    ただ、文化祭での舞台場面が全く描かれていないですね。そこはちょっと気になりました。これだけ劇の練習に絡めてストーリーを進めているのですから、本番のシーンをわずかでもいいから入れてほしかった。

  • 編集B

    それと今回、個性的なペンネームが多かったですね。再考してもいいかもしれませんね。

  • 三浦

    ほんとにね(笑)。でも、文章は上手いし、描写力もある。その上で、読者が自分の好きな読み筋で楽しめるだけの、うまい具合に余白のある作品が書けていました。私はむしろ、読者に想像の余地を与えるため、わざといかようにでも受け取れる書き方をしているのかなとも思ったくらいです。いったん作品として提示されれば、その小説をどう読むかは、読み手の自由に任されます。この作品をどういう読み筋で捉えたのか、ぜひ読者の方々の感想を伺ってみたいですね。

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