三浦
まず、『猛暑』というタイトルがいいですよね。シンプルで。話の肝を端的に象徴しています。
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第193回
猛暑
藤見奈央
37点
まず、『猛暑』というタイトルがいいですよね。シンプルで。話の肝を端的に象徴しています。
そしてその「猛暑」を、「亡霊がまとわりついてくるようだ」という言葉とイメージで表現しているところが、とてもよかった。非常にうまいですよね。
はい。素晴らしいと思いました。
炎天下のバス停で、「みんなが亡霊を振り払おうと、扇子や雑誌で自分を仰いでいる」とか、「バスの冷房が纏わりついていた亡霊達を外に押し出す」とか。ディテール描写がとてもうまい。
ただ、よくわからない点もいろいろありました。まず一行目から、「死んでほしい相手は、絶対に死なない」とすごい信念が語られているけど、主人公はどうしてここまでの思いを抱いているんだろう。ものすごい憎しみが込められてますね。
「死んでほしい相手」と、一般化した言い方をしていますが、結局対象は一人ですよね。凜は、涼に死んでほしいんです。
まあ、一応理由は積み上げられているよね。涼は引きこもりで、彼を養う足しに、凜は安月給の中から毎月仕送りをしている。当然、生活に余裕はない。働かずにのうのうと暮らしている涼を、母親が甘やかしているのも不愉快に感じる。そういえば涼は亡き父のお気に入りで、自分よりかわいがられていた。思い出すと、ますます涼が疎ましい。極めつけは、涼のことを言い出せずにいたら、二度のプロポーズまでしてくれた恋人に振られてしまったこと。なんだか、何もかもうまくいかない。それもこれも、全部涼のせいだ。私が幸せになれないのは涼のせい――と思い込んでいるようなんだけど、でも、まだ二十一歳なら、そこまで結婚に焦らなくてもいいですよね。文中にも、「焦っている訳ではない」とあるし。
凜の気持ちもわからなくはないのですが、ただ、「殺人」という究極地点に行くほどの切迫した状況ではないように思います。描かれていることと人物の心情に温度差があるというか、ちょっとうまくかみ合っていない感じがする。涼の味方だった父親も亡くなっているのですから、凜が思うほど、追い詰められた状況ではないと思えます。
この設定は逆のほうがよかったですね。凜を気にかけてくれていたのは父で、涼を可愛がっているのは母親のほう。自分の味方だった父を亡くした凜は、涼と母親がべったり癒着して暮らしているのが、どうにも我慢できない。そういうほうが、話がより成立したと思います。
そうですね。そのほうが筋が通るかなという感じがします。
ラストで、涼がいきなり凜を殺すという展開は、私は全く理解できませんでした。どうして殺さなきゃいけなかったのかな?
このオチは、私も本当によく分からなかったですね。そこまでの描写が非常に丁寧なだけになおさら、突然すぎると思った。話を終わらせるための結末という感じで、すごく引っかかりました。
しかも涼は、母親も殺してるっぽいですよね。冷房が効きすぎなのも、料理途中のお母さんがなぜか風呂場にいるらしいのも、「涼が母親を殺して、遺体を風呂場に置き、腐敗を遅らせるために強冷房をかけている」ことを示唆しているのだと思う。でも、引きこもって暮らしている涼は、母親だけが頼りです。相当な理由がなければ、寄生先の親を殺すわけがない。たまたまその日何らかの衝突があり、つい衝動的に……ということかなとも思ったのですが、それなら、作りかけの料理を含め、部屋の中がもっとぐちゃぐちゃになっているはずだから、これも違う。じゃあ、どうして急に、母親まで殺したんだろう? とにかく、母も妹も突然殺してしまう涼の気持ちが、さっぱりわからなかったです。
これ、凜が自分で自分を殺した、という話ではないでしょうか。うまくいかないことばかりで、凜は少しおかしくなってしまって、「あいつのせいだ」と思える相手に殺意が募っていくんだけど、実際に刺してみたら、それは自分だった。
なるほどねえ。「自作自演説」。そういう読みは、私は全く思いつかなかった。すごく興味深いですね。
話のあちこちで、自分と涼をごちゃ混ぜにしているようなところがあるように感じました。双子だからかもしれないけど、凜と涼の外見もすごく似ている感じですよね。分身感が強い。
凜と涼が鏡像関係にあることは、間違いないですよね。編集Aさんのような読みも、アリかなと思います。
私は、涼は凜のイマジナリー・フレンドで、お母さんは凜の妄想に合わせてくれているのかな? と想像したりもしました。
もしかしたら、涼は子供のときにとっくに死んでいるのに、凜は「兄は引きこもってる」という設定にしてる、とかね。
それこそ、かくれんぼのとき、涼はほんとに悪い人にさらわれて、惨殺されてしまっていたとか。
そういう真相でもいいですよね。凜は、うまくいかないことを全部、架空の存在である涼のせいにしている。「殺してやる」まで気持ちがどんどん高まって、でも実際に刺してみると、それは自分だった。そういう話でも、成立すると思います。
タイトルが『猛暑』だから、もしかしたら作者は、熱に浮かされておかしくなった人を描こうとしたのかもしれないですね。もしそうなら、ラストで涼が突然人を殺すのも、理由は必要ないと思います。理屈は通ってなくていい。「暑いから殺した」ってことで。
なるほど、「不条理説」。それもいいですよね。「衝動的な犯行」なら、ラストの唐突な展開も、まだ納得がいきます。凜は涼を、疎ましくは思っていたけど、殺意までは持っていなかった。でも、この「猛暑」によって、ブチッと何かが切れてしまった。
それなら、涼のほうも同じように「ブチッ!」ってなっちゃって、いきなり凜を刺すということもあり得ますね。
もう、暑さで誰も彼もが、おかしくなってしまっている。
双子だったらなおさらシンクロするでしょうから、「猛暑のせいで、二人は殺し合った」という話が成立すると思います。
でも、「不条理モノ」というには、ラスト以外のところに、理屈がつきすぎている気がする。
最初から「不条理モノ」として書いていれば、展開は今のままでも、まとまった話になったんじゃないかな。「頭がおかしくなりそうな夏の熱さ」に関しては、地の文ですごくいい描写がいろいろありますから、相乗効果が生まれたと思う。
私は冒頭の場面の中の、「ゴトゴト、ガッタン」が非常に気になりました。母親が「涼の部屋から、椅子とか家具とかを動かす音がしている」「それを倒したみたい。でも、もう音はしなくなった」と言っていますね。その2ページ後でも、「救急車が通る音がした。ゴトゴト、ガッタン。シーン……」。で、主人公が「涼、首吊りでもしたかな?」と思っている。これは明らかに、「涼が自室で、首吊り自殺をしたのでは?」という推測を読者に与えようとしていますね。ものすごく大きな伏線です。当然、後で拾うのだろうと思っていたのですが、何もないまま話が終わってしまった。ラストの涼が本物なら、首吊りはしていなかったことになりますね。ならこの、ひどく不穏な描写は一体なんだったのでしょう?
確かにここは、大きな疑問ですね。作者の意図がよくわからない。本当になんでもない物音だったのなら、なぜわざわざ、このエピソードを入れたんだろう……。ラストが惨劇で終わるからこそ、なおさらそう思います。
同様に、涼が凜を殺しに来たという妄想シーンがありましたね。ここも、恐怖感を盛り上げているとは思いますが、どういう意味のあるシーンなのかがよくわからなかった。
凜は、涼に殺されるというか、自分の存在を脅かされる被害妄想みたいなのを持っている、ということじゃないかな。そして、その妄想と現実が混ざり始めるくらい、精神が崩壊しかかっている、ということを表しているのかもしれないですね。
私はこれを、ホラー作品だろうと思って読みました。気になる点はありつつも、いいところもいっぱいあるなと思って、イチ推しにしています。この作品は、書いてあるものを、そのまま受け取っていい話だと思います。涼は実在していて、引きこもって暮らしている。凜は涼の存在が不愉快で、夏の熱さと相まって殺意を募らせていく。そして、ついに実際に手を下そうかと思っていた矢先、先回りした涼に殺されてしまう。そういう話なんだと思います。確かに、「ガタガタ、ゴットン」の部分は、うまく回収されていませんが、これは回収をし忘れたのかなと。あるいは、後々話に活かすつもりではいたのに、うまくいかなかったとか。
もしくは、読者が「自殺したかな?」と思うことを見越した上での、引っかけなんでしょうね。物音のエピソードのすぐあと、「涼は自殺などしておらず、あいかわらずの引きこもり生活らしい」という旨が書かれているので、「そうだったのか、ホッ」と、読者はそのまま受け取っていいんだと思う。でも、やっぱりちょっと、このエピソードがうまく機能してない気がするんだよなあ……。単なる引っかけにしては思わせぶりすぎるし、しつこいようですが、ラストの惨劇とのバランスがよくない。猛暑のなか、淡々としたテイストで終わるラストだったら、物音のエピソードも、サスペンス(読者を物語に引きこむ機能)として効いてくると思うのですが。
凜は確かに、ラスト三分の一くらいはちょっと常軌を逸した状態にまでなってしまうんだけど、私はかなり「不憫だな」と思って読んでいました。だって、安月給なのに、毎月三万も仕送りしてるんですよ。しかもそれは、自分の嫌いな涼の生活費に充てられてしまう。わかっているのに、でも続けている。凜はむしろ、ちゃんとした優しい子だなと思います。
そうですね。彼氏に振られたときも、凜はむしろ、相手の女性に同情したりしている。確かに、他者への想像力や思いやりのある、聡明で優しい子という印象です。
引きこもりの家族がいるということも、やっぱり外聞は良くないだろうから、相当な心の負担になるのもわかります。「これからもずっと、こんな暮らしが続くのか?」と思えば、悩みますよね。彼女の窮状は、私はすごく理解できる。辛いだろうな、かわいそうだなと思える部分は、いろいろありました。だから、「あいつのせいで……! あいつがいるかぎり私は……!」みたいな気持ちが高じて犯行に及ぶというのは、理解できる展開だなと思います。包丁で刺されるシーンとかはありますが、全然スプラッタではないですよね。直接的な残酷な描写はないのに、この作品には初めから、「何か不吉なものがあるな。ホラーだな」と思わせられます。作品のテイストが、一枚目からわかる描写になっている。不穏な描写をいくつも重ねて、ちゃんとラストまで話を持っていっています。そういうことを、作者が意図的にやっているのだとしたら、ほんとにすごいなと思います。
真面目なちゃんとした人が追い詰められておかしくなっていくから、逆にホラー感が強くなってますよね。そういうところはいいなと思います。
ただ、理不尽ホラーではないのなら、やっぱりラストが引っかかる。心理ホラーとして緻密にエピソードを積み上げてきたのに、ラストでいきなり、理由なく涼が凜を殺すのでは納得感がない。この展開は、この作品にとってマイナスだと思います。
もうちょっと涼のことを書いたほうがよかったのかもしれませんね。涼がどんな振る舞いをする人間なのか。そして、幼いころから二人の間に、どういう感情の交流、および行き違いがあったのか。そういうことをもっと書いておけば、ラストの場面を読んだとき、「涼ならやりかねない」と読者ももう少し落ち着いて受け止められたかもしれない。そうすると現状の、「涼のほうが凶行に及びおった!」という驚きは薄れてしまいますが、凜視点で描かれる描写の濃密さ、物語に漂う不穏さは、そのまま活かせますし。いまのままだと、ラストの驚きが、そこまでの描写の丁寧さとやや不釣り合いではないかと思えるんです。だから唐突感があるし、「話を終わらせるために、『びっくりラスト』でオチをつけたんじゃないか」という印象を読者に与えてしまうのではないかと。それはこの作品にとって、非常に惜しいと思うんですよね。
現状では、ラストの放り投げ感が腑に落ちないですからね。
僕は、非常にシンプルにこの話を読みました。冒頭の電話のシーンで、「お母さんの『帰って来る?』には、『遊びに』と『一緒に住む』が両方含まれている」とありますよね。だから、凜が珍しく「今年の誕生日は実家に帰ることにした」のを知った涼は、自分の今の居場所が壊される危険を感じて、暴走してしまったのではないでしょうか。だから、描写で暗示されている通り、お母さんも涼が殺したんです。今までのような生活ができなくなると思って自暴自棄になり、「壊されてしまうくらいなら、いっそ先に壊してしまえ」と、お母さんまで手にかけてしまった。そして、凜が来るのを待ち受けていた。
夜中にベランダから涼が入って来た場面は、凜の妄想ということですか?
単に夢を見たということで、いいと思います。自分が涼を憎んでいるのだから、涼だって自分を憎んでいることはあり得ると、凜は分かっているはずです。だったら、そういう夢を見ても不思議ではない。
それに、実際涼には、凜を憎む気持ちがあるんだろうしね。だから、凜を襲う涼の幻は、凜の妄想でもあり、涼の本心でもある、ということなのかも。
双子のそれぞれが、相手を憎んで殺意を積み上げているのかなと思います。
確かに、その解釈が一番、素直で筋が通ってますね。
まあ、そう読むにはちょっと、描写が足らないですけどね。でないと、ラストの唐突感が解消できない。
そうですね。やはり、涼のことをもっと書くべきでしたね。ただ、涼が凜を殺す理由は、割と簡単につけられると思います。三枚目で、凜が母親に、「涼のことは放っておいて、私と一緒に暮らす?」みたいなことを二十歳になったときに聞いた、というくだりがありますね。これを現在に変えればいいだけだと思います。冒頭の電話のシーンの中で凜が、「涼は自立させて、お母さんは私と一緒に住もうよ」と言う。その言葉に、母親は心が揺れている様子である。そのやりとりを、涼がこっそり聞いている。「ゴトゴト、ガッタン」は、その際に立てた音である。
なるほど。「何ぃ!?」ってことなんだね。涼が自殺したのかと読者には思わせておいて、実は、涼がパニくって立てた音だったと。それなら、伏線も回収できるし、ちゃんと理屈も通っている。
で、誕生日に凜が来ることを知った涼は、いよいよ本当に、「お母さんは僕を置いて出ていってしまうかもしれない」と思って、母親を殺し、凜も殺す。
きれいにまとまりがつきますね。オチの部分も、今のままでいい。それに、最小限の直しで済みます。
納得感のある話になっていると思います。それにおそらく、作者が意図していた読み筋に、一番近いと思う。
まあ、作者が実際にどう思うのかは分からないですけど、改善策はいろいろあるということですね。
暑さの描写はもちろんのこと、全体に、文章もうまいと思います。ただ、ところどころ気になる点はありました。例えば九枚目のダジャレは、ものすごくベタなうえに、出し方も上手くない。
「粉がコナゴナ」「バラがバラバラ」ですからね(笑)。主人公には瞬時に、「くだらねー」ってツッコんでほしかった。
なのに、ちょっと間を置いてから、「凜はそれがダジャレだと気づいて少し笑った」という。「粉がコナゴナ」って、ダジャレなのかな(笑)という問題はさておき、このエピソードが、のちの睡眠薬を砕くシーンに繋がるというのは、少々強引で、小説が作り物っぽく見えてしまう危険性があると思う。ここはもう少し手数を費やして、ダジャレのエピソードから殺人方法へとゆるやかに段階を追って繋げていくか、もしくはダジャレエピソードをナシにしてしまうか、どちらかかなという気がします。それから、一枚目に、「幸いだと思える事は、性別が別な事と、二卵性である事ぐらいだ」とあります。でも、性別が別なら、二卵性なのは当たり前ですよね?
稀に例外があるらしいですが、まあ、ほぼ間違いないでしょうね。
ただ、主人公としては、念押しのように言わずにいられなかったんでしょうね。「性別も違う。卵も違う。私と涼は違うのよ!」って。そういうニュアンスは伝わってきます。
そうだとしても、論理的ではない文章になっていると思う。「涼と自分は別個の人間だ」ということを言いたいのだとしたら、もっと別の言いまわしにしたほうがいいと思います。「幸いにも、涼は男で私は女だ。私たちは母の子宮で、べつべつの卵からひとになった」という感じに。あと、特に冒頭は、「その」などの不要な指示語が多発しています。このあたりは文章をより研磨したほうがいいですね。でもこの作品には、淡々としていながらも、ものすごい密度と濃度があって、とてもいいなと思います。殺人的な夏の熱さを「亡霊」ととらえる発想も、すごく斬新でした。
描写はとてもうまいですよね。文章のリズムもいい。
空気感を、すごくうまく描写していると思います。それだけに、ラストの唐突感がもったいなかったなあ……。せっかく密度の濃い話を造り上げてきたのに、こんなオチでいいのかと、個人的にはどうしても思ってしまう。惜しい気がするんですよね。
話を終わらせるために、とりあえず殺しましたって感じで、すごく取ってつけたようでした。
小説って、べつにそんなに無理やり終わらせなくていいんじゃないかな。短編はラストのキレももちろん大事ですが、この作品に関しては、夏の暑さは依然としてまとわりついたまま、「このつらい現実はいつまで続くんだろう」という方向性で終わってもいいと思うんですよ。
実家で涼と一瞬顔を合わせたけど、涼は部屋へと向かい、凜はその背を見送った、でもいい。
もしくは、ちょっとだけ心が通じ合ってもいいですよね。で、凜が実家から帰ろうと外に出たら、秋の気配が感じられたとか。
あるいは、実家に帰ってみたら、涼が自分を襲った幻と同じ服を着ていて驚いた。「やっぱりあれは……」と思っていたら、涼がふいに、凜に手を伸ばしてくる。「殺される!」と思って凜は息をのむ。そこでスパッと終わってもいいと思う。やりようはいろいろあると思います。
読み筋が定まらなくて、読み手によって解釈が分かれてしまったのは残念でした。事実関係において、作者が描こうとしていたものを読者にうまく伝えるということが、まだうまくできていなかったですね。
そうですね。でも、いろいろ想像が広がってしまうのは、やっぱりこの作品が面白いからだと思います。描写の良さと濃厚感があってこそですよね。
それに、殺意に飲み込まれていく話の積み方は、とてもうまかったと思います。読者を引き込む力がありますよね。
期待が持てる作品だけに、惜しかったですね。イチ推しも多いし、受賞作とは最後まで競り合っていました。ぜひ再挑戦してみてほしいと思います。