編集B
アラサー女子の心のひだが描かれた作品です。なんだかとぼけた味わいがあって、面白く読めました。
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第193回
私の家には花瓶がない
田中さより
34点
アラサー女子の心のひだが描かれた作品です。なんだかとぼけた味わいがあって、面白く読めました。
好感の持てる主人公ですよね。
友人たちの多くが結婚したが、自分には現在、付き合っている人もいない。「結婚、どうしようかな……」「そのうちするのかな、できるのかな」みたいな、主人公の心の動きにリアリティがあって、よかったなと思います。迷い犬を保護したとき、わざわざシャワーできれいにしてあげたりして、主人公は優しいですよね。だから、未来の幸せが予感できるラストに、ほっこりした気持ちになれました。「花瓶」というアイテムの使い方も、すごくうまかったと思う。
「花瓶」=「恋する心」ということですよね。彼氏はいないけど、それをさほど「辛い」とも思っていなかった主人公の部屋には、花瓶がなかった。でも、素敵な青年と出会った主人公は、ラストで「花瓶を持っていますから、花をください」みたいなことを言っている。これは、「もう私には、いつでも恋愛できる準備が整っています」ということですよね。恋愛に積極的になっています。話の初めと終わりで、主人公がステップアップしていることがわかります。
ラストのオチが、非常にきれいにキマっていますよね。『わたしの家には花瓶がない』というタイトルの話で、その通り主人公は花瓶も、そして彼氏も持っていなかったのですが、ラストでは好意を寄せる男性に向かってひと言、「私の家には花瓶がありますから」。さらりとした台詞で話を終わらせているのが、なんとも上手いですよね。しかも、タイトルと絶妙にリンクしている。非常にセンスのある書き手だなと思います。
このタイトル、象徴的ですごくいいですよね。
ただ、女友達かと思えたユキの正体が猫だったというのには、いろいろ引っかかるものがありました。
主人公と普通に会話してますよね。ユキは言葉が喋れる猫なのでしょうか?
ユキが他の人と喋っている感じはしないので、主人公とだけ会話しているように思います。それも、声での会話というよりは、テレパシーみたいな形なんじゃないかな。
主人公が、ユキの考えそうなことを解釈して受け取っている、ということなら、そんなに引っかからずに読めます。ただその場合、実際には会話していないのですから、ユキの台詞はカギカッコ(「」)ではない表記を使ったほうがいいと思う。
作者としては、読者を驚かせる仕掛けを用意したのでしょうね。あまりうまくはいっていないですが。
九枚目で、鍵のかかっている主人公の留守宅に、ユキが勝手に上がり込んでますよね。私はここで、ユキの正体に気がつきました。あまりに不自然ですから。ユキの正体を、作者が最後まで引っ張って隠そうとしているようには、私はあまり感じられなかった。
ユキが猫だと分かってから読み直すと、確かに、猫でも通用する描写になるよう工夫されていたと思います。でもまあ、「石油王の嫁になりたいとか言いだすと思っていた」なんてところは、ちょっと無理がありますけどね。
私は、「ユキはもしかして、主人公のイマジナリー・フレンドなのでは?」とも思っていました。でも、最後まで読むと、べつにそういうことではないみたいですね。
自分との会話なら、自分の知らない情報は出てこないはずです。でも主人公は、ユキの「私のいいなと思うコは、河原に住んでいるみたい」という言葉に、から揚げを喉に詰まらせたりしている。思いもかけないことを聞いて、驚いたんですよね。しかもその情報は事実だった。
この時点では、主人公はジョンのことを知る由もないですよね。なら、ユキの存在は、主人公の想像ではないということになるし、猫のユキと本当に意思の疎通ができている、ということになる。
それに、想像上の友達を作ってしまうほど、主人公が孤独で淋しい人、という感じもしないです。
主人公と猫は、実際に会話をしているんでしょうね。これはあまりにも、現実のラインを超えてしまっています。ユキの正体を早めにバラしているのは、よかったと思う。情報提示の段取りは悪くないです。ただやはり、人間と猫が普通に会話しているという点については、もう少し別の描き方にすべきだったかなと思います。
どうしても、「あり得ない」と思ってしまいますよね。
ユキのおかげで、何もかもがうまくいったという展開も気になりました。「ユキは実は猫でした。でも、人間と会話ができるし、この猫の導きで、うまいこと恋人もできました」みたいな、そこまでになると、まるで魔法少女の飼い猫みたいですよね(笑)。やっぱりこういう話は、どこかの段階で「実は猫だったんだよ」と明かされてもなお、描写やエピソード的に破たんがないような書き方にしなければならないし、あくまでも現実世界の法則に即した出来事しか起きないようにしないといけないのではないか、と思います。「何でもあり」にしてしまうと、「実は会話をしていた相手は猫だったんですよ」という部分への驚きや楽しさが、薄れてしまうからです。
しかも、ユキが猫だと判明した後でも、同じように会話し続けているのは、どうにも引っかかります。これ単純に、主人公は動物と話ができる能力者、という設定だったらどうでしょう? それなら一応、整合性は取れる。
うーん、でもそれだと、よくあるファンタジーになってしまいそうですよね。あと私は、ユキが「実家の猫」だという設定も気になりました。主人公が一人暮らしを始めたタイミングで、実家で飼い始めた猫だということが、最後のほうで明かされています。だとすれば、さほど馴染みもないでしょうに、どうしてこんなに頻繁に主人公のところへ遊びに来たり、事情をよく知っているような会話をしたりするのでしょうか?
主人公とユキは、お互いのことをよく理解し合っている感じですよね。長年の友人のような。
ユキは、どこからかふらっとやって来る、通い猫みたいな設定でもよかったのではないでしょうか。餌をやったりしているうちに、仲良くなった。そういうほうが自然かなと思います。
あるいは、実家で昔から飼っている猫が、寂しがってちょくちょくやってくる、とかね。整合性のある設定はいくらでも作れそうなのに、なぜかそうなっていない。この辺りは、作者がまだ、自分の作品を俯瞰で見ることができていないのかなという気がします。
話にいろいろ、無理を感じる点がありましたね。
ちょっと造りが雑になってしまっているかなと感じます。そこがすごく残念でした。嫌味のない作風で、ちょっととぼけたような感じも、とてもいい味わいになっていたのですが。
ちょっとベタなハッピーエンドも、この作品においては悪くなかったと思います。
話の雰囲気が可愛いから、読んで和みますよね。
実はこの作者は、「このキャラクターを使いま賞」で受賞されている方でもあるんです。そのときの作品は、発想がちょっと斜め上だったりして、これもすごくよかったです。
この方は、文章がとても読みやすいですよね。そこも大きな長所だと思います。
感覚も非常にいいと思う。洗濯機の容量に悩むくだりなんて、とてもよかった。「5キロにしようか、8キロにしようか……結婚するなら8キロがいいし」なんて、彼氏もいないのに、この具体的な悩み方(笑)。
「仕事は嫌いではないけれど、ここで食べる食事はいつも同じ味がする」なんて表現も、さりげないけれど、すごくいいですよね。
あと、「なんでこの星占い、彼氏がいる前提で話を進めるのよ」とかも、面白かった(笑)。アラサー女子の心の機微をよく捉えています。
文章もいいし、企みを持って書こうとしているところも、すごくいいと思います。今回気になった点も、簡単に修正できるようなものが多いですし、すぐにコツを掴んで次作に反映していってくださりそうですよね。
大きく期待の持てる書き手だなと思います。ぜひ頑張ってほしいですね。