イラスト:高嶋上総
桑原水菜

復活「炎の蜃気楼」紀行 いま再びの上越編

28年にわたって読者を魅了し続けた「炎の蜃気楼」シリーズは、8月の昭和編舞台公演をもっていよいよ真のピリオドとなります。公演に先立って、桑原先生がミラージュゆかりの地を再訪してきました。

最終回

「御館」

 さて環結記念の上越旅もそろそろ終着点が近づいてきました。
 春日山城と鮫ヶ尾城を中心にめぐってきましたが、今回は初めて訪れた場所も。
 そのひとつが摩尼王寺。
 景虎の胴塚と伝えられる史跡があります。
 自決して、首を取られた景虎の亡骸が埋葬されていると伝わっているそうな。
 そばに宝篋印塔と呼ばれる小さな石塔がたっていて、これは高貴な方のお墓などに使われる仏塔なのだそうです。近くには五輪塔はたくさんあるんだけど、ここのだけ宝篋印塔なので、景虎の墓ではないかといわれているとのこと。
 集落の片隅にある、小さな石塔と石を敷き詰めただけの、侘しいたたずまい。
 それが敗軍の将の墓か……と思うと、戦国の世の非情さを感じましたが、そんな中でも、彼を憐れみ、敬い、供養しようとした名も無いひとたちがいたことに、胸が震えました。
 そして、もう一カ所。
 景虎が敗走中に訪れた今泉城跡にある大和神社。
 土塁などが残ってます。ここに入ろうとしたけど、だめだったんだとか。
 こうして景虎の痕跡を実際に足でめぐってみると(車ですが)、文字でのみ残された御館の乱が、肉をもって立ち上がってくるのを感じます。
 さいごはやはり「御館跡」へ。
 何度か訪れましたが、相変わらず、ただの公園です。石碑と案内板があるのみ。
 そこから出てきた遺物だけが、土に埋もれた壮絶な過去の気配を伝えます。
 そんな「御館」跡にも、小さな変化が。


 うんていがなくなってる!!!!


 この半年ほど鍛えた腕で、どこまでうんていを進めるか、試したかったのに!!
 仕方ないので、滑り台にあがって、すーっと滑りました。
 そんなかわいい滑り台のあるところには、四百年前は何があったんだろう。
 景虎たちが立てこもった屋敷です。
 緊迫した状況の中、妻子とともに十ヶ月近く過ごしてます。
 ここで景虎はなにを想い、なにに苛立ち、なにに怒って、なにに希望をつないで、過ごしていたんだろう。
 想像しながら、しばらく、青空のもと、ぼーっとしていました。
 タイムマシンがあったなら誰に会いたいですか、と問われたら、むろん私は即答します。「景虎公に会いたい!」と。
 あなたの気持ちを聞いてみたい。
 ミラージュでは、景虎は死後、怨霊大将と呼ばれるほどの大怨霊となりました。
 怨霊とは、なんだろう。
 無念を抱えて人生を終えたひとの魂。
 私自身、たぶん、人生の折り返し地点をすぎました。
 自分自身が死を迎える時に、なにを思うか。そもそもどういう状況で迎えるかは、神のみぞ知るわけですが、その時に「幸せ」であるかどうかより、私は「充分戦った」と言える人生でありたい。
 その日がいつ来るかはわからないけど、明日唐突に終わったとしても。
 「充分書いた」「充分戦った」と自分に言ってやれる人生でありたいと、思います。
 笑って「水菜、お疲れ様」と言えるように。
 この夏は大変な猛暑となりました。
 上越にいった六月の段階ですでに、めっちゃ暑かった。
 けれど、そこに吹く風は、優しかった。
 自分でも望外の大長編を書き終えて、いま、最後のエピソードを舞台化するにあたり、最後まで戦っていると感じる瞬間。
 この苦しさこそが生きてる証だったんだと、いつか懐かしく思うのだろうな。
 この痛みこそが生きてる証だったんだと、噛みしめるのだろうな。
 まだまだ早いけど。
 昔、上越を訪れたことのあるひとも、まだ訪れたことのないひとも、ぜひ遊びにきてください。
 ここには歳月を経ても変わることのない「はじまり」がたくさん待っています。
 景虎や直江、夜叉衆……彼らの長い長い物語が生まれた地。
 ここはミラージュの故郷です。

摩尼王寺は、今は無人のひっそりとしたお寺です

摩尼王寺は、今は無人のひっそりとしたお寺です

景虎公が埋葬されていると言われている場所に立つ石塔。注意書きもなく、ただ静かにそこに在ります

景虎公が埋葬されていると言われている場所に立つ石塔。
注意書きもなく、ただ静かにそこに在ります

今泉城があったとされる場所。現在は大和神社になっています

今泉城があったとされる場所。現在は大和神社になっています

景虎公はどんな思いでこの地に立ち寄ったのでしょうか…

景虎公はどんな思いでこの地に立ち寄ったのでしょうか…
今は住宅街ののどかな公園となっている御館跡

今は住宅街ののどかな公園となっている御館跡

うんていはなくなっていましたが、滑り台とシーソーはありました

うんていはなくなっていましたが、滑り台とシーソーはありました
また越後の地を訪れる日まで、静かに見守っていてください

また越後の地を訪れる日まで、静かに見守っていてください

舞台「蜃気楼昭和編 散華行ブルース」
  • 原作:桑原水菜(集英社コバルト文庫刊)
  • 演出:伊勢直弘/脚本:西永貴文(空飛ぶ猫☆魂)
  • 日程:2018年8月11日(土)~8月19日(日)
  • 劇場:全労災ホール/スペース・ゼロ
  • 主催・製作:トライフルエンターテインメント
  • 公式サイト

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