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岩谷文庫 ~君と、読みたい本がある~

岩谷文庫 ~君と、読みたい本がある~

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岩谷文庫

『岩谷文庫』は、ダンスと読書が大好き! THE RAMPAGE from EXILE TRIBEの岩谷翔吾さんが、フレッシュな視点でおすすめの本を紹介してくれる、ほぼ月イチブックレビュー連載です。読書を愛するあなたや、気になるけれど何を読んだらいいかわからないあなた。日々の生活にちょっぴり疲れてしまって、近頃本を読めていないあなたへ。あなたの心の本棚にも、『岩谷文庫』を置いてみませんか?

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 みなさん、こんにちは! 『岩谷文庫~君と、読みたい本がある~』今月のレビューをお届けします。今回ご紹介するのは、吉田修一さんの作品『怒り』です。

【※レビュー内には本編のネタバレが含まれますので、ご注意ください。】

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映画化され、注目を集めた人気作『怒り』。
その真骨頂は、本で読んでこそ味わえるもの

 『怒り』は、僕が読書にハマるきっかけになった作品です

 この作品の前にも、吉田修一さんの本は何冊か読んでいましたが、この本で受けた衝撃があまりに大きすぎて、より読書にのめり込むようになったぐらい、強い影響を受けました。

 映画化されて話題になったので、映画は観たという方も多いのではないでしょうか。僕も映画版が大好きです。でも、映画と本と、両方にふれた上で、僕はあえてこの作品『怒り』を、本で読むことをみなさんにおすすめしたい

 この作品の本当のおもしろさは、本で読んだ時にこそ噛み締められるものだと思うからです。

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 物語は、ある年の夏、八王子で起こった殺人事件を淡々と検証する文章から始まります。事件当日の現場の様子、殺人の手段、推測される犯人の行動……惨殺された被害者は若い夫婦で、現場には犯人の手によるものと思われる「怒」という血文字が残されていました。

 犯人が「山神一也」という無職の男であることは、捜査によってすぐに明らかになります。しかし、山神は犯行現場から逃走。その後の行方はようとして知れないまま、捜査は難航を極めていました。

 山神一也が犯した罪について語られる冒頭の約5ページは硬質な文章で綴られ、まるでモノクロームの刑事ドラマを見ているかのような息苦しさがあります。ところが、この5ページを過ぎると、突然場面は一転し、突然、目の前に色彩や温度・湿度まで伝わってくるような、3つの物語が始まります。

 最初に登場するのは、房総の港町で働く槙洋平と、家出先の新宿・歌舞伎町から連れ戻される洋平の娘・愛子。次に登場するのは、都内で大手企業に勤めながら、刹那的な快楽に身を委ねるゲイの藤田優馬。そして最後に、母が起こした男女トラブルから逃げるように、母子で沖縄の離島へ引っ越してきた高校生の少女・小宮山泉。

 3つの物語は、まったく異なる場所と、それぞれまったく無関係な人々が登場する、互いにかかわりのない物語です。

 けれども、警察が殺人犯・山神一也の行方を必死に追う中、この3つのシチュエーションで暮らす人々の前に、「この男こそ、犯人の山神では?」と思わせる、3人の身元不詳の男が現れます。

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一見、複雑な構造の物語なのに、読み手を一切迷わせない。
「読むのをやめられない」という感覚を僕に教えてくれた一冊

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 物語の冒頭をできるだけ簡単にまとめてみましたが、どうでしょうか。

 殺人犯を追う流れと絡んで、3つの別々の物語が展開するなんて、一見読み進めるのが難しそうに感じられますよね。でも、心配しないでください。読んでみると、びっくりするぐらい、物語に入り込みやすいんです。ちょっと固くて読みづらいなと感じるとしたら、冒頭の山神の事件を解説するシーンぐらい。そこを過ぎたら、もう、ジェットコースターで急降下するみたいに、流れに乗って一気に読み進められます!

 これだけ登場人物が多いのに、場面が切り替わって最初の2~3行で、自分が房総・東京・沖縄のどこにいるのかがすぐにわかります。しかも、それぞれの登場人物の名前が出てくる前に、そこがどこなのかわかってしまう。沖縄のカラッとした熱さ、東京のジメッとした感じ、港町のどこかうらさびしい雰囲気が、文字から伝わってきます。さらにその直後に「○○は言った」というように、それがどこか明確にわかる文がポンと置いてありますから、迷うことがいっさいなくて、ものすごく読みやすい。そこが、この作品を読んでいて本当に感動したところです。

 『怒り』は、文庫本では上下巻。結構な厚みがあります。僕が初めてこの作品を読んだ時は、まだあまり読書に慣れていない頃だったので、「うおっ!」と圧倒されました。けれども、読み始めたら先が気になりすぎて止まらなかった。「おもしろすぎて読むのをやめられない」という感覚を、僕はこの本で初めて知りました

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まったく異なる「3つの物語」の、誰に感情移入して読むか。
僕は、「常識」に縛られて生きる父親・洋平に目を留めた

 3つの物語を読む中で、僕が感情移入したのは港町の漁協で働く父親の洋平です。

 洋平は、成人した娘の愛子と二人家族。愛子は、悪気はないけれどちょっと流されやすいところのある女の子で、家出して、半ば騙されるような形で歌舞伎町の風俗店で働いているところを保護され連れ戻されます。故郷に戻ってからの愛子は、自分が家出していた間にこの町に現れ、漁協で働くようになった田代という男と親しくなり、やがて家庭を持つことを意識するようになります。

 ところが、洋平は、父として愛子のことを信じてやれない。田代という男は、警察に追われる殺人犯なんじゃないかと疑い、愛子のような娘が、世間並みに幸せになれるはずがない…と最初から諦めています。父親なのに我が子のことを信じてやれないなんて、すごくつらいことですよね。でも、愛子という流されやすい女性を見ていると、洋平の気持ちも理解できてしまう。

 物語の全編を通して、洋平は一番平均的で、一般常識に近い感覚の持ち主。田舎町に暮らしていることもあって、隣近所や世間を気にして、目には見えない社会規範みたいなものに縛られて生きています。幸せの形なんて人それぞれ自由であっていいはずなのに、洋平の考える幸せって、悲しいぐらい狭い範囲のもの。彼のように、幸せを「こうでなくてはならない」と小さな型にはめて、それに縛られて生きている人って、実は結構多いと思います。そんな洋平の姿はすごくリアルで、見ていると息苦しくなるほどでした。でも、自分が洋平と同じ立場に立たされたら、同じように感じて、考えてしまうんじゃないかなとも思いました。だから、読んでいて洋平の苦しみを、まるで自分のことのように感じました。

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 僕は洋平に一番感情移入しましたが、残る2つのシチュエーションの登場人物も、それぞれが絶妙にリアリティのあるキャラクターで、どこか陰を背負っている。誰に感情移入して読むかで、様々な楽しみ方があると思います

 東京で暮らす優馬は、大手企業で働いていて経済的に不自由していないらしく、仲間達と自由に生きて、様々な男と関係を持ちながら、充実した人生を謳歌しているように見える。ところが、ある夜新宿の発展場でふと目を合わせ行きずりの関係を持った男を自宅へ連れ帰り、そのまま居候させてしまう。直人と名乗った男の素性はわからないままですが、優馬は直人がいる暮らしに、不思議な落ち着きを感じるようになっていきます。

 序盤の優馬は、性的マイノリティではあるけれど堂々と自由に生きていて、洋平とは対照的に、世間が示す「幸せの規範」に縛られない強い男として描かれます。でも、本当は決して強いわけじゃない。ゲイである自分を認め、ポジティブで明るく楽しく生活しているよ、という優馬は、実は自分自身に精一杯鎧を着せて強がっている見せかけの姿だった。直人が現れたことで、人を信じたい気持ちや、信じることへの恐怖が生まれて、優馬の見せかけの強さが崩れていくところは、すごく心に刺さるものがありました

 3つめの物語の主人公は、泉。沖縄の離島に引っ越してきたばかりの高校生です。転校先の高校にもようやく馴染み、ふとしたきっかけで、同学年の辰哉からエンジンつきのボートの運転を教えてもらうようになる。ふとボートを向けた無人島で、彼女は人から隠れるように野宿している田中というバックパッカー風の男に出逢い、密かに交流するようになります。

 僕はこの沖縄パートの美しい風景描写と、行間から伝わってくる気持ちいい暑さが大好きです。そこに登場してくる泉や辰哉といった登場人物も本当に純粋無垢で、南の島の澄んだ空や青い海という舞台に立つにふさわしい爽やかなキャラクターです。

「南の海の離島」という美しいシチュエーションだからこそ、辰哉が物言わずに泉を想う切ない恋のエピソードが、じんと胸に迫りました

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目には見えない「人を信じる」という行為。
この作品は、信じることの意味を考えさせてくれる

 物語は「殺人犯の山神は、もしかすると田代、直人、田中の誰かなのではないか?」と匂わせながら進んでいきます。

 初めに僕が「この作品の本当のおもしろさは、本で読んだ時にこそ噛み締められる」と書いた理由は、まさにここにあります。作中で提示される犯人像は、曖昧で抽象的で、3人の誰もに犯人との共通点があるように描かれている。読めば読むほど誰もが疑わしく思えてしまって、最後まで誰が犯人なのかわかりません。真相をぼかす筆加減が本当に絶妙で、なんてうまい作りになっているんだろう!と読みながら舌を巻きました。

 田代、直人、田中のうちの誰かが、殺人犯・山神ではないのか? この大きな謎は、ぜひ『怒り』本編を読んで、みなさん自身の目で確かめてみてください。

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 謎解きを通してこの作品が伝えてくれるのは、「人を信じること」の意味

 誰かを信じる時、人は強くもなり、弱くもなります。信じることは、目に見えないからこそ人を悩ませるし、目に見えないからこそ繋がれた時に本当に強い絆になる。『怒り』では、3つの物語に登場する人々が、得体の知れない男を信じようとした先にある、それぞれの結果が提示されます。

 僕が初めてこの作品を読んだのは、6年ぐらい前。THE RAMPAGEの活動休止中でした。活動休止中で何もやることがなくて、ずっと寮の部屋の天井を眺める毎日。やるべきこともおもしろいと感じることもなくて、「仕方ない、本でも読むか」と思って手に取りました。

 あの頃の自分はひどく追い詰められていて、極限まで自分を追い込んでしまいたい気持ちでした。だからこそ、決して読後感が良いとはいえないこの本を選んだのかもしれません。

 今でも僕が、重くて苦しい、読後感の良くない作品を好むのは、この作品にハマった影響が大きいですし、この作品が、今に至る僕の読書の「軸」になっていると感じています

『怒り』に書かれているのは、普通に生きていたら決して経験できないことで、僕は、読書を通して、それを疑似体験することができました。そして、その経験は、自分の視野と価値観を大きく広げてくれました。

 この本にふれてから、僕は読後感の良い本も、良くない本も、様々な本を読みました。その一冊一冊が自分の視野を広げ、人生の糧になっていると感じています

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気になる一文

「結局、大切な人ができるというのは、

これまで大切だったものが大切ではなくなることなのかもしれない。

大切なものは増えるのではなく、減っていくのだ。」

「結局、大切な人ができるというのは、これまで大切だったものが大切ではなくなることなのかもしれない。大切なものは増えるのではなく、減っていくのだ。」

 これは、下巻に出てくる優馬視点の一文です。

 優馬と直人のパートには、この作品の根幹にかかわるような文章がたくさん出てきます。特に直人は、この一文の直前に出てくる「優馬は大切なものが多すぎるよ」という台詞も含め、決して口数が多くないのに「刺さる」言葉が多い。もしかすると、吉田修一さんは直人の台詞に託している部分が結構多いのでは…と推測しています。

 僕自身、とてつもなくつらい経験をした時、心配してくれる人もいれば、自分本位な対応をする人もいて、大切なものって増えていくんだと思っていたけれど、本当に大切なものはこうやって削ぎ落とされていくんだなと思ったことがあります。

 そして「大切なものはそんなに持てない」ということに気づいてからの方が、生きやすくなりました。たとえば、僕はダンスだけに集中したからこそ、今の自分になれた。いろいろなものを削ぎ落として、たったひとつを大切にできたからこそ、見えてくる世界があるんじゃないかと思っています。

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ランペファンの皆さんには少しずつ浸透してきている『ピクニック』について今日は書きます。 ツアーの本番前に、「集中する為にも心身共にリラックスしたいね」とメンバーの龍と定期的に行っています。
世間話したり、お昼寝したり、読書したり…
この日は会場の屋上でピクニックしました。
最近ではメンバーにもピクニックファンが増え、みんなでタオルを敷き、雑魚寝しながらピクニックしています。
吉野北人もピクニックにハマり、会場に着くなり「今日どこでピクニック出来るかなっ!?」と爽やかな笑顔で僕に言ってきます。笑
これからもピクニック隊長として恥じないよう、メンバーに最高のピクニック空間を提供できるように頑張りたいと思います!笑

今月の一冊,怒り,上・下,【【中公文庫】吉田修一 今月の一冊,怒り,上・下,【【中公文庫】吉田修一

若い夫婦が自宅で惨殺され、現場には「怒」という血文字が残されていた。犯人は山神一也、二十七歳と判明するが、その行方は杳として知れず捜査は難航していた。そして事件から一年後の夏――。千葉の港町で働く槙洋平・愛子親子、東京の大手企業に勤めるゲイの藤田優馬、沖縄の離島で母と暮らす小宮山泉の前に、身元不詳の三人の男が現れて……。

怒り,上・下